§§ バレンタインデー 当日 §§





 今日も起きたはいいが私の部屋の中は真っ暗です。私と綾香の部屋には来栖川グルー
プがその持てる力を全て注いで作られた超高品質の遮光カーテンが掛けられているので
す。例え、世間が昼間でも、この部屋には太陽の光は届きません。
 このカーテンのおかげで私は起きる時間ギリギリまで安眠を楽しむことができるので
すが、妹の綾香は逆にこの遮光カーテンが仇となって朝には滅法弱いです。今日もセリ
オさんが起こしに行っていることでしょう。


 さて、私は登校が車と言うことがあってあまり朝は慌てる必要はありません。家を出
るのが8時10分。25分もあれば余裕のよっちゃんでセーフです。

『芹香お嬢様。おはようございます』
『…』
 目の前で朝の挨拶をしたのは綾香専用メイドロボのセリオさんです。あまりお話した
ことはないですが、綾香の話では必ずと言っていいほどに出てくる方です。メイドロボ
と言うこともあり、この屋敷の掃除などもしていますが、何よりも毎朝綾香を起こしに
行ける唯一の存在です。私は1度起こしに行ったことがありますが秒で諦めました。
セバスチャンは秒で部屋から蹴り出されました。お母様もお父様もお爺様までもが、朝
の綾香に関わりません。まあ私も関わらないようにしている人間の一人なのですが…


 8:08 
 そろそろセバスチャンが迎えに来ます。今日も早すぎず、遅すぎない時間に出発です。

 ようやく学校に着いたようです。セバスチャンにドアを開けてもらい学校のアイドル
来栖川芹香の登場です。ババーンと片手は腰に、片手は天を指差してポーズを決めます。

 き〜んこ〜んか〜んこ〜ん

『先輩何やってんの? 遅刻するぞ。じゃな』
『待ってよひろゆきちゃん。あっ来栖川さんおはようございます』
 …
『…私はこれで…』
 …どうやら思いっきり外してしまったようです。一言声をかけてはくれましたがセバ
スチャンの無言の思いが伝わってくるようです。

 き〜んこ〜んか〜んこ〜ん…

 しかもどうやら最後の鐘が鳴った様子。とほほ、遅刻も確定のようです…

『あ〜くそっ寝過ごすなんて…』
 背後から声がします。声色は女で言葉は男と言った感じでしょうか? とにかく振り
向いて様子をみようと…
『あっ!!』
『…!』
 しましたが、その人は思いっきりタックルを私にぶちかましてきました。腰とお尻を
痛打。朝から良い事なしです。

『ごめん。大丈夫?って綾香じゃないか!!』
 その人は私に謝ってくれるのかと思いましたが次は勘違いまではじめてしまいました。
なんだか腹が立ってきます。呪って差し上げましょうか
『…ん?あっ来栖川先輩?』
 ようやっと私と気付いたようです。私と同じ制服を着ている女の子。いや、女の人に
無言の圧力をかけます。無言です。綾香程ではないですが、睨めば私も結構恐い顔をす
るそうです。その私が今、全力で目の前にいる女の人を睨みます。
『すいませんでした来栖川先輩。あの、おケガは?』
 睨んだ効果があったようには見えませんが、多少改まって話すので少しチャンスを与
えることにしましょう。私はゆっくりと立ち上がるとその顔をじっくりと観察します。
『な、なんです?』
『…』
 どこかで見た顔です。物覚えは良い方な私です。しかし、きっと今までに話した事が
ある人だと思うのですが、どうにも頭に浮かびません。
『あの…先輩? 私の顔になんかついてる?』
『…』
 どこでお会いしたのでしょうか? 学校ですれ違った程度ではなく、どこかでそう、
1度私の家で話した事があったような気がするのですが…

『あの…』
『…』
『わっわっわっ〜〜〜』

 ドシ〜ン

 なんてことでしょう。今日二発目のタックルを受ける事になるとは…先ほど痛めた腰
とお尻がまたもや悲鳴を上げます。

『だ、大丈夫ですか?』
『あ、葵じゃないか』
『あ、好恵さん』
 !? そうです。なんで気がつかなかったのか、今、目の前で「葵」と呼ばれた女の
子と話している人こそ今日綾香になすすべもなく倒される予定の坂下好恵さんではない
ですか。

『ああ〜と…先輩。生きてる?』
『すいません。すいません。…って綾香さん!?』
『違うよ。三年の来栖川芹香先輩だ。簡単に言うと綾香の姉貴』
『綾香さんのお姉さん』
 二人とも誤解を解くのは言いとして早くどいてください。重いです。

