お題 “志保”
Sidestory of "To Heart"
 

「あたしのコト、わかってる?」


Written by ふうら








 学校を出てすぐ、坂の途中でのことだ。
「……あっ!」
「なんだよ」
「教室に忘れ物しちゃった」
「もー、なぁにやってんのよぉ。ドジなんだからぁ〜」
「てへへっ」
「しゃあねーな、戻るぞ」
「あっ、いいよいいよ、だいじょぶ。私、走って取ってくるから。ゴメンね、二人とも先に帰ってて」
 言うなり、回れ右して駆け出すあかり。
「ねぇ、どーすんの、ヒロ?」
「ん……」
 そうだな。ここで待ってるか、あるいはオレたちも、ゆっくり戻っていくか。
「……まぁ、子供じゃねーんだからな」
「あたし、別に戻ってもいいケド」
「いや、行こうぜ。のんびり歩いてりゃ追いつくだろ」
「……いいの?」
「なにがだよ」
 オレは、ぐんぐん小さくなっていくあかりの後ろ姿に、声を投げかけた。
「転ぶんじゃねーぞー」
 どうやら聞こえたらしい。走りながら後ろへ手を振ろうとして。あかりのヤツは体勢を崩してよろめいた。
 宙を泳いで、とっとっと、と……たんっ。危ういところで踏み止まる。すぐにまた駆け出す。
「おいおいおい」
「まぁったく、見ちゃいらんないわねえ」
 あかりにゃ悪いが、志保と二人、顔を見合わせて笑ってしまった。

 秋空の陽は、沈むのが早い。あっという間に色が落ちていく。
 そうして、街のそこかしこを、電気的な輝きが飾っていく。
「一番星、めっーけ!」
 オレの斜め前、いつになく無口に歩いてた志保が、不意に声を上げる。
「……ああ」
「なによう。もうちょっと喜んでもいいじゃない」
「それって喜ぶことなのか?」
「気分いーじゃないの」
 そうか? ……そうかもな。
「変なヤツ」
「この志保ちゃんを掴まえて、なんたるイーグサ、シツレーなヤツぅ。あたしゃ、あんたにだけは言われたかぁないわよ」
「へいへい。悪かったな」

 ……。
 なんだろうな、これ。その、黄昏時っての。
 この雰囲気のせいなのかね。
 会話は続かず、どちらも続かせようとせず。二人してミョーに黙りこくって、ただ歩いていた。
 オレは前を行く志保の背を眺めながら、志保のくせに静かだなんて理不尽だぞ……なんて、それこそ理不尽なコトを考えていた。
「……なぁ、なんか喋れよ」
「ちょっとぉ、何よ、それ」
「いや、静かだなぁと思って」
「いっつもうるさくて悪かったわねー」
「うるさいのは確かだな。……悪いかどうかは、時と場合によるけどよ」
「……」
 今の、ちょっと、フォローっぽかったか? うーん、似合わねー、藤田浩之っぽくねー。
「おい、やっぱ今のナシな」
「えっ?」
「うるさくても良い場面なんかあるわきゃねーから、志保、オメエ、四六時中悪いぞ」
 うむ、これでよし。
「なによ、訂正するなんて、男らしくなーい」
「いや、潔く間違いを認めて言い直したんだから、男らしい」
「……餓鬼よねぇ」
「なんか言ったか?」
「アラ、空耳じゃなーい?」

「……♪」
 志保が何か呟いた。
「おい、なんだよ?」
 志保がくるっと振り返る。
「なによぉ。歌ったって、いいでしょー?」
 ああ、歌か。……そーいや、最近、カラオケ行ってねーなー。
「好きにしてくれ」
「好きにするわよ」

偶然がいくつも 重なり合って ♪

 ああ、アレな。あの歌な。

♪ あなたと出会って 恋に落ちた

「……似合わねえ」
「そこ! うっさいわよ!」

聞こえそうな鼓動が 恥ずかしいよ ♪
♪ どうして 私らしくはないよ

 なんだかんだ言っても、志保は歌が巧い。
 まぁ、伴奏があるわけじゃなし、今は「歌ってる」というよりも「詠ってる」って感じだけどな。
 せいぜい、すぐ後ろにいるオレだけに届くくらいの声量で。言葉を優しく唱えているといった風だ。

今日が終わっても 明日が過ぎても ♪
♪ いつもそばにいて ずっと素直に かわらぬ二人
演じたい〜 ♪

 ……あれ?

