(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

for 「本日のお題」

 

デートしようよ!

Episode:松原 葵

 

Original Works "To Heart"  Copyright (C) 1997 Leaf/Aqua co. all rights reserved

written by CRUISER  1997/10/28


 秋、10月。

 ガヤガヤ……
  
  周りの喧騒も、今のオレには耳に入らなかった。
  午後2時15分、市立中央体育館。
  今ここで行われているのは、”全日本エクストリーム選手権大会・地区予選”。
  オレの出番が、あと数分後に控えている。
 だだっ広い館内に、10m四方のスクウェアが設置されている。
  そこで、これからオレが闘うのだ。
  
  心臓がバクバク言っている。
  こんなに緊張するのは、初めてかもしれない。
  ああ、あの時、葵ちゃんに、”葵ちゃんは強い!”と言って聞かせてやったオレは、
今のオレとは全然別人だ…。
 初めての大会、初めての対外試合。
  こんなに緊張するモノなのか…。
  
  共に出場した葵ちゃんは、この場所で午前中行われていた、高校生女子の部で、早々
に予選突破を確定した。
 クジ運が悪く、試合回数は最多の三試合だったのだが、なにしろ一試合の時間が短か
く、しかもすべてKO勝ち。
  ここに来てオレは初めて、彼女の実力が平均レベルよりずっと上だと言う事を、思い
知った。
 以前の坂下戦では、実力伯仲していたせいか、そんな印象を持たなかったんだが、今
回の様に色々なレベルの選手が出てくる大会となると、おのずと彼女の実力のポジショ
ンが、どの辺りなのかを知る事になる。
 はっきりいって、並のヤツらじゃ相手にならない。
  
  最初の相手は試合開始直後から、葵ちゃんの猛ラッシュに耐えきれずダウン。
  試合時間1分15秒。
  
  続く二試合目も、もみ合いからの左ストレートが、相手の顎にモロ入りし、失神。
  1分24秒。
 
  第三試合の相手は、結構可愛いポニーテールのコ…いや、それは関係ないな…まぁ、
とにかく、やり手と評判の高いコだったのだが、やはりスタート直後の猛ラッシュから、
葵ちゃん得意のコンビネーションハイキックを食らい、ダウン。
 2分8秒
 
  これで、予選突破が決定。計5分弱。
  
  やっぱり強いぜ、葵ちゃん。
  
  オレの方は…というと、クジ運はまぁまぁで、予選突破まで二試合を抜けばいい事に
なっていた。
 ところがまことラッキーな事に、その最初の対戦相手がケガで欠場。
  オレは一回戦を不戦勝で突破し、今から始まる第二回戦に勝てば、予選クリアーとい
うことになる。
 その試合が、今から始まるのだ。
  相手は、隣町の男子校の選手で、見るからにゴツイ。
  タッパもあるし、顔も劇画で出てくるヤクザのキャラクターの様にイカツい。
  五分刈り頭に、妙に太い眉毛、さらに唇が厚く、眉間に縦じわが寄っている。
  いわゆる悪役顔だ。
  オレはそいつの事を、親しみを込めて、”悪役くん”と心の中で呼ぶ事にした。
  …まぁ、そんな事はさておき。
  オレの実力は、エクストリーム同好会に、正規に入部してからのこの半年で、かなり
伸びたと思う。
  自画自賛というわけじゃない、これも一緒にいてくれる葵ちゃんのおかげだ。
  彼女の教えかたはとてもポイントを押さえていて、わかりやすいし、しかもきちんと
基本が成っているから、オレの前でやって見せてくれるお手本も、とても奇麗だ。
 そしてなにより、彼女と二人だけの同好会が、オレにとって非常に居心地のいい場所
になっていた。
 だからおのずと練習にも身が入ろうというモノだ。
  葵ちゃんの様なハイレベルの選手と組み手をやっていたのも、実力アップの主たる要
因だろう。最初はかなりキツかったが、今では勝てこそしないものの、そこそこ時間を
稼ぐ程度に、張り合う事ができるようになった。
 だからこそ、予選落ちなんてみっともない事だけはしたくない。
 葵ちゃんとがんばったこの半年の成果を無駄な物になんてしたくない。
 負けられないぜ。

