お題 “学園祭”
Sidestory of "To Heart"
 

「HAPPY DAY's」


Written by SAY


 やばい………。
 完全に遅刻だ。
 思ったよりも、たこ焼きの仕込みに時間がかかっちまった。
 10分程度の遅刻とは言え、一度怒り出すと手が付けらんねえからな…。
 ま、下手なウソには良く感づくヤツだからな。
 素直に謝るしかねえな………。

 ………。
 ったく、何の為にあれこれ悩んでいたんだかな。
 いねえじゃなねえか………。
 怒って帰っちまったとも考えられるが、あいつに限ってそれは無いだろう。
 なにせ、帰るなら帰るで、きつい一発をお見舞いしてからだからな………。
 ………しゃーねえ。しばらく待つか。

 5分と待たずに、俺の前に黒塗りのリムジンが止まる。
 ぬっ、とセバスチャンの爺さんが出てくると、リムジンシート側のドアを開ける。
「着きましたぞ、お嬢様方」
 どうやら、あいつは芹香先輩の登校に便乗してきた形のようだ。
 先輩に続いて、幾らかバツの悪そうな顔をした綾香が降りてくる。
 しばらく横目で俺を見た後、ゴメン、と顔の前で両手を合わせた。

「正直に言うとね、寝坊しちゃったのよ」
 同好会の準備に向かった先輩と別れた後、愛想笑いを浮かべた綾香が言い訳がましく言う。
「ほお………で?」
 多少、怒っているようには見せておかないとな。
「朝ご飯食べてなくってね………浩之の所、たこ焼きやってるんでしょ?」
 愛想笑いを照れ笑いに変えて、綾香が上目遣いに聞いてくる。
「気のせいじゃねえか?」
 気のない返事を返しておく。
 それがこいつにとっても、ある意味有益だからだ。

 実際の所、綾香がこういう隙を見せるのは、俺と先輩だけのようだ。
 他の第三者がいるとき、綾香は来栖川のお嬢様然とはしていないモノの、笑ってはいても
付け入る隙を見せることはない。
 それだけに、一度見せた隙に突っ込むのは俺の仕事と言ってもいいくらいだ。
 普段の綾香、とは違う綾香に接する数少ない人間としての。

「ね、お願いだから、浩之のクラスに連れて行ってよ。ほ、ほら。あかりちゃんにも挨拶
したいし」
 ここであかりの名前を出してきやがった。
 ………しゃーねーな。
「ちったぁ、反省したか?」
 横目でちらりと見ながら、憮然とした声で聞いてやる。
「あたしにどやされてる、あんたの気持ちが分かったわよ」
 心なしか、はしゃいだ声で綾香が答える。
 ………じゃなくて、完全にはしゃぎだしてやがった。

「あ〜ん………っつ! あふいっ!」
 堪えきれないようにたこ焼きを頬張った綾香が、俺に涙目で何かを訴えかける。
「んな事言ったってなあ、飲みこんじまう他は、吐き出すしかねえぞ」
「はっ……あふっ…はふっ………っふう」
 どうにか一個目を食べ終えたようだ。
 肩で息をしながら、滲んだ涙を拭っている。
「慌てて食うからだろ」
「仕方ないじゃない。お腹空いてるんだから」
 拗ねた声で答える綾香の声を背中で聞きながら、俺はジュースを買いに歩き出した。

「落ち着いたか?」
 たこ焼きと、俺の買ってきたジュースを腹に収めた綾香に尋ねる。
「うん。ありがと」
 柔らかい笑みを浮かべて、綾香がそれに答える。
 他愛のないやり取りを繰り返す。
 綾香にとって、随分と貴重な時間。
 先輩がああ言う人だから、と言うのもあるのだろうが、否定する余地のないお嬢様を
演じていなくていい時間。
 それを俺が作り出していることに、多少の自己満足を得る。

「ね、そろそろ姉さんの所に行ってみない?」
 相変わらず、はしゃいだままの綾香の提案。
 もちろん、拒否する理由は見あたらない。
「いいぜ。行ってみるか」
 確か、オカルト研究会の出し物は占いだったと思う。
 芹香先輩の、お得意のアレだ。
 物凄く恥ずかしいのだが、校内に明るくない綾香の要望で、手を引きながらオカルト研
へと向かった。

 オカルト研の前に着くと、『占い』という看板の下に、見たことのないカードを並べた
芹香先輩がちょこんと座っていた。
 ある程度は想像していたのが、客の足が向くことはまず無かったようだ。
 コレが水晶球だの、タロットカードって辺りならまだしも、見慣れないカードである
ために、立ち止まった人もカードを見ると場を離れていく。
 実際、絵柄も奇妙としか言えないからな。

「暇そうだな、先輩」
「ホントよ。今からでも、そのカード使うの止めたら?」
 俺と綾香が同時に声をかけると、先輩はふるふると首を振った。
 どうしてか、使う道具にも妙にこだわりがあるらしい。
 ま、この人に出し物が繁盛しているかどうかは、関係ないと言えばそれまでなんだが。

「………」
「折角ですので、何か占いましょうか、って? おう、いっちょお願いするぜ」
「でも、何を占って貰うの?」
 そこまでは考えていなかったが、綾香が隣にいる以上、二人のことが良いよな。
「そうだな………俺と綾香の相性は?」
「いやよ。変な結果が出て、それでぎくしゃくしたりしたらいやだもの。特に、姉さんの
占いの結果、だとね」
 苦笑を浮かべて、綾香が答えた。
 下手に信頼性が高いのが今までの経験上、お互いに知っているだけに納得の出来る答え
ではあった。

