(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

for 「本日のお題」

 

「ENTER THE DRAGON」

Episode:セバスチャン

 

Original Works "To Heart"  Copyright (C) 1997 Leaf/Aqua co. all rights reserved

CAUTION:This story is not serious!

written by CRUISER  1997/10/13


 夏休みのある日。
  オレは銀行に来ていた。
 まだ月末まで、ずいぶん残っているというのに、オレの財布の中身は、かなり寒かった。
 ここんとこ、余計な出費を重ねてしまったので、生活費が心許なくなってきたのだ。
 志保達に誘われるまま、ヤックに行ったり、ゲーセンやカラオケで盛り上がったりし
過ぎた。
 しかもほとんどオレのおごりだ。
  どうも最近調子が悪く、志保とのゲーセン勝負に連敗を喫している。
  こういう時に限って、あいつは”遊びに行こうよぉ〜”などと頻繁に誘ってくるのだ。
 断らないオレもバカだけどな…。
 こんな時、あかりがメシを作りに来てくれたら大助かりなんだが…。
 あかりがメシを作りに来てくれると、かなり経済的、かつハイレベルな料理にありつ
く事ができる。
 費用対効果としては、ほぼトップクラスと断言してしまおう。
 家庭料理の鉄人と言われる、ナントカっておばさんと、マジで張り合えると思うぞ。
 しかし、”生活が苦しいからメシ作ってくれ”なんて言おうもんなら、あかりの事
だ、あれやこれやと余計な気を回すに決まっている。
 オレとしても、そんなみっともない理由で、あいつに借りを作るのはゴメンだ。
 という訳で、なんとか自分でやりくりするべく、僅かな貯金を引き出しに来たのだった。

              *

 ウィィィン、という音を立てて入り口の自動ドアが開く。
  中の冷気が、オレの体にまとわりついた暑気をはがしてくれる。
  あ〜、生き返るぜ。
  中に入ると、キャッシュディスペンサーの前には、大勢の人の列ができていた。
 これだから都市銀行はめんどくせーんだよな。
 ぶつぶつ言いつつも、オレはその列の最後尾へと向かった。
 目の前には、長身の黒いタキシードを着た、初老の男。
  この暑い中、こんな格好してるヤツには心当たりがある。
「あんたは…」
 オレの声に気づいて振り向いたその男は、
「これはこれは、藤田様。珍しい所でお会いしますな。」
 セバスチャン。
 芹香先輩が付けた、愛のニックネームだそうだ。
 本名は姓しか知らないが、長瀬というらしい。
 芹香先輩付きの、来栖川家の執事だ。
「あんた、こんな所で何をしてるんだ?」
「見ての通り、列に並んでおるのですが?」
 相変わらず、すっとぼけたじいさんだ。
「そうじゃなくて、なんで銀行なんかにいるんだよ?」
「ここは来栖川銀行の支店ですので。」
「?」
「まぁ、平たく申しますと、本日は手前の給料日でしてな。」
「…執事の給料も銀行振込なのか?」
「左様で。」
 まぁ特に不思議でもないけど、なんとなくイメージに合わない様な…。
 そういえば…
「そういえば、今日は芹香先輩はいないのか? 外出するときはいつも後をつけてるんだろう?」
 そう言うと、セバスチャンは少し顔をしかめた。
「御嬢様方は、現在この建物の5階で催されております、絵画展を御覧になっておいでです。」
 そう言われて思い出した。
 このビルは一階こそ来栖川銀行支店だが、その上の階には、デパートやらイベントホール
やらがあるのだ。
 そして今は、その5階のイベントホールで、世界的有名画家――イルカや海の絵ばっ
かり描いてる長髪の画家だ――の展覧会が開かれているはずだ。
 新聞のチラシでみた覚えがある。
「お嬢様方ってことは、先輩一人じゃないのか?」
「左様、本日は妹君の綾香様も御同行なされております。」
 ほほう。
「じゃあ、あとで顔出しに行ってみるか。」
 そのとたん、
「かあぁぁーーーーーーーーーーーっっ!!」
「うわわっ!」
 例のごとく、迷惑な大声を張り上げた。
 列の人々が驚いてこっちを向く。
「小僧、まだ御嬢様に無礼を働く気かっ!」
「ぶ、無礼もなにも、近くに居るんなら、挨拶ぐらいするのが常識じゃんかよ!」
 銀行の行員が、驚いた顔して”どうかしましたか?”と走り寄ってきた。
 その行員に向かって、なんでも無いですからと説明するオレ。
「儂の目の黒いうちは、貴様の好きにはさせん!」
 なんか、どうでもいいんだが、そのエネルギーをもっと違う方面に向けてくんないかな…。

