お題 “由宇と詠美”
Sidestory of "こみっくパーティー"
 

「Leafin' LIFE投稿作品1」


Written by みだれかわ枕


 猪名川由宇は、老舗温泉旅館の一人娘である。
 っていうよりも、関西が生んだぷに萌え同人作家って言った方がいいかも知れない。
 しかもこの間、千堂和樹という男をゲットして、幸福絶頂! である。

「なぁ、和樹?」
 おりおり。
「なんだよ……」
 ぱっちん。
「こーして二人で、コミぱ前日に缶詰めになって、修羅場モードでコピー本創るなんて……幸せやなぁ♪」
 おりおり。
「んなわけあるかよ!」
 ぱっちん。

 ……

 ここは和樹のアパート。
 最近は金銭に余裕があろうとなかろうと、彼のところを東京での定宿にしている由宇だった。
 ついこの間、瑞希によって(相変わらず彼女はお節介やきだった)きれいに片づけられたはずの部屋は、
コピー用紙とホッチキスの針で、ごちゃごちゃになっていた。
 二人の何回目かの共同作業――コピー本製本作業は、最高潮を迎えていたのである。
 由宇が折り曲げ、和樹がホッチキスで留める。
「せっかく一月ぶりに逢うんだから……たまには同人誌以外のこと……一緒に何かしたいよな……全く……」
 愚痴りながら作業を続ける和樹。
 それを聞いて由宇は、
「なんや……『何か』シタいんかいな……それやったら……ゆうてくれたらナンボでも……♪」
 ある特定の『行為』だけを指すと勘違いしたらしい。頬を少し赤らめている。
「そうじゃなくて……だな。こう……なんて言うかだな、普通のデートみたいなこともだな、してもいいんじゃ
ないか?」
「ほれ、手が止まってるで」
 しゃべりながらも作業は続いていたのである。
「それやったら……野球でも見に行くか?……今夜、阪神―巨人戦やろ? ノムやん見にいこうや!……今年こそは
優勝やで!」
「……周りに阪神ファンしかいないところで、ビール売りたくはないな、もう……」
 去年の気まずい思い出が、和樹の脳裏に蘇る。
「なんや……野球も見れて、小遣いも稼げる。一石二鳥やのに……」
「う〜ん……なんて言うのかな、そーいう、ひとひねりしたヤツじゃなくてさ……」
「『ナニ』でもないし、野球でもない! あと何があるッちゅうねん!」
 叫ぶ由宇。実は製本作業でだいぶ精神的に荒んできていたりする。
「そ、それは……!」
 だが、何も思いつかない和樹。
――おれはもうすっかり同人のことしか考えられなくなっちまってたのか!? 普通のデートって、そもそも
どーいうのだ!? なんてこった! もう後戻りは出来ないのかよ!!
 由宇だって、悩んでいる。
――そうゆえば、たしかに和樹のゆうてる通り、せっかく逢うても同人誌のことばっかや……恋人ッちゅうよりは、
相も変わらず同人ユニットだけってカンジや……何でうちは少しでも時間があるとコピー本創ってしまうんやろう!?
 悩んではいるのだが……具体案が思いつかない二人。
 結局。
「和樹……とりあえず本出来てから、考えへんか?」
「……そうだな、由宇……」
 製本作業に戻る。
 何か大きなモノに敗北したような、そんなやるせない気分の二人であった。

 おりおり。
 ぱっちん。
 おりおり。
 ぱっちん。

 結局本が出来たのは、夜中の3時。
 明日(っていうか、今日)の朝は早いのだ。
 同じ布団に二人で潜り込んだものの、何もできないし、『ナニ』もしないで、二人はさっさと寝てしまった。