『おおっと、すいません。先輩』
『大丈夫ですか?』
『…』
『はぁ、大丈夫ですか。それはなにより』
 まあどうせ放課後に綾香にひどい目に遭わされるのですから。ここは黙って引くこと
にしましょう。

『そうそう。先輩も見に来る?』
『え?何をですか?』
『葵には悪いが関係ないの(ホントはありありなんだけど)』
 坂下さんの言葉に黙って頷きます。あの薬の実験結果も知りたい事ですし…
『それじゃ、先輩。放課後な』
『…』
『え?え? なんですか〜好恵さん。教えてくださいよ〜』
 二人は生徒玄関まで走っていきました。私はこのさいですのでゆっくりと歩いていく
事にしましょう。どうやら時間的にみても1時間目はサボってしまったようです。皆勤
賞が取れなかったのは残念ですがまあ先生に一言言えば「出席」となるのでなんとかご
まかすことにします。


 放課後です。いきなりですいませんが今の時刻は15:10分。最後の授業が終わっ
て現在坂下さんと決闘場までの移動中です。場所は「エクストリーム同好会練習場」。
 ここの部長である松原葵さんは本日、道場に出稽古中なのでちょうどよいのです。し
かし、行ってみるとそこにはもう一人の部活仲間である藤田さんが一人筋トレを行って
いました。なんでそのぐらい家でやらないのかは理解に苦しみますが彼なりの理由があ
るのでしょう。

『藤田。悪いけどさ、ここ使わせてもらうよ』
『おう、いいぜ』

 どうも藤田さんもここで試合を見学する事になるようです。さてと場所は決まりまし
た。あとは本日の主役を呼ぶことにします。
『んじゃ、先輩よろしく』
 私は頷き、綾香とのホットラインを繋げます。いや、単純に携帯をかけただけですが。

 とるるるr…とるるるr…

『…はい。こちらは来栖川綾香様の携帯です』
『…』
 誰でしょう? 妹以外の方がとったようです。言葉に感情がなく、それでいて馬鹿丁
寧な説明までついてきました。
『綾香お嬢様は…』
『ちょっと替わって…』
 ようやく綾香の声が聞けました。しかし、言葉にはまるで元気がありません。
『姉さん?』
『はい』
『今どこ? 今から行くわ』
『場所は…』
『お待ちください綾香お嬢様。失礼します。芹香お嬢様でしょうか?』
『はい』
『綾香お嬢様は謎の腹痛と頭痛と吐き気に襲われていまして、今日ある全ての予定
をキャンセルするそうです』
『ちょっと…セリカ。勝手に…ううう〜』
『あっ、綾香お嬢様…そういうわけですので、これで失礼します』
『あっ』
 プツン  ツーツーツー…

 どうしましょう…
まさか薬の副作用とか?いえいえ、そんなことはあるはずがありません。なんと言って
もこの私が作ったのですから。それはそうとして…
『ねえ先輩。どうだった?綾香はくるって?』
『なんだ?稽古でもすんのか?』
『違うよ。今日こそはどっちが上かっていうのを確かめようと思ってね』
『……』
『……』

 二人の言葉は私の耳には入りません。どうしましょうか?綾香が来られないということ
は私の全ての予定が台無しです。とにかく、なんとかしなければ…
 その時にちょうど目に入ったのは松原葵さんが使っている体操服&ブルマ…仕方あり
ません。こうなったからには…

『……』
『ちょっと抜けるって?』
『綾香は来るの?』
 とにかくそこらの草むらにでも…んっしょ、んっしょ…きつい…すべてにおいてきつ
いです…


『っとに、どこ行ったのかな先輩』
『先輩もそうだけど綾香も遅いな…』

 がさっ

『ん?来たか…よーしさっさと始めようじゃないか…って!?』
『おっ綾香来たのか? おっす、あや…ぶっ(鼻血)』

『おまたせ〜』
『………』

『さあ始めましょう好恵』
『……』

『……』
『…不戦勝』

『何を言ってるのよ、私はここにいるじゃないの好恵!』
『…先輩そんな格好で何してるの?』

 ぎくりっ!なんでわかったのでしょうか。確かに「釣り目」と「垂れ目」で違いはわか
りますがそれでも綾香と双子のこの私を…

『あのさ、先輩。葵の体操服借りただろ?』

 ぎくりっ!なんでそのこともわかったのでしょう?

