お題 “志保”
Sidestory of "To Heart"
 

「猫」


Written by 未樹 祥



 ――猫。あたしは猫。


 それはちょっと早めのお昼を食べている時に始まった。



「ヒロ、あんたって本当、どぶネズミみたいね!」
「なに? そういう志保だってドラ猫だろうが!」
「あ〜ら、ネズミは猫に追い立てられるのよ? つまりあんたはあたしに負け
るのよね」
「うぐぅ」

 大学構内、学食でのやり取り。まわりのみんなは『またか』って顔して止め
に来ない。もう、名物みたいな物だ。あたしとヒロの口喧嘩は。
 7:3であたしがいつも勝つ。
 まったく、負ける事が解ってるんだから売って来なくてもいいのに。

「おい、藤田、そろそろ実験だぞ。置いてくぞ」
「あ、そんな時間か? それじゃあな、志保」
「トレイ、置いていきなさい。片づけといてあげるから」
「そうか? サンキュー」

 ふう、まったく、どうしていつもこうなるのかしら?
 ま、お互いこうしてる方が合ってるからいいけど。
 あたしは二人分のトレイを持って立ち上がる。

 チン!

 首に掛けているトパーズのネックレスがかすかな音を立てた。


――・・――・・――・・――・・――・・――


 あっ。あれは。
 学食から図書館への通り。お昼時ってのもあって当然生徒の人通りも多い。
あたしは人ごみの中で良く見知った顔を見つけた。

 神岸あかり。

 それがその顔の持ち主の名前。中学から一緒の親友――ううん――元親友。
 でも、あたしも彼女もあいさつもせず、まるで空気のようにすれ違った。
 しょうが無い。もう、あたしも彼女も昔とは違う。中学や高校の頃とは。

 ネックレスの冷たさが心地よかった。


――・・――・・――・・――・・――・・――


「えっと、下味の付け方は……」

 図書館の閲覧室。こういった所はなぜか主みたいな人や専用の空間みたいな
物が出来上がる。
 この窓際の席もその一つ。ただ普通とは違うのはあたし長岡志保の専用席って事。
だいたい火・木の午後はここで過している。目の前にはだいたい料理の本。
なぜかこの図書館は大学の一部なのにこういった本の品揃えが良く、また入庫
して来る。あたしはそのチェックを毎週怠らない。

「あ、志保、やっぱり此処に居た」
「ん、沙織。なに?」

 本から顔をあげて声の主を見た。――堤沙織。この大学に入ってからの友人、
いや、親友。

「また藤田君とやったんだって? まったく、いいかげんにしたら?」
「あははは、なに? もう伝わってるの?」
「はあ。『志保ちゃんが知らない事は何も無いわ!』って言ってた頃が懐かしいわね。
……自分の噂くらい知らないの?」

 沙織は腰に手をあててあきれ果てている。
 確かに、沙織と知り合った頃はそんな感じだった。

「う〜、何? どんな噂?」
「あれで本当に付き合ってるのとか……その他色々。そんなんだか藤田君に
ちょっかいかける子が減らないのよ。なあに? また料理の本?
まめまめしいはね。藤田君、その努力を知ってるの?」
「あは、まあいいじゃない」

 穏やかなあたしの微笑みに沙織は諦めたようだ。

「まったく。女は男で変わるって信じられなかったけど、こうも目の前で実物を
見せつけられると信じない訳にはいかないわね。
 ……そのいつも着けてるトパーズのネックレス、誕生石でしょう?」
「そうだけど?」
「藤田君に貰った物なんでしょう? でもあきない?」
「いいじゃない、気に入ってるんだから」
「はいはい、ご馳走様」

 沙織は尽き合ってられないわって感じで肩をすくめる。ま、そんなとこかしら。
 確かにこれはヒロから貰った物。でも、これには特別な意味が有る。

 外せない。

「まだ、あかりとは仲直りできないの?」
「無理じゃない? あかりにとってあたしは泥棒猫だし」
「そりゃ、そうかも知れないけど、あんなに仲良かったのに……」

 この話題にはあまり触れたく無い。

「で、沙織、何の用だったの?」
「あ、そうそう、今度の学祭のことなんだけどさ……」


――・・――・・――・・――・・――・・――


 あ〜〜重い! まったく、こんなんじゃ筋肉付いちゃうじゃない!
 あたしは両手に持った材料――もちろん食料――を台所に置いた。

「さて、今日は新しい物にでも挑戦しますか」

 広東風海鮮。ま、速い話が中華ね。買って来た真イカやブラックタイガーを
手早く下味を浸けて行く。
 今日はヒロの帰りはバイトで少し遅い。え? どういう事かって?
 あたしはヒロと一緒に暮らしている。正確にはあたしがヒロの家に転がり込んだの

