お題 “バレンタインデー”
 

「こんな、チョコ」


Written by 未樹 祥







「ふわぁぁ」
「大あくび」
「悪かったな。夕べ、バイトで遅かったんだよ」
「ん。AD?」
「そうだよ。はるか」

 大学の1コマ目。バイトから帰ったのが夜中……というか、明け方……だったので、
非常に眠い。隣にいるはるかに言われるまでも無く……

「寝たらだめだよ」
「ん、ああ」

 この講義は毎時間出席取るし、落とせないからなぁ。あ、そうか。

「代返ならしないよ。彰もね」
「考えを読むな」

 ああ、早く終わらないかな……

『では、これまで』

 ザワザワ

 教授がやっとそう言うと途端にザワつく教室。

 グゥゥゥ

「お腹」
「起きるの遅れたから食べて無いんだよ」
「じゃ、これ」

 目の前に出されるラッピングされた小さな包み。

「食べ物?」
「ん。そう」
「サンキュー」

 ガサゴソ

 出て来た物は、数個の小さなチョコ。少し形がいびつ。

「はるか、これ……」
「ん、チョコ」

 あ、そう言えば今日は……

「サンキュー」
「ホワイトデー、期待してるから」
「はは」


――・・――・・――・・――・・――・・――


 さて、と。どうしようも無い講義は終わって、はるかとは別れたし。

「あ、冬弥君」
「あ、美咲さん。こんにちわ」
「久しぶり、お昼もう食べた?」
「これからバイトなんで行かないと……」
「あ、そう。じゃ、これ」

 そう言って美咲さんはバックからリボンを巻かれた物を差し出した。

「バレンタインデー」
「あ、ありがとうございます」
「義理、だからね」

 ……そう言いながらも美咲さんの顔が赤いのは何故だろう?

 チョコは、ホワイトチョコがトッピングされた、明らかに手作りだった。


――・・――・・――・・――・・――・・――


 ワー ワー 由綺ちゃ〜〜ん! 理菜ちゃ〜〜ん!!

「おい! 藤井!! 尺はどうだ?!」

 チーフが、怒鳴る。自分も返す。

「3分、遅れてます!」
「まぁ、誤差の範囲だな」

 二人の声が聞こえる。


『みんな〜 元気〜』
『今日は、あたしと由綺のジョイント・バレンタイン・コンサートに来てくれて
ありがとう』
『なんか、流石に、カップルが多い様ですねぇ』
『バレンタインだからね』
『じゃ、私達の歌、聞いて下さい』


「由綺ちゃん、調子いいみたいだな、青年」
「そうですか? いつも通りだと思いますけど?」

 英二さんは相変わらず捕らえきれない表情で――よく言えば奥の深い、悪く言えば
何も考えて居ない――

「そうでもないぞ。青年が居る所為かな?」
「そんな……」
「いや、理奈もテンション高いし、今日は成功だよ。このままなら、な」
「緒方英二がプロデュースしてるのに、このまま行かないんですか?」
「言う様になったね。青年」

 ……何しに寄って来たんだろう? こんな所で油を売れるような人じゃ無いのに?
リハーサル中とはいえ。チェックに余念がないんじゃ?

「ああ、そうだ、青年」
「はぃ?」
「舞台が終わったてから、理奈が会いたがってる。控え室に行ってやってくれ」
「解りました」
「それじゃ、頼んだよ。青年」

 なんだろ……話しって。


――・・――・・――・・――・・――・・――


 由綺ちゃ〜ん! 理奈ちゃ〜ん!!

 会場内に響く、野郎の――いや、ファンの声。ここ、袖には当然良く聞こえて来る。
 まだ入場が始まっただけなのに……凄い。

「まったく、バレンタインデーだってのに、こいつらこんなとこで何やってるんやろ?」「先輩、じゃ働いている自分達はどうなんです?」
「勤労意識に目覚めたのだ!!」

 良く言うよ。物は言い様だけど。
 そこに割り込んで来た、流麗な声。

 コンコン

「あ、はい!」
「じゃ、悪いですけど、このリストの物を取って来ていただけるかしら?」

 弥生さんだ。相変わらず、スーツを隙無くビシィと着こなしてる。

「は、はい。直に」
「先輩、手伝いますよ」
「いいって。まだ他に仕事が入るかもしれないから、ここに居ろ」

 そう言って弥生さんからメモを受け取ると先輩は行ってしまった。

「いいんですか? こんな所に来て。弥生さん」

 袖は袖だが、由綺が来るような袖じゃない。と言う事は弥生さんが来るはずは無い。

「かまいません。まだしばらくは由綺さんも舞台に出っぱなしですし」
「……そうですね」
「それに、あの人がいては、用事がすみません」
「え? 用事って……」
「どうぞ」

