第十六回お題 “寒”
 

「とある寒い日の会話」


Written by M.R.







 来栖川芹香の場合……

 「よ、先輩。今日は寒いな」
 「……」
 「え? 火の精霊が宿るお札を体に貼り付けているから温かい? ふーん。それって貼
るカイロみたいなやつか?」
 「……」
 「そうか。先輩はカイロなんて知らないよな。今度持ってくるよ。あったかいんだぜ」
 「……」
 「お礼なんていいよ。大したもんじゃないし。それよりそのお札、先輩が作ったのか?」
 「……」
 「え? 作り方をオカルト研究会の部長さんに教わったって? へえ。そりゃ凄いな」
 「……」
 「今度俺の分も作ってきてくれるって? 嬉しいな。本当にいいのか?」
 「……」
 「え? 今度いい生け贄が手に入りそうだから大丈夫だって?」
 「……」
 「念入りに作ります……って、ちょっと待って、先輩。それ作るのに生け贄が必要なのか?」
 「……」
 「え? 精霊を召喚するにはそれなりの生け贄が必要? その生け贄って動物……だよな」
 「……」
 「……」
 「?」
 「……ごめん。俺、やっぱいいわ。家にカイロ余ってるし。そうだ、明日にでも先輩の
分も持ってくるよ」
 「……」
 「ああ、じゃあまたな」

 「生け贄にされる動物の事考えたらちょっと使えないよな」

*****

 長岡志保の場合……

 「ちょっと、ヒロ。何でこんなに寒いのよ」
 「知るか。そんな事俺に聞くな」
 「いいでしょ。誰かに言っとかないとやってらんないのよ」
 「だからって俺に言う事ねえだろ」
 「何よ。男のくせに心の狭い事言わないの」
 「男も女も関係ねえだろ。大体そんな事で心が狭いだなんて言われたくねえよ」
 「何? あんた自分で『俺の心は広い』って思ってんの?」
 「少なくともお前よりは広いと思ってるぜ」
 「あらあら。この志保ちゃんの慈悲深い心と一緒にしてもらっちゃ困るわねー」
 「慈悲深い? お前意味分かって言ってるのか?」
 「当たり前じゃない。こう見えてもボキャブラリーは豊富なのよ」
 「ボキャブラリーが豊富なのと意味を知っているのとは、ちょっと違うと思うがな」
 「うっさいわねー。ま、いいわ。あんたと言い合っているうちに体も温まってきたし、
今日のところは見逃してあげるわ」
 「何を見逃すんだよ」
 「慈悲深い志保ちゃんに感謝するのよ。じゃーねー」
 「……」

 「……結局自分が良ければいいんじゃねえか。やっぱあいつ、意味分かってねえな」

*****

 宮内レミイの場合……

 「Oh! 今日は寒いね、ヒロユキ」
 「ああ、風も強いしな。レミイは寒いの苦手か?」
 「そうでもないけど、Californiaはこんなに寒くなる事ないヨ」
 「そうだよな。カリフォルニアは暖かい、というイメージしかないし」
 「Yes! California、いいところだヨ」
 「そうだな。一度行ってみたいな」
 「Really? じゃあ一緒に行こ、ヒロユキ」
 「おいおい、そう簡単に言うなよ。ゲーセンへ行くのとは訳が違うんだぞ」
 「残念デス。暖かいのに……」
 「ま、そのうち行こうな。それまで寒いのは我慢するしかないな」
 「Oh! 我慢する事は得意デース」
 「そうなのか?」
 「Yes! キュードーやっているとよく分かるネ」
 「どうして弓道やってると我慢強くなるんだ?」
 「キュードー、とても集中力必要なの」
 「それは何となく分かる」
 「集中出来れば我慢も出来るヨ」
 「そうなのか?」
 「心頭滅却すれば火もまた涼し、って言う……」
 「確かに……ん? どうした、レミイ」
 「No! 火が涼しいのなら寒いのはもっと寒くなるヨ。大変だよ、ヒロユキ。やっぱり
California行こ!」

 「……おいおい、何か違うぞ、それ」

*****

 保科智子の場合……

 「よ、委員長。昼休みも図書館で勉強か?」
 「そうや。教室は寒うて集中出来へん」
 「そうだな。今日は特に寒いし、図書館の方がいいかもな」
 「そうや。寒いのは嫌や」
 「委員長もか? 俺も寒いの嫌いだな」
 「そうやろ。関西人は特に寒いの嫌がるんや」
 「へえ。そうなのか。確かに関西は冬でも寒くなさそうだしな」
 「当たり前や。寒かったら話も続かん」
 「喋りたくない程寒くはならないと思うけど……」
 「そんな事ない。寒い時はほんま寒いで。ようあんなんで話が続くわ、と思う事もある
くらいやし」
 「まあ、寒くても話くらいは出来るからな」
 「ほんま、こっちの人間はよう分からん。あんな寒い会話、よう続けられるわ。ドラマ
見てるみたいでさぶいぼ出るわ」
 「……」
 「ん? どうしたんや? 藤田君」
 「……気温の寒い話をしてたんだけど……」
 「……」
 「……」
 「……そっか。ほ、ほな、図書館、行ってくるわ」
 「……ああ」

