第十二回イベント別お題「学園祭」

「乙女の、エプロン姿よりも…」

ふうら


「あ、さて…皆さん、静粛に、静粛に」
 何言ってんだ、すでに気味悪いくらい静かだぜ、住井。
 殆どの生徒が帰宅してしまった、放課後の教室。オレたちは、また何かを企んでいるらしい住井によって、足止めを食らっていた。
オレの他に、長森、七瀬、茜、そして繭といった面子だ。甘いモンでも食べに行こうかって話だったんだけどな。
「ほら、早くしろよ。なんなんだよ、住井」
「えー、ごほん、ごほん。本日、諸君にお集まりいただいたのは、他でもない…」
「……みゅ?」
 いつもおちゃらけた住井が妙に気取っているものだから、繭が不思議そうに首を傾げた。
「…えっと、繭ちゃん、おにーさんの話はすぐに済むから、ちょっとだけ静かにしててね」
 水を差された格好の住井、へろっと情けない顔でお願いしてる。まだまだ甘いな、こーゆー時はあらかじめ対策を立てておくもんだぜ。
 がさごそ……お、あったあった。ほれ、やる、食え。
 オレは鞄から購買で買っておいたハンバーガーを取り出すと、繭に手渡した。
「後でにんにくデカナイスバーガー買ってやるからな。しばらくはこれで大人しくしてろよ」
「みゅー! みゅー! みゅー!」
「ちょっと浩平、そんなヘンなハンバーガー、あるわけないよー」
「冗談から駒、マジで出たんだよ。今度忘れずに喰わすから、覚悟しとけ」
「そんなー、あたしヤダよー」
「みゅう?」
 とりあえず、繭はにこにこしてる。……なんか、よけいに騒がしくなったような気もするが、そいつはすべからく気のせいだろう、
うん。そうに違いない。
「流石は折原、繭ちゃんの扱いは天下一品だな。繭ちゃんマスターと呼んでやろう」
「やめれ、それよりもおねマスターと呼べ」
「なんだよそれは」
「……本題は何でしょうか」
 しびれを切らしてぷるぷる震えている七瀬の横。オレたちの会話を遮って、唐突に茜が口を開く。
「あ、ああ、ごめんごめん。実は今度の学園祭の件なんだけど…」
 学園祭。クラス別に色々な店をやったり、講堂で劇だの歌だのの出し物をする、あれだ。うちのクラスはすでに、珈琲とサンドイッチ、
スパゲティやおにぎりを出す軽食喫茶と決定していた。
「もう決まっただろ」
「ああ。…けど、ただやるんじゃあ、面白くない。この非情の策士ミスター住井の腕の揮いようもない。そうは思わないかね、折原君」
「……」
 知ったことか。だいたい、非情って何だよ……。
「そこで俺は考えた。この平凡な喫茶店プランを、如何にして面白オカシク盛り上げるか。その為の非情の策を……」
 だからその非情って……。なんか怖いことでもするつもりか?
「いや、前置きが長くなって済まない。……今こそ明かそう、長森さん、七瀬さん、そして里村さん。君たちこそは、クラス男子全員の
投票による人気女子ベスト3なのだ!」
「とっくに知ってるわよ…」
「ごめん住井君、私それ、七瀬さんから聞いてる」
「私も聞きました」
「あ……、いや、それならそれで話が早いよ。うん、そういうわけで、エプロン勝負なんだ」
「こら待て住井、端折りすぎだぞ、それは」
 それじゃあワケがわからんだろ。ちゃんと説明しろ。
「えっぷろん、えっぷろん、えっぷろーん、ろんっ♪」
 こら、歌うな、繭。……ああっ、もう食べ終わってる。早過ぎるぞ、消化に悪いだろうが…。
「でも……」
 長森が心配そうに言う。
「いいのかなぁ。私たち以外の子たちに不公平な気がするけど……」
「気にしない気にしない。その点については、巧いこと言いくるめる策が用意してあるから、ご安心を」
「それならいいけど……」
「乙女に似合うエプロンって……うーん」
 ブツブツ呟きながら、七瀬は悩んでいる。
「私は興味ありませんが……」
 ちらりと、俺の顔を見る茜。…なんだよ、おい。
「……やっても、いいです」
「それじゃあ決まりだね」
 ……ちょっと待て。俺だけか、状況が判ってないのは? これは予め、ハナシ通してあったのか? そのエプロン勝負って、なんなんだよ?
「どーした、大丈夫か、折原?」
「えー、浩平、もしかして分かってないの? 何で? ヘンだよ」
「何故でしょうか?」
「折原って変わってるから……」
 ……そうなのか? オレがヘンなのか? 違うだろ?
「だって私たち、ウエイトレスさんだよ」
「私は料理の方と掛け持ちですけど……ウエイトレスもやります」
「湯気の立つお料理とにこやかな笑顔にお客様も大満足、これは乙女のみに為せるワザよね」
「つまりだなぁ、折原。女子人気投票の王座決定戦なんだよ。勝負の分かれ目は、誰が一番、エプロン姿が似合うか。どーだ、面白いだろ?」
「………ああ。そうかもな」
 面白い…か? うーん、こいつは長森が言ったように、他の女子の顰蹙モノじゃねーのか? どーなっても、オレは知らねーぞ。
「はは、まぁ、そこはそれ。細工はりゅうりゅう、仕上げはご覧じろ…ってね。じゃ、そういうことで。三人とも、自分に似合う
エプロンを用意しておいてね。……え? 繭ちゃんも、参加したいの?」
「みゅう…?」
「いや、いいけど、うん。じゃあ、お母さんにお願いして、花丸柄のエプロンを用意してきてね」
 おい住井、なんだ、その、花丸ってのは。
「繭ちゃんには花丸模様が似合うと思わないか」
 ハイ、良くできましたねーって、アレか? んまぁ、似合うかもしれんが…。
「繭は、ハンバーガー模様のエプロンがいいよな」
「……。みゅ〜っ!」
 一思案、のち、こくこくと懸命に頷く。想像してみて、痛くお気に召したらしい。
「やめろよな〜、折原」
「そんなの、あるわけないよぉ〜」
「……浩平、ひどいです」
「あーあ、こんなに喜ばせちゃって。後で泣くわね。謝っちゃった方がいいんじゃないの」
 ぐ…。ちぇっ、オレが悪かったよ。手に入れるのはたぶん無理だ。
「すまねー。ハンバーガーエプロンはナシだ。許せ、このとーりだ」
 …ん。こくり。
 繭のヤツはニコニコ笑って、人の頭をぺたぺた叩く。許してくれたらしい。

