第十六回お題 “寒”
 

「アミューズメントパーク八甲田」


Written by 成







 巨大な冷凍倉庫を改装したその建物は、外見上、ただの倉庫だった。
「綾香……」
「なに?」
「お前の言ってた『いいところ』って、ここか?」
「そうよ」
「…………」
「…………」
「帰るか、あかり」
「姉さん、こんなこと言ってるわよ」
「……………………」
「だって、浩之」
「お前、きたねーぞ、先輩利用しやがって」
「利用だなんて人聞きの悪い。なんとか言ってよ、姉さん」
「………………」
「ほら、姉さんもこう言ってるじゃない」
「先輩、ちょっと妹あまやかしすぎなんじゃ――え? 綾香はいい子です。仲良くしてあ
げてください――って……」
「ほーら、仲良くしなさいよ」
「……………」
「ほらー、浩之がごちゃごちゃ言うから叱られちゃったじゃない」
「いいから、いいかげん話すすめよーぜ」
「脱線させたの浩之じゃない――まあいいわ。ここが今度うちのなんとかってグループ企
業が始める『アミューズメントパーク八甲田』の施設」「ちょっと待て」「外観はまだ元
の倉庫のままだけど、中はほとんどできてる――ってなに、浩之?」
「『アミューズメントパーク』?」
「うん」
「『八甲田』?」
「そう」
「…………」
「…………」
「帰ろうか、琴音ちゃん」
「そのパターンはもういいって」
「…………」
「なんだそりゃーって目、しないでよ」
「するだろう、普通」
「姉さん、こんなこと言ってるわよ」
「そのパターンももういいって」
「とにかく、この施設のモニターをしてもらいたいのよ。バイト代はずむから」
「それほんとっ!?」
「はいはい、細かいことはセバスに訊いてね」
「理緒ちゃん、ギャラの交渉ならいいんちょと一緒のほうがいいぞ。いいんちょ、つきあっ
てやってくれ」
「よっしゃ、なら行こか?」
「はいっ、よろしくお願いしますっ」
「ええて」
「いいんちょ、取れるだけむしり取ってくれっ!」
「まかせとき」
「あんたたちね……」
「いいじゃねーか、減るもんじゃなし」
「減るわよっ」
「そもそもなんでこの炎天下、建物の中にも入らずにアスファルトの上で突っ立ってるん
だ?」
「だから浩之がごちゃごちゃ言うからじゃない、ねえ姉さ――ってちょっと大丈夫っ!?
目の焦点あってないわよっ!!」
「芹香お嬢様ーっ!!」




「『アミューズメントパーク八甲田』。一言で表現すれば雪山シミュレーターです。屋内
スキー場のようなものと考えていただければイメージしやすいのではないでしょうか」
「とりあえずそれは判ったけどな、なんで雪山シミュレーターの名前が『八甲田』なんだ?」
「実際に体験していただければ判ると思われます」
「まあ、そうかもしれないな……」
 浩之が見上げた壁には外気温と今いるエントランスホールの温度、そして壁の内側の温
度が表示されている。33度、24度――。
「あのマイナス40度ってなんだ?」
「それでは準備をしてください。更衣室はそちらになっています」
「おいセリオ」
「入り口は更衣室の向こう側になりますので、着替えたら矢印に沿って進んでください」
「無視すんなっ」
「何か?」
「マイナス40度っていうのは演出か?」
「実際に体験していただければ判ると思われますが」
「生まれてこのかたマイナス10度以下を経験したことがないんだけどな」
 誇らしげな顔であかりが横から顔を出す。
「浩之ちゃん、バナナで釘が打てたらマイナス40度だよ」
「バナナ片手に入れってーのかっ」
  ペシッ
「あっ」
 叩かれるあかりを横目に見つつ、セリオが真面目な対応をする。
「用意しましょうか?」
「……いらねー」




