(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

ファンクラブメンバー

Episode : Ayaka Kurusugawa

written by CRUISER
Original Copyright (C)Leaf 1997



「結局来なかったな…浩之……」

 来栖川家敷地内、祭事用別館のパーティルーム。その2階の窓の外にあるバルコニー
に綾香はいた。
 華やかな照明とは対照的な、冬の透き通った空気に満たされた夜の藍色が、疲れた目
にひとときの休息を与えてくれる。
 淡い水色を基調にしたパーティドレスの裾と、長く艶やかな黒髪を、夜風がかすかに
翻して行く。

  今夜、特別に催されたパーティも、そろそろ収束しつつある。
 窓の内側から聞こえる、適度にアルコールの入った陽気な談笑の声とは裏腹に、先程
から綾香は、ふぅ、と溜め息をもらしていた。

「もぅ…」
(招待、私から男のコに直接声かけてしたの、初めてだったのに…)

 バルコニーの手摺りに寄り掛かりながら、手にしたシャンパングラスを、意味も無く
上下に揺らしてみる。
 頬を撫でていく冷たい夜風が、火照った頬に気持ちいい。

「本当に来ないつもりなのかしら…」

 何時からだろう。
  藤田浩之という人間が気になりだしたのは。
  後輩葵の大切な先輩にして、姉芹香の想い人…
  
  最初は芹香の登校に便乗して、兼ねてから聞かされていたその男子生徒が、どんな人
物なのか見てみようと思った。本当に単なる好奇心だった。
 そして葵と好恵の野試合。この時初めて、浩之がなぜ皆に快く思われているかの一端
を知った。

 それから幾度か、偶然街中で出会う事もあった。

 何気ない世間話を二言、三言交わす度、不思議と以前から知った相手であるような、
そんな雰囲気にさせられた。
 
 …そして今。
 どうしてだかわからないけど、パーティに現れない浩之に苛立っている自分がここに
いる…

「………」

 グラスの底に、わずかに残ったピンク色の液体を、キュッと流し込む。
  
「一人で飲んでると、ペース早くなっちゃうわよ…」


                   ***


 その日の昼間。

 ダンッ!

『KO! Winner、来栖川!』

 対戦相手の身体が、床に勢いよく転がると同時に、ワッと歓声が上がった。
  試合場の観客席は、ほぼ満員。
  ここでは今、全日本エクストリーム協会と、他の国内有力団体との合同企画による特
別試合が行われていた。
 『アリーナフェスティバル』と題されたこのイベント試合は、秋に行われたエクスト
リーム全国大会の各部門の優勝、準優勝者と、国内他団体の所属選手とがぶつかりあう
という物だ。
 他団体からは、有名無名合わせて20名を越える選手が出場していた。
 一昔前ならあまり考えられなかった事ではあるが、近年の格闘技界のオープンな風潮
に上手く乗った形となり、出場する選手の数は年々増加傾向にある。
 そして高校生女子の部のチャンピオンである綾香も、当然この試合に出場していた。
  その綾香の試合が今、決着を見たのだ。
  
「綾香さん、さすがですね! もう全然余裕って感じでしたよ」

  一段高くなっている試合用スクェアから颯爽と下りてくる綾香に、葵が声を掛けた。
  その言葉に、綾香は競技用ウレタンナックルを付けた右手をひらひらさせて答える。

「じょーだんじゃないわよ、真剣にヤバかったんだから。なんであんなのが無名でいる
わけ? これだから油断できないのよ、世の中は」

 その言葉とは裏腹に、息一つ上がっていない。
 顔には、さも愉快そうな笑みさえ浮かんでいる。

「その割には全然危なげなかったじゃんかよ」

 同門の女の子達に肩を預け、よろよろと退場していく対戦相手の方を一瞥する浩之。
  女子高生としては珍しい、ムエタイスタイルの選手だった。
 目線を綾香に戻すと、綾香の表情がどことなく不敵な笑みに変わる。
  