 とまぁ、そんなわけで。非情の策士とやらのプロジェクトは発動したのだが……。

∴ ∴ ∴

「折原と、長森さん、七瀬さん、里村さんは、いないな? よし、それでは……」
「なんなのよー、住井君。私忙しいんだけど…」
「私も〜」
 昼休みのクラスにて。策士住井は女子一同を集めて、この度の企画の趣旨を説明しようとしていた。
「まぁ、聞いてくれ。実はだねえ……」

「…というわけで」
「………」
「判定基準は、お客の票が四割、クラス内の票が四割、残りの二割が特別審査員一人の票による。…で、その特別審査員とは折原浩平。
つまりだ、恋する三人の乙女が、一人の男を巡って激しいバトルを繰り広げるという図式なのだよ、これは! よろしいかな、皆さん!」
 ざわざわ、ざわ…。
「しらなかったなぁ、そんなコトになっていたなんて…」
「折原君って、ちょっと地味だけど、まぁカッコイイ方だよね」
「そぉかなー、ヘンなヤツだと思うけどなー」
「あー、お静かに! …もちろん、この三人以外にも、まだエントリーは受け付けるよ! その為の説明会でもあるのだから。
我こそはと思う女子、手を挙げて!」
 ……ざわめきと、沈黙。とりあえず、居合わせたクラスの女子に、その意志は無いようだった。
「ま、そういうわけだから。みんな、暖かい目で見守ってやってくれ!」

「どうだい繭ちゃん、巧いイイワケだろ? これで場は整ったぜ」
「…みゅう?」
「ああ、非情の策士住井。我ながら身震いするほどに恐ろしい才能だなぁ……」

 いつの間にやら、クラス中を住井が丸め込んだらしい。学園祭当日、ウエイトレスがご指名制になっていた。……露骨すぎる。
 他の女子が、よく怒りださないもんだなぁ。いったい、どーなってるんだ?

