お題 “バレンタインデー”
 

「States流のFeb.14th」


Written by 竜山



 2月14日、月曜日。
 いつもより早く目が覚めた。
 おかげで今日は遅刻の心配など皆無。のんびりと準備もできる。損なことなど1つとしてない。
 ……分かっちゃいるが、毎日早起きするのはしかし、できない。

 ドアを開けて一歩出る。吐く息が白く見えた。
 付近の家並みは季節など一切教えてくれない。空気の冷たさだけが、季節を忘れるなと
言わんばかりに自分を主張している。
 この時間は、丁度あかりが家を出る頃だな。そう思ってそっちへ目をやったが……
「ん?」
 家の中へと飛び込んでいくうちの学校の制服姿が見えた。しばらくすると、同じ服装の奴が
飛び出して来て、俺の方へと向かってくる。
 それを確認して歩き出すと、程なくして俺の隣にあかりがやって来た。
「ご、ごめん、浩之ちゃん。待った?」
 とりあえず、この程度の距離を走っただけではあかりの息は上がらないようだ。
 俺が3日に1回は、学校までマラソンして鍛えさせてるからな……
 付き合わないでいいといつも言っているのにも関わらず。
「いや、大して。それよりあかり、どうしたんだ?」
「えっ?」
「お前が忘れ物だなんて、珍しいからさ」
「えっ……あっ」
 同時に、あかりが俯いてしまった。俺は多少あかりより背が高いから、こうなるとあかりの
表情は全く見えない。
「どうした、あかり?」
「……浩之ちゃん、早く学校いこ?」
「あ? ああ……」
 どうしたんだろ、あかり?

 教室に入ると同時に、あかりは足早に自分の席に着いた。そして、以来全くこちらを
見ていない。
 ……俺から少しでも距離をとるかのように。もう4時間目の授業が終わろうとしているが、
その間あかりは多分意識的に、こちらを避けている。
 こういう時のあかりは、少し放っておいた方がいい。そう判断して、俺は終了のチャイムを
聞いた。
 数学の教師は授業を長引かせることが多い。今日も例に漏れず、あと2、30秒は授業が
続きそうだ。終了と同時に、俺は雅史を引き連れて教室を飛び出す予定でいる。
 ……しかし、授業終了とともに、それが不可能なことに気づかされた。雅史は瞬く間に
大量の女生徒に囲まれてしまったのである。
 ……そっか。今日はバレンタインデーだったな。長らく縁のない日だから、覚えてなかった。
 助けを求める視線を雅史が送ってくる。
 モテる男は辛いねえ。
 そんな視線を送り返すと、雅史はちょっと拗ねた目つきになった。

 そんな訳で、購買を利用する作戦は断念せざるを得なくなった。
 それにあの様子なら、雅史は昼食には困らないだろう……栄養的に偏っているが。
 仕方なしに、俺は単独で行動すべく教室を出た。
「あっ、待って浩之ちゃん!!」
 ようやくあかりが俺に向かって声をかけてきた……いや、期待していた訳じゃない、念のため。
「ん?」
「あの……浩之ちゃん、これ……」
 あかりが差し出したのは、紛れもなく今までにも数回見てきた弁当箱。
「? ひょっとして、俺の分?」
「う、うん……」
 何故だかあかりの顔は真っ赤だ。今までにも何度かあかりは俺の弁当を作ってきてくれたが、
それもごく自然なやりとりに過ぎなかった。
 こんなにもあかりが意識しているのは何だ?
「おう、サンキュ。じゃ……屋上でも上がるか?」
「う、ううん。あの、その、今日は……その、お友達と約束しちゃったから……」
「……?」
「だから、その……一緒には、食べられないの」
「……そっか。ま、しょーがねーな。じゃ」
「う、うん」
 終始、あかりは言葉に詰まったままだった。

 さっき屋上と言ったが、どうも俺は屋上へ上がる気になれなかった。そこで、今は中庭を
闊歩している。
 適当にベンチを見つけると、弁当箱を膝に乗せた。
「……あ、藤田さん」
 顔を上げると、琴音ちゃんだった。
「よお、琴音ちゃん。どしたの?」
「あの、お昼を食べようと思いまして……」
 そう言いながら琴音ちゃんの目は、俺の手元……の弁当箱に釘付けになっている。
 ……まずいもの見せちまったか……?
「あの、藤田さん?」
「ん?」
「神岸さん……ですか?」
 ……鋭い。
「琴音ちゃん、他人の心……読めるようになったとか?」
「いいえ……そうですか……」
 う〜ん。折角琴音ちゃんと一緒なのに、何か気まずい雰囲気だ。
 その雰囲気を打破しようと、俺の手は弁当箱を開いた。
 そして……
 俺と琴音ちゃんは、2人して目を点にしてしまった。
 ……中は小さな板チョコが沢山入っていた。
「……あかりの奴……そういうことだったのか……」
 今日のよそよそしかった態度や、さっきのしどろもどろの答えの理由を遅くなりながらも
ようやく掴んだ俺。
 ……しまった! 俺の隣には……
「……藤田さん……」
 そこには赤い瞳に沢山の涙を貯めた琴音ちゃんが……
「……こ、琴音ちゃん……」
「……いやあああああぁぁぁぁっ!!」
 直後、俺の手元にあった板チョコは粉末となって、冬の北風にさらわれていった。