「そりゃあ、ね。葵がここに勝ち登って来るまで、誰にも負けるワケにはいかないから」
「あ、綾香さん…」

 照れた様にうつむく葵。

「でも、やっぱり綾香さんは強いです。スピードがあって、流れとリズムが一体になっ
てて…なんかとってもキレイだなって。…変な事言ってますけど」

「そお? ありがと葵。でもあなたも相当な物よ」

「そ、そんな、私なんて…」

 びしっ、と葵を指差す。

「またそうやって自分を過小評価する! いい? あなたは強いんだから、もっと自信
持ちなさい。そうしないと置いてっちゃうわよ。いつまでも待ってると思ったら大間違
いなんだから」

 綾香の言葉にハッとした表情になる葵。

「は、はいっ! がんばります! 次こそは必ず綾香さんと闘える様に!」

「よろしい」

 真剣な眼差しで拳をぐっと握り締める葵の姿に、綾香はにこやかな表情を向けた。

『まもなく第5試合が始まります、場内のお客様方は各自御自分の席へお戻り下さい。
第5試合は日本テコンドー連盟所属の……』

  場内には次の試合のアナウンスが響き渡り、思い思いに歩き回っていた観客も、各自
自分の席に戻っていく。
  そんな中、綾香達三人だけが、会場の出口へと歩いていた。

「しっかし綾香って、ホントに強かったんだなー」

 浩之がそう言うと、ナックルを両手から外しかけていた綾香が、ちょっと眉をしかめ
て顔を上げた。

「あーヒドいわね、今までフかしてたと思ってたワケ?」

「だってしょーがねぇだろ、オレは綾香の試合はおろか、練習も見た事無かったんだか
らよ」

「じゃ、ぜひ感想を聞いてみたいわねー。どう? 私の試合は?」
 からかう様な笑みを浮かべて、浩之に問いかける。

「ま、カッコ良かったぜ。特に最後の連続キックなんて、ブルース・リーも真っ青って
感じだったモンな」

「ふふ〜ん。惚れた?」

「アホ」

 にっ、と笑い、前方の空間へ向かって、その連続蹴りをマネてみる浩之。
  ローに2発、そのままミドルへ1発、その反動を使って則頭部へのハイキック、そして止めに飛び後ろ回し蹴り。

「やっぱオレにゃムリだわ」

 そう言って両手を広げておどけてみせる。

  そのスピードは残念ながら、先程の綾香の比では無かったが、一連の動作は見よう
見まねとは思えないほどスムーズな物であった。

「ま、ファンになったって感じかな。『エクストリーム選手として』だけど」

「別にそこで区切んなくてもいいじゃない」

  浩之自身は、現在葵と共にエクストリーム同好会の活動に日々勤しんでいる。
  次回大会には、葵と二人揃って出場するのが目標らしい。
  綾香も何度か練習を見に行った事があったが、技のキレ、スピード共、以前よりかな
り上達していたし、なにより飲み込みの早さには幾度と無く驚かされたものだ。
 次回の”二人揃って出場”というのも、かなり現実味を帯びてきていると、綾香は内
心思っていた。

 プレス関係者が何人か、忙しそうに行き来する長い廊下を、三人は歩いていく。
  途中、明らかに年上とおぼしき数名の女性達に「おはようございます」と挨拶され、
その度綾香は「おはよう」と返していた。

