お題 “志保”
Sidestory of "To Heart"
 

「風船」


Written by 未樹 祥







「ねえ志保」
「何?」

 たわいないお昼休み、ランチタイムのおしゃべり。
 あたしにとって情報収集の時間かもしれない。
 でも、今日のはちょっと意外な『情報』だった。

「A組の藤田君と付き合ってるって、本当?」
「はあ?」

 興味津々、でも恥ずかしい、そんな顔つきの内藤と長田。
 そして豆鉄砲をくらった鳩みたいな顔をしているだろうあたし。

「ちょ、ちょっと、何よその話?」
「あれ、違うの?」
「違うわよ!」

 バン!

 思わず机を叩いたあたしに内藤は ビクッ と身体を竦ませているけど、

「ほら〜、やっぱり違うじゃない」
「でも〜、違うの? 志保?」
「当然じゃない。第一ヒロにはあかりが居るじゃない」

 級友――長田――は納得したのか、

「でも志保、噂聞いたこと無いの?」
「噂? 何、それ?」
「はぁ。天下の『志保ちゃんネットワーク』も自分の事はからきし駄目か」

 カチン!

「むっかつくわね〜。あたしのネットワークに引っかからない物は何も無いわよ!」
「でもこの話、知らなかったんでしょう?」

 長田はあたしを指差して、

「いい? 知らないみたいだから教えて上げるけど、志保、藤田君と付き合ってる、
っていう噂――ううん、有る意味確証に近い物が流れているのよ」
「そうそう、他には藤田君が志保と神岸さんと二股かけてるとかも有るわね」

 全然知らない。そんな話。

「へ、へ〜」
「まあ、今、志保の口から否定されたんだけど」
「ほら、志保達っていつも一緒にいるでしょ? 仲いいし、他愛もない喧嘩とか
しょっちゅうしてるけどね。だからだとは思うけど」
「でも、佐藤君と付き合ってる、ってのは無いのよのね」
「不思議よね〜」
「へ〜、そんな噂立ってたんだ。知らなかったな〜」

 感心した振り。動揺を押さえながら――大変苦労したけど、努力は報われた。
 あかりは……知らないわよねえ。このあたしでも知らなかったんだから。

 ――そう、あたしも知らなかった。この時、心に風船ができていた事に。


――・・――・・――・・――・・――・・――


「ゴメンゴメン、待った?」
「あ、長岡さん、来てくれたんだ。ううん、自分も今来た所だから」
「ええッと……」
「あ、2―Dの高橋和樹です」
「で、何かな? 高橋君。あたしに用って?」

 あたしの視界に桜の花びらが舞う。風情としては絶妙。
 場所は校庭裏の桜の木の下――割と有名な内の学校での呼び出しポイント。
 だから正直、内容もだいたい予想がつく。……返事も用意して有る。

「好きです。長岡さん。ぼ、僕と付き合って下さい!」
「ごめんなさい」

 ほらね。やっぱり。

「……どうしてですか? 誰か好きな人がいるんですか?」
「好きな人ねえ……いないわ。でも、高橋君と付き合う気は無いわ」
「藤田への義理当てですか?」
「ヒロ? 関係ないわ。どうも噂されてるみたいだけど。わたしね、恋愛感情ってのが
よく判らないのよ。誰か一人と付き合うってのが判らない。だから、ごめんなさい」
「……そう、ですか」
「ごねんねえ。いい友達でいましょう」

 もう用が無いとばかりにあたしは立ち去った。
 ――少し、嘘つきな自分。ヒロの名前が胸に少し、ホンの少し、響いた。

 ――風船が少し膨らんだ。


――・・――・・――・・――・・――・・――


「いようっ、志保」
「おっ、ヒロじゃん。いいところに来たわね」

 ほんと、いいタイミング。ヒロ、そんな嫌そうな顔しなくていいじゃん。

「なんだよ、オレに用でもあるのか?」
「大アリよ」
「わりぃな、オレはお前に用はねえし」

 あ、こら、立ち去るんじゃない!

