『てごわいコは…好き?』 〜 To Heart 綾香 〜



 どくん、どくん、どくん。
 胸の鼓動が、意志とは関係なく高まっていく。
 手のひらに、じっとりと汗が浮かんでいた。
 あと、数十センチ。
 オレは、気付かれないように目標の背後から忍び寄る。
 相手の反応はない。
 気付かれてはいない…か?
 いや、慢心は禁物だ。
 静かに息を吸い込み、体勢を整えた。
 腕を、ゆっくりと伸ばす。
 自分の呼吸の音が、衣擦れのわずかな音が、やけに大きく感じられた。
 頬を、汗がゆっくりと伝い落ちていく。
 よし、いくぞ!
 …ぴとっ。
「にゃにをひゅるのよ〜」
 オレの両手にほっぺたをつままれた綾香が、読みかけの雑誌を広げたままで
文句をいった。
「いきにゃりひゃいごからちかふいてきてふとおもっはら…って、ああっもうっ」
 ぶんぶんと、頭を振るようにしてオレの指を外す。
 つままれていたほっぺたを押さえながら、綾香がオレをにらんだ。
「どうしたっていうのよ、浩之」
「い、いや、可愛いかなーとか思って」
「何が?」
「ほっぺたつままれた綾香が」
「…ひねりがないわね」
 冷ややかな視線が突き刺さる。
 それに気付かないふりをしつつ、オレは綾香の頭をなでた。
「可愛いもんなー、綾香は」
「ちょ、ちょっと浩之、なに考えてるのよっ」
「こーいうこと」
 すかさず、唇をあわせる。
「んっ…」
 弱い抗議の声を無視して、オレはそのまま軽く舌を差し入れた。
 ゆっくりと、綾香の舌に触れる。
 そのまま、しばらく舌先を絡めあった。
 ゆっくりと、唇を離す。
 細い筋が、その間をゆっくりと伸びていき、切れた。
 ぼうっとした顔で、綾香はオレを見つめている。
「ちょっとヤダ、駄目だったら…浩之」
 甘い声を聞きながら、背中にまわした腕に力を込めて、綾香を抱きすくめた。
 薄着の下に眠る柔らかい身体が、服の上からでもはっきりと感じられる。
 しっかりと綾香を抱きながら、首筋に唇を触れた。
 びくっと、綾香の身体が跳ねる。
「ここ…相変わらず弱いんだ」
 耳元でささやくと、それに反応するように、綾香が身をすくめた。
「あ…駄目だっ…てば……あんっ」
 首筋を、触れるか触れないかの微妙なタッチで、幾度となく舌先でなぞった。
 その動きにあわせるように、綾香の身体が小さく揺れる。
「あ…はぁ」
「色っぽい声、もっと聞かせてよ…」
 つうっと、耳の下まで舌を這わせ、そのまま唇で耳たぶを優しく咬んだ。
「んっ…」
 ぷるぷると、綾香が身を震わせた。
「駄目だっ…て、言ってるでしょっ」
 真っ赤な顔で、抵抗するそぶりを見せる。
「ごめん。でも、あんまり可愛いからついいじめたくなっちゃうんだよなー」
「…もう、浩之なんか知らない」
 ぷいっと、頬をふくらませてそっぽを向いた。
「怒ってる綾香も、可愛いよ」
「ちょ、ちょっと。人の話聞いてるの?」
「聞いてるよ」
「だったら…」
「…でも、やめない」
「あーん」
 首筋を、きつく吸った。
「キスマーク、残っちゃうよ」
 いやいやをするように、綾香が首を振る。
「しるし、付けておきたいんだ」
 もう一度、場所を変えて口づけた。
「オレの綾香だって、さ」
「今年の夏、薄着できなくなっちゃうじゃない」
 うっ。
 しばらく、間があった。
「…やめとく」
 すねるような顔をしていた、綾香が吹き出した。
「相変わらず…分かりやすいんだから」
 顔を寄せて、綾香が頬に触れた。
「表情見てたら、どんなこと考えてたのか、想像つくわよ」
 くすくすと、笑いながらオレの顔を見る。
 こういうときのこいつは、本当に無邪気に笑う。
「…ま、そういうことだ」
 図星を指されて、オレは素直にそれを認めた。
「綾香の健康的な色気、好きだからな」
 これは嘘じゃない。
「健康的でない色気も、好きだけど」
 ──これも、嘘じゃない。
 言いながら、胸のすき間に、右手をそっと差し入れた。
 布の感触と、柔らかい肌の感触にはさまれる。
「…浩之」
 綾香の、冷たい視線。
「新しいワザ覚えてきたんだけど、見たい?」
「え、えんりょしてお…ぐがっ」
 くるりと、世界が回った。
「いてててててててててててててて」