 さて、問題のウエイトレスエプロン勝負とやらだが……。

 長森のヤツは、その趣味(?)を見事に反映して、コップから溢れたミルクの柄だった。……いや、残念ながらオレはエプロン業界に
ついて詳しくはないので、それが普通なのかヘンなのか、なんとも言えない。しかし、まぁ、違和感もなく普通だから、いいのだろう。
牛乳=牛さんの連想からホルスタイン的白黒模様ってのよりは、ずっとマトモだ。
 ウエイトレスな立ち振る舞いは、際だった失敗もなく、それでいて常に困ってしまったような気弱い笑顔。まぁ、そこそこの人気で、
どうも下級生の客の票が高いように思える。ちょい頼りなく優しげなお姉さん…ってトコか?

 次、茜。一部の茜ファンのご期待通りに、得体の知れないぷにゃぷにゃ魔道生物的な柄。エプロン業界に詳しくなくとも、普通じゃ
ない事は分かる。……それとも、こんなのが流行ってるのか? オレは知らないぞ。…まぁ、本人が気に入っているのだろうし。
ああも平然と、颯爽と着こなされてしまっては、文句の付けようもないのだが……。
 接客業はてきぱき。隙がない。当然、ミスも皆無。まるでプロみたいだ。バイト経験でもあるのか?
 残念なのは表情、茜は基本的に、無表情で固い。これは大きなマイナスだ。…んでも、そこがむしろ三年の先輩方には受けてるって
説もある。それと、本人も接客というモノを意識した上でやっているのか、たまにほろりと微笑を浮かべる、こいつがかなりポイント高そうだ。

 で、七瀬。ある意味コイツは真っ当だ。日頃から乙女、乙女と言うだけのことはある。しっかり研究したのだろう。可愛いヒヨコの
ワンポイント、その上にPiyoPiyoとアルファベットの文字。やるな、七瀬。…だがしかし、大人しすぎる感は否めない。
こいつは不利だろう。
 さらにさらに。ウエイトレスとしては、ドジの連発。こりゃ駄目だ。いくら乙女だからって、客にスパゲティぶちかますのは
まずいと思うぞ。漫画じゃないんだから。
「うっさいわね、折原っ! 好きでやってるんじゃないわよっ!」
 そりゃ、当たり前だな。
 けれど、これが意外と票が入る。タメな連中に人気あり。みんなオチを期待して、からかい半分、指名する。……これを狙った上での
振る舞いだとしたら、七瀬、お前は凄いぞ。

「みゅっ」
 …ん、ああ、繭な。お前もいたんだっけ。
 いかにもお母さんのを借りてきましたーってな、ぶかぶかのエプロン。人参、ピーマン、ジャガイモ、大根、おネギにキュウリ。
そういった野菜が踊っている、華やかな模様のエプロンだ。
 ……けれど、この場合、模様よりも。身体に合わなくてぶかぶかのエプロンと言うところに人気が集中しているようだ。それも、
ロリコンな連中かと思いきや、指名するのは女の子が多い。
「あー、可愛いー、あの子」
「ねー、おいでおいで、こっちいらっしゃい」
「みゅー」
 ってな具合だ。
 でもって、ゆっくりと一生懸命に運ぶので、思いのほかミスも少ない。珈琲が受け皿にちょびっと零れるくらいのもの。なかなかやってくれる。

 …と、まぁ、そんな、こんなで。うちの軽食喫茶は大盛況なわけだが……。
 教室の飾り付け担当、つまり大道具係だったオレとしては、やることもなくて暇なんだな。ここであいつらを眺めていても、な……。
 退屈だよなぁ。

∴ ∴ ∴

 住井、うろうろ、きょろきょろ。
「なあおい、特別審査員、何処へ行ったか知らないか?」
「えっ、折原君? そういえばいないね…」
「あたし見てないよ」
「ったく、そろそろクライマックス、今こそヤツの出番だってのに……」

