「!!!!!」

 声にならない悲鳴を上げてあたしは目を覚ました。びっしょり汗をかいている。
うう、気持ち悪い。

「うげえー、気持ち悪い」
「……」
 気持ち悪いですか?
「先輩、これリアリティ有りすぎ。これじゃ流行らないよ」

 目を覚ましたあたしは聞こえてくる声を探した。ヒロと来栖川先輩が話している。

「そうか、究極まで追求したんだが……あだとなったか」
「長瀬さ〜ん、何も肉を切り裂く感触まで再現することはないでしょう?」

 ヒロの呆れた顔。先にダイブから立ち直っていたあかりと共にあたしは
うんうんと頷く。

「あたし達なんか切り裂かれたんですからね。うう、夢に出て来そう」
「うう、まだ喉に異物感が有るよ〜」
「はは、すまなかったな。あとでドクターに掛ってくれたまえ。後遺症が残って
はいけないからね」
「は〜い」
「で、どうだったかね?」

 そう、ゲーム。サバイバルゲーム。ただし電脳空間の。
 なんでも来栖川がメイドロボのOS――特に自己学習型の――を発展させる為に
造った空間。それを人間でも体感出来るようにゲーム化した。
 『サイコ・ダイブ』といって売り出すつもりらしかった。
でもこんなにリアリティが有るんじゃだめね。きっと現実と区別できない奴が出て来て
問題になっちゃう。あたしは正直にそう答えた。

「そうか。メイドロボでは必要だが、ゲームとして売り出すには無理が有るか」
「ちょっとじゃ無いわね。もっと虚構感を出さないと」

 気がつくとヒロがあたしの前に立って得意そうに言った。

「これで2勝1負。俺の勝ちだな、志保」

 う、あたしが返答に困っていると、

「さ〜て、『敗者は勝者の言う事を聞かなければならない』だったよな?」
「解ってるわよ。で、何が望みよ!」

 事の起こりはいつもの口喧嘩だった。


――・・――・・――・・――・・――・・――


「なによ! あんたとは決着を付けなきゃいけないようね!」
「おう! それはこっちの台詞だ!」

 あたしとヒロとのいつもの口喧嘩。あかりはおろおろとあたしとヒロを交互に
見ているけど、雅史はしょうが無いなあって顔でニコニコ笑っている。いつもは
こうだけどこの日は違った。
 来栖川先輩。彼女がいたから。

「……」
「え、公平に決着を付けるのに良い方法が有りますって先輩、本当?」
 こくん
 先輩はなにやら箱を取りだして説明してくれた。箱って何処にでもあるテッシュの
箱に見える。

「……」
「え、ラプラサスの箱? この箱でくじ引きした結果は全て偶然で有り必然で有る
……て?」

 ヒロが通訳してくれるけど、何で解るの?

「……」
「これで何で勝負するか決定したらいい? ……なるほど。で具体的にはどうす
ればいいんだ?」
「……」
「勝負する事を書いた紙をこの中に入れて当事者以外が引けばいい?
 そしてその紙は多ければ多い方がいい?
 なるほど。あかり、雅史、紙。お前らも書けよ」
「え? 僕らも」
「そんな〜、浩之ちゃん。何書けばいいのよ〜」

 困った顔の二人。そりゃそうよね。どちらにも荷担する訳にはいかないものね。

「……」
 大丈夫です。私を信じて下さい。

 信じろって言ってもねえ。ま、だまされたつもりで書きますか。来栖川先輩の
オカルトには定評が有るし。
 そうと決まったらあたしは勝負の内容を書きしたためた。カラオケにゲーム。
もちろん、あたしが有利な物ばかり。見ればヒロもせっせと書いてるし。
 げ、もうあんなに書いてる。負けちゃいられないわ。あかりと雅史も何か書き始めてる。

「……」
 では、この箱の中に入れて下さい。

 大量の紙を箱の中に入れる。あれ? 紙の束、こんな箱に入りきるの? 
でも、全て箱の中に入ってしまった。

「……」
 では、くじを引いて下さい。

「え、あたし?」
「僕も?」
 こくん

 なんでも当事者であるあたしとヒロは引いてはいけないらしい。
 来栖川先輩を含めた3人がそれぞれくじを引いた。

 結果は、

 『カラオケ』『ボーリング』『サバイバルゲーム』だった。

 前の二つは結果が解る。あたしとヒロの得意分野。問題は最後。
でもどうやってやるの?