「あっ、ちょっと待ちなさいよ薄情者〜」
「いったい、何の用だよ?」

 なんだかんだ言ってもちゃんと付き合ってくれるのがヒロの良い所。
 今日もちゃんとあたしに付き合ってくれる。

「あんたに頼みが有るのよ」
「頼みぃ? どんな?」
「大きな声じゃ言えないけどね」

 少しつま先立ちになって耳元で囁く。

「しばらくあたしの恋人役を演じて」
「なにぃ!? オレに恋――」
「シ―ィ! 声が大きいっ」

 あ、馬鹿、慌ててヒロの口を塞ぐ。話の内容に驚愕しているのをう懐いてみせる。

「……まさか、お前に言い寄ってくる男がいるから、オレが恋人になってそいつの
目の前でイチャついて見せるってパターンか?」
「あら、察しがいいわね。話が早いわ」
「何処にいるんだよ、その男は」
「もう後ろに居るわ」
「なぬぅ!?」

 そう言って後ろに振り返ろうとするヒロ。駄目だって。

「見ちゃ駄目。もう貴方はロックオンされたわね」
「……わーったよ。今からオレはお前のいい人だ」
「そーこなくっちゃ。今からあんたはあたしのダーリンね」

 ヒロの腕をとる。

 こうしてヒロとのデートは始まった。もちろん、スト―カーなんてウソだけど。
……これでヒロへの想いが解るかもしれない。あたしの。

「デートの基本はショッピングよね〜」
「そ〜かよ?」

 デート。それはそれで楽しい。ヒロはさり気なさを演出しながら――実際には
居ないのだから滑稽の何者でもない――辺りに目を光らせてるし、あたしは、
あたしは……ヒロと一緒に居れて楽しい。

  「あっ、これカワイイ〜ッ、ね、似合う?」
  「そうか? こっちの方が似合うと思うぞ」
  「あんた、センス無いわねえ」

  「ひとつくらい買ってくれないの?」
  「それも冗談だな」
  「つまんな〜い」

 なんて馬鹿言いながら。


「なあ、まだ付いて来てるのか?」
「うん来てる来てる」
「くそ……しつこいな」
「これはもっと決定的な事をしないと駄目かもね〜」
「決定的な事って?」
「あたし達のやってることって、普通のクラスメイト同士でもできるじゃない」

 さっきから掴んでいた腕を――恋人役だからね――抱きしめ直して、

「木陰でキスなんかしちゃったら、いかにも恋人って感じに見えるでしょ?」

 明らかに動揺したヒロ。言葉に? それともあたしの態度に?

「アホか。そこまでやれっかよ」
「ど〜すんの? やんなきゃ向こうは信用しないわよ?」
「あのなあ……誰とでも簡単にできるもんじゃねえだろ」
「あら、あんたとならしたっていいって言うのよ? なに? ヒロ、恐いの?」
「馬鹿やろ。そんなんじゃねえよ」
「ならいいじゃない、ね。あ、あの自販機の横辺りでやろ」
「あ、おい」

 陰とはいっても、大した陰では無い。ちょっとした空間のデボット。
 恋人がキスするには丁度いい空間。
 そんな所であたしは壁に寄り掛かってヒロを少し見上げる。
 ……もう、見上げないといけないんだ。知り合った頃は一緒ぐらいの、むしろ
あたしの方が高かったのに。目を閉じながら。

「上手にやってよ」

 ヒロがキョロキョロしている気配がする。
 もう、ムードもくそも無いわね。
 ヒロの手が壁に触れる。
 ……でも、あたしの鼓動が速くなる。ヒロに聞こえちゃう。これからの事を考えると
血が顔に集まる気がする。熱持っているのがばれない?
 近づいてくる。



「浩之ちゃん」

 え? この声は? 嘘?

「うわっ!!」

 ヒロが慌てて離れる。やっぱりあかりね。

「どうしたの、浩之ちゃん。……あ、志保」

 見られたかしら? ヒロも動揺してるわね。まあ、無理も無いか、一番まずい人物に
見られたかも知れない物ね。

「二人とも、ここで何してるの?」
「い、いや、別に……なぁ?」

 なんであたしに振るのよ、ヒロ。

「なんにもして無いわよ。ちょっと休んでただけよ……ねぇ?」
「ふ〜ん……」

 それからあかりも混ぜて3人で普通に遊んだ。これはこれでやっぱり楽しかった。
……どうやらあかりは気づかなかったみたい。

 ――風船が膨らむ。持ち主に気づかれる事無く。


――・・――・・――・・――・・――・・――


 次の日、休憩時間。あたしは2―A、ヒロの前に居た。

「ヒロ〜、昨日はごめんね」
「その話しかよ……」
「でさ、今度あたしにヤック、おごらせてくれない?」
「なんでだ? 突き合わせた礼か? だったらいいぞ」
「あたしは律義な女なのよ? 昨日は一方的にあんたを連れ回したからよ」