 右手が、変な方向に曲がっている、気がした。
 手足をばたつかせて、なんとか呪縛から逃れようとする。
 が、外れない。
「このワザのポイントはね…外せば外そうとするだけ苦しい体勢で締め付けられ
ていく、という点なの。女の子の護身用には最適ね」
「いてて…悪かった、勘弁してくれー」
 ひとしきり実技の講習を受けたのち、オレは解放された。
 か、身体が…。
「あやかー」
 じんじんする右手を引きずりながら、いも虫のように這って近づいていく。
 ころんと、頭を膝の上に落とす。
 柔らかな感触が、心地好かった。
 甘えるネコのように、頬をすり寄せる。
「…綾香?」
「もう、しょうがないわね」
 ふう、と肩をすくめて、
「明かり、消すわよ」
と、恥らいの表情を浮かべた綾香が、立ち上がった。



 照明の落ちた中で、お互いに服を脱がせあった。
 暗やみに馴れていない目の中に、綾香の裸身がぼんやりと浮かび上がる。
 綺麗な身体だ、と思う。
 何度も見ているはずなのに、気が付くと見とれてしまっていた。
「…どうしたの?」
 オレの視線に気が付いて、綾香が顔を寄せてくる。
 こつんと、おでこを触れ合うようにして見つめあった。
「いや、あんまり綺麗なんで、見とれてた」
 そのまま、思っていたことを素直に口に出す。
「…なんか、照れちゃうな」
 生まれたままの姿で、改めてゆっくりと身体を絡めあった。
 冷房の効いた冷えた空気が、身体からあっという間に熱を奪っていく。
 触れ合っているところだけが、暖かかった。
 胸に、手を添える。
 柔らかな感触が、手の中いっぱいに広がった。
 胸の先の、小さな突起を探りあてると、コリッとした感触が指先に感じられた。
 ゆっくりと指先で突起を転がしていく。
「綾香のここ、固くなってる…」
「…ヤダ…浩之…そんなこと言わないで」
 かあっと、綾香の頬が赤く染まる。
「お願い…優しくして」
 泣きそうな声が、頭の中に響く。
 潤んだ瞳で、綾香がオレを見つめていた。
 そんな綾香を見ているだけで、くらくらした感覚が頭の芯を溶かし、たまらなく
愛しいと思う気持ちが沸き上がってくる。
「綾香っ、愛してるよ…」
 何も考えられずに、ただ綾香の身体をきつく抱きしめた。
「……」
 無言のまま、背中に回された綾香の腕が、きゅっと服を掴む。
 腕の中にある綾香の身体は、小さく震えていた。
「ごめん、綾香」
 急激に戻ってきた理性が、後悔の念を呼び起こす。
「優しくするから、さ」
 それを聞いて、薄く涙を浮かべた綾香の顔が、照れ笑いに変わる。
「実はね…」
 恥ずかしそうに、目をそらす。
「浩之に抱きしめられてるだけで、あたしも感じてきちゃったみたい…」
 綾香の指が、オレの肩先に触れた。
「触って…浩之」
 そのまま手を、足の間へと導いていく。
「あ…」
 腿の内側に触れた瞬間、綾香が声を立てた。
 そのまま、指先を走らせる。
 淡い茂みに、指先が触れた。
 茂みの中に感じられる、柔らかく、濡れた感触。
 感じているしるしが、オレの指に絡み付いてきた。
 指を、かすかに差し入れる。
 つぷっ。
「あんっ」
 びくっと、身体が震えると同時に、可愛い声が聞こえた。
 そのまま、敏感なところにゆっくりと触れる。
 指先で転がすと、その動きに合わせて綾香が何度も声を上げた。
「あっ…そこは…んっ」
 熱い吐息が、オレの耳に届く。
 触れるたびに発せられるあえぎ声。
 唇をかみしめながら、いやいやをするように頭を振るたびに跳ねる黒髪。
 徐々に、綾香は高まっていった。
「ん…」
 うるんだ瞳で、オレを見つめる。
「いいよ、浩之…」
 吐息とともに、綾香が誘った。
「じゃ、行くよ」
 ゆっくりと身体を重ねていった。
 ぬるっとした、暖かい感触に包まれる。
 先から根元のほうまで、それは心地好い圧迫感とともにオレを包んでいった。
 オレの動きに合わさるように、背中に回された綾香の指先に徐々に力が込められ
ていく。
「ひろ……ゆ…きぃ…」
 甘い声で、綾香がオレの名前を呼んだ。
 きゅっと目を閉じて、苦痛に耐えるような表情が見える。
「綾香の中…暖かいよ」
 探りあてた指先を軽く握りしめながら、ふたたび唇を合わせた。
