お題 “学園祭” |
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「O. B.」
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十一月の連休のとある日、今日は学園祭。 高校生活最後のお祭りイベントということもあって、クラスのみんなも結構張り切っている。 僕自身は、みんなで騒ぐといったことは苦手なのでそれほどでもないのだけれど、三年になっ て瑠璃子さんと一緒のクラスになってからは、学校行事も結構楽しむ様になった。もちろん、 以前みたいに現実世界の出来事が色褪せて見える様なことはなくなったからだけれど。 僕たちのクラスの出し物は、甘味所だ。女の子たちは割烹着を来て接客をし、男子は裏方だ。 五つの班に分かれて交代で店を切り盛りする。幸運なことに、僕は瑠璃子さんと同じ班に なった。午前の遅番だ。 テントの後ろの方で汁粉の鍋の番をしながら、お客に応対している女の子の姿、−正確には 瑠璃子さん−、をぼんやりと眺めていた。意外なことかもしれないが、瑠璃子さんは割烹着 姿が結構似合っていて、お盆を手に歩き回る姿の、なんと愛くるしいことか。 もうすぐ お昼ということもあって、だんだんと来客の数も増えてきた。これから忙しくなりそうだが、 もうすぐ僕たちの班の当番時間も終わる。次の班は大変そうだな、と思いつつ、時間が過ぎる のを待っていた。
交代の時間になったころ、新しいお客さんの顔をみて、瑠璃子さんが言った。 「あ…、お兄ちゃん」 そちらを見ると、入ってきたのは月島先輩だ。さすがは元生徒会長。僕のクラスの大半に 顔を覚えられているらしく、みんな先輩、先輩と挨拶をしている。月島先輩はと言うと、 律義にみんなに挨拶を返している。 「もう交代の時間だから、先輩を案内しておいでよ、月島さん」 女子の一人が気を利かせ、瑠璃子さんに言った。瑠璃子さんは割烹着を外し、月島先輩の 手を引いて他の催し物の所へと出ていった。
「月島先輩も律義な人よね」 瑠璃子さんたちが出ていったあと、女子たちが噂話をはじめた。 「そうそう、後輩の面倒見が良いっていうか、優しいっていうか」 「卒業してからもちょくちょく来て、今の生徒会執行部とかの相談事に乗ってるそうよ」 僕も次の班の連中に仕事を任せて、甘味所の場所を後にした。
昼飯代わりの磯辺焼、−これは他のクラスの出し物なのだけれど−、を手にしながら、 僕は屋上で一人、ぼんやりと学内の様子を眺めていた。 下のグランドを見やると、設営された野外ステージでバンドの連中が暴れまわっている。 以前ほどではないにしろ、賑やかなところは苦手だ。祭りの輪に入ってはしゃぐのも 楽しいだろうけれど、どちらかというと静かなところで一人のんびり、という方がやはり 性に合っている。
「長瀬君」 突然、後ろから声をかけられた。振り向くと、月島先輩がそこにいた。 「君はよく屋上にいるって、瑠璃子が言ってたからね。クラスの場所にいなかったから、 こっちへ来てみたんだ」 月島先輩…、確か記憶は無くさせたはずなのに…。 「君には礼を言わなくちゃいけなかったんだけど、なかなか会う機会がなかったからね。 ここで言わせてもらうよ、ありがとう」 「ありがとうって、一体…?」 「間違いを改め、罪を償う勇気…、言い換えれば、現実の世界と直面する勇気かな? その機会と力を僕に与えてくれたのは君だ。だから、僕はこうしてここにいられる」 「月島先輩…」 「まあ、用というのはこれだけなんだけれどね。本当はもう少し君と話をしたいんだが、 そろそろ帰らないといけないんでね」 どうやら瑠璃子さんと同じように、月島先輩も僕のことを覚えているらしい。それなら、 僕の方ももう少し話したいことがある。 「あ…、帰るって…、まだ、昼になったばかりですよ」 「ああ…、ちょっと行くところがあるんだ。…病院へお見舞いにね。それじゃ!」 そう言って僕を残し、月島先輩は手を振って出ていってしまった。
それから夕方になるまでずっと、一人屋上で考え事をしていた。僕が勇気を与えたような事を 月島先輩は言っていたけれど、本来ああいう強いひとだったんだろう。それとも変わって、 ああなったのだろうか…。 もし変われるものなら、あんな風になりたいとも思ったりした。 そんな風に考え事をしていると、突然バシン!と背中を叩かれた。 「コラッ、なにボヤっとしてるんだそこの男子!お待ちかねの、フォークダンスの時間だぞ? さあ、グランドへ集合、集合!」 平手打ちと声の主は、新城さんだ。相変らず元気一杯だ。 いつもなら踊りの輪に入るのは遠慮するのだけれど、今日は、−もしかすると今日からは−、特別だ。 「グランドへ行こうか?」 僕は新城さんの手を引いて、階段を駆け下り始めた。 (終)
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