 防寒着を着て入り口の前に行くと、得体の知れない部族がいた。
「お前、何者だっ」
「なによヒロッ! 見たらわかるでしょっ!」
「判るかーっ!」
 防寒着で体型不明。ボア付きのフードで髪型不明。ゴーグルとマスクで表情不明。背の
高さでレミィと葵の違いくらいは判るだろうが、事実上、着ぐるみ状態であり、浩之の言っ
ていることのほうが正しかった。
「取りあえずゴーグルとマスクはずせっ! 訳判らん」
「この手袋でどーやってはずせって言うのよー!」
「そもそもなんで顔隠してんだ」
「セリオが肌見せるとシャレになんないって言ったから――ヒロあんたやばいんじゃない?」
「ふっ、お前らみたいな軟弱な坊やとは鍛え方が違うわっ」
「では試しに入ってみますか?」
「うわっ、セリオ、急に出てくんなっ!」
「すみません」
「ヒロ、入りなさいよっ! そんだけ大口たたいたんだから中で『Brand New 
Heart』歌ってきなさいよっ!」
「おう、歌ってやろーじゃねーかっ! セリオ、開けてくれっ」
「はい、少々お待ちください」
「腹式呼吸でよっ!」
 セリオが入り口の横のスイッチを押すと、業務用の冷蔵庫のような、金属地のドアが開
く。
 浩之、突入。
 三秒の間。
 浩之、脱出。
「息できねーぞっ!!」
「直接、冷気を吸ってはいけません。最悪、命に関わりますから」
「先に言えーっ!!」
「ヒロー、ヤック食べ放題ねー」
「くそっ、マスクつけてくるか」




 浩之がマスクをつけて戻ってくると、そこにはセリオしかいなかった。
「他の連中はどうしたんだ?」
「皆さんは先程中へ入りました。我々も追い掛けましょう」
「おう」
 セリオがドアを開ける。足下を白い冷気がつたってゆく。
 一歩踏み込むと、そこは南極だった。
 あるいは北極だった。
 とても雪山という雰囲気ではなかった。
「セリオ」
「なんでしょうか?」
「すでにコンセプトからはずれてねーか?」
「人工的に雪山の環境を造る以上、多少のデフォルメや演出は必要なんだそうです」
「――過剰演出だと思うぞ」
 すでに身体がガタガタと震え始めている。息を吸い込むたび、鼻が、のどが、肺が痛い。
 ゴーグルの内側が急激な温度変化に曇るが、そういう目的で作られただけあって、しば
らくするとクリアな視界が戻ってくる。
「そういえばマルチはどうしたんだ? 見かけなかったが」
「皆さんをお迎えするんだとはりきっていましたが、そういえば先程から見あたりません
ね」
 雪が積もった山道が蛇行しつつ続いている。多分造り物の木々と深く積もった雪により、
コンクリートの壁が隠されている。上を見上げると、全体がぼうっと光りつつもその光に
は濃淡があり、まるで雲に太陽が遮られているように見えた。
 そんな風景の中にある、異質な物体に気づく。
 立ち止まる。
「……セリオ」
「何でしょう?」
「あそこに立ってるマルチっぽいオブジェはなんだ?」
「多分、マルチさんです」
「…………」
「…………」
「……凍ってねえか?」
「凍っているようです」
「…………」
「…………」
 見なかったことにした。
 不自然に進行方向から視線を外さない二人連れが、凍った地面を踏みしめて進む。
 入り口で九十度曲がったきり蛇行はしているものの、まっすぐに進んできたのだが、こ
こで新展開があった。
 目の前に坂。坂の下に力つきて倒れている人影二つ。
「――ほっとくとヤバいのか?」
「かなり」
「…………」
「…………」
「なんでこんな入り口付近で行き倒れてるんだー!」
 駆け寄って坂の下で折り重なっている物体の一つを抱き起こす。顔は相変わらず不明な
がらフードは外れていた。
 タマネギ。
「おまえ判りやすいぞっ」
「人物の特定よりも外へ運び出すのが先決かと」
 それもそうだった。
「入り口か!? 入り口に戻ればいいのか!?」
「それが適切かと」
 見た目少し大きめのほうのタマネギを浩之が横抱きにして入り口へ向かう。セリオも残っ
た赤いのを抱き上げて後に続く。
 オブジェの横を伏し目がちに通り過ぎ、入り口へたどり着く。
 物体を更衣室まで運び込み、着ぐるみを脱がす。動かない人間を運んだり服脱がせたり
は重労働である。
 愚痴ってみる。
「少し痩せろ」
「あたしのどこが太ってるってのよー!」
 志保復活。
「お前、そんなに元気なら自力で帰ってこいっ!」
「気絶してたのよ!」
「歩いてるだけで気絶すんのか!」
「したんだからしょうがないでしょっ!」
「長岡様、フードを取りませんでしたか?」
 あかりの防寒着を脱がせつつ、胸の上下で呼吸を確認していたセリオが訪ねる。
「うん、取った」
「神岸様は?」
「あかりも取ったわよ。ていうよりあたしが取ったのよ。誰が誰だかわからなくってさー、
イライラしたから自分のやつ取ってそれから手近なやつから剥いでいったら最初があかり
だったのよ。そうしたらなんか急に頭痛くなって気づいたらここ」
「頭部を極低温にさらすと、血管が収縮して脳に血液がいかなくなるために貧血、頭痛を
引き起こし、ひどい場合は気絶することがあるそうです」
「結局お前が悪いんじゃねえかーっ!」
「あたしが悪いの!? フード取ったくらいで気絶するアミーズメント施設ってありなの!?
ありなのーっ!!」
 もっともだった。
「そのような問題点を洗い出すためのモニターですので」
 モニター以前に何とかしておく問題のような気がした。証拠に、セリオも立場上そう言
うしかないというマニュアル口調。
「危険と背中合わせの娯楽施設って間違ってるでしょーっ!!」
 いいことを言っていた。
 でも無視されるのだった。セリオの立場と志保の正論を秤にかけた結果。日頃の行いの
たまものだった。
「そういえばフード取っちゃいけないって聞いてないよな。ヤバイんじゃねえか?」
「ちょっとヒロ! こたえなさいよっ!」
「そうですね。お伝えしなくては」
「じゃあ行くか」
「ヒロッ! あんた無視する気!」
「じゃああかり、お前も一応、芹香先輩のところ行ってろ」
 ちょっと前に気がつき、体を起こしていたあかりに言う。
「うん。浩之ちゃん気をつけてね」
「あかりも無視すんなーっ!!」