 …ってさっきから、どうもこの”負けられない”が緊張の原因なんだよなー。
 頭の中じゃ”勝ち負けを意識するな、常に自然体であれ”という、どこかの偉い人の
言葉も理解できるんだが、実際にその場に立つと、やっぱり緊張するモンは緊張する。
 そんな事を考えながら、、なんとか緊張をほぐそうと深呼吸をしていた時、決勝大会
出場の手続きを終えた葵ちゃんがやってきた。
「センパイ、いよいよですね。コンディションはどうですか?」
 いつものように、爽やかな笑顔で話しかけて来る。
「ああ、バッチリ。…って言いたいトコだけど、情けない話、ちょっと緊張しちまって…。」
 オレが正直にそう告げると、彼女はクスッと笑うと、
「大丈夫ですよ、センパイ。そんなに緊張しなくっても、センパイなら絶対勝てますって!」
 そう言ってくれた。
「センパイはこの半年で、とっても伸びてます。並みの人の数十倍は早い上達ですよ。
特にセンパイのローキックは凄いですから、それで相手の出足を止めてしまえば、間違
いなくいけます。ホントに大丈夫です。」
 いつもより、多少饒舌ぎみに喋る葵ちゃん。
  彼女なりに、オレを一生懸命励ましてくれている。
「葵ちゃん…ありがとう。」
  こういう時、人から励まされる事が、こんなにも嬉しい事だったとはな。
 いつの間にか、体の震えがおさまってきた。
「おしっ! だいぶ緊張もほぐれてきたぜ。これなら行けるぞ。」
 オレは葵ちゃんに向かって、ガッツポーズを取ってみせた。
  ちなみにガッツポーズとは、その昔、ガッツ石松が現役時代によくやっていたポーズ
だった事が由来する。
 と、くいくい、とオレの袖を引く葵ちゃん。
「センパイ…あれ、やってあげましょうか?」
 顔をほんのり赤くした彼女が、もじもじと俯きながら、小さな声でささやいた。
「あれって?」
「その…”センパイは強い”って言ってあげようかな…って。」
 それを聞いた途端、今度はオレの顔が赤くなっていくのがわかる。
「い、いや、気持ちはありがたいんだが、さすがにこう人が多い所じゃ…」
「…そ、そうですよね。私も言ってから、ちょっとまずいかなって思っちゃいました。」
  伏し目がちに、辺りを見回す。
「で、でも、あの時、私本当に嬉しかったんです! その時感じてた緊張も震えも、
センパイの言葉でいっぺんに消えちゃって…だからセンパイにもそういう時がきたら、
私からお返ししてあげようって、ずっと思ってて…」
 最後の方は、ごにょごにょになってしまっていた。
  くぅ〜〜〜、可愛いぜ! 葵ちゃん!
 オレは彼女の頭に、ポン、と手を置くと、
「よし、じゃあそれは、次の地区大会決勝までとっておいてくれないか? そんな大事
に思ってたモンを、たかが予選ぐらいで使っちまったらもったいないだろ? オレ、きっ
と勝って見せるからさ、そしたら決勝でやってくれよ。」
  そう言って、ぐりっと撫でてやった。
「はい! そうですよね! 一緒に決勝大会に行きましょう!!」
 オレの顔を見上げて、葵ちゃんは清々しい笑顔を見せてくれる。
 その時、オレの頭の中に、ある事が浮かんだ。
「そうだ、その代わりといっちゃなんだけど、一つお願いをしてもいいかな?」
 彼女の頭から手を放すと、その顔を覗き込むようにして言うオレ。
 彼女はきょとん、として、
「はい、なんですか? 私でできる事でしたら何でも言って下さい。」
 真剣な面持ちで目線を合わせる。
「いや…その…」
 いざ改まって言うと、結構照れるぜ。
「遠慮しないで、何でも言ってください。飲み物ですか? それとも……」
「お、オレとデートしてくんないか? 勝ったら。」

