お題 “由宇と詠美” |
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「辛味亭の日々 - Days of Calamity -」
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『ただいまを持ちまして、こみっくパーティを終了いたします…』 パチパチパチと会場のあちこちから拍手が鳴る。俺が売り子席の上で伸びをしていると、由宇がこちらへ来た。 「おつかれさん、和樹」 「おう、由宇。おつかれさま。さっさと撤収して打ち上げいこうぜ」 「そやな」 *** 近場の居酒屋に入り、生ビールで乾杯する。 「今回も、結構お客さんきてくれたなぁ。あんたにも、こみパのイロハっちゅうもんが、わかってきたってことやな」 「どなたかさんの愛の鞭のおかげでね…、いや、ハリセンか」 「なんやとっ!」 「おっと…」 俺は空ジョッキを使ってとっさに防御する。 「次回は夏こみだな。頑張らないとな」 「そやな…、それで、夏こみ合わせの同人誌(ほん)のことで、ちょっと相談あるんやけど…」 由宇はいつになく、うつむき加減で少し照れた様子だ。 「何?」 「…また一緒に同人誌(ほん)、つくらへんか?」 「一緒にって、コピー誌とか一緒につくってるじゃないか」 「コピー誌じゃ無(の)うてな…、オフセ本の新刊の、原稿を一緒にせえへんかって…。ほら、春の時みたいに…」 その時のことを思い出したのか、由宇の頬がぽっと赤くなる。 「またウチの旅館、使(つこ)て貰(もろ)て構へんから…、な?将来的には、和樹のもんにもなるんやし…」 由宇の台詞にこんどは俺が赤面した。まんざらでもないけどな。 「そうだな…、下旬になれば学校休みになるから、それから由宇のところに厄介になっていいか?」 「もちろんや!」 「じゃあ、行くとき連絡するよ。よろしく頼むぜ」 *** 海の日、猪ノ坊旅館の前。いつもながら、老舗らしい立派な構えだ。 「ただいま〜、お客つれてきたで」 「お世話になります」 この前と同じ部屋に通された。 「今日は風呂にでも浸かってゆっくりせえな。明日からバリバリ原稿するで〜」 はやくも漫画に燃えている由宇。 「そういや、春ン時は完璧にカンズメ状態だったな…。実は、コンテはあらかた終わらせてから来たんだ。 折角こっちに来たんだし、由宇に関西の面白いところ、いくつか案内して欲しいと思ってね…、もちろん、 由宇がよければだけど」 「なんや、準備ええなあ。具体的にどっか行きたいとこ、あるんか?」 「いや、そこまでは調べてないから。関西の定番デートスポットを一通り回ってみたいな、とか…」 「デート…、ま、ウチも多少は余裕あるし、すこしなら案内したるよ」 「サンキュー」 *** 暦の月が変わった。 「さあ、バリバリ原稿するで〜」 「ちょっと余裕かましすぎたか」 昨日まで、由宇とあちこちに出かけてたからな。 「夏こみにウチらの本を期待しとるお客のためにも、頑張らなあかんのや〜」 *** 十日を過ぎた。俺も修羅場モードだ。 「イナズマ描きっ!」 カリカリカリカリ… 「た〜つ〜ま〜き〜描きや〜!」 ペン先新しいのに変えよう。カリカリカリカリ… 「Gペン握って、描くべし描くべし、描くべしっぃ!!」 ドリンク剤、ドリンク剤。カリカリカリカリ… *** 入稿まであと三日。 「ウチら、二人っきりやな…」 「そうだな」 「二人でおると、時間なんてあっという間に過ぎてしまうな…」 「そうだな」 「このまま時間が、止まったらええのにな…」 「…由宇、逃避せずに手ぇ動かせ」 *** 入稿は明日。ここ一週間の不眠不休の努力により、ようやく光明が見えてきた。 「ふぃ〜、仕上げもあとちょっとだな。ようやく終わりが見えてきたって感じだ」 「この分なら明日の入稿、余裕やな」 「ちょっと休憩するか?由宇」 「そやな。ウチお茶貰(もろ)てくるわ」 「ああ、頼む」 パタパタパタ… 「ほい、麦茶や。よう冷えとるで」 「サンキュー」 「あと、これお母(かん)が気ぃ利かせてな…、夜食のお握り」 「お、丁度小腹も空いてきたところなんだ。いただきま〜す」 もぐもぐ、ガツガツ。 「ふぃ〜、ごちそうさま」 「……」 由宇が、俺のことをじっと見てる。 「どうかしたか?」 「おべんと、ついとるで…」 そう言って、由宇が俺のほうへにじり寄ってくる。あっという間に距離がつまり、由宇の顔が迫ってきた。 「ん…」 由宇の唇が、俺の頬、口の端あたりに触れる。 「がっついて食べるからやで…」 俺の上に覆い被さるような形の由宇。俺の理性が、この距離は「非常にヤバい」ことを告げている。しかし… 「……」 「……」 俺は由宇をじっと見つめた。由宇も俺のことを見てる。 「由宇…」 「和樹…」 右腕で由宇を抱き寄せる。左手を由宇の頬に添えて、優しく口づけた。 由宇は抗わない。 そのまま、体勢を入れ換える。上下入れ代わって、由宇を組み敷く形になった。 「好きだよ、由宇…」 *** 『オフセ本の新刊は落ちました。ごめんなさい』 『辛味亭&ブラザー2』 (おわり)
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