お題 “楓ちゃん”
SideStory of Kizuato
 

「わたしを楓と呼んでみて」


Written by MIO






 別に、わたし―――柏木楓は、意識や、心について論議するつもりはないんです。

 ただ、心にも無い事を言ってしまうってこと、ありますよね?
 思ってもいない事、考えてもいない事なのに、口を衝いて出てしまう言葉。
 本心ではないのに。
 貴方は、本心ではない、勢いにまかせた言葉で、誰かを傷つけてしまったことがありま
すか?
 大切なものを。
 大切な人を。
 その―――思ってもいない台詞で、無くしてしまった事はありませんか?
 
 言葉というのは怖いものです。
 元気付ける事も在りますが、しかし傷つける事もある。
 そして、一度口から飛び出せば、もうとり返しがつかない。
 相手の頭の中に残りつづけてしまう。

 あなたは、自分の言葉に後悔した事・・・在りますか?

「嫌い」

 言うのは簡単だった。
 その言葉で、あの人の心を穿つのは、恐ろしく簡単で―――

「へ? あ・・・、えぇっ!?」

 あの人が傷ついたのは明白で・・・
 なんてことをしたんだろうって、後悔したけれど・・・
 取り返しがつかない。
 
 思い出してみる。
 なぜ、こうなったのか・・・
 なぜ、わたしは、こんな・・・思いもしない事を・・・


「なぁなぁ、楓ちゃん」
「はい?」
「さっきから、なんかウロウロしてるみたいだけど・・・探し物?」
「いえ・・・、廊下の突き当たりから―――」
 わたしは廊下の突き当たり、おトイレのドアを指差し、次に玄関を指差しました。
「玄関までの距離を測っていたんです」
「・・・へ、へぇ」
 困った表情になる耕一さん。
 どうしてですか? どうして困っているんですか?
 わたし・・・耕一さんを困らせてしまった・・・
「うわっ!? ど、どうして泣くのさっ!?」
 ふるる・・・
 わたしは気にしないでくださいと、首を横に振った。
「で、でも・・・」
 心配そうな耕一さん。
 なんでもないですと言ったけど、それは言葉にならず、ただ、呼気が漏れただけたった。
「あ、そ、そうだっ! 楓ちゃん、教えてくれよ!」
 耕一さんは、わたしが泣いたせいでしょうか・・・慌てた様子で、まくしたてました。
「廊下の突き当たりから、玄関までの距離ってどれくらいだった!?」
「七十三回に及ぶ測定の結果、13歩、プラスマイナス5歩です」
「誤差大きくない?」
「・・・そんな!」
「うわっ! 泣かないでよ楓ちゃん!」
「・・・それはそれとして―――」
「え?」
「どうしてわたしは、『楓ちゃん』なんですか?」
「へ?」
「千鶴姉さんは『千鶴さん』、梓姉さんは『梓』、初音は『初音ちゃん』・・・わたしは『楓
ちゃん』だから、わたしと初音はおんなじです」
「おんなじ・・・って、そう言われても・・・ハ、ハハハッ」
「わたしか、初音の方の呼び名を変えてほしいんです・・・」
「そ、そう言われても」
「初音は『おい、コラ、このちんちくりん』でいいじゃないですか」
「いやぁ、それはマズイんじゃないかなぁ。長いし」
「じゃあ、『ロリ』」
「おいおい」
「どうしてダメなんですか? わたし・・・!」
「だから泣かないでくれって!!!」
「じゃあ、『フォルテ』って呼んであげてください」
「・・・そりゃまあ、あれはスライディング・サーベルに見えない事も・・・」
「お願いします」
「やっぱダメだろ」
「どうしてですか?」
「人道的に」
「既存の道徳観念は捨ててください!」
「呼び名如きで道徳観まで捨てれるか!!」
「いいじゃないですか、世の中の若人全てが、二次元の幻想に浸って―――」
「それ以上は言っちゃダメ!」
「なぜなんですか?」
「ま、真顔で聞かれても・・・」
「現実に向き合えない弱い心を持った若人は、これ全て心の病と判断していいじゃないで
すか! そんなこったからあの教祖が―――」
「わーっ! ダメダメダメダメダメーーーーーーーーーーッ!」
「じゃあ、わたしの方を違った呼び名で呼んでください! ・・・お願いです!」
「わかったよ・・・、で?」
「はい?」
「なんて呼ばれたいの?」
「わたしが考えるんですか?」
「・・・流れからいって、君に任せたほうが無難だと思ったし」
「じゃ、『柳川』」
「呼べるかぁっ!!」
「ど、怒鳴らなくてもいいのに・・・」
「わ、悪かった! 謝るからさ、泣かないでくれ、楓ちゃん!」
「『楓さん』って呼びますか?」