「センパイの話で思い出しましたけど、綾香さんって、寺女の方に私設ファンクラブが
あるんですよね」

 葵がそう言うと、綾香はやれやれといった風に力無い笑みを浮かべる。

「あるわよ〜当然女のコばっかりだけど。それに私の知らないうちに作ってたみたいだ
し。悪い気分じゃないけど、なんか複雑よねー」

「同じ学校の生徒なのにファンクラブなのか? よくわかんねーな。だいたいそのファ
ンクラブの活動内容はなんなんだ? まさか会報配ったりしてんじゃねーだろーな」

 首を傾げ、本当に不思議がっている浩之。

「よく知らないわ。でも『帰り際に並んで歩く』ってのがあるみたいでねー。私、玄関
から迎えの車まで、一人で歩いた事無いのよ」

「なんじゃそりゃ、ささやかなっちゅーか、欲の無いっちゅーか」

 そう言っている浩之の顔は、半ば呆れ顔だ。

「それぐらいで結構よ、同性からストーカーでもされたらかなわないわ」

「いっその事、公認ファンクラブにしちまえばいいのに」

「うちが共学だったら考えたけどね」

  選手控え室の扉の前に着くと、思い出した様に綾香が口を開いた。

「そうそう、今夜、パーティがあるんだけど、二人とも来る?」

「何のパーティだそりゃ?」

「ちょっと遅いけど新年会の一種よ。例によってお偉いさん達も来るけど、そんなに窮
屈な設定じゃないから」

「…あ」

 葵は一瞬はっとすると、申し訳なさそうに口を開いた。

「ごめんなさい綾香さん。私、今夜は両親と出かける用事があって…」

「あら、そうなの?」

「はい、誘ってもらった事はとっても嬉しいし、感謝してるんですけど、どうしても…」

「そう…ちょっと急だしね。残念だけど、ま、家の用事じゃしょうがないわ」

「す、すみません…本当に」

「気にしない気にしない。で、浩之は?」


                   ***


 バルコニーの手すりに身を預け、何気なく正門の方を見やる。
  もう入場する来客は無いと判断したのか、入り口で入場者をチェックしている執事の
数も減っていた。

 ふぅ

  深くため息を一つつく。

”そんな堅っ苦しいとこ、行けるかよ。”

 あの時の誘いの言葉を、浩之はそう言って一蹴したのだ。
  
「私の誘いを一言で断るなんて、いい度胸してるわよまったく…」

 かちり、と手にしたグラスを手摺りに当てる。

  確かに、あまり窮屈な設定では無いとはいえ、敷地内の施設で開かれるパーティとも
なれば、政界や財界の関係者がそこそこ集まってくるし、高校生が来て楽しいかと言わ
れれば疑問ではある。
 でもそれは大人のビジネスの話。
  少なくとも自分達は、その場に居て慣例的な挨拶を済ませるだけで、後は自由に振る
舞っていい事になっている。
 そんな時浩之が居てくれたら、と、ふと思った。
  理由も無く、突発的にそう思った。
  その途端、今まで何も期待していなかった、形式のみのパーティの風景が、綾香の頭
の中で鮮やかな色をつけ始めたのだ。
 
”いいじゃない、別にタキシード着てこいとか言わないから。普段通りの格好で、ちょ
っとだけ遅れてきてくれればいいの。そうすれば別段怪しまれないし、それに食べ放題
飲み放題よ。”

  我ながら少々強引か、とも思ったが、一旦楽しい方向へ向かった思考は、そう簡単に
は戻らない。その時の綾香は、自分の言動に戸惑いつつもいかに浩之をパーティに引き
ずり出すか、で思考を占められていた。

 ひゅぅ、と冷たい夜風がバルコニーを通り過ぎる。
  見上げると最近にしては珍しく、冬の星座が夜空いっぱいにはっきりと見えた。

(夜空はロマンチックなんだけどね…)

 南天に浮かぶ三連星が、ちらちらと瞬いている。

  それなのに……。

  いつもの退屈な、パーティとは名ばかりの接待。
  油ぎったオヤジどもや、光りモノをチャラチャラさせたオバサン達、頭の悪そうなボ
ンボンとの、上っ面だけの会話。

(せっかく試合に勝っても、これじゃ罰ゲーム受けてるみたい)

 そんな事をつい思ってしまう。

(浩之…)

”わりいけどオレ、そういう集まりってニガテなんだ。今度個人的に誘ってくれや。”

 あの時、そう言って浩之は去っていった。

「私だって、得意じゃないわよ……」

 浩之の言動を思い出し、綾香はさらにつぶやいた。
  奇麗なラインの顎を手摺りに乗せ、なんとなく外の風景を見渡す。
  屋敷の周りに植えられた常緑樹のシルエットが、寂しげな気持ちに拍車をかける。
  そういえば今年はまだ雪が降らないわね、と思っていると、ちら、と目の端を白いも
のがよぎった。

