お題 “学園祭”
Sidestory of "ONE 〜輝く季節へ〜"
 

「逃亡者の祭」


Written by いたちん


 髭が話をしている。
 だが、誰もほとんど聞いていない。
 教室の様子も普段と違っている。
 今日は学園祭だ。
 準備は昨日のうちされているので、今教室はいつもとは完全に違った雰囲気になっている。
 今は、その中で一応形だけの朝礼をやっているのだ。

 さすがに髭もこんな時に長々と朝礼するつもりも無いらしく、あっさりと終わった。
 もともとおおざっぱだから当然かもしれない。
「さて……」
 俺が立ち上がろうとしたその瞬間……
 カチャン!
 何かの音がした。
 しかし別に気にもとめずに立ち上がる。
「いてっ」
 左手首に痛みがはしった。
 すぐに目をやると……手錠がはめられていた。
 手錠の反対側は机の足につながっている。
「なんだ、こりゃぁ!」
「折原捕獲〜」
 顔をあげると七瀬がピースをしていた。
 長森の方に向かって。
 それを見た長森がにこにこしながらこっちにやってきた。
「七瀬さん、お手柄だね」
「おい、なんだよ。いったい、これは」
「だって、浩平。逃げようとしてたでしょ?」
 ……
 まあ、それは事実だ。
 今度の学園祭でクラスで何をやるか……
 どういう経緯で決まったのかは(寝てたので)しらないが、学園祭でやる典型的な
もの……喫茶店になったらしい……
 ちなみに、今回の学園祭のテーマは『大胆な知性』となっているが関連性は謎だ。
 まあ、喫茶店はいい。
 問題はその後だった。
 なぜか、男子はバニーな格好でウェイトレスという決定がされたのだ。
 女子の格好をピアキャロな制服にしようと提案した住井に対し、女子からは男子
バニーが交換条件に出されてそのまま決まってしまったのだ。
 と、いうことで、俺は逃げようとしていたのだ。
「じゃ、瑞佳。折原を更衣室に連行しようか」
「うん。衣装持ってくるね」
 2人が俺の処遇を相談しているうちに……
 俺は机の足を持ち上げて、手錠を抜くとすばやく廊下へダッシュする。
「あ! こら逃げるな折原〜!」
 七瀬の制止は当然無視して教室をでた。
 結局七瀬がバカだったのが幸いした。
 そして、学校全体を使って七瀬とかくれんぼ+おにごっこをしているうちに学園祭は
始まった。