『ってかその格好は…ほら、浩之鼻血出して倒れしまったし・・・』
『……』
『いや、なんでわかるかって言うか。普通綾香でもそんな格好はしてこないと思う』
『……』
『せ、先輩…』
『お、起きたか藤田』
『なんつーか、鍛えている綾香の身体と違って、その…なんつーか…おいしそうな身体
をしてるというか…その太股も…ぶはっ(出血』
『それに葵の服が小さいせいもあってね。ピチピチ、ムチムチな格好してるわけよ』
 なるほど。確かに私の胸もお尻も苦しそうです。胸に至っては水着を着てるときのよ
うにピチピチです。綾香の替わりに坂下さんと闘おうと思っていたのに…残念。
『先輩。今度一緒に組手してみようぜ。その格好…』
 メシャと良い音がしました。坂下さんの肘が藤田さんの顔面に入ったようです。それ
にしても良く良く考えれば私はかなり恥ずかしい格好をしているようです。ちょっと顔
が赤くなってしまいます。

『あれあれ…伸びてしまった。藤田のやつ』
 坂下さんは肘を入れたことに一言も詫びる事なくそんなことを言いました。まあ暴力
が嫌いな私のためにやってくれたこと。私もそれ以上は突っ込みません。

『あっ、そうだ。先輩』
 言って鞄から四角形の包みを取り出すと私に投げて寄こしました。わたしはそれを空
中でキャッチ! ちょっとした優越感に浸ります。
『それいらなくなったからあげる』
 言って坂下さんは鞄を担ぐとスタスタと帰っていきました。私はと言うととにかく服
を着替えに戻ります。
 放課後と呼ぶものが始まってから時間にして2時間ほど経ちました。今頃はセバスチ
ャンが必死こいて私を探している事でしょう。実際、私が誰かに誘拐されたとなれば彼
は老後を約束された場所から叩き出されるのわけですから。
 そう考えると私もそろそろ学校に戻らねばならないのでないでしょうか? とにかく
藤田さんを起こします。

 ゆさゆさゆさ

『う〜ん。あかりぃ〜あと5分』
 まあ、なんてことでしょう。浮気です。浮気者です! 綾香という唯一無二の彼女を
さしおいて神岸さんの名前が出てきました。これはもう少し調べる必要ありです。

 ゆさゆさゆさゆさ

『なんだよ志保〜チョコを渡すのならもう少し可愛げに渡せよな〜』
 長岡さんも要チェックですよ綾香。あなたの敵はどうやら神岸さんだけではないよう
です。用心しなさい

 ゆさゆさゆさ
『う〜んレミィ。今日は水玉か〜俺はやっぱ白のがいいぜ〜』
 これは一体なんのことでしょうか?でも宮内さんも敵です
 ゆさゆさゆさ
『琴音ちゃ〜ん。これ食って良ぃ〜?』
 どうも姫川さんも…
『お〜いマルチぃ〜料理は愛だ。気にすんな』
 …あのメイドロボっ!
『委員長もハート型ぁ〜』
 あのメガネぇ!
『葵ちゃん、さすがにもう食えない…』
 あのガキぃ!
『セリオホントに良いのか?』
 なっ!
『理緒ちゃん…BIGバーは…いくら50円だからって…』
 ……敵は多いわよ綾香。

『うっ、う〜ん』
 あっ起きたようです。ちょっと鼻血を出していた上に坂下さんの肘を食らったせいで
その顔はとても見られたものではないですが…
『先輩か?』
 はい。寝ても覚めても私は来栖川綾香の姉。来栖川芹香ですよ

『ん?それって…先輩。チョコか?』
『!?』
 失敗しました。坂下さんから頂いたチョコをうっかり手に持っているなんて…
『開けて良いよな』
 まあ坂下さんのチョコですが…
『おっ! おおおお!』
『?』
 どうしたのですか? そんな声を出して。なんだか顔も赤くなっていくし…
『せ、先輩…そうか。そうだったのか』
『???』

 何?

 何を贈ったの坂下さん!?


『先輩の気持ちは嬉しい。でも、俺には綾香が…』
 とにかく私に見せてくださいよそのチョコを…何々「綾香には渡さない」…

坂下ぁ〜〜〜〜〜

『先輩は言ったよね』
『?』
『今日最後にチョコを渡した人が俺の運命の人だって』
『!!??』
 どうしましょう?
 どうしましょう?
 どうしましょう綾香

『こういうことだったんだね』
『……』(ふるふる×10)
 ち、違う。違うのよ…私は綾香に…綾香が…そりゃ確かに今でも藤田さんのことは大
好きですけど、でもやっぱこんなのは…

『でもな、実は俺も…』
『……』
 ごめんなさい綾香(切り替え時間2秒)
 私はやはり藤田さんの気持ちを裏切れませんでした。そして私の気持ちも…やは
り姉妹と言っても譲れないものはあるのよ。ごめんね綾香…

『それじゃ行こうか。芹香』
『…』 こくこく

 その日。藤田家にお泊まりしたのは姉の芹香でした…






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