 椅子に座って休憩していた茜が、不意に立ち上がり、住井の方へとやって来た。
「…ごめんなさい。私、少し出ます」
「あ、駄目だって、ちょっと、里村さん! ……あーあ、どっか行っちまったぞ。まったく、折原のヤツ、何処で油売ってんだよー」
「みゅううう……」
「ああ、繭ちゃんも知らないのか……。ちぇっ、折原ぁ、早く戻って来いよなあ……」

 ああ、みさき先輩、かわいいぜ〜。すっげー、似合ってる。

 そこは三年生の教室。入り口には画用紙で作った看板が張り付けられている。甘味処「ちょび髭うさぎ」。およそ甘味処らしからぬ
ネーミングセンスだけれど、中からはお汁粉のあまーい匂いが漂ってくる。
「雪ちゃんが『アンタは客寄せに立ってなさい』って。浩平くん、私、そんなに変な格好させられてるのかな」
「そ、そんなことねーって! ぜんぜん! まさにMiss甘味処だって」
「ほんとかな……。あーあ、またお汁粉が食べたいよ」
 味見と称してぺろりと五、六杯、平らげてしまったので、深山先輩に教室から摘み出されたらしい。
「んでも、一応仕事だろ。まぁ、一区切り付いたら、一緒にお客さんしよーぜ」
「うん。ありがと、浩平くん。……あ、お汁粉にぜんざい、お団子はいかがでしょう? さぁさぁ、どーぞ、お寄り下さいませ」
 今のみさき先輩は、真っ白なかっぽう着姿だ。頭には三角巾。なんというか、品のない義務教育の給食かっぽう着とは違い、料亭とか、
それこそ甘味処の給仕のお姉さんが着用しているような、本格派だ。
 その姿で、誰かが廊下を通りかかると、ぺこりと丁寧にお辞儀して、呼び込みをする。みさき先輩にニッコリと微笑まれちゃあなぁ、
たとえ見えていないと分かっちゃいても、なかなか素通りは出来ないだろう。
 おかげでかなりの盛況ぶり。教室は客でごった返している。
 …うむ、流石は深山先輩、読みが深いぜ。招き猫みさきちゃん、しっかり狙ってやったに違いない。

 オレはみさき先輩のそばにいて、邪魔にならない程度に話し相手していると、まぁ、そんな具合だ。
 うーん……。なんちゅーか、らぶりー、きゅーと、清楚にして絶対無敵。なんとも言えない味があるぜ、みさき先輩のかっぽう着姿は。
 ちょんちょんと、オレの背中を誰かがつつく。
「お、なんだ、澪か……って、お前までなんでその格好?」
「……」
『かっぽうぎ、なの』
「見りゃ分かるって。嬉しそうだなあ…」
「澪ちゃん? 澪ちゃんはね、雪ちゃんに部長命令だって連れてこられちゃったんだよ」
『そーなの』
 それから、教室の中を指差して。
『美味しそう、なの』
 そこには、満足げな笑みを浮かべてお汁粉を啜っている茜がいた。……って、おい、そのエプロンのまま出歩くなよな。

「…というわけでだ、住井。みさき先輩の勝ちだ」
「だぁーっ! 折原っ! なんじゃそらーっ!」

「…みさき先輩って、誰ですか?」

...END


あとがき  ふたこと・みこと

 学園祭SS、締め切りに遅れること半月以上。すみませんですー!
 でもって、何故かいきなり「おねSS」だったりします。ONE未プレイの方、ごめんなさい。ほんとは東鳩で来栖川姉妹なネタを漠然と思い浮かべていたのですが……書けんかったッス。(^^;

 僕は別に、エプロン・フェチでも無いし、ましてや純和風割烹着信者でもありません。たぶん、嫌いでもないけど。
 まぁアレかな、エプロン姿で茜さんがケーキ作ってるトコのCGは、いいやねー。

 いまいちオチが端折ってる感はありますが。とりあえず、こんなトコで。
 ちょっとでも楽しんでいただけたなら幸いです。ではでは……。

1998.11.01 ふうら


二次創作おきばへ       感想送信フォームへ