「そ、それって、すごく違和感が・・・」
「じゃ、『ミス楓』と『オカッパ・レディ』と『菜倉潤』の中から選んでください!」
「『ミス楓』が一番まともだな」
「そんな呼び方は嫌です!」
「怒るくらいなら三択に加えるなようっ!」
「しくしく・・・どれもいや・・・『オカッパ・レディ』も『菜倉潤』も『オスマ・ンサ
ンコン』も、全部いや! きらいきらい大嫌い!」
「なぁ、『オスマ・ンサンコン』はなかっただろ?」
「ありましたよ」
「どこに」
「夢の国」
「そりゃどこだ!」
「スケベな大人には行けません」
「・・・そりゃどーも」
「で、『クィーン』って呼んでほしいです!!」
「へぇー、わかったよ、なんだ、良い名前じゃぁぁぁん」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「はぁっ!? 『クィーン』!? ほ、本当にそれでいいのか!?」
「柏木楓に、二言はあったりなかったりです!」
「どっちだよ!」
「時と場合と、その日の気分によりけりです!」
「曖昧な・・・」
「ファジーがうりでして!」
「どこで売ってんだよ、一体!?」
「アキバかも?」
「キミのキャラクターで、そこんとこを略すのは間違ってる!」
「すでに間違えだらけのような気も・・・」
「そりゃそうだが!」
「じゃ、略さないで言いますようっ! 宇宙の銀河系の―――」
「そこまで大まかにしろとは言ってないだろ!? 小学生か君は!」
「じゃあどうしろと!?」
「怒るなよ! と、とにかく普通にしてくれ!」
「普通? 普通っていったいなに?」
「悪いけど哲学やってる暇はないっ!!」
「そういうことだから、今時の若人は犯罪者への道を当たり前のように―――」
「だから、きみのキャラクターじゃ、それは言ってはいけないの!」
「誰が決めたんですか!?」
「別に誰ってわけじゃないけどさぁ・・・ダメだろ!」
「理不尽です!」
「そういわれても!」
「李婦人です!」
「ワケわからんわ!」
「どうして漢字を変えただけなのにわかるんですか!?」
「知るかよ、って言うか、もともとビジュアル・ノヴェルじゃないか、俺達は?」
「そんな馬鹿話は、どーでもいいですから! 早く名前を呼んでください!」
「そっちから脱線させておいて、めちゃくちゃな言い草だな!」
「早くお願いします!」
「わかったよ・・・じゃあ・・・コホン! なぁクィーン?」
「はぁ? 誰っスかそれぇ?」
「いや、いくらなんでも怒るぞ!」
「怒るんですか?」
「きみに怒るのは気が引けるが、この辺で怒っとかないと先が続かん」
「耕一さん・・・義務感でわたしをいじめないで・・・」
「ああもう、わかったよ・・・で? 本当はどう呼んでほしいんだい?」
「呼び捨てにしてください」
「ああ、なるほど・・・」
「はい、どーぞ」
「・・・うっ、そう改まれると・・・それに、なんか呼び捨てって照れないか?」
「・・・わたしは、ずっと耕一さんに『楓』って呼んでほしかったんです・・・」
「楓ちゃん・・・」
「『楓たん』って呼んでほしかったんです」
「どっちだよ!」
「『カエデーナ』」
「かわっとるがな!!」
「じゃあ、どう呼びたいんですか!? わたしを!」
「こっちが知りたいんだよっ!!」
「ふざけないでください!」
「どっちがじゃ!」
「じゃ、じゃあ『エディフェル』がいいです・・・」
「ああ、それでいこう、その辺で手を打とう!」
「略して『カッパーフィールド・レディ』」
「全然略してないし」
「え? 何がですか?」
「だから真顔で聞くなっつーの!!!」
「あ、蝶々」
「人の話しを聞けぇっ!」
「聞いてます! わたし・・・耕一さんの声が好きです・・・どんな言葉も、聞き逃した
くない・・・」
「のワリにゃ、さっきからメチャクチャだな・・・」
「だから何が?」
「それを真顔で聞くなっ!!」
「じゃいいです、そろそろ決めましょうよ、いいかげん」
「さんざん、かき混ぜておいて・・・」
「やっぱり『楓』って呼んでください・・・」
「あれだけ騒いで、結局それかっ!!!」
「だって・・・恋人同士って、普通・・・」
「そ、そっか・・・そうだよな、やっぱ、俺達ってその・・・付き合ってるわけだし」
「・・・そうですよね」
「恋人同士ってんなら・・・やっぱり、その、呼び捨ててもね、ハハハッ」
「・・・」
「じゃ、じゃあ呼ぶよ?」
「・・・はい」
「か、楓?」
「あ・・・、な、なんですか耕一さん」
「え? あ・・・いや、呼んでみただけ・・・なんちゃって―――」