 その時。
「キャーーーーーーーー!!」
 黄色い女性の悲鳴。
 振り向くと、預金カウンターの所で、サングラスをした男が拳銃をカウンターの女性
行員に突きつけていた。
 げげっ!
 銀行強盗ってか!
 おいおい、マジか!
「動くなっ!!」
 その男は、女性行員の腕を掴み、頭に銃口をあてて、声を張り上げた。
 周りの人々は、あぜんとしている。
「金だ! そのバッグに金を詰めろ! 早く!」
 その男の仲間らしい、別の男が、大きなスポーツバッグを、カウンタの中にいる従業
員へ投げ渡した。
 それと同時に、入り口からざざっ、とフルフェイスヘルメットを被った男達が3人、
銀行の中へ飛び込んでくる。
 こりゃ完璧、銀行強盗だぜ。
 まさかナマで見ることになろうとは。
 後から入ってきた3人は、CD機に並んでいるオレ達を取り囲んで、手に持ったナイ
フで威嚇している。
 …こりゃまいったぞ。
 銀行強盗は総勢5人。
 人質になってしまった女子行員と、それを捕まえている男。
 こいつは拳銃を持っている。
 一人が正面入り口、もう一人はビル内部へ繋がる裏口を固め、残る2人は店内に散ら
ばり、客を出さない様に包囲している。
 エクストリーム同好会で鍛えたかいがあって、 オレも一人ぐらいなら、なんとかし
てみせる自信はあるが、こう不利な状況ではいかんともし難い。
 事実、他の銀行員も、うかつに非常ベルを押せないでいる。
「早く金を詰めろって言ってんだよ!!」
 拳銃持った男が怒鳴ると、行員は脅えつつも札束をバッグに詰めはじめた。
 くそう、なんとかならんもんか…。
 ふいに奥のドアが開いた。
「長瀬! いつまで待たせるのよ! もう帰るわよ!」
 見覚えのある二人の女性。
 芹香先輩と、妹の綾香だ。
 場の雰囲気の異様さに、動作が止まる二人。
「強盗…?」
 怪訝そうな表情で、綾香がそう呟くと同時に、強盗の一人がそっちに向かう。
「おっと、美人の嬢ちゃん。動くんじゃないぜ、静かにするんだ。」
 そいつは、いかにも下品な声を出し、綾香の腕を掴もうとした。
 その瞬間。
  鈍い音と共に、フルフェイスの強盗は吹っ飛んでいた。
 綾香の踏み込みざまの肘打ちが、ボディにもろに入ったのだ。

 ……すげぇ。

 冗談抜きで、動作が全く見えなかったぞ。
 肘打ちだってのも、相手が吹っ飛んだ後に、綾香が構え続けていたから、わかったよ
うなもんだ。
 正面にいた奴にしてみれば、綾香が突然消えた様に見えただろう。
 しかも間合いは4m以上はあった。
 つまり、約4mの距離を、コンマ数秒で詰めてこれるという事だ。
 これが来栖川綾香…。
 あの葵ちゃんが、目標にしているだけの事はある。
 
 突然の事に、強盗一味が浮き足立つ。
 これはチャンス!
「藤田様。」
 いやに落ち着きはらったセバスチャンの声。
「?」
「隣のヤツを頼みます。」
 そう言うと、セバスチャンは、CD機の列を威嚇している強盗の一人に視線をやった。
「ああ。」
 オレはニッと笑って見せた。
「あんたは?」
 と、オレが聞くと、
「私はあ奴を」
 そう言って顎で指し示した相手は、人質を連れた拳銃男だった。
「大丈夫か?」
 オレは本気で心配していた。
  いかに格闘の心得があるとはいえ、拳銃を持った相手に勝てる見込みはそうそう無い。
 武術の達人が、ピストルやらマシンガンを持った相手を、バッタバッタとなぎ倒すの
は、ありゃ漫画の世界の話だ。
「御心配には及びません。進駐軍の荒くれどもは、ピストルの所持など当たり前でござ
いましたのでな。」
 そう言うと、不敵な笑みを浮かべる。
  そういえば、このじじい、格闘技の心得があるらしいのは聞いていたが、どんな技を
使うのかは知らないな。
 いつも”かあぁぁぁーーーっ!!”ばっかりだから、合気道かなんかだと思うんだが…。
 面白れえ、お手並み拝見といくか。
「おし、じゃあ頼んだぜ。」
「お任せを。」

              *

「……おい、あんた。」
  オレはすぐ近くにいる、ナイフ男に向かって言葉をかけた。
「?」
 ふいに話しかけられて、驚いている所で、オレは右足を軽く上げた。
「てめぇ!!」
 男が右手に握ったナイフを振り降ろしてくる。
  かかった。
 今のはフェイントだよ〜ん。
  おかげでボディが、がら空きだぜ。
  オレは余裕を持って、踏み込みを開始する。
  綾香程じゃ無いが、オレも2mぐらいなら、コンマ数秒で間合いを詰める事が出来るのだ。
  こいつ、素人と見た。
  ナイフは振り降ろすもんじゃなくって、刺すもんだ。
  懐へ入り込みつつ、左腕で相手の右上腕を弾く。
  そして右肘で、相手のみぞおちを打つ。
  (ドゴッ!)
  手応えがあった瞬間、右肘を開き、上に向かって裏拳を出す。
  (ガシィッ!)
  顎にクリーンヒット。
  相手は”ぐげ”とも”があっ”ともつかぬ声を上げて、もんどりうった。
  葵ちゃんに教えてもらった、蟷螂拳の肘法(ちゅうほう)のアレンジだ。