 あかりの倒れていた(志保いなかったものとして心の中で処理)坂を登る。
 坂の頂上で視界が開けた。
 目の前の雪道に、点々と倒れている正体不明の人々の姿もよく見えた。
 ヤバいかヤバくないかで言えば、ヤバかった。
 かなりのものだった。
「あれ全部運ぶのかーっ!!」
「早急に外へ運び出すのがよろしいかと」




 運び出したさ。




 手前から、智子、雅史、琴音、レミィ、理緒の順番で倒れており、その順番で救出され
た。
 原因については不明だった。
 ただ、その倒れていた現場の状況が超能力暴走状態を彷彿とさせる嵐の後のような感じ
だったので、ていうか琴音を中心にほかの皆さんが吹き飛ばされていらしたので、何があっ
たのかという部分は琴音が目覚めるまで待つしかなかった。
 寒さでキレた以外の理由があったら聞いてみたいという意味で。
「それで、また行くわけだな……」
「よろしくお願いします」




 また行ったさ。




 実際問題として、七人ほど運び出している訳で、遠回りしているにしても倉庫の中を歩
き回るには充分な時間が経過していた。
 なのに出てこないのがあと三人。
 遭難してんじゃん。
「綾香もたいしたことねーな」
「綾香様はご立派な方です」
「ご立派なのか」
「ご立派なのです」
「ご立派が遭難なのか」
「ご立派が遭難なのです」
「遭難してなおご立派なのか」
「遭難してなおご立派なのです」
 あんまり寒いと何も考えずに会話が進められるらしかった。ロボも人も。
「ご立派な遭難なのか」
「ご立派な遭難なのです」
「遭難はご立派なのか」
「遭難はご立派なのです」
「――――」
「――――」
「俺達はご立派なのか?」
「ご立派なのかもしれません」
「…………」
「…………」
 二重遭難だった。
 なんかさっきから同じところをぐるぐると回っているような、そんな気がしていた。
 気のせいじゃなかった。
 そもそも現在、吹雪体験コーナーなる場所に入り込んでいて、視程が二、三メートルし
かなかった。
 風速は二、三十メートルで間欠的に吹き付けていたが。
「現在位置が判るような仕組みはないのか!」
「あると便利だということをモニターの感想として伝えておきます」
「今欲しいんじゃーっ!!」
 無理なものは無理だった。
 かといって状況を打開する手段として無理じゃないものもなさそうだった。
 それを遭難と言うのだが。
「もしかして、俺達かなりヤバいんじゃねーのか?」
「私は寒いのへっちゃらですが」
「…………」
「…………」
「……俺だけヤバいのか?」
「実は、かなりのものです」
「…………」
「…………」
「ダメじゃないですかー!!」
 何で丁寧語ですか。
「ダメと決まったわけではないです」
 迷いのない口調でセリオが言う。この状況で聞く確かさを伴うそんな言葉は、とてもた
のもしかった。
「確率がゼロではないという意味で」
 余計せつなくなった。
 そして、一時的に収まっていた吹雪が吹き付けてくる。吹き飛ばされないよう、木にし
がみつく。
 体感温度マイナス五十度。このままじゃ死ぬ。マジで死ぬ。ていうかなんか眠くなって──