――同棲している。一年前から――

 今、あたしは愛しい人の為に料理を創っている。

――愛おしい人? 確かにそう。でもちょっと違う――

 この新しい生活が始まるのと前後してあかりとは一度も話して無い。しょうが無い。
あかりにしてみればあたしはヒロを取った泥棒猫。怒るのは無理も無い。



 あっと、いけない、もうこんな時間。もう料理は最後の仕上げだけになっている。
これ位ならヒロが帰って来てからでも直に終わる。シャワーを浴びなきゃ。



 ジャー―

 首のプラチナのネックレスにもシャワーが当たる。いつもの感触。
 さて、と。
 あたしはバスタオルで身体を包むといつもの部屋に向かった。
 いつの間にかあたしの部屋となってる客間。

――でもここで寝たことは無い。

 タンスからいつもの一式を取り出す。



 儀式。これは儀式。ドラ猫から変わる儀式。



 まずはカチューシャを付ける。そしてボディスーツ。あ、胸がキツい。
また大きくなったみたい。そしてネックレスを外してそっと置く。この時だけ外す物。
あたしが――長岡志保が――ヒロの物である事を示す物の代用品。
そしてあたしは本物を――首輪を――付ける。

 チリン!

 首輪に付いた鈴が小さな音を立てた。そして最後に手袋を付ける。
 これであたしはヒロの物となる。――身も心も。
 鏡に映ったあたしは――もうドラ猫じゃない。


――・・――・・――・・――・・――・・――


「ただいま〜」
「おかえりなさい」

 あたしはヒロを迎えに玄関まで行った。ヒロの手があたしの顔をなでる。

「……今日も可愛がってやるよ」
「……はい、お願いします」



挿絵(光一さん作)



 ヒロの手に頬をすり寄せながらの返事。居間への硝子扉にはあたしの姿が写
っている。猫耳・しっぽ・猫手。そう、あたしは猫。

 ヒロの飼い猫。

 今日も可愛がってもらうのを心待ちにしている猫。

「ん……ぁ……ぅんぁ……」

 ご主人様のキス。あたしの口腔を舌でかき回す。もう、それだけで膝の力が
抜ける。歯茎を、舌を、執拗に責めたてる。

 クチュ。ツ――

 あたしの唇との間に橋が渡る。
――立っていられない。ヒロの服を掴もうと思ったのにこの手袋では掴めない――

 ドサッ。ペタン

「はぁ……はぁ……あん、ぁ」
「ふ〜ん、また大きくなったんじゃないか? 志保」
「ぁ……は……い……ご主人様に触って頂く為に……大きくなりました……
ああん!」

 胸を服の上から優しく、時には強く揉みしかれる。サイズ的に辛くなったスーツの
所為で乳首が固くなってるのが余計解る。スーツの上からでも乳首の形が
はっきり解る。そして時々思い出したかの様に責めたてられる。
その度にあたしの喉は嬌声を上げちゃう。

「相変わらず敏感だな。これくらいで……こっちはどうかな?」
「あぁぁん……だめ……です。んく……ぁん」

 あたしの大切な所を触れる。もう、濡れているのがバレてしまう。

「すごいよ、志保。ずいぶん前から濡れていたんじゃない?」
「……はい。ご主人様を御待ちしている時からもう志保のあそこはビチャビチャです」
「よく出来ました。志保。最初はあんなに嫌がっていたのにな」
「ご主人様……に……教えて……んぁ……頂き……ましたから」

 くちゅ。くちゅ。

 ご主人様の手が冷たい。蠢かされるたびにいやらしい音が響く。

「あっ…やっ…。志保に……ご主人様の……御奉仕……を……させてください」
「じゃ、いつもの通りに」
「……はい」

 カチャカチャ

 あたしは猫手袋の所為で外し難くくなっているベルトをなんとか外すと、
顔を寄せて手を使わずにズボンを脱がしにかかった。

「ん……うん……」

 ジーンズのざらざらした感触が舌に当たる。ファスナーを舌先で探す。

 ジィーー

 チャックを外すとほとんど終わった様な物。あとはズボンを噛んでゆっくり
ずらしていく。
 あっ。ご主人様の……思わず頬擦りしてしまう。

「ん……ほら、志保」
「はい……」

 トランクスをずらす。あは。――あたしを責める物。愛しくあたしは……

「んっ……んぶ……んんっ。」

 チュポチュポ……チュブチュブ……

 強弱を微妙につけ、絡めてくるように舌をはわす。ご主人様の物にあたしの
唾液を絡ませていく。先から滲み出る物を舐めとっていく。

「ん……はむ……ぁん……」 
「うん…………っ」

 ビクッ、ビクッ

「ん! んん!」

 一際大きくなったかと思うとドクドクと波打つ。

「んっ! んっ!」

 ちゅくっ……ちゅくっ……ゴクン。

 今日はまた一段と――濃かった。

「上手くなったな。志保」
「ご主人様に喜んで貰う為にいっぱいいっぱい練習しましたから」
「……」
「……食事の用意ができています」
「そうだな。食事の後で一緒にお風呂に入ろう」
「はい。ご主人様」



 まだ夜は始まったばかり。宴は始まったばかり。



 あたしが飼い猫である事を実感する時間はまだたっぷり…………




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