 すぐに、綾香が自分から舌先を絡めてくる。
 ぴったりと身体を合わせあい、少しでも身体のぬくもりを逃すまいとした。
 深く繋がったままで、しばらくオレたちはキスを続ける。
 頭の中が、真っ白になっていく。
 動いてもいないのに、綾香に包まれているところから、甘美な快感が沸き上がっ
てくる。
「相性いいのかな…すごく、いいよ」
 唇を離して、頬を合わせ、耳元でささやく。
 その言葉に反応するかのように、綾香の中がひときわキツく、濡れた。
「あたし…も……んっ」
 不意打ちぎみに、身体を動かした。
 繋がっている場所から、くちゅっという音が漏れる。
「ひゃんっ…」
 鼻にかかった悲鳴が、可愛らしい口から飛び出した。
 何度か、それを繰り返す。
 徐々に立てられた綾香の足が、オレの身体に絡みつけられる。
 誘われるように、何度となく綾香の奥まで入っていった。
 包み込まれる圧迫感とともに、ぴりぴりとした快感が背筋を走り抜けていく。
「浩之が、あたしの中に入ってるよ…入ってるの…」
 夢を見るような瞳で、綾香がうわごとのように繰り返していた。
 上気した顔が、普段にもまして美しく見えた。
 綾香のこの美しさは、オレだけしか知らない。
 そんな満足感が、頭の中をよぎっていった。
 手を伸ばして、シーツに広がった黒髪をゆっくりと撫でる。
「んんっ…」
 そんな少しの動きに反応して、綾香がびくっと身体を揺らした。
「だめっ…動かない……で」
 ぴくんぴくんと、小刻みに身体が跳ねる。
 その身体の動きにあわせるように、きゅっきゅっと、綾香の中が収縮した。
 密着した汗ばんだ肌の感触を感じながら、その中を行き来する。
「あっ…い…」
 綾香の背中が、限界まで反り返っていた。浮いた腰を、持ち上げるように腕を
回す。
 足の指先が、きゅっと握り込まれている。
 オレが身体を入れるたびに、可愛らしいあえぎ声とともに、逃げるように枕に
頭を押しつける恰好になっていく。
「ふあっ…ん」
 動きに合わせて、身体の上で胸が跳ねていた。
 揺れる身体に合わせて、複雑に形を変えていく。
 オレのほうは、限界を越えそうになっていた。
「綾香…もうオレ…」
 限界が近いことを告げる。
「あたしも…もう、だめぇっ…」
 指先を絡めた手を、ぎゅっと握り込んだ。ひとつになれればと願いながら。
「ふあっ…」
 意識もせずに、動きは早まっていった。
 最後の瞬間を、オレは求めていた。そして、綾香も。
「あ、あやかっ」
「ひろゆきぃ…」
 お互いの名前を呼び合った瞬間、しびれるような感覚に包まれた。
 どくん、どくん、どくん…。
 身体の中から、高まった想いが吐き出されていく。
「いっ…」
 その動きに触発されるように、綾香が声を高めた。
「んあっ…あっ…あっ…」
 びくん、びくんと、身体が跳ねる。
 オレの身体に回された綾香の指が、小刻みに震えていた。



 けだるい感覚。
 腕の上に感じる、肌の感触。
 シャツだけをラフに着た綾香が、オレをじっと見た。
「アンタまさか、知り合いの女の子のほっぺた、みんなつまんでるんじゃないで
しょうね?」
 うっ…するどい。
「…別に、いいけど」
 動揺するオレを横目で見ながら、綾香が呆れたように言った。
「まったくしょうがないんだから」
 頬杖を付きながら、指を伸ばしてオレの額をピンと弾く。
「お・し・お・き」
 くすっと、小悪魔のように微笑んだ。
「ま、ほっぺたくらいは別にいいとして…そこから、先に進んでたりはしないわ
よね」
「…してません」
「浩之のこと、信じてるからね」
 切なげな瞳で、綾香がオレを見つめる。
 可愛い。
 そんな綾香がたまらなくいとおしかった…が、同時に、尋常でない殺気が漂って
いるのを感じとってもいた。
 この殺気の主は…考えないでおこう。
 たぶん、気のせいだ。気のせいであってくれ。
「じゃ、浮気しないように、もうちょっとだけ綾香のこと好きになっておこうかな」
 言いながら、唇を触れた。
「んもう…すぐ誤魔化そうとするんだから。…ダメ」
 指先が、唇の間に割り込んできた。そのまま、顔を押されて離される。
 綾香が、ウインクをして言った。
「手強くなっていくのよ、女の子は。あたしも、ね」