 「……ま、いいか」

*****

 姫川琴音の場合……

 「よう。琴音ちゃん」
 「あ、藤田さん。こんにちわ」
 「今日は寒いな」
 「そうですね」
 「あまり寒そうじゃないみたいだけど……」
 「え? そうですか?」
 「ひょっとして琴音ちゃん、寒さには強いのか?」
 「それほどでもありませんけど、私、北海道に住んでいましたので、これくらいなら大
丈夫です」
 「そうか。北海道は寒いもんな」
 「はい。でも、風邪はひいてしまうんです」
 「それは大変だな」
 「特に鼻にきてしまう体質なので、むずむずして気持ち悪いんです」
 「それは何となく分かるな」
 「でも、最近はそれを利用して超能力の練習をしているんですよ」
 「へえ」
 「自分の部屋だけでですけど、鼻をかんだ後のティッシュを丸めて、超能力でくずかご
へ捨てるんです」
 「……」
 「これがなかなか難しいんですよ。くずかごまではいくんですけど、うまく中に入れる
事が出来なくて……」
 「そうだな。結構難しそうだしな」
 「でも、上手く入った時はとっても嬉しいんですよ。思わず『イエース!』って叫んじ
ゃうくらいですから」
 「……そ、そうか」
 「あ、ごめんなさい。私1人で興奮してしまって…… そ、それでは、失礼します」
 「……ああ」

 「その場面。見てみたい気もするな」

*****

 松原葵の場合……

 「よ。今日も練習頑張ってるな」
 「あ。藤田先輩。こんにちわ」
 「毎日大変だな」
 「いえ。私、トレーニングしている時が一番楽しいですから」
 「ははは。葵ちゃんらしいな。でも、半そでにブルマじゃあ寒くないか?」
 「ええ、少し。でもユニフォームを買うほどの部費もありませんし、ジャージを着てし
まうと動きにくくなってしまいますので。だからちょっと寒いけどトレーニングにはこの
格好が一番いいんです」
 「それならいいんだけどな。むしろ俺はその格好の方が……」
 「え? 何か言いましたか?」
 「い、いや。何でもない。俺なら寒くてダメだな、と思ってな」
 「まあ、確かに最初のうちは少し寒いかもしれませんが、体を動かしていると温かくな
ってきますよ。汗もかくぐらいですから」
 「そうなんだけどな……」
 「それに、この程度で寒いなんて言っていたら好恵さんや綾香さんには追いつけません」
 「?」
 「好恵さんは毎朝空手部の早朝練習をしていますし……」
 「……」
 「綾香さんなんか雪山でトレーニングをするらしいですよ。私なんてまだまだです」
 「……そうか。あまり無理するなよ」
 「はい。ありがとうございます」

 「この3人は特別……なんだろうな」

*****

 マルチの場合……

 「あ、浩之さん。今お帰りですか?」
 「おう。マルチ。今日も掃除か?」
 「はい。これが私のお仕事ですからー」
 「えらいな。こんなに寒いのに嫌な顔一つせずに掃除するんだからな」
 「はい。私、寒いとか暑いとか分かりませんからー」
 「そうだったな。羨ましいよ」
 「はい?」
 「マルチは朝、寒い思いをして起きた事はないだろ?」
 「はい。ないですー」
 「ストーブの前で震える事もないよな?」
 「ええ。私、ロボットですから」
 「いいよなあ……」
 「でも、私はストーブさんが羨ましいですー」
 「は?」
 「主任さんが毎朝ストーブさんの前で言ってるんです。『この暖かさはこの世の極楽だ』
って」
 「……あのおっさんなら言いそうだな」
 「浩之さんもストーブさんの前では極楽ですよね?」
 「まあな。気持ちいいし」
 「極楽って幸せって事ですよね? 毎日皆さんを幸せに出来るなんて、ストーブさんが
羨ましいですー」
 「……そうか。でもマルチは毎日掃除してるだろ? それでみんな幸せになっているか
ら、大丈夫だぞ」
 「本当ですかー? じゃあ私もストーブさんに負けないようにもっともっとお掃除頑張
りますー」
 「いい子だな、マルチは。じゃあ俺も一緒に掃除しようかな」
 「え? いいんですか? ありがとうございますー」

 「ストーブが羨ましいとは、マルチらしいな」

*****

 神岸あかりの場合……

 「浩之ちゃん、一緒に帰ろ」
 「ああ、いいぜ。特に用事もないからな」
 「うん」
 「しかし今日は寒いな」
 「朝の天気予報で言ってたよ。今年一番の寒気がやってくるって」
 「そんなの来なくていいから早く春が来いよな」
 「ふふふ。そうだね」
 「それにしても相変わらずの重装備だな」
 「え? そうかな」
 「コートに手袋、マフラー。全部大き目だし、分厚いだろ」
 「うん。でも温かいよ」
 「ゴワゴワして動きづらくないか?」
 「うーん。そうだけど、風邪をひくよりはいいかな」
 「まあ、それもそうか」
 「それよりも、浩之ちゃんは薄着過ぎない?」
 「今日は寝坊して遅刻ぎりぎりだったからな。制服を着るだけで精一杯だった」
 「もう。風邪ひいちゃうよ。……はい、マフラー」
 「いいよ、お前のマフラー俺が使ったらお前が風邪ひくだろうが」
 「私は大丈夫。……はい、手袋も」
 「……」
 「ね、浩之ちゃん。使って?」
 「……」
 「……」
 「……じゃあ、手袋はいいからコートとマフラーを貸せ」
 「うん。いいよ。……はい」
 「よし、じゃあこれを……」
 「え? ひ、浩之ちゃん?」
 「このコートなら2人何とか入れそうだからな。マフラーも2人まとめて巻けそうだし」
 「浩之ちゃん……」
 「ちょっと窮屈だけど我慢しろな」
 「うん」
 「寒くないか?」
 「ううん。1人の時よりも温かいよ、浩之ちゃん」
 「そうか」
 「……明日もこうやって帰りたいな……」
 「ん? 何か言ったか?」
 「ううん。何にも」
 「ならいいけど」

 「ま、たまにはこういうのも、悪くないな」

  ……おしまい。










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