 翌日。
 天気は土砂降りだった。

「相変わらず雨女なのかよ、由宇!」
「好きで雨女やっとるワケやないわい!」
 叫びながら駅までの道をダッシュする二人。
 両手はコピー本でいっぱいだ。傘も差さず、二人はびしょぬれになるがまま、走っていた。コピー本はビニール袋で
保護されている。この二人にとっては、自分の体よりも同人誌の方が優先順位が上なのだ。
「なんか『憑いてる』んじゃないのか?……まあ、台風じゃないだけ、ましか……」
 ぶつぶつ言っていた和樹がふと横を見ると、同じように走っていたはずの由宇の姿がない。
「あれ?」
 少し後ろを見る。
 コンパスの差でちょっと遅れ気味だったらしい。すさまじい表情で爆走する由宇の姿がそこにあった。
 と、そこに。
 なぜかバナナの皮が。
「げっ!?」
「何で雨の日にバナナの皮があるね〜んッ!」
 叫びながら由宇はバナナの皮を踏んづけ、期待通りに、すっころんだ。
 さらには、水たまり。
 わずかコンマ5秒で由宇は『ただのずぶぬれ』から『泥水でぐちゃぐちゃ』に早変わりした。
「ゆ、由宇! 大丈夫か!?」
「ぶくぶくぶく……」
 しばらく顔面から突っ込んだポーズのまま動かない。
 打ち所が悪かったのだろうかと不安になった和樹が、抱き起こそうとすると。
「これくらいでウチがめげるかぁあああ! 関西女の意地と根性、ナメたらあかんでぇぇぇぇぇ!」
 予備動作なしで由宇は飛び起き、『イっちゃった目つき』のまま、再び走り出した。
 あわてて和樹も後を追う。


「それで由宇、ずぶぬれでぐちゃぐちゃなの? だから昨日電話で言ったじゃない、雨が降るから早めに出た方が
いいって」
 コミぱの会場。
『ブラザー2』のスペースで、一足先に来ていた瑞希が、あきれ顔で和樹に言った。
「おいおい、寝坊したのは由宇の方で……」
「だったら起こしてあげなさいよ……はい、由宇、タオル」
「おおきに♪ ほんま済まんなぁ、瑞希ちゃん」
 ごしごしと顔を拭き、にぱっと笑う由宇。
――こういうちょっとした動作が、可愛いんだよな……本当に俺より年上なんだろうか?
 そう思わずにはいられない和樹であった。
「それじゃあたし、準備してくるから、あとでね」
 瑞希は大きなスポーツバッグを抱えて、更衣室の方へと向かっていった。
「……すっかり瑞希ちゃんもコスプレにはまってしもうたなぁ……」
「……まったくだ……」
 最近は玲子と連絡取り合って、衣装合わせしたりしてるらしい。
 人間、変われば変わるもんである。
「〜♪」
 瑞希の後ろ姿はとても楽しそうに、和樹と由宇には見受けられた。