 それとほぼ同時に、セバスチャンも動いた。
  日光の差し込む窓の下へ。
  綾香の方を見て、硬直していた拳銃男が、それに気付いた。
「てめぇ、じじい! 動くなって言ってるだろうが!!」
 人質ごとセバスチャンの方を向く。

  その時。

 セバスチャンが、タキシードの胸元を開いた!

「セバスチャン・Z(ゼット)ビイィィィーーームッ!!」

 ぴっかぁぁぁぁぁっ!!
「う、うわっ!!」

「セバスチャン・キィィーーーック!!」

 ばしぃぃっ!!

「ぐはぁぁっ!!」
「セバスチャン・パーーンチ!! パンチ! パンチ! パァーーーンチッ!!」

 どごっ! どかっ! どがぁっ!

「ぐわっ! ぐわっ! ぐわあぁぁっ!!」
「イ・ナ・ズ・マ、セバスチャン・キィィーーーーーーーーック!!」

 ばっきぃぃーーっ!!

「ひ、ひでぶぅっっ!!」

 拳銃男は、泡を吹いて、失神した…。

 ………
「………」
 ………
「………」
 ………
  
  ……、解説せねばなるまい。
  まず、あのじじいは、胸元にあった鏡で、拳銃男の顔に日光を反射させた…。
  次にそのまま、なーんにも考えずに、相手の顔に跳び蹴りを食らわせた…。
  さらにそのまま、なーんにも考えずに、相手をタコ殴りにした…。
  最後に、やっぱりなーんにも考えずに、相手に後ろ回し蹴りを放ったのだ…。
  
  …オレの眉間には、まるで”ちびまる子ちゃん”の様な、縦筋が入っていた。
  見ると、綾香の眉間にも、同じ様な縦筋が入っている…。
  先輩は――さすがに入っていなかった。
  
  開放された人質は、怖いものでも見たかのように(いや、実際に見たんだが)ずりず
りと後ろに下がって、イヤイヤと首を振っている。

 ………。
 ………。
 ………。

「ちょっと! 今のうちに警察!!」
  いつの間にか、オレの背後に綾香が来ていた。
 ……はっ。
「そ、そうだ! おいっ! 警察を呼べ!」
 オレは忘然としている、カウンター奥の銀行員に声を掛けた。
  声を掛けられた男も、我を忘れていた様だったが、すぐさま正気に戻ると、非常ベル
のスイッチを押した。

 ジリリリリリ……
  
  ベルの音が鳴り響く。
  その音で、銀行内の全員が、正気に戻った。
  
「く、くそうっ!! おい! 逃げるぞ!」

 残った二人のうち、片方が叫ぶ。
  
「逃さんっ! とうっ!」
 じじいが跳んだ。
  二人が向かった正面玄関の前に、スタッと着地する。
  …特撮かってーの。
  そして、おもむろに二人の顔面を、両掌でむんずと掴んだ。
「うわっ! は、放せっ!!」
 そのまま宙吊りになる二人。
  そして――

「セバスチャン・コレダァァーーーーーーッ!!」

 バリバリバリバリ……

「ぐががががががががががががっ!!」

 まるでじじいの両手から電撃が出ているかの如く、身悶えする二人。
  …そんな訳は無い、ただじじいが揺すっているだけだ。
  ともかく、二人は必死に顔から掌を外そうともがく。
  ……。
  そして静かになった…。
  
  どさっ。
  意識を失った二人は、そのまま床に倒れ込む。
  
  ……。
  ……。
  ……。
  
  ファン、ファン、とパトカーのサイレンが聞こえてきた。
  
「…おい、じじい。」
 オレの眉間は、縦筋が浮かんだままだ。
「藤田様、何度言ったらわかるのですかな? 私にはセバスチャンという名が……」
 オレはじじいの発言を無視して続けた。
「ありゃ、何だ?」
「ほう、わかりませぬかな? まだまだ修行が足りない様で…」
「な・ん・だ!?」
「あれは、見ての通り…」
「見ての通り?」

「空手でございます。」

「ウソつけっ!!」

 オレと綾香のツッコミが、奇麗にハモったのは言うまでもない……

                                 fin.
※参考文献
 「秘門・蟷螂拳入門」     松田隆智
  「炎の転校生」        島本和彦
  「トップをねらえ!」     ガイナックス
  「北斗の拳」         武論尊/原哲夫
  「Rape+2πr 激闘編」 天王寺きつね

あとがき:
   ごめんなさい、旅に出ます、探さないで下さい。


感想入力フォームへ    二次創作おきばへ戻る