「雪?」

  空を見やると、そんな気配はどこにも無い。

 何気なく目をやった先は、特に何の変化も無い見慣れた庭先。
  せめて雪でも降ってくれたなら、このどこか寂しい気持ちも幾分安らぐのに。
  折角のドレスも、磨き上げた髪も、薄く施したメイクも、見て誉めてくれる相手がい
なかったら、何の価値も無い。

  ふぅ。

  今夜何度目かのため息。

(もう戻ろう…)

  綾香は自室に引き上げる為、照明の明るい窓側へ振り向いた。


  一瞬、思考が止まる。


  その大きな飾り窓の左側、ちょうど明かりの届かない影、その枠にもたれ掛かる様に
して、一人の男が立っていた。
  窓から差し込む照明の逆光でシルエットしか解らないが、その輪郭が綾香の頭の中で
明確な像を結ぶ。

(浩…之…?)

 何の根拠も無いが、もう間違いなく浩之だと瞬間的に理解した。

「やっと気付いたか。」

 まるで舞台劇の主役が登場するかの様に、窓から漏れる光の下へ、ずい、と歩み出る
浩之。
 にやっ、と笑ったその顔には、してやったりと描かれている。

「な、なに? いつからそこにいたのよ。」

 不意の登場に、どうしようもなく胸が高鳴ってしまう。

「10分ぐらい前かな。」

 10分前といえば、綾香より先にバルコニーにいた事になる。

「も、もう。そんなとこに立って黙って見てるなんて、失礼だと思わない? それに今
頃来たって、料理も飲み物も殆ど残ってないんだから。」

 来てくれた、という嬉しさと、すぐに自分に会いにきてくれなかったという苛立ちが
ないまぜになって、綾香の頭は軽いパニックに陥っていた。

(やだ、何で私がドキドキしなきゃなんないのよ?)

  本人の焦りとは裏腹に、胸の高鳴りはどんどんペースアップしていく。
 綾香は、自分の胸の鼓動が伝わってしまうのではないかと、気が気ではなかった。

「それにその格好…」

 浩之は、どこから調達してきたのか、ビシッとした黒いタキシード姿であった。

「ああこれか?」

 浩之は窮屈そうなタキシードの襟元を緩め、
「まいったぜ、言われた通り普段着で来たら入り口にあのじじいがいてさ、いきなり追
い返されそうになったんだぜ。”かぁぁーーーっ!!”ってな。」

  そういって、肩をすくめる。

「で、綾香から誘われんだって事情を説明したら、”とにかくその格好では中に入れら
れん!”って言われて、控え室に連れ込まれてさ、もう無理矢理脱がされて、これに着
替えさせれたんだぜ。まったく、マジで強姦されるかと思ったぜ。」

「なにバカな事いってんのよ。」

 自然にくすっ、と笑みがこぼれた。
  
  見ると浩之の着ているタキシードは、来栖川家の執事用のものだ。
  いつも目にしている、洒落っ気も何もない服装が、今だけは特別にあつらえたかのよ
うな魅力的な衣装に見える。

(フォーマルな格好も、結構似合うじゃない)
 
  口に出したら照れてしまいそうな感想を、心の中でつぶやいてみた。
  
「でもよー、この格好のせいで、周りから執事に間違われて大変だったんだぜ。やれ酒
をもってこいとか、料理の追加をくれとか、揚げ句の果てには、コンパニオンの姉ちゃ
んを紹介しろときたもんだ。アホらしくてこっちに避難してきたって訳さ。」

 いつのまにか綾香の中にあった、さっきまでのちょっとブルーだった気持ちは、どこ
かへ飛んでいってしまっていた。

 不思議だと思う。

  男性の友人なら、浩之と知りあう前からだってたくさんいる。
  ほとんどが財界、政界の御曹司だが、中には男性として気になる存在も数人いる。
  アメリカの格闘技のコーチ、まだ売れてないロックバンドのドラマー、フランスで
似顔絵描きをやって暮らしてる画家志望の青年…。
  でもそんな男達を尻目に、浩之は自分の心の中に、すとん、と居座ってしまった。
  別段特技があるわけでも、容姿がいいわけでもないのに…。