 いんたーばる
 今日の一発ネタ
 有馬の『たれぱんだ』

「きょうもよぉたれとるで」

 それでは引き続き本文をお楽しみ下さい。


「おおう、同志和樹に同志由宇! この豪雨の中、ちゃんとたどり着けたようだな! それでこそ吾輩と野望を
共有する同胞(はらから)だ!」
 ようやく落ち着いて、コピー本をビニール袋から出していた和樹と由宇に話しかけてきたのは、大志であった。
どうやらいままで共同購入の打ち合わせのため、会場を回っていたらしい。
「勝手に同志にせんとってくれるか? ウチは同人界を支配するつもりなんて、毛頭ないんやから」
「ほう。それではどうするつもりなのだ、同志由宇?」
「決まってるやないか。うちの『ぷに萌え〜♪』な同人誌で、世のオタクどもをことごとく極楽に送ってやるんや」
「それ、大志とあんまりかわんねーぞ……」
 思わず自分の正直な感想を口にする和樹。
「そんでもって、和樹は『別の方法』で極楽に送ったる……♪」
 由宇の眼鏡がきらりと輝く。獲物を前にした狼のような輝きだ。
「そ、そうか……それは……頑張ってくれ、同志由宇」
 本能的な危険を感じたのか、珍しくたじろぎながら大志はそう答えた。
 その陰に隠れるように、和樹が体を小さくしている。
「まいふれんど……大変な相手に見込まれたものだな……」
「そう思うなら由宇の前で野望は語らんでくれ……」
「貴重な意見、参考にすることを誓おう……」
「是非そうしてくれ……」
 小声で大志と和樹。
「なにヤロー二人でこそこそ話とんねん。気味悪い」
「ふふふ、知りたいかね? 世の中には、およそ婦女子の知らぬ方がいいことも多いのだが?」
「そんなこと、どうでもええわい。それより、ウチらの本、まだ来てないんか?」
「え?」
 由宇の言う通り、塚本印刷に発注したはずのオフセット本が、ここにはなかった。
「おかしいな……千紗ちゃん、まだ来てないのか?」
 言われてみれば、塚本印刷の看板娘、千紗の姿を今日は見ていない。
「まさか、印刷が間に合わなんだとか……ちゃんと入稿日までに原稿、渡したんやろ?」
「ああ……」
 今は『辛味亭』の本の印刷も全て塚本印刷に発注している。持ち直したとはいえ、まだまだ経営の不安定な
塚本印刷への、ささやかな支援だ。
「ここに来て本を落とすとは……見損なったぞ、同志和樹!」
「落としてないって!」
「そんなら、この雨で配達が遅れとるんやろか……?」
 それは充分にあり得る話である。
 和樹と大志も、由宇の言葉に頷いた。
「それでは吾輩の情報網を使って、塚本印刷のトラックがどこにいるのか確認してやろう」
「そんなこと確認できるのかよ……?」
 大志が携帯電話を取り出したとき、むこうの方から、猫の鳴き声とばく進する台車の音が近づいてきた。
「ふむ。確認するまでもなく、今到着したようだな」
「ふみぃぃぃぃぃい! お兄さん、大阪のお姉さん、ごめんなさいですぅぅう!」
 猫の鳴き声ではなく、猫化した千紗の叫び声だった。
 涙流しながら、千紗は一直線に和樹たちの方へ走ってくる。
「……ところで同志和樹よ」
「……なんだよ、大志?」
「あの印刷所の娘、あんなに涙を流して、前が見えていると思うか?」
「それは……」
「ひょっとして、見えてへんのと違うか? 途中の人をよける気配、あらへんで?」
 三人は顔を見合わせた。
 千紗到着まであと10メートル。
「と、止まれ、千紗ちゃぁぁぁぁぁぁん!」
「ふにゃぁああああああ!?」

 どっごぉおおおおおおおおん!

「ち、千紗、またやっちゃいましたぁぁぁぁ……ごめんなさいですぅ〜」
 目を回して、千紗が謝る。
「ご、ゴメンで済んだらマッポはいらへんのや……」
「ま、まあ、気にするな、千紗ちゃん……」
 台車の直撃を受けた由宇と和樹は、やはり目を回していた。
「大丈夫か、同志たちよ?」
 平然と大志。彼だけは無事だった。
「何でおまえだけ無事なんだよ……」
「日頃の行いだろうな」
「んなわけあるか!」


 そのとき。
「あっはははははは! ブザマね! もう、サイッテイなくらい、チョーブザマ!」
 突然高らかな笑い声。
「むぅ。この吾輩以上の笑い声は!」
「出よったな」
「ああっ、詠美お姉さまですぅ!」
「……頭痛てぇ」
 大場詠美が、颯爽と登場した。
「相変わらず『温泉パンダ』と売れない紙屑創ってんのね! あたしの下僕になれば、世界で二番目の同人作家に
なれるのに!」
 詠美は相変わらずだった。
 和樹との同人誌売上部数勝負で『予想だにしない』敗北を喫してから、ちょっとは変わったように見えたのだが……
基本的に、相変わらずであった。
「二番目では意味がないのだ。同志和樹には世界征服という野望があるのだからな」
「だからそんな野望抱いてないって」
「それは、ぱわふりゃにパワーアップしたチョー売れっ子の詠美ちゃん様に対する挑戦ねぇぇっ!」
「だから挑戦なんかする気ねぇって」
 人の話を聞かないという点で共通した二人に、無駄とはわかっていながら突っ込む和樹。
 詠美がパワーアップした、というのは、同人誌の描き方が変わった、ということをいっている。
 粗製乱造をあらため、題材のテーマを自分なりに解釈し、深みのあるマンガを描くようになっている。以前に
比べれば少々部数は落ちたが、それ以上に今の詠美の同人誌には情熱がこもっていた。そして詠美はそのことに
大きな自信を持っていた。
 つまり。
 自信過剰なのは相変わらずで、その自信に新たな根拠が加わったということである。
「なんか前よりも手におえんくなっとるな」
 とは、由宇の感想。