「ま、妥当な所だけどな……サバイバルゲームか……どうやってやるんだ?」

 ヒロの感想。確かにそうだ。

「……」
「え、ちょうどいいものが有るって? 本当? 先輩」
 こくん


――・・――・・――・・――・・――・・――


 予想どうりカラオケはあたしの勝ち。ボーリングはヒロ。で、勝負は最後の
サバイバルゲームに持ち越された訳だけど……負けちゃった。

「ゴメンね、志保。あたしがさっさとやられちゃったから」
「レミィの所為じゃないわ。気にしないで」
「久しぶりに浩之さんと会えてよかったです〜」
「俺もだよ、マルチ。セリオも元気そうだ」
「―はい。浩之さん―」

 そう、来栖川先輩はこの為に凍結処理されていたこの2体を再起動させたのだ。
それにどれだけの苦労が有ったのだろう? でも、ヒロの顔は喜んでいた。
――きっとこの顔が見たくて先輩は再起動させたんだろう。

「で、浩之ちゃん、志保に何させるの?」
「お、忘れる所だった。あかり、サンキュー」
「あかり〜〜思い出させないでよ〜。ヒロ、言っておくけどHな事は駄目よ」
「誰が! そんなことじゃねえって」
「じゃ、なによ、さっさと言いなさいよ!」

 あたしが詰め寄るとヒロは勝ち誇った顔――なんか悔しい――をしてこう言った。

「『手料理』だ」

 へ? 今、何て言ったの?

「え? 今、『手料理』って言ったの?」
「おう、そうだ。どうせできないんだろう?」

 むっか〜。馬鹿にして〜。

「失礼ね! 料理ぐらい出来るわよ!」
「おう、じゃ、今晩な」

 え? 今晩?

「おや? 自信がないのかな〜」
「いいわよ。造ってあげようじゃない! あたしの手料理で感激の涙を流すといいわ!」

 もはや売り言葉に買い言葉。

「志保、手伝ってあげようか?」

 あかりの助け。ナイス! あかりなら全てを任せる事ができる。

「あかり、それじゃ『罰ゲーム』にならないだろ? 志保一人にやらせるんだ」
「うん、そうだね。浩之ちゃん」

 あかり〜。そこで納得しないで〜〜

「じゃ、先輩、またな」
「……」
 はい、藤田さん


――・・――・・――・・――・・――・・――


 あかり達と別れ、駅前の商店街。

「ヒロ、何が食べたいの?」
「なんでもいいよ。志保が造るものなら」
「そう? やさしいのね」

 たわいの無い会話。あたし達は材料を買いこんでヒロの家へ。



「お邪魔しま〜す」
「おい、家主より先に上がって言う台詞か? それ」
「いいじゃない」
「まったく」
「ほら、居間でもゆっくりしていて。しばらくかかるから」

 あたしはエプロンを付けながら言った。

「ああ」





 結局、あたしが選んだのはトンカツ、サラダと小鯵のマリネ。
 まず豚肉を包丁の背で叩いて塩・胡椒で下味を付ける。寝かしてる間に小鯵を浸ける
砂糖酢を準備して玉ねぎとピーマン、ニンジンを細く切った物を浸けて置く。
 中華鍋に油を引いて暖め、小鯵を軽く揚げて火を通す。それを油を切ってからさっき
野菜を浸けた砂糖酢に浸ける。これは浸けておく時間が懸かるから軽く電子レンジにかけて
時間を短縮させる。
 サラダは出来合いを盛りつけるだけだから後はトンカツよね。
 油は丁度良い温度になってるから、あとは豚肉にパン粉を絡ませて揚げるっと。

 パチパチ

 ま、こんなものかしら? あまり揚げすぎない様にしないと。あっ。

「こら、ヒロ、居間で大人しくしてなさい。油使ってるんだから危ないでしょう?」

 後ろからヒロに抱きすくめられた。動けないじゃない。まったくいつの間に台所に。

「一緒だな。ゲームの中と。感触も、匂いも」
「……馬鹿」

 鍋の火を止めた。もう火は通ってるし。トンカツを油きりの上に置く。
……体重は後ろのヒロに預けてる。

「あかりが見たらショック死するわよ」
「大丈夫さ」
「なにが……」

 ヒロの手があたしの顔に添えられて、あ、こら。

「ん……ぁん…」

 反論しようにも口をふさがれてはできない。身体の力が抜けて行くのが解る。もう、なにするのよ。

「……嫌がってないぜ。身体は」
「……ば・か」
「デザートは志保がいいな」

 ……あたしはくるりと身体を返すとディープ・キスをした。

「んっ……ぁ……」

 あたしとヒロの間で唾液の橋が出来た。

「……これがあたしの返事」








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