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「――ふう……」

 目が疲れた。
 少し休もうか?

 水の匂い。
 夜露の降りた石畳が朝日に照らされて、少しづつ霧を吐き出している。
 夜明けのSFは、薄らいだもやの中。

 手の中のライカに目を落とす。
 古びて擦り切れた革張りが手になじむ。
 私はそれが私のものであるという印に、残っていた一枚のネコプリを貼った。
 私とあかり。
 それに、ヒロと雅史。
 鈍く光るライカM3の、すり減った銀梨地の右寄りに、もう一つのファインダーみたい
にしてちょこんとおさまっている。

 じっと見つめる。

 これは過去の私。
 楽しかったあの頃をふり返るためのファインダーだ。
 でも。

「いまのぞくべきなのは、こっちなのよね」

 本物のファインダーをのぞく。こっちは左寄り。
 視界の中に切りとられたSFの町並みは、まだ私の心になじまない。
 シャッターを押す。かしゃん、と軽いショック。
 これで一枚撮れた。
 こうやって、一日一日を、確かに自分のものにしていけたらいいと思う。
 写真に収めるように、私の心の中にSFの街並みを、ここに暮らす人々を。
 この街を写し取っていきたい。

 そして、私の中にいつもある大切な写真。
 変わらないもの、変わって欲しくなかったものは、いま私の中にある。
 仲良し四人組で一緒に撮ったネコプリ。
 ファインダーの横には、いつもヒロの、あかりの、雅史の。
 そしてあの頃の、子供だった私の笑顔がある。

 カメラを下ろして、歩き出す。
 負けないからね、あかり。

 私、もっと大人になる。
 ここでちゃんとやっていけるようになって、それから会いに行くから。

 深呼吸をする。
 サングラスを額に上げた。

 海へ向けて降りる坂道。朝もやが石畳の坂をおおい、始発のケーブルカーが眠そうな音
を立ててゆっくりとくだって行く。
 異国の街並み、違う空気の匂い。SFはまだ他人の顔をしている。

 大丈夫、自分にそういい聞かせる。
 大丈夫、私、友達作るの得意だから。
 だから――この街と、友達になろう。

「Hi! Shiho!」

 ちょっと回しすぎのエンジン音がうなる。
 ふり返るとそこには、濃いサングラスで目を隠した友達の笑顔があった。
 ブラックミュージシャン気取りで、腕を軽くぶつけて、ぱちん、と手と手を打ち合わせ
る。

「レミィ、似合わないわよそれ……ブルース・ブラザーズのでき損ないみたい」
「シホだって、あの……ど根性ガエルみたいです」

 思わずずっこけた。
 どこで覚えたそんなの。
 あいかわらずしょーがない知識ばっかり豊富なんだぁ、まったく。

「じゃ、行くわよ。いい、くれぐれも安全運転でね!」
「OK、努力しマース!」

 ばたんっと乱暴にドアを閉めると、後輪をスリップさせながら急発進。
 ドアハンドルにしがみついて、軽く苦笑い。
 眩しいほどかがやく朝陽が昇りはじめてる。
 額にあげてたサングラスを下ろした。
 いよいよブルース・ブラザーズのデッドコピーだわ、私たち。

 揺れる車の上で、両手の人さし指と親指でフレームを作る。
 その中には、金色に光る海と、金門橋のシルエットがおさまっている。
 うん、いい構図!

「Good Morning,SF!」

 おはよう、私の新しい友達!










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