 大きく見開かれた彼女の目。
  
  ………
  しばしの沈黙。

「ああああのっ! そのっ! せ、センパイ…、やだもうっ、急に何言いだすんですかっ。」
 熟れたトマトの様に、真っ赤な葵ちゃんの顔。
  彼女は、頬に両手をあてて、おろおろしている。
  えへへ、なんかカワイイや。
「ほら、緊張が薄れたといっても、それなりのプレッシャーはあるからさ、それを跳ね
のけるには、そういう特典もあっていいんじゃねーかって思って。」
 全然理屈になっていないが、こういうのは勢いが大切だ。
「ででででも、わたしっ、その、デートとかって全然わかんないんですけどっ!」
「ほら、よくクラブの息抜きで、商店街行ったりするだろ? ああいうの、デートって
いわないかな?」
  春の対坂下戦から、月に一度ぐらいの割合で、そうやって息抜きをしているのだ。
  そうしないと、”超”が付くほど真面目な葵ちゃんは、練習づくめで体を壊してしま
いかねない。
「あの…あれってやっぱりデートだったんですか…?」
 意外そうに言う彼女。
「う〜ん、まぁその範疇に入れちゃってもいいんじゃないかな。」
「でしたら何も、特別にお願いしてもらわなくても…」
 確かにその通りだが、オレの狙いは別のところにある。
「いや、今回のは、ちゃんとしたデートをしたいんだ。 クラブの息抜きとか、そうい
うんじゃなくて、女のコとしての葵ちゃんに正式なデートを申し込みたい。」
 そう、いつも行動はデートそのものでも、気持ち的には”クラブ活動の延長”になっ
てしまっているのだ。だからこう、何というか、いまいちムードある行動とかに出にく
いし、二人の距離を急接近、という方向にも持って行きづらい。
 春の終わりに、二人の気持ちを確かめあいはしたけども、そこから今一歩進展しない
まま、現在に至ってしまっている。
 思いの外、オレが格闘技そのものに熱中していたせいもあるけど、ここらあたりで
もうワンステップ踏み込みたい、というが本音だ。
「それって、私にはどうしたらいいのかわからないです…」
「葵ちゃん、制服以外に洋服は持ってるだろ?」
「…それは…ありますけど…」
「そんなかで、一番カワイイと思うヤツを着て、オレと一日過ごしてくれればいいのさ。」
「えええ〜っ! わ、わたし、そんな男の人が喜ぶような服って、全然持ってないんで
すけどっ!」
 あせりまくる葵ちゃん。
「いや、そんなカッコつけるようなもんじゃなくて、普段着の中から気に入ってるのを
選んでくれれば、それでいいんだけどさ。それにオレだって、女のコウケするような服、
持ってないし、要は気持ちの問題だよ、うん。」
「で、でも…」
 弱った様に口ごもる。
「オレとデートするの、イヤ?」
 これは我ながら反則だな〜。
「そ、そんなことないです! 嬉しいです!」
 といってから、葵ちゃんは”あ…”と口をつぐんだ。
  にかっと笑うオレ。
「じゃあ、決まり! オレ、がぜんやる気がわいて来たぜ!」
 葵ちゃんは一つため息をつくと、
「わかりました…だから、きっと勝って下さいね。」
 そう言ってくれた。
「よっしゃ! ぜえぇぇったい勝って見せるかんな!」


              *


「両者、中央へ!」
  審判の合図でオレと”悪役くん”はマットの中央へ進み出た。
  エクストリームは関節技や寝技も認めているので、こういうマットが試合場にひいてある。
「礼!」
 ぺこん、と形式の礼。
  顔を上げた時、”悪役くん”が”フッ”と笑うのが見えた。
  は、鼻で笑いやがったなー!。
  見てろよ、このヤロー。
「レディー」
 腕時計を見ていた審判が、右手を高く掲げる。
  そして勢いよく振りおろされた。
「ゴー!」
 
  ざざざっ。
  
  まずはお互いに距離を置く。
  この間合いからいきなりラッシュを仕掛ける、という手もあるが(現に葵ちゃんはそ
うした)、まだ実戦経験が不足しているオレは、とりあえず定石通りの展開を試みる事
にする。
 
「せんぱーい!」
 葵ちゃんが声援をくれる。
  と、相手がガードを固めつつ、間合いを詰めてきた。
  
  シュッ。
  
  軽いジャブ。
  
  シュッシュッ。
  
  それからのワンツー。
  
  そのすべてを、オレはスウェーでかわす。
  どうやらオレの力量を測ろうという魂胆らしい。
  そうは問屋がなんとやら、だ。
  
  シュッ。
  
  オレのローキックが相手の左脛にヒットした。
  そんなに力を入れてない、威嚇射撃だ。
  相手は、思わず左足を引く。
  そこが狙い目っ!
  
  ビシュッ!
  
  間髪入れずに繰り出した、オレのローが、相手の右脛に入った。
  今度はダメージ入れる為に打ったヤツだ。
  ”悪役くん”は、バックステップで間合いを広げた。
  へへ…ちょっと驚いたろう。
「センパイ! 詰めて詰めて!」
 しまった、余裕かましてる場合じゃなかった。
  不用意に下がった相手を追い詰めるチャンスだったのに〜。
  こういうトコ、経験不足だよなー、やっぱり。
 
  タッタッ…
  
  お互いの、ステップを踏む足音だけが、場内に響く。
  いっちょこっちから仕掛けてみるか…
  
  オレは、ふいにサイドへ跳んだ。
  そしてそこからの前蹴り。
  これは空を切った。
  
  そのスキを見た相手が、オレに近寄って……
  ……こない。
  くそっ、フェイント、読まれたか。
  近寄ってきてたら、続く後ろ回し蹴りをお見舞いしてやったのに。
  と思った矢先。
  
  ガシッ!
  