 教室へ戻ってくると、半泣き状態の雅史がいた。
「浩之……!?」
 突然雅史が驚いた顔をして立ち上がる。
 ……無理もないだろう。俺の顔だって半泣き状態になっているはずだから。
「浩之……どうしたの?」
 俺は力無く笑って、席に座り込んだ。
 ……あれから、琴音ちゃんを保健室へ運んでやった。だが悪いことは重なるもので、中庭を
出ようというところでマルチに出くわし、また校舎内で葵ちゃん、委員長、理緒ちゃんに次々と
目撃され、そして保健室を出たところで志保の職務質問を受けた。
 教室へ戻ってくる途中で先輩に会い、手作りのチョコレートを戴いたが……手作りとは
どうやらそういうこと(どういうことかは想像にお任せする)だったらしく、口にした直後から
10分程の記憶が、俺には残っていない。
 本当に悪いとは思ったが、意識を取り戻した後、俺はそっとそのチョコレートをポケットに
しまい込み、こうして戻ってきたというわけだ。
 雅史には一言も喋らなかったが、どんなことが起こったのか雅史はだいたい想像が付いた
らしく、こんな目で見つめてきた。
 そう、モテる男は辛いものなんだよ……と言いたげな目で。

 当然ながら、俺はあかりと顔を合わさずに昇降口へと降りた。
「Hi! ヒロユキ」
「よお、レミィ。どうした?」
「あのネ、ヒロユキ。今日、予定ある?」
「……いや、何もねえけど」
 そう言うと、レミィは目を輝かせて、
「じゃあ、ワタシの家へ来ない?」
 と言ってきた。
「レミィんち? そりゃまた、何で?」
「Today is St. Valentine Day!」
「ああ、そりゃそうだけど……」
「Statesではネ、今日は家族みんなでお祝いする日なのヨ」
「そ、そうなのか?」
 俺はてっきり、アメリカでもチョコレートが乱舞している日だと思っていたが、どうやら
そうではないらしい。
 ……まあ、正月やら節分やらを祝いつつバレンタインやクリスマスを祝おうっつー
ふてえ国だからな、日本って国は。
「おし、いいぜ。何時だ?」

 という訳で、今俺はレミィの家に招待されている。
 仕事の関係でレミィの父親のジョージさんはアメリカへ帰っている。その代わり……
と言っては変だが、宮内家のメイドロボ、マギーが加わっている。
 俺はマギーと顔を合わせるのは初めてだ。マルチほど人間らしくはないが、セリオほど
無感情でもない……
「Maggieはネ、学習型なの」
 ……何となく分かった。宮内家にいる学習型のメイドロボが、感情豊かになることに
不思議はない。
 それにしても……
「なあレミィ、どうしてこんな飾り付けとかあるのに、クラッカー使わないんだ?」
「ダメダメ! Crackerなんか使ったら……」
 レミィの視線はシンディさんに向けられている……それで全て納得がいった。

 ジョージさんがいないので、シンディさんが切り盛りする形でパーティーは進み、
そしてお開きとなった。
 その間、多々お約束が飛び出したが、これは省略させてもらう……シンディさんの
華麗なダイブやら、あやめさんの料理の砂糖と塩の配分が逆だったやら、ミッキーの
スケボーVSレミィやら……あまりにお約束なので。
 ……結局省略してねーし。
「今日はありがとうございました。気分的に楽だったです……ライフルがなかったから」
 つい口が滑って……言ってはならないことなのだろうが、シンディさんやミッキーは
笑って受け流してくれた……ミッキーに至っては肯定していた。
「ヒロユキ。ワタシ、途中まで送るネ」
「あ、いいよレミィ。そんな迷惑かけるわけにいかねーって」
「いいのいいの。ワタシが行きたいから行くんだもん」
 ……レミィ流の考え方だ。間違っちゃいない。
 結局俺は、レミィに送られている。
「あ、ヒロユキ。遅れてゴメンネ」
 そう言ってレミィが差し出してきたのは……?
「レミィ、確かStatesでは家族でお祝いする日だって……」
「でも、ここはニッポンだよ?」
 飾り気のない笑顔。
 ……是非もなく、俺は差し出されたアイテムを受け取った。
「ヒロユキ」
「ん?」
「A happy valentine」
「……ああ」
 投げキスを飛ばしてくれたレミィに手を振って、俺は背を向けた……
 本当にキスしてくれれば良かったのに、などと雑念を頭に浮かべながら。

 その夜。
 藤田家で、泣きながらゴミ箱の中にそっとチョコレートを入れる浩之の姿があった。
 レミィ……あやめさんから作り方教わったんだろうな、きっと……
 しょっぱいチョコレートなんて、早々食べられないよな……




                            〜FIN〜




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