「じゃぁ………アレだ。離婚原因の第一位。コレにしようぜ」
 殴られるのを覚悟の上で、俺は言った。
「何よ、それ」
 きょとんとした瞳で、綾香が首を傾げる。
「性の不一致」
 ………。
 ………。
 ………。
「あっ、あんたねぇ…」
 握りしめた綾香の拳に、血管が浮き出る。
 気取られぬよう、じりじりと距離を取ろうとした矢先のことだ。

 …分かりました。
 ぽそりと、先輩は言った………。
 間の抜けた顔を先輩に向けて、綾香が凍り付いた。
「ちょっ、ちょっと、姉さん!」
 聞く耳持たぬと言わんばかりに、手慣れた手つきでカードを並べる芹香先輩。
 結局、深く知りあっちまうと、この人には勝てなくなる。
 今の綾香がいい例だ。
 これがあかりなんかだったら、先輩はその手を止めたかも知れない。

 ………ぱた。
 ………ぱた。
 ………ぱた。
 ………ぱた。
 休まることなく、先輩の手によってカードがめくられていく。
 その動きは決して優雅ではなかったが、神聖な雰囲気を醸し出していた。
 事実、綾香はすでにその雰囲気に気圧されているようだった。
 まあ………先輩を止められなかった自分に、歯痒い思いをしてるだけかも知れないが。

 先輩の手が止まり、ゆっくりと俺と綾香の顔を見比べると、さらに一枚のカードをめくった。
「………」
「出ました、って? で、どうなんだ?」
 綾香とは、既に知らない仲じゃない以上、結果が気になった。
 止めさせようとしていた綾香ですら、視線が先を言うよう促していた。
「………」
「普通です、って、何がどう普通なのよ」
 綾香が食ってかかる。
 確かに、普通って言われても占いである以上、煙に巻かれた気分になるだけだ。

 その後の先輩の説明により、納得した俺達は屋台の焼きそばで昼食を取っていた。
「いかにも姉さんらしい占いの結果だったわね」
 楽しそうに綾香が言う。
 確かに、以外、と言うかなんと言うか…。
 …良い点と悪い点が相殺し合っています。
 先輩はそう言った。
 相殺、している以上、良くも悪くもなく、普通、と言う事らしい。
 だが、それで納得出来る綾香じゃねえから、より詳しい説明を求めた。

 良い点は、回数を重ねるごとに互いの情が深くなっていくこと。
 悪い点は………互いに求めていく部分が、増えていくこと。
 まぁ、確かに相殺し合う内容ではある。
 ただ、俺の意見で言えば悪くない結果だし、占って貰った事じゃなくても、俺達に
そう言う部分があるのは分かっていた。
 それだけに、悪くない、どころか最高の相性と言っても良いかのしれない。

 だからかも知れないが、綾香の機嫌はすこぶる良かった。
 互いに求める部分が増える、と言うのも、相手が側にいることが前提であるし、
その相手以外の人間には求めようとすらしないわけだ。
 そう考えると、綾香の言うように『先輩の占いらしい結果』だと思う。
 そうでなくても、ああは言っていたが綾香のことだ。
 先輩の裏にであれば、どんな結果であれ、好意的に受け止めていたことだろうな。

「ね、そろそろ行かない?」
「かまわねえけど、どこにだ?」
 ハッキリ言って、この学校の学園祭に見るべきモノは特に無い。
「葵の所に顔出して、後は屋上に行きたいの」
 葵ちゃんと言えば、俺のコーチである訳なんだが………すっかり忘れていた。
 綾香より、俺の方がはしゃいでいるのかも知れねえな。

「で、なんで屋上なんだ?」
「だって、凄く見晴らしが良さそうじゃない?」
「まぁな。それくらいしか、坂の上にある学校の利点なんて、ねーぞ」
 以前、坂を上るのも下るのも疲れる、ってこいつの前で愚痴ったら、運動不足、
とか言われてトレーニングに付き合わされ、ひでえ目にあったことがあった。
「じゃ、決まりよね。行きましょ」
 俺の手を引いて無理矢理立たせると、そのまま綾香は歩き出した。
 衆人観衆の見るなか、女に手を引かれて歩く姿は………想像しない方が良いな。

 そのまま葵ちゃんに挨拶して、俺達は屋上に来ていた。
 秋晴れの空の下、眼下に町並みが延々と広がっている。
「ん〜…良い風が吹くのね」
 風に髪を玩ばれながら、目を細めて嬉しそうに綾香が呟く。
 さっぱりとした性格もあって、こいつはこう言うのが妙に絵になる。
 そんな綾香を見ているのも、俺の楽しみの一つではある。
 そして、それに飽きるとそっと後ろから抱きしめるのだった。

「な、何よ、急に」
 顔を赤くして、慌てた声を上げる。
「何となくな」
 俺はそれだけ答えて、抱きしめる腕に少し力を加えた。
「………バカ」
 微笑みながらそれだけ言って、綾香は俺の腕に手を添えて、身体を俺に預けてきた。

 風の吹き抜ける回数のみが、時間の経過を感じさせてくれる。
 何を話すわけでもなく、何をするわけでもなく、俺達をそうして町並みを見続けていた。
 俺達が住み、俺達を出会わせてくれた、この街に感謝しながら。



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