「んじゃ、俺、瑞希の様子とか見てくるから。悪いけど売り子、頼むぜ」
「任しとき、おまえさん♪」
「なんだそりゃ」
 昼過ぎ。
 和樹がスペースから離れ、由宇が一人になったところで、またも詠美がやってきた。
「パンダだけ? 飼育員はどうしたの?」
「誰がパンダで、誰が飼育員やねん?」
「ああ! パンダには自覚がない!」
「誰が自覚するか、そんなもん!」
「……」
 いきなり黙ってしまう詠美。
 あまりに珍しい行動なので、由宇は思わず身構えた。
「……なんか、変わったわね」
 なにしろ、ぽそりとつぶやいたのである。
――ついに……ちゅうか、ようやく新しい攻撃を学習したんか!?
「え、詠美……」
「なんて言ったらよくわっかんないけど、由宇、変わった」
「悪いもんでも食うたんか?」
「ちがうわよぉ! せっかくこの詠美ちゃん様が誉めてあげてんだから、素直に聞きなさいよぉ!」
 激高して両手をぶんぶん振り回す。
「変わった……って、誉め言葉やったんか?」
「別に誉めてなんかないわよっ!」
「どっちなんやい」
 辛味亭のテーブルのうえに腰掛けた詠美は、持っていた同人誌(たぶん『貢ぎ物』)でぱたぱたと胸元を扇ぎながら、
由宇を見つめる。
「なんか、和樹とつき合うようになってから、変わったように見えるのよ」
「どう変わったんやい」
「そんなの、自分で考えなさいよね!」
「な、なんやそらぁ……」
 しばし絶句する由宇。
 詠美は女王様さながらにふんぞり返って、胸元をぱたぱたしていた。
「……詠美も、かわったで」
「なにいってんのよ。あたしはあたし。今も昔もこれからも、同人界の女王なんだから!」
「い〜や、変わった!」
「どこがよぉ!」
「自分で考えい♪」
「うみゅみゅみゅ!」
 今度は二人で沈黙。
 由宇は持っていたタオルで、首筋の汗を軽く拭った。
「変わったんやろなぁ、うちら」
「そーかもね」
「……」
「……」
 会場の中を、ちょっとだけ涼しい風が吹いた。壁際のここだから感じる、風。
「やっぱ、あいつのせいよ!」
「そうやろな、きっと」
 二人の脇には、辛味亭のノボリとブラザー2の立て看板。あと、CAT OR FISH!?の新刊。
「そうね」
「違いない♪」
 二人はにっこりとほほえんだ。

 ここまで







 おまけ。

 にっこりほほえんだあと、二人の話はちょっと下世話な方に進んでいた。
「んで、どうなのよ、実際……『イロイロ』と?」
「知りたいか?」
「なになに?」
「アノとき、和樹は性格変わんねん♪ もぉ、ごっつ激しいんや♪」
「は、激しい!?」
「しかも何度でも♪」
「な、何度でも!?」
「なかなか寝かせてくれへんねん〜♪」
「寝かせてくれないぃ!?」
 そのとき、和樹がモモちゃんのコスプレした瑞希と一緒に戻ってきて……
「ふうん……けっこースケベなんだぁ?」
 ジト目で詠美に言われて、
「はぁ!?」
 唖然とするしかなかった、和樹だったりする。




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