  「がっ」
  脇腹に衝撃。
  相手の中段蹴りがヒットしたのだ。
  しまった、油断したっ。
  かろうじて、直前にガードしたものの、反応が遅れた分、勢いを削ぎきれなかった。
  慌てて飛びのくオレ。
「いけない! センパイ!」
 葵ちゃんの叫びが届く直前、オレを追って近づいてきた相手が、ボディへ右を打ってきた。
 くっ、くそっ。
  カウンターで右のローキックを放つ。
  
  …間に合わない!
  
  ドムッ!
  
  「ぐぅっ!」
  みぞおちに、えぐる様なフックを、モロに食らった。
  
  呼吸が止まる。
  鼻の奥が熱い。
  目尻に涙が出てくる。
  き、効くぜー、ボディーは…。
  
  ゴッ。
  頭部に衝撃。
  ガッガッ、ゴッ。
  いかん、相手がラッシュをかけてきてやがる。
  ゴッ、ガッガッ。
  右、左、前蹴り、ワンツー…
  ボディーブローのダメージで、動きがまま成らない。
  相手のラッシュは、そのほとんどが、オレの上半身にヒットしている。

「せんぱーーーーーーい!!!」」

 くそーっ、これで負けなのか!
  負けちまうのかオレは!
  今までの一生懸命やってきた、オレの努力は、葵ちゃんの努力は……

「せんぱーーーーーーーーーいっ!!!! デートっ!!!!」

 はっ!?

  そうだ! オレは勝って葵ちゃんとデートするんだ!
  一か八か!
  オレは全身に残る気力を集中させた。
  半身後ろへ引く。
  姿勢を低く…
  
  そこへ相手の右ストレート。
  
  今だっ!!
 
「ねりゃあぁぁっ!!」
 
  ドン!
  床の響く音。
  
  ………
  
  数秒間の沈黙。
  
「KO! 藤田!」
 審判の声が場内に響き渡った。
  
  オオオッ、と歓声。

  相手は……スクウェアの反対側、かなり離れた位置に、うつぶせに転がっていた。
  勝ったのか? オレ?
  
「センパーーーーーイ!!」
 オレに向かって駆け寄ってくる葵ちゃん。
 そのまま、ぼすっ、とオレの胸に飛び込んできた。
  いてて…。
「やった! 勝ちましたよ!! センパイ! 予選突破です!!!」
 がくがくとオレの首を揺すりながら、半泣き状態で告げてくれた。
「あ、ああ。」
 オレは…自分の事ながら、どうなったのかよく事情を飲み込めないでいた。
「オレはいったい…どうしたんだ?」
 彼女がつかまっている首根っこが、ジンジンと痛んだが、そんな事かまいやしなかった。
「センパイが打った掌底打が、カウンターで相手のボディーに入ったんですよ! 凄いです!」
 掌底…。
「とっさだったから、あんまり意識して無かったんだけど…そうか、掌底か…」
 受けまくった攻撃のせいで、ボロボロになった体を引きずるようにして、スクウェア
から退場するオレ達。

 葵ちゃんが横で、肩を組んでオレを支えてくれている。
  へへ…、痛いけど、なんかこういうのもいいな…。
「センパイ、一緒に決勝行けますよ。」
「ああ、ウソみたいだな…葵ちゃんはともかく、オレまでなんてさ。」
「でも、ウソじゃないんですよ。本当なんです。」
「…これも、一生懸命コーチしてくれた葵ちゃんのおかげだぜ。」
「そんな…私なんてなにも…」
 そう言ってオレの顔を見上げる。
  その目線に答えて、オレはゆっくりと口を開いた。
「デート」
 じっと見つめあう二人。
「してくれよ、な?」
 しばしの沈黙の後、
「……ハイ、喜んで。」
 真っ赤に染まったその顔に、満面の笑みを浮かべながら、彼女はそう言ってくれた。
「よーし、じゃあ今から葵ちゃんの決勝進出祝いをかねて、服を買いに行くか!」
 オレは急に元気な声を上げると、肩を組んだ腕に力を込めた。
「そ、そんな、悪いです、それに決勝は二人で行くんですよ。」
「じゃあ、二人分の服を買いに行こう、そうしよう、そう決めたっ!」
 観客のざわめきが残る中、オレ達は控え室への道を歩いている。
  そんな中、オレは葵ちゃんにはどんな服が似合うだろうかと、色々な姿の葵ちゃんを、
頭の中に思い浮かべていた…。

                                 fin.

あとがき:
 ………………………………………………
 ……………………………浩之SSやん。

言い訳:
 すみません、ごめんなさい、今回はモロに時間配分をミスってしまい、
  ほとんどやっつけになってしまいました。
  ううっ、精進が足らん。
  この話は、いずれちゃんとした形でもう一度書き直したいです。
  次はこのような事がない様にします…したいです。


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