 ヒロはあたしの顔をじっと見つめると、

「言えよ。言ったら律義なおめーの礼儀を受け取ってやるから」
「なんのことかしらね〜」

 ば、バレてる? まさか。ねぇ。

「おいっ」
「あははっ…… つまりねぇ、ジョークだったのよ。男に言い寄られてるって奴」

 あさっての方向を向いて横目でヒロを…… うわっ、怒ってる〜〜

「なんか急に、ヒロと恋人ごっこしたら楽しいかな〜って思っちゃってぇ。
 ……ヤックじゃ足りない?」

 ゴメン! 顔の前で手を合わす。
 ……恐る恐る目を開けると、しょうが無いって顔のヒロ。

「解った。許す」
「ホントに!?」
「なあ、志保、なんであんな事、しようと言い出したんだ?」
「う〜ん…… そう言うあんたはどうなの?」
「オレが聞いてんだよ」
「あたしは……したらどんな気分かな〜ってそう思ってたのよ」
「それだけか?」
「……あんたは後悔してるの?」

 ヒロの顔をじっと見つめる……よく判らない顔してるヒロ。

「……よく解らねえ」
「ふ〜ん、そう。あたしは……うれしかったよ」
「なっ」

 キーンコーンカーンコーン!

「あ、やば! じゃあね、ヒロ」

 驚愕しているヒロに軽く手を振って教室に戻った。
 ……どう、思っただろう。
 ――唇が触れた瞬間、嬉しかったのは事実。
 ……やっぱりあたしはヒロを好きなんだろうか? まさか、ね。

 ――風船がまた、また少し、膨らんだ。


――・・――・・――・・――・・――・・――


「ねえ、ヒロ、あかりの事、どう思ってるの?」

 学校の帰り、ふと街頭で出会ったヒロに聞いて見た。

「どういう意味だ?」
「鈍感ねえ、女としてどう思ってるの?」
「……特別な目でも見てねえし、特別だとも思ってねえよ」
「ふ〜ん」
「そう言うお前はどうなんだよ? 好きな男とかいねえのかよ」
「あたしにぃ? ……う〜ん、好きって感覚がよく解んないのよ。あんた、解る?」
「そりゃあ、その……、カッコイイとか、一緒にいたいとか……ああ! 上手く説明
できねえ!」

 ヒロは頭を抱えてうずくまった。……その条件ならあたしのヒロに対する気持ちと
当て嵌まっちゃう。

「……それだったらアタシはあんたの事が好きって事になるじゃない」
「……えっ?」

 ヒロと同じ様にしゃがんで目線を躱す。じっと目を見つめて、

「……よく解らないでしょう。好きってことが?」

 ヒロはちょっと慌てた感じで、

「ああ、さっきのだと、オレもお前の事が好きになってまう」

 ヒロの意外な台詞。ちょっと、本気?

「あはは、何言ってんの。あんたにはあかりが居るじゃない。……いいじゃない。
気の合う二人で、別に。それじゃあね!」

 なぜだろう。何か違う。嘘をついてる気がする――

 ――ドン! 一回り大きくなった風船。


――・・――・・――・・――・・――・・――


 それから幾日か過ぎた。あたし達の関係は特に変わらなかった――表面上は。
 ……ヒロとあかりのやり取りを見てると、心が傷む。なぜ? ……やっぱり……

「ちょこーっと急用入っちゃってさぁ。後2時間半はあるけど、後宜しく!」

 あたしが誘ったカラオケ。逃げるかの様にあかりとヒロを置いて立ち去った。

「――円になります」
「はい」
「ありがとうございました!」

 はぁ。あたし何やってるんだろう? でも、あかりがあいつの事を好きなのは
みえみえだし。……これでいいのよね。
 少しブラブラしながら駅前にむかっていると……

「あ、志保」
「え? ……ちょっとちょっと! なんでもう出て来るのよ! ……盛り上がら
なかったの?」
「二人だけじゃ盛り上がん無いだろ」
「それじゃ困るのよ! こっちは! もー頭に来たわ! 死ぬまでやってなさい!
バイバイッ!!!」