 七瀬はあきらめて教室に戻ったようだ。
 喫茶店の方が忙しいので俺を捕まえることより優先事項なのだろう。
 俺はそこいらのクラスの出し物を見てまわることにした。
 みさき先輩のところも寄ってみたいし……
 澪のところも顔出したいし。
 澪は演劇部でも何かやるみたいだからそっちも行かないと……
 まず、何処に行こうか迷いながらぶらつく。
 ……手錠が邪魔だ……
 大体、どこからこんな物を入手したんだ?
 結構よくできている。
 まさか、本物ではないだろうけど。
 どうしたもんかなぁ……
 七瀬にはずしてくれと頼みに行ったらウサギちゃん化されてしまうだろう。
「おわっ」
 突然後ろから衝撃がきた。
 誰かが俺に飛びついてきたようだ。
 そのまま俺の背中に捕まろうとしたようだが、失敗してずり落ちる。
 しかし、意地でも捕まろうとした結果ぶら下がって俺の首を絞める形になった。
「ぐぁ……ま、待て。離してくれ澪」
 確認はしてないけど、澪だろう。
 手を離してくれたので後ろを見ると澪が下においていたスケッチブックを手に取る
ところだった。
 そのままスケッチブックを開いて書き込む。
『ごめんなさい』
「いいって、気にするなよ。それより、澪は出歩いていていいのか?」
 またスケッチブックを開く。
『逃げてきたの』
 そうか、澪もか。
 まぁ、演劇部の方があるからという理由でクラスの方を逃げたとかだろう。
「じゃぁ、おれといっしょだな」
『うん、うんっ』
「それじゃ、いっしょにまわろうぜ」
 澪はまたうなずいて俺の左手に抱きついてきた。
 ……まぁいいだろう。
 そして、何処に行こうかと歩き出した瞬間、そいつとばったりと会った。
「なんで、お前がいるんだよ」
「学園祭でしょ。誰が入ってきてもいいんじゃないの? 今日は」
「ほう、普段のは不法侵入だという自覚はあるんだな」
 そこにいたのは、柚木だった。
 すでにうちの学校にいても違和感なくなってきたようにも思う。
 つまり、それほど頻繁に出入りしているのだ。
「や、澪ちゃんおはよっ」
 柚木は俺の嫌味を無視して澪に声をかける。
「澪、こんなのほっといて行くぞ」
 そういって、歩き出して柚木とすれ違おうとした時、
 カチャン!
 そんな音がして、俺の手首が引っ張られた。
「なによこれ〜」
 そう言った柚木の右手を見ると、俺と同じように手錠がかかっていた。
 そして、俺の左手とつながっていた。
「澪!!」
 澪はにこにこして楽しそうにしている。
 俺の手首の手錠を見つけて、遊び心で反対側を柚木にはめたのだろう。
「あのなぁ……澪」
『うん、うん』
 そうじゃなくてなぁ……
「すんごい迷惑なんだが、こういう事されると。ましてや柚木ってのは」
 それを聞いて澪は急にしょんぼりとしてしまった。
「なによ、その『ましてや』ってのは。あたしの方こそえらい迷惑じゃない」
 柚木はそういって手錠を無理矢理抜こうとする。
 だが、澪がきっちりはめたらしく全く取れる気配はない。
「折原! 鍵!」
「そんな物はない」
「ちょっと、なによそれ!」
 右手で俺に掴みかかろうとしたようだが、手錠のせいで手が俺まで届かない。
「いや、これ七瀬にかけられたやつだから……」
 俺は一歩、二歩と後ずさりながら答える。
 柚木は右手で俺を引っ張っる。
「じゃぁ、早く七瀬さんにはずさせるわよ!」
 そのまま、俺を引きずるように教室へと向かった。
 俺は後ろ向きで引きずられながら澪に
「じゃ、またな。気にしなくていいからな〜」
 と言い残した。

「あ〜。浩平が帰ってきた〜」
 教室に入ったとたん長森の声がした。
 例の格好でウェイトレスをしていたようだ。
 ……長森なのに結構似合っている。
 学園祭のせいかいつもよりテンションが高い気がする。
「もう逃がさないからね」
 そう言ってバニーの服を持って走ってきた。
 ちなみにこれらの服は長森が中心となって作ったそうだ。
「ちょっと、まて。それより七瀬はどこだ。これをはずさないと」
「あれ? 柚木さん。いらっしゃい」
 ここで、やっと柚木の存在に気づいたようだ。
「どうしたの?これ」
「澪にやられたんだよ」
 そんな事情説明をしていると、茜がやってきた。
「楽しそうですね……」
 俺と柚木の今の状態の事を言ってるのだろうか……
「ちょっと、茜。私が楽しんでるように見える?」
「はい……うらやましいです」
 そうかな……?
 柚木は大きくため息をついた。
「楽しくなんかないわよ。手錠はずしたらこのバカはちゃんと茜に返すわよ」
 そこで改めて茜を見て俺はめまいがした……かもしんない。
 今気がついたが、その茜の格好はファミレスな制服じゃなかった。
 俺は長森に聞いた。
「なぁ、あの着ぐるみもお前がつくったのか?」
「うん。里村さんのリクエストでね」
 もう一度、茜を見る。
「なぁ、茜。それって……あれか?」
「あれです」
 やっぱり……
 こういう時は何と言えばいいのだろう。
 そんなのやめろというべきか、とりあえずかわいいとか似合ってるとでも言って
おこうか……
 なにか茜に言ってやろうと思ったがいい言葉が見当たらなかった。
「それより、七瀬さんはどこにいるの?」
 柚木の言葉で忘れていた問題を思い出す。
 そういえば、変だな……
 こういう時、七瀬は絶対にからんでくる様な気がするのだが……
 教室を見回したけどいない。
 柚木の質問に長森が答えた。
「実はね、さっきコーヒーに塩化ナトリウム混入される事件があって、生徒会に
容疑者として連行されたんだよ」
 ……???
 なんだって?
 塩化ナトリウム?
 えっと……ナトリウムがNaで塩化ってことはClであわせてNaClで……
 俺が理解するより早く柚木が聞き返した。
「それって、塩じゃないの?」
「そうだよ」
 ってことは……
「なぁ長森。それって七瀬が砂糖と塩を間違えたとかそういうことか?」
「たぶん、そう」
 あああぁぁぁ
 何考えてんだ、うちの生徒会は。
 そんなのにいちいち出てきて連行していくんじゃない。
「えとね、繭が遊びに来てね。コーヒーは苦くて飲めないだろうって七瀬さんが砂糖
たくさん入れてあげたそうなんだけど」
「それが塩だったんだな」
「みたい」
 脱力感がどっとやってきて俺は手近にあったイスに座った。
「まぁ、すぐ帰ってくるだろうから、ここで待つか……。茜〜コーヒー1つ」
 茜が『はい』といって教室の隅のカウンターになってるところに行った。
 着ぐるみで、ちょっと歩きづらそうだ。
「折原……ちょっと……」
 くつろいでいる俺に対して柚木はなんだか落ち着きが無い。
 俺に小さな声で耳打ちした。
「ちょっと……トイレ行きたいんだけど」
 俺は立ち上がった。
「しゃーねーな。付き合うか」
 ぐはっ!
 柚木のボディーブローが決まった。
 結構聞くぞ……これは。
 左だったのでまだいい方だったかもしれない。
「七瀬さん見つけにいくわよ」
 そう言い放って、また俺を無理矢理引っ張って教室を出た。

