Episode:来栖川 芹香、来栖川 綾香、HMX−13・セリオ
         (ToHeart)/「本日のお題・第16回」参加作品

 

「そんなこんな、冬の日の一日」


Written by Holmes金谷







  − 1 −


 2月4日。

「・・・・・・」
 すたすたすた。
「・・・あの〜・・・浩之〜?」
「・・・・・・」
 すたすたすた。
「・・・あの、浩之さん?」
「・・・・・・」
 すたすたすた。
「ねえ、浩之ってば〜」
 すたすたすた。
「・・・浩之さん、申し訳ありませんでした・・・」
 すたすたすた。
「私も反省してるからさあ。ねえ、お願いだから機嫌直してよ〜」

「・・・はぁ」
 立ち止まって、ため息一つ。
 冬場の空気は、オレの体にも心にも寒かった。


 事の起こりは、こう。
 例の如く、綾香とセリオの二人組と、駅前で待ち合わせの約束をしたんだが。
 これが又、10時に集合の筈が、二人して12時になっても出てこない。
 いい加減帰ろうかと思い始めた12時15分に、息を切らせた二人が走って来て、言っ
た言葉がこれ。
「ゴメンゴメン、寝坊しちゃった♪」
「すいません、私も寝坊してしまいました」


 で、少しは怒った振りでもしておかないと、と思ったオレは、黙りこくって目的の場所
に向かって歩き出した訳だ。
「ねぇ、お願いだからそろそろ機嫌直してよ〜。ほら、セリオも何か言ってあげてよ〜」
「浩之さん・・・この償いは後で必ず致しますので、どうかお許し下さい・・・」
 うっ。
 セリオが泣きそうな顔をしてオレの腕を取って、顔を覗き込んできた。
「・・・解ったよ。まあそう泣きそうな顔をしなさんな」
 オレはそう言って、セリオの頭をぽんぽんとなでてやった。
「あ、セリオばっかりずるい〜。私だって・・・うっ・・・ぐすっ」
「泣きまねしてもダメだ。つーか、綾香のキャラじゃね〜だろ?」
「それもそうね」
 あっさりと言い放つ綾香。
 あまりにも予想通りの反応だったんで、オレは思わず噴き出した。
「何がおかしいの?」
「イヤ、あまりにも予想通りの反応だったからな」
 そう言うと、綾香ははぁっと溜め息をついた。
「浩之に読まれる様じゃ、私もまだまだって事ね」
「何だそりゃ?」
「冗談よ。ま、おわびにお昼ご飯おごってあげるわよ。私もおなかすいたし。どこか食べ
に行きましょ?」
 そう言って、綾香もオレの腕を取って、引きずるように歩き出した。
「だーっ! 引っ張るんじゃねぇっ!」


  − 2 −


「ところで、一体なんで二人揃って寝坊なんかしたんだ?」
 昼飯を食い終わり、買い物もすませて再び歩き出した所で、オレは二人に聞いて見た。
「昨日、少し夜更かしを致しまして」
「夜更かし?」
「はい。綾香お嬢様と私と、少し遅くまで起きていました」
 綾香は横で軽く肩をすくめていた。
「・・・何で?」
「・・・実は、昨日、それはそれはもう、深く深く愛して頂きまして。ほとんど寝かせて
もらえませんでした」
 それを聞いた綾香が、飲んでいた缶コーヒーを噴き出した。
「うわっ! おいおい、汚ねぇなぁ」
「そうじゃなくて! セリオ! あなた何て事を言ってるのよっ!?」
「そんな・・・恥ずかしくて言えません」
 セリオは、両手を頬に当てて、ふるふると顔を振る。
「愛してもらったって・・・もしかして、あんなことまで?」
 オレはセリオに耳打ちした。
「ええ、それはもちろんの事。あんな事やこんな事や、あまつさえあんな事まで・・・」
 そう言って、セリオはさらにぽっと頬を染める。
「な、な、な・・・・・・」
 余りの事に、綾香は顔を真っ赤にして、声も出ない。
「・・・とまあ冗談はさておき、本当の所はどうなんだ?」
「実は、二人でチョコレートケーキの作り方の研究をしておりました」
「なるほど、そう言う事か」
 それを聞いた瞬間、綾香は疲れ切ったように肩を落とした。
「・・・あっさりとばらさないでよ。しかも人をはめて置いて・・・」
「わははは。まあ、遅刻した罰だ」
 オレはそう言って、改めて綾香の方を見る。
「しかし、何だ。そんな冗談本気にするって事は・・・」
 どかっ。
 次の瞬間、綾香のキックが飛んできた。
「それ以上言ったら、容赦しないわよ」
「あたた・・・既に当ててるって・・・」