「でもよく来てくれたわ、さっきまで退屈でもう帰っちゃおうかなって思ってたとこな
のよ。」

「ほほう、オレが来れば退屈じゃなくなるのか?」

  む。
  冗談めかしたアプローチ。
  いつもは私の方からなのに。
  結構言うようになったわね。と、綾香は思った。

「そりゃ、ね。いっつもバカみたいな事言ってるし、さっきみたいに。」

「あのなぁ、バカってこたーないだろ。あれはれっきとしたギャグで、そもそも…」

「はいはい、わかったから中に入りましょ。いつまでもこんな所にいたら風邪ひいちゃ
うわ。」

 そう言って綾香はホールの中へと、浩之の背中を押す。

(…意外に広い…)

 ちょっと触れただけの、浩之の背中。
  そのわずかな接点にさえ、なんだかとても意識してしまう。
  
(ちょっと洒落になんなくなってきたわね。この綾香さんともあろう人が…)

 気付きかけてた、自分の気持ち。
  その気持ちの断片が、浩之といるだけで、ぽろぽろとこぼれてくる。
  嬉しい様な、悔しい様な、そんな不思議な気持ちだった。

「なぁ?」

 急に浩之が振り向いた。

「なななに?」
(やだ、何どもってるのよ私)

 あせりまくる綾香。
  そんな綾香に気付いて無いのか、浩之は平然と話しかけてくる。

「公認ファンクラブってのは無いのか?」

「え? 急に何言い出すかと思ったら…」

 綾香の言葉を遮って、浩之が続ける。
  どことなく表情が硬い。
  
「オレ、ファンになった」

 とくん
  一つ、大きく胸が鳴った。

「綾香がオレに気付くまで、じっと見てたんだ、悪いけど」

「………」

「昼間は『エクストリーム選手として』って言ったけど、それ、ヤメ」

 ぶっきらぼうだが、確かに照れながらのセリフ。

「………」

  綾香は、イタズラっぽく笑うと浩之から離れ、

「どうして?」

 そう言いながらドレスの裾を翻す様にくるりと回って見せる。
  窓から差し込む淡い光を受け、ゆるくウェーブの掛かった綾香の黒髪がきらきらと輝
いて見えた。

「…わかってやってるだろ、それ?」

「まぁ、ね。でもこういう時は、ちゃんと言葉にして」

 室内からの光で半分だけ見えてる浩之の顔は、今まで見た事が無いぐらい赤い。
 綾香は、先程の胸の高鳴りが戻って来るのを感じていた。

「えっと…その…慣れてねぇんだよ、こういうのは」

「こらこら、誤魔化さない」

「あー、その…な」

 照れまくって、そっぽを向いている浩之。
 その仕草が可笑しくて、綾香は知らずのうちに微笑んでいた。

「今、目の前にいる綾香が…」

 とくん、とくん、とくんとくん…
  心臓の鼓動がはっきりと自分で聞こえる。

「…綾香がすっげーキレイだからさ、ドレスとか…」

 とくんっ。
  自分でもびっくりするぐらい大きく、胸が鳴った。

(あ…私…、嬉しい…たぶん嬉しがってる…)

 今まで飽きるぐらい、容姿や衣装を誉められはしたが、こんな風に感情が高ぶるぐら
い嬉しいかった事なんて一度も無かった。

「んもぅ、そこで一言多いんだから…でもいいわ、合格」

  なんとかいつものノリを崩さずに、会話を続ける。
 
「おめでとう。キミは『来栖川綾香公認ファンクラブ』の会員ナンバー1よ」
 
  そう言って、ウィンクしてみせる綾香。
  気がつくと、お互い顔が真っ赤だ。
  
「…よかったぜ、定員オーバーじゃなくて」

「危ないトコだったわよ、なんたって募集は一人だけなんだから」

「じゃ、入会特典は無いのか?」

「あるわよ」

「ほう、そりゃ何だ?」

 イタズラっぽい微笑みを浮かべる綾香。
  自分の腕を、するりと浩之の腕に絡ませる。
 
 そして…キス。
  浩之の左の頬に、軽く触れるだけのキスをした。
  驚いている浩之の瞳をじっと見つめ、囁く。


「わ・た・し」


                             fin.


あとがき インデックスへ戻る