♪ あなたと会ったあの日から どんな時にでも……

 オレは首を傾げた。なんだか、ちょこっと、違ったような気がしたのだ。
 志保のヤツ、とちったのか?
「……」
 まさかなあ。志保に限って、しかもこの歌で、それはないだろう。

 気分良く歌い終わって。
「ど〜お?」
「あー、巧い巧い」
 投げやりな素振りのオレの拍手に、志保はぷりぷり怒りだす。
「なんなのよー、それは、その態度は」
「いや、ホントだってー」
 いかにもウソ臭い物言いは、余計に神経を逆撫でしたらしい。……するだろうなあ。
「見てなさーい! 今度は二番、歌っちゃうんだから!」
「いや、別にいいけどよ」
 それも悪くないなと思った。次はちゃんと褒めてやるか。
「……歌っちゃうわよ?」
「……なんだよ。悪いって言ってないだろ。歌っちゃまずいよーな歌だったか?」
「別に……そんなことはないけど……」
「……」
「……」
 わけわかんねー。変なヤツだよな、お前も。

 遠くから不意に、オレを呼ぶ声。
「ねーぇ! 浩之ちゃ〜ん!」
 振り返ると。
「……しか、いねえか」
 当然ながら、あかりだった。手をぶんぶん振りながら駆けてくる。
 ったく、恥ずかしいヤツだなあ。周りに人がいないのが救いだよなー。
「あら、もう追いつかれちゃったのね……」
「追いつかれたくないよーな口振りだなあ」
「……やっぱりあたしに似合わないのかなって、そー思っただけよ」
「?」
「……さてっ。んじゃーねー、ヒロ」
「あ? ああ……」
 いつの間にか、オレたちがいつも分かれるトコだった。
「ボーッとしてるんじゃないわよ。あんたたちはあっち、あたしはこっち」
「知ってるよ。じゃあ、な」
「バイバイ。……続きはあかりに歌ってもらいなさいね」
「……なんか言ったか?」
「べっつにぃ」
 途中で息切れして、立ち止まってへろへろしているあかりに向かって。
「あっかりーっ! また明日ねー!」
 さっきの続きをハミングしながら、志保は楽しそうに帰っていった。

「おまったせー!」
「いや、別に待っちゃいないぞ」
「……」
「……」
「……浩之ちゃん、そんな、冷たい」
「つまんねぇ冗談にいちいち涙ぐむなよ……って」
 あかりがぺろっと舌を出す。ちっ……、嘘泣きでやんの。
「うふふっ」
 ていっ! ぺしっ!
「きゃっ」

 日が暮れて、肩先を秋の夜風、空には星、ちらほら。
 あかりがオレの隣に並んで歩く。……そういや志保は、隣よりも、斜め前ってコトが多いなあ。
 ……あいつがせっかちで、ちゃっちゃと歩いてくからだよな、それは。
「それでねー、浩之ちゃん、レミィってば……」
「ん……」

 あ、そうか。

「んでも……演じてちゃ、わかんねーっての」
「なぁに? 浩之ちゃん」
「んにゃ。なーんも」
「?」

「なぁ、あかり」
「なぁに?」
「今夜の空って……その、晴れてるよな」
「うーん、そーだね、いつもよりお星様が多いかも。上の方、空気が綺麗なのかなあ」
「こないだの台風のせいか」
「そうだねー、きっと……」



...END




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