5 夢を見ていたことに気付くのと同時に、目が覚めてゆく。目が覚めたことに気付くのと 同時に、夢の内容が遠ざかってゆく。 チヅは目を開けた。 薄暗い視界の中に綺麗な寝顔がある。無心に眠るその姿に、少し、鼓動が速くなる。 まだ夢の中にいるような気がした。眠り姫がいるから。口づけを待って、眠り続けてい るお姫様が。 ──いいよね? 誰に了解をとったのか、チヅ自身にも判らない。だから了承が返ってくることもない。 でも、行動を抑えようとはしなかった。 相手の吐息が感じられる程の距離に近づき──楓が目を開ける。 とても気まずい沈黙。その無言のプレッシャーに耐えられず、口を開いたのはチヅ。 「こういう時は寝たふりするものよっ」 苦し紛れの台詞に、楓は少し考えるような間をあけて、それから、まだ少し赤い目を静 かに閉じた。 ──え? 戸惑い。 ──いいの? 誰も答えてくれない問い。 ──いいんだよね? 理性とは別のところの、衝動に突き動かされて、楓の唇に自分のそれを近づける。息が 暖かいまま届く距離。 楓が目を開いた。 「時間切れ」 楓が上半身を起こす。唇が彼方へ遠ざかってゆく。 瞬間、顔を真っ赤にして、チヅは体を起こして楓と向かい合う。 「か、からかったわねっ!」 楓はチヅと視線を合わせ、かすかに微笑んだ。 「チヅが慌てるところ、初めて見る」 余裕を失っている自分に戸惑い、言葉を失う。楓の顔が見られない。 ベッドが揺れて、楓が動いたのが判った。影が近づいてくる。 頬に、暖かい感触。 「え……?」 顔を上げる。離れてゆく楓。 「お礼」 問うような顔をしていたのだろう、楓が答える。 頬に残る唇の感触とその意味に、思い至る。親愛。恋愛ではなく。 それでよかった。それ以上を望む気持ちもない訳ではなかったが。 少しずつ戻ってくる思考力がチヅに言葉を与えてくれる。 「千鶴さんにごめんねって言える?」 「うん」 「梓さんが千鶴さんに怒られてる時、かばってあげられる?」 「……」 「楓は初音ちゃんに負けてないよ」 「うん」 チヅが微笑む。自然に顔がほころんだ。嬉しさがこみ上げてきて。楓もつられるように 微笑む。そして、声を出して、二人で笑う。 しばらく続いた笑い声が途切れる頃合いに、チヅは自然な感じで言葉を継いだ。 「それとね」 「うん?」 「お礼足りない」 「押し倒していい?」 「駄目」
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