 ──なんだか顔のあたりがもふもふして、浩之は意識をつなぎ止める。
 目を開くと、ピレネーっぽい犬の顔があった。いつのまにか吹雪も止んで、そこは、ど
こか別の世界のような静けさに包まれていた。
「──ああ、ボスか。迎えにきてくれたんだな。俺、もう疲れたよ……」
「わふっ」
「藤田様、その子はボスさんではなくパトラッシュさんです。メイドロボ技術の粋を集め
生み出された救助犬ロボです」
 よく見れば吹雪で真っ白になっただけのセントバーナードだった。
「パトラッシュ……ルーベンスの絵が……ってこのまま死んじゃいそうな名前つけんなーっ!!」
 浩之、復活。
「命名に関しての苦情は綾香様へお願いしますが、綾香様が付ける前の暫定的な名称はロ
ボット犬テクノでしたので、それに比べれば無難な線だと思われます」
「……この犬造ったのどこだ?」
 聞く前から想像できたが。
「主任のところです」
 期待は裏切られなかった。セリオが続ける。
「この施設にはもう一体、救助犬ロボが居て、名前はヨーゼフさんです。ちなみに綾香様
が付ける前の名称はプーチでした」
「綾香のダメ命名がまともに聞こえるな……」
「私もせめてアイボにしましょうと進言したのですが」
「それも違うだろ」
「わふっ」
 今の危機的状況にふさわしくない脱線トークを、パトラッシュが遮る。
「ああ、そうだった! こいつ救助犬なんだろ? これで助かるんだな!」
「大変申し上げにくいのですが」全然申し上げにくくなさそうな口調で言うセリオ。「救
助犬といってもアミューズメントパークのマスコットみたいなものなので、過大な期待は
持たれないほうがよろしいかと」
「メイドロボ技術の粋を尽くして造ったのが役立たずかーっ!!」
「わふっ」
 抗議するようにひとつ吠え、そして顎を上向けて首にくくりつけられた小さな樽を見せ
つける犬。
「パトラッシュさんがいればすべて安心という訳ではありませんが、救助の手助けはして
くれます。樽の中身はお酒です。体を温めてくれますし気付けにもなります」
「そういうことは早く言えっ──よしパトラッシュ、それ飲ませてくれっ」
 手を伸ばす浩之から、逃げる犬。
「……どういうことだ?」
「日本では未成年者の飲酒は法律で禁じられています」
「わふっ」
「だったら最初から樽見せつけんなーっ!!」
「パトラッシュさんだってお役に立ちたいんですよ」
「わふっ」
「…………」
「藤田様が未成年だったのはそう、巡り合わせが悪かったというだけで」
「わふっ」
 浩之はもう、ロボの言葉(と鳴き声)を聞いてはいなかった。
「――なあ、セリオ」
「なんでしょう?」
 浩之の目はセリオに向けられていた。だが、セリオを見てはいなかった。
「――幹線道路沿いに中古車屋がよくあるよな」
 そこで初めて、セリオは浩之の異常に気づく。
「中古車屋には適した立地なのでしょう」
 いぶかしむような空気を含ませ、だけどまともに応える。
「中古車屋には、『アレ』がクルクル回ってるだろ――」
「『アレ』ともうされますと……」
「回ってるわよね、風が吹くと――」
 予想していなかった背後からの声に振り返る。謎の部族が三人。犬一匹。
「綾香様、ご無事でしたか」
 声で先頭の人物を特定し、セリオが声をかける。しかしそれに対する反応はなかった。
「クルクルクルクルクルクル回ってさあ――」
「――クルクルクルクル回ってるわよね」
 綾香の背後で、体格から推測すると坂下っぽい着ぐるみが、ゆっくりと、前のめりに倒
れていった。運動神経に優れた人間とは思えない、受け身の一つもとらない転倒。そのま
ま雪に埋まり、ぴくりとも動かなくなった。
 ちなみに、葵っぽい着ぐるみはセントバーナードに背負われていて、既に意識がないよ