「しかし、何でチョコレートケーキなんだ?」
 再び歩き出しながら、オレは綾香に聞いて見た。
「何でって、もうすぐバレンタインでしょ?」
「・・・ああ、そう言えばもう2月だったか」
 言われるまですっかり忘れてた。
「毎年普通のチョコレートじゃ面白く無いでしょう? だから今年はちょっとだけ頑張っ
て、チョコレートケーキにしようと思った訳」
「・・・なのですが、これがまた思っていたよりなかなか難しいのです」
 セリオが後を続けてそう言う。
「? セリオなら、サテライトでデータ拾ってこえば一発じゃん?」
「私もそうしようと思ったのですが、綾香お嬢様が『それだと手作りの意味がないわよ』
っておっしゃいまして」
「・・・セリオも大変だなぁ」
「そう思うなら、このくらいの寝坊も大目に見てよね」
 そう言って綾香がニヤリと笑う。
「そのチョコレートケーキの出来具合が、今年のバレンタインの成果に関ってくるのよ?」
「へいへい、オレは幸せ者ですよ」
 確かに幸せは幸せなんだが・・・。
 ま、いいか。
 オレは深く考える事を止めた。
「で、今までの成果はどうだったんだ?」
「試作品一号は、芹香お嬢様のお薬の材料になりました」
「・・・・・・」
「・・・あ、あはは・・・」
「・・・頼むから、バレンタインまでには食えるモノ作っといてくれ」
「・・・うん、努力する」


  − 3 −


「よ、先輩、久しぶり」
 連れて行かれた、先輩と綾香専用の別館で、先輩は和室にほりごたつ、こたつの上には
ミカンで先輩自身はどてらを着ていると言う、何とも『それっぽい恰好』をしていた。
「・・・」
「え? イヤ、外はそれほど寒くもなかったぞ」
「・・・」
 そうでしたか、と、先輩はやんわりと微笑んだ。
「さて、じゃあ浩之、取り敢えず姉さんと、掘りごたつで待っててよ」
「おう、それは良いけど、綾香はどうするんだ?」
「私? ふふーん、まあそれは後のお楽しみって事で♪」
「では、私も支度をして参ります」
 そう言い残して、部屋を出て行く綾香とセリオ。
「先輩、あの二人が何するか知ってるか?」
 ふるふる。
「何も聞いていません、か。何なんだろうな、一体?」
 ばたん。
「はーい、おまたせ〜♪」
「お待たせいたしました」
 そう言って戻ってきた綾香とセリオの手には、大量の食べ物が乗っていた。
「実はこう言うのも準備してたのよ。さ、姉さんの卒業祝い、はじめましょ」


「ふ〜・・・流石に食い過ぎた・・・」
 部屋からベランダに出たオレは、そこに置いてあったイスに座って、外の景色を眺めて
いた。
「・・・しかし、ベランダにガラス張りとは・・・金持ちの家は違うねぇ」
 おかげで、ベランダに出ても寒くもなく、こうやってのんびりと外の風景なんぞ眺めて
られるのだが。
「ん〜・・・酒も美味いし。言う事ないな」
 一本くすねてきた日本酒をちびりちびりと飲みながら、オレは外の風景を楽しんでいた。
「・・・いかが致しました、浩之さん?」
 と、部屋からセリオが顔だけを出して話してきた。
「ん? イヤな、さっきから先輩と綾香、何か話に花が咲いてただろ? じゃまするのも
何だかなって思ってさ、ここで景色眺めてた」
「そうでしたか」
 そう言いながら、セリオもすぐとなりにやってくる。
「ふーん・・・いやぁ、ここからの眺めってのも、それなりにいいもんだな」
「・・・そうですね」
 そう言った時、ふと、視の隅にオレは『それ』を見た。
「? お、こんな時期に、桜咲いてるのか、ここの庭は?」
 それは、良く良く見ないと解らないような、建物と建物の影。
 上手い具合に屋根が重なりあって、雪が積もっていない所に、花を咲かせている、桜の
木があった。
「ええ。あそこの1本だけは、何故かは解らないのですが毎年この時期に花を咲かせてお
ります」
「ふーん・・・雪を見ながら、花も見て。風流だねぇ・・・」
 オレは、しばらくその桜を眺めていたが。
「・・・ふむ」
「?」
「イヤ、一句思い付いた」
「一句?」
 そう言って、セリオは首をかしげる。
「ま、日本人の血って奴だな。まあ聞いてな」
「はぁ」
 オレは、こほんとせき払いを一つ。
「『寒桜 見ながら交わす 雪見酒』 ま、久々の会心作だな」
「な〜に言ってるのよ。ベランダに出たなぁって思ったら、一人の世界作っちゃってさぁ」
「うわっ! 綾香、何時から聞いてたんだ?」
 いつの間にか、綾香がベランダに出てきて、にやにやと笑っていた。
「・・・・・・」
「せ、先輩まで・・・え? 素晴らしい句でした? お、おう、ありがとう」
「さ、風流もした事だし。中入って飲み直しましょ」
 そう言って、綾香は先輩とオレの手を取って、部屋の中へと引っ張って行った。
「ははは、ま、お手柔らかなにな」

 ふと外を見ると、またちらちらと雪が降って来ていた。
 そんな景色を眺めながら、綾香たちと過ごした、そんな寒い冬の一日。


  − 終わり −








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