「え?もういない?」
 たどり着いた生徒会室に七瀬はいなかった。
「結局、過失って事で釈放になったわよ」
 生徒会の人はそう言った。
 多分、行き違いになったのだろう。
「折原! 急いで戻るわよ」
 生徒会の人に礼も言わずに俺を促して走り出した。
 仕方ないので俺も走る。
 柚木のスピードに合わせて走る。
 今まで歩いていたのに急に走り出したのをみると結構ピンチなのかも……
 走っていると、ちょうど前に1人、こっちに向かって歩いてくる人がいた。
 みさき先輩だった。
 俺はすぐに右によけた。
 左手が引っ張られる。
 柚木は左に避けていた。
 『危ない!』と思ったが急には止まれなかった。
 その瞬間、俺は目をつむった。
 そして、祈った。
 俺と柚木の手と手錠が先輩に当たると思った。
 左手に来るだろう衝撃を覚悟した。
 ……しかし、こなかった。
 代わりに俺の左手を引っ張る力が消えた。
 反動で右に転びそうになる。
「っとっとっと」
 なんとか体勢を保つ。
 そして、手錠を見ると途中で切れていた。
 柚木の姿はない。
 外れているのが分かったので駆け込んだのだろう。
「浩平君でしょ?」
 みさき先輩がきちんと俺の方を見て話しかけてきた。
「あ、ああ。みさき先輩」
「やっぱり浩平くんだ」
 そして、にっこり笑ってこう言った。
「前から浩平君が来る気配がしたから挨拶代わりに手刀で攻撃しようとしたけど外れた
みたいだね」
 ……手刀?
 改めて手錠の鎖の切れ目を見る。
 それこそ日本刀かなにかで切ったようなきれいな断面だ。
 一気に冷や汗が出る。
「先輩?」
「どうしたの?浩平君」
「いや、切ってくれてありがとう」
 何の事か分からないという顔の先輩に『じゃぁ』とだけ言ってその場を去った。

 教室に戻っても七瀬はいなかった。
 長森に聞いても知らないらしい。
 案外釈放されてから、どっかに遊びに行ったのかもしれない。
「まいった、まいった。七瀬のせいで命落しかけたよ」
 そう愚痴たれながらイスに座って『コーヒー1つ』と茜に言う。
「もう、さめてます」
 そう言ってすぐにカウンターから持ってきた。
 さっき頼んだやつをちゃんと取っておいたのか……
「いや……熱いのがいいんだけど……」
 そう言ったその時……
 カチャン!
 カチャン!
 今日聞きなれた2つの音がした。
 見ると、俺の右手と茜の左手に手錠がかかっている。
 隣で繭が満足そうに
「みゅ〜♪」
 と笑っている。
「あ、それ。七瀬さんが繭に遊び道具として渡したやつだよ」
 長森の説明に一瞬の目眩。
「七瀬かみさき先輩はどこだ〜」
 ここにいない人物を探して立ち上がった俺に対して、茜はなぜか頬を真っ赤にして
嬉しそうにうつむいていた。



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