 そう言って弥生さんの手タレが出来そうな右手の中に湯気を上げるコップが一つ。
見れば左手にも同じコップがある。
――どこに持っていたんだろう? 手品みたいだ。

「あ、どうも」

 熱っ!
 う〜ん。身体が冷えきってるなぁ。喉を熱いものが通って行くのが心地よかった。

「由綺さんから伝言が有ります」
「由綺から?」
「はい。後で楽屋まで来て欲しいそうです」
「解りました。必ず行きます」
「では」

 理奈ちゃんに続き、由綺もか。
 って、いけないいけない。仕事仕事。


――・・――・・――・・――・・――・・――


 事実、コンサート中は忙しかった。
 そりゃ、ちょっとは由綺の歌が聞けるかと思って無かったら嘘になるけど……
そんな余裕、無いよ。


 席から駆け出そうとする客――
「お客様、お席にお戻り下さい」
「うるさい。理奈ちゃ〜ん!」
「お客様」


 舞台に行こうとする客――
「お客様。これより先は――」
「由綺ちゃんにこれを直接手渡すんだ!!」


 舞台に――
「お客様!」
「えっへっへ。これでブスッと刺せば理奈ちゃんは……」
 ドカッ
「うっ、ガクッ」
「おや、お客様、ご気分が優れないようですね(笑)」
「うぅ……」
「いけません。医務室にいきましょう」


 ――とても、忙しかった――


――・・――・・――・・――・・――・・――


 コンコン!

 自分がノックするドアにはこう書かれていた。

『緒方理菜様、森川由綺様 控え室』

 カチャ

「どうも」
「いらっしゃい。藤井さん」
「よ、来たな。青年」
「冬弥君……」
「いらっしゃい、冬弥君」

 由綺に理奈ちゃんが居るのは当たり前だけど、英二さんに弥生さんまで居る……
まぁ、居てもおかしくは無いか。

「なんの用ですか」
「まぁ、たいした事ではないわよ。冬弥君」
「そうだよ。そんなに硬くなるな。何も取って食うって訳では無いよ」

 何処か
 ……英二さんではあり得るかも。

「兄さん、そんな事言わないの。はい。冬弥君」

 理奈ちゃんの手には小さな包み。チョコ、かな?

「あ、自分に?」
「他に誰が居るのよ」

 苦笑するしか無いな。自分でも呆れてしまう。

「よかったな。青年。夕べ理奈が夜中までかかって作っていたぞ」
「兄さん!」

 理奈ちゃんが?

「ありがとう」

 義理とは言え、トップアイドルからの手作りチョコ……
 オークション開けるかな?

「いいのよ。他にあげる人も居ないし……ほら、兄さん、帰るわよ。
じゃ、由綺、ごゆっくり」
「あの、冬弥君……」
「由綺さん、あまり時間はありません……が、ごゆっくり」

 なんだ? みんな。弥生さんまでニヤニヤしながら控え室から出て行った。
 そして控え室の中で由綺と二人っきりに……
 なんか、いつもにも増して由綺がモジモジしてるけど?

「あ、あの、冬弥君、お願いがあるんだけど」
「なに? 由綺」
「……目、閉じて」
「へ?」
「目、閉じて、少し口を開けて欲しいの」

 なんか、真っ赤になってる。

「ん、判った」

 目を閉じて少し口を開ける……なんか、端から観れば、間抜けだなぁ。

 ガサゴソ

 目を閉じてるから、余計他の感覚器官、特に聴力が増している今、余計周りの音に
敏感になってる。ま、予想出来るのはチョコを食べさせてくれるんだろうけど。







「あ、う」







 って、まだかな?







「と、冬弥君、いい?」
「いいよ」
「そ、それじゃ」

 緊張してるのが目に浮かぶなぁ。








 そして口の中に広がる甘いチョコの味と、柔らかな感触……



 正直、何をされたのか直には解らなかった……


「おいしい?」
「……うん」

 恥ずかしくて、由綺の顔が見れなかった。
 それは、由綺も同じみたいだ……


――・・――・・――・・――・・――・・――


 あの後、まるで見はかっていた様に弥生さんが戻って来て由綺を連れて帰った。
……英二さんなら、覗いていたかもしれない。
 しがないバイトでしか無い自分は直に帰る訳にも行かず、会場の後片づけが残っていた。
やっと全てが終わって、アパートに帰って来れたのはもう、15日になっていた。
 そしてポストには、1枚のカードが刺さった箱。


『St.バレンタインデー  観月マナ』


 カードには、そう、書かれていた。
 ひょっとして、わざわざ渡しに来てくれたのかな? 悪い事したなぁ。




 ふぅ。やっと1日が終わり、ベッドに倒れ込んだ。

「バレンタインデー、か」

 今年は例年に無く、貰えたかな?
去年までは由綺とはるかぐらいだけだったもんなぁ。
うつぶせになって枕を抱えて指折り数えて見る。
それが今年は、はるかに、美咲さんに、理奈ちゃんに、マナちゃん、それに由綺。
合計5コか。ホワイトデーが大変かも。


 ……あれ? そういえば、弥生さんからは貰えなかったなぁ。
いや、待てよ。あのコップの中味って……ホットチョコだったような……

 そんなの、自販機には無かったぞ?

 え? それって?



<終わり>


二次創作おきばへ   感想送信フォームへ