 あたしは二人に背を向けて一目散に走った……もう……
 ――走っている方角すら解らなかった。

「志保っ!」
「離してよ!」

 アーケードでとうとう追いつかれてしまった。じたばた暴れるアタシ。

「なんで追いかけて来んのよっ!」
「待てったら!」
「あかりといればいいじゃない!」
「落ち着けって! 志保っ!」

 冷静になると、周りの視線が気になった。……これってまるっきり痴話喧嘩だもんね。
「ヒロ、この際だからあんたの家まで付き合ってあげるわよ」
「そりゃ、構わねえけど……」

 あれ? あれれ? なんであたし、泣いてるの?

 ――もう、風船は破裂寸前だった。溜めに溜め込んだ想い。


――・・――・・――・・――・・――・・――


 いつもの公園。ブランコに座っているあたし。もう、時間が時間だから周りには
人気が無い。
 ヒロとそこでさっきの事を話しあった。

「……親友の恋の手助けってつもりだろ?」
「知ってたんなら、どうして答えてやらないのよ」

 ヒロはあたしの隣のブランコに座ると、急に黙り込んだ。

「……ちょっと、何か言いなさいよ。あんたとあかりがいい感じなのは、みんな
知ってるじゃない」
「みんなが知ってるのはそこまでなんだよな」
「え……?」
「志保、オレの気持ちって考えた事あるか?」
「あんたの気持ち……?」
「ああ ……たぶん、無いんだろう?」

 カチャン

 ヒロはブランコから降りるとあたしの前に立った。

「オレは、あかりじゃ無くてお前をみてるんだよ」
「……」

 じっとあたしを見るヒロ。何も言い返せない自分。

 ……涙腺が緩んだのが解った。

 そんなあたしを優しく抱きしめてくれるヒロ。

 ――とうとう、爆発してしまった。抱えきれなくなった風船――恋心――

 ……ヒロの胸で5年分の涙を流したような気がする。髪をなでてくれるヒロ。

「なあ、オレは長岡志保が好きだぜ」

 その言葉に顔を上げてヒロの顔を見る。……涙で変になって無いだろうか?

「……あ、あたしは、あんたの事――」
「……」
「嫌いよ!」

 トン! 軽くヒロの身体を突き放つ。

「あ、おい」

 2、3歩後ろに下がりながらもしょうがねえなぁって顔のヒロ。
 そんなヒロに笑顔で返すと、

「ねえ、ヒロ。両想いだったからって、明日から急に手ぇつないで歩く訳?
 あたし思うに、何も変わらないんじゃない?」

 絶句しているヒロ。……あたしとヒロが手を繋いで歩いてくぅ? 地球滅亡の日ね。

「ま、まあ……」
「今まで通りでいいんでしょう? それなら」
「あ、ああ」
「それならあたし、付き合ってもいいかな?」
「……いいんじゃねえか? で、志保」
「な、何よ?」
「お前の好きなヤツって誰だ?」

 何聞く気? そんなの聞く?

「そ、そんな事、言わなくても解ってるじゃない」
「聞きたいんだよ。ちゃんと」

 ……意地悪。

「あたしが好きなのは……」
「ほらほら」

 にやにやしているヒロ。無性に悔しかった。

「ヒロなんか嫌いよ! べ―ッだ! 何で言わなきゃいけないよ!」
「な、なにぃ!?」
「いちいち確かめなくても、あたしとあんたはいつも通りで充分なのよっ。また明日〜」「お、おい!」

 バイバイと手を振ってあたしは駅に向かって駆け出した。


――・・――・・――・・――・・――・・――


 ゴトンゴトン!

「両想い……か」

 帰りの電車の中。一人口ごもる。あかりには悪い事をしたと思う。
 ……でも、でも、あたしはヒロが好き。

 今にして思えば、ムードの無いファーストキスだったわね……


 ――爆発してしまった風船がさらに大きくなっているのをやっと感じた――







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