「用も無いのに呼ばないでください」

「・・・」
「・・・」
「・・・」
「なんだよそりゃ!?」
「用が在るときに呼んでくださいよ、やだなぁ耕一さんったら」
「・・・」
「・・・」
「・・・やっぱ、君は『楓ちゃん』でいいや」
「ガーンッ!!!」
「擬音を口で言うのはさ・・・キャラクターが・・・」
「キャラクター!? どうしてそんなこと言うんですか!?」
「俺が言わなくても、いろんな人が言うんだよ!」
「誰ですか!?」
「きみに心奪われている人間は多いんだ! ・・・俺だってそうだ!」
「なにげにクサい台詞言っても騙されません!」
「本物の楓ちゃんはそんな事は言わない!」
「わたしが言ってるから、言うんです! たとえ曹操軍百万を敵に回しても!」
「んなことはいい! とにかく君がメチャクチャだと、怒る人が―――」
「わたしに自由意志はないんですか!?」
「あるだろうけど、今はしまっとけって言ってるの!」
「ひ、ひどい! 世論の奴隷はこれだから! ひどすぎます!」
「どっちがじゃ!」
「嫌い!」
「へ? あ・・・、えぇっ!?」
「耕一さんなんて大嫌い!」
 ダーッ!
「あ、ちょ、ちょっと!? 楓ちゃん!?」


 以上、回想終了・・・
・ ・・

「耕一さん、酷すぎる・・・そう思うよね、初音」

「わたし、ちんちくりん?」
「耕一さんのバカ」
「ねぇねぇ、楓お姉ちゃん、わたしちんちくりん?」
「・・・」
「ちんちくりんってなぁに?」
「・・・」


「ねぇねぇ、ちんちくりんってなあに?」


 初音の声を聞きながら、わたしは眠った。
 とても良い夢を見ました。



 ジローエモン! わたしの事は、今度から―――
 だからエデイフェル! それはキャラクターが違うって何度言ったら―――


 END














 おまけ劇場『特殊指令0078 ハイテク刑務所から脱獄せよ!』

 昼飯も食い終わり、自分の部屋に戻ろうと、廊下を歩いている俺の耳に、奇妙な音が聞
こえた。

 カリカリカリ・・・

「庭から? なんだろ?」
 音の正体を見極めようと、庭に出てみると・・・
 楓ちゃんが一生懸命なにかやっている。
(なにやってんだろ・・・)
 気になった俺は、楓ちゃんを覗き込んだ。
「楓ちゃん、なにやってんの?」
 見ると、楓ちゃんはかまぼこの板に、『SOS』と刻み込んでいる。
 楓ちゃんは力無く笑い、
「これを流せば・・・きっと誰かが助けに来てくれます・・・だから・・・」
「そっか」
 なるほど、さすがに頭が良いな、楓ちゃんは。 
 でも―――
「でもさ、隆山の柏木家って、無人島じゃないもんなぁ」
 はははははっ―――
 相違って苦笑する俺に、楓ちゃんはまたも微笑む。


「耕一さんには・・・きっと解りません」


 なにがだ。



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