うだった。
「──ああ、そんなに勢いよく回らなくてもいいのに」
「一個だけ回ってないわ──あ、回りだしたー」
 二人にはなんか見えているようだった。
 そして生まれる、前触れの沈黙。
「「ところで、『アレ』なんていうもの?」」
 微妙にずれた宙の一点を見つめる二人。
 ヘブンへの扉を開きかけている二人。
 そんな二人の声が揃う。
 セリオは、それが正しい対応なのか判らなかった。しかし何か言葉を返さなくてはとい
う義務感から、困惑気味に答える。
「風車では」
 再び、沈黙が生まれる。
 それは、何だかあっさりと正解を言われたことによる、いたたまれない気持ちが生み出
したっぽい沈黙。
 しかし、ロボにはその微妙な雰囲気は理解出来なかった。
 聞こえなかったのかもと解釈。
「風車では」
 追い打ちだった。
「……ああっ、クララがっ! クララが立った!!」
 壊れた。
「坂下様、ご自分で立てますか? 肩をお貸しいたしましょうか?」
 なんか意識を取り戻した坂下が身を起こしたことによる周囲の反応は、しかし本人には
届いていないようだった。ある意味幸せだったが。
「ロッテンマイヤーさんっ、クララが立ったっ!!」
 役を振られるセリオ。ていうかハイジよく知らないセリオ。
「よかったですね」
 無難に応えるセリオ。
「おんじっ! クララが立ったよっ!!」
「って俺ベーターじゃなくておんじかいっ!!」
 配役が気に入らず、浩之が正気に戻る。
「おい綾香っ、学芸会やめろっ! 坂下、歩けなかったらパトラッシュに載せてもらえ。
来いパトラッシュ!」
「ぱとらっしゅとあーるいたー」
 歌う帰国子女。日本のアニメはアメリカでも人気らしかった。
「……ルーベンスの絵が……」
「坂下っ、そのネタさっき俺やったし!」
「ぱとらっしゅとあーるいたー」
「お前そこしか憶えてないだろっ!」
「……天使が……」
「そんなもん見るなーっ!!」
 浩之はそして、自分の不幸に気づく。
「ああっ、あっちの世界にいってたほうがなんか楽だった気がする!!」
 何の解決にもならないが。
 そして一時的に弱まっていた吹雪がまた勢いを増し、愚痴を言っている余裕もなくなる。
「らららーらららー──……ふんふふふんふんふんふんふん」
「バイリンガルのくせに鼻歌でごまかすなーっ!!」
 余裕なくてもツッコミは忘れない。
「とにかく、この吹雪とまんねーとどうしようもねーぞっ!」
 風上側に抜ければ出口があることは判っていた。ただ、吹雪に押し返されて前に進めな
いのだった。それで迂回路を探し、遭難していた。
 浩之の発言に対して、セリオは論理的に反論を導き出し、そのまま口にする。
「入り口に引き返すという方法があると思いますが」
「ぱとらっしゅとんーんんんー」
「そこさっき歌えてたじゃねーか!! ──え……?」
「綾香様達を発見するという目的は達したので、後はどこから出ても構わないのではない
でしょうか」
「…………」
「…………」
「ぱとらっしゅとあーるいたー」
「……絵画コンクールに落ちた……」
「……うん、母さん、ちょっと辛いことがあってね……でも大丈夫、お口で溶けずに、手
で溶けるんだよ……」
 壊れると、とても楽だった。




 浩之達は、いいんちょの交渉の結果、バイト代プラス慰謝料プラス口止め料を得た。
 マルチは、三日後に発見された。
 セリオは、ちょっと人間を理解した。
 アミューズメントパーク八甲田は、計画そのものを変更することになった。
 ていうか、やる前から気づけ。




 あと、一部の参加者に、壊れ癖がついた。







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