第十六回お題 “寒” |
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「柏木家の食卓番外編」
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「耕一さんがバレンタインデー(の為だけ)に帰ってくる!?」 「はい」 と、楓は頷いた。同時に台所に走る4人。もちろん台所で料理ができるのは一人。手伝 いが入ってギリギリ2人といったところであろうか。4姉妹はあと1メートルというとこ ろで立ち止まる。 「ちょ、ちょっとどきなよ。も〜晩飯の用意ができないじゃないか〜」 梓がやれやれと言った感じに両手を広げ皆の侵入を阻止するようにして一歩進む。そこ で左にいた千鶴と右にいた楓が同時に両手の間接を極める。楓単純に小指をとっての逆関 節。千鶴は腕をとっての脇固めへと移行する。 「だ〜、いだだだだだギブギブ〜〜〜」 「あ・ず・さ・ち・ゃ・ん」 「抜け駆けはさせません」 「わかった、わかったから千鶴姉も楓も許して」 そこで開放する楓。しかし、千鶴は止めなかった。 「だぁ〜痛い痛い痛い」 「あの〜千鶴姉さん。そのくらいにしとかないと」 「いいの。折ってしまえば諦めもつくでしょ」 「だ〜〜〜やめんかい!?」 ドタバタともがく梓としっかり全体重で上半身を固める千鶴。楓はどうしようかとオロ オロしたあと、 「梓姉さぁ〜ん。ギブアップ?」 「だぁ〜かぁ〜らぁ〜ギブギブギブギブ」 「へい、千鶴姉さん。相手はタップしてるね〜離すっ離すっ」 と、レフリーごっこを楽しんでいた。 「折れる、折れちゃう〜〜」 「あと、数センチで勝てる。梓。悪いけどあんたの左腕はもらったわ〜〜〜」 「ぎゃ〜〜、私の腕折ったら誰がこの家の家事全般をすんのよ〜」 「大丈夫。その時は私が…」 ドカッ 「きゃっ」 楓がヘルプに入っていた。だが、 ドガドガドガドガッ 「楓〜そんな蹴りで私がこの腕離すと思う〜?」 「くっ」 「だぁ〜お・れ・る・ぅ〜〜〜」 「えい」 ぱこ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん 「初音!?」 お玉でヘルプに入ったのは末っ子の初音だった。鉄製のお玉で後頭部を痛打されたのだ から千鶴も一瞬絞めていた腕から力が抜ける。 「梓姉さん」 この辺りはさすが姉妹。初音の一撃から今度は楓が千鶴の肘関節を狙って蹴りを放った。 電流が走ったようにしびれる千鶴の左肘。そして、梓は開放された。 「へ〜い」 「へ〜い」 「へ〜い」 と両手を合わせている三人。 「ちと、今回は敵だよね」 「色々な意味で、です」 「そうだね」 「あんた達ぃ〜」 もう一度台所から距離をとる3人。 「!?」 「あ?」 「え?」 「ふんふ〜ん♪」 初音はすでにチョコレートを湯煎で溶かし。ハート型の型番を大事そうに胸にかかえて いた。 「「「こ・の・偽善者がぁ〜〜〜〜〜〜〜」」」 正面から突っかかる梓。それを察知して初音は振り向き様にお玉を横に薙ぐ。だが、 「フェイントです」 「か、楓おねえちゃん」 右手に持ったお玉が空を切った瞬間。空いた脇に滑り込む楓。 「初音ぇ〜ちゃ〜ん?」 「ち、千鶴…おねえちゃん」 そして、背後は千鶴に取られていた。初音は生命線でもあるハート型の型番を服の中に 隠そうとした、だが。 「いただきです」 「あっ」 パシリとその手が叩かれる。拾おうと初音が動いた時。 「だ〜め」 がっしりと両脇は千鶴にロックされていた。瞬間。 「うっしゃ〜〜〜〜〜〜」 千鶴の飛龍原爆固めが初音の意識を永遠の世界にまでふっ飛ばしていた… 「さ〜て、では。順番にいきましょっか」 「?」 「?」 千鶴の提案に首を傾げる二人。と、泡を吹いている一人。 「だから、幸いに時間はまだあるわけだから。今日は誰。明日は誰。って感じでどう?」 「いいね」 「いいです」 納得する二人。と、少し首がおかしい方向に曲がっている一人。 「じゃ、今日は?」 「う〜ん」 「そうですね〜」 「あ、じゃ〜今日は初音の番にしたらどう?」 「あ、それは良いね」 「そうですね」 と、意見がまとまった三人。と、白目の中に少し赤筋が迫力満点の表情を作り出してる 一人。 「じゃ、初音。がんばって作りなさいよ」 「あっと、火は危ないから切っとくよ〜初音〜」 「この型番は使いたくなったら言ってくださいね。それまで私が大事に保管しときますか ら」 パタパタとその場から去っていく3人。と、徐々に冷たくなっていく一人。 次の日 「じゃ、今日はどうする?」 「う〜ん…私は部活あるから今日は駄目ね」 「私も仕事急がしいから」 「じゃ、今日は私ですね」 にやりと笑う三女。 「と、そろそろ時間だ」 「そうですね。梓、行ってらっしゃい」 「うん。行ってくるよ」 バタバタと足音が遠ざかっていく。 「…」 「…」 ひゅんと風を切る音がした。瞬で梓に手を振っていたはずの千鶴が楓のいた場所に爪を 薙いだのだ。だが、その爪も空を切る。 「やっぱり」 ふわりと着地を果たした楓は殺意を秘めた瞳で千鶴を見据える。千鶴はふふんともう一 度爪を薙ぎ風を切った。距離にして2メートル。お互いに射程距離内だ。 「楓ちゃん。耕一さんからかかった電話」 「!?」 「用件は何だったのかしら?」 「千鶴姉さん…知ってたの?」 驚きを隠せない楓。千鶴はにやりとしながら一歩距離を詰めた。 「だって、楓からそんな言葉が出てくるなんておかしいと思ったもの」 「…」 動けない楓とは裏腹に徐々にだが距離を詰める千鶴。 「で、用件は?」 「…」 「そう、耕一さんが来るのは今日なのね?」 「!?」 その言葉に明らかに楓が動揺した。そして、瞬間だった。 「しゃ〜〜〜〜」 「くっ」 千鶴の右から繰り出される手刀。楓はわずかに後退しながらその手に向かって同じよう に手刀を合わせる。ギンとこすれる音がして火花と煙が上がった。 「そう、やっぱり耕一さんは今日来るのね」 予感が確信に変わった千鶴はにんまりと笑みを浮かべる。 「…まずい…」 楓がゆっくりと後退していく。詰める千鶴。距離はお互い変わらずと言った感じに中庭 に出る廊下まで楓が下がった時だった。 ドンと楓の背中に何かがぶつかった。本来ならばそのまま中庭に出ることができるはず なのに、だ。目の前で驚いたような千鶴の顔。そして、千鶴がにやりと笑い一度頷く。 「はっ!?」 「おはよう〜楓ぇ〜」 楓が気がついた時にはすでに遅かった。楓は背後にいた梓によって羽交い絞め状態に。 「あ、梓姉さん!?」 「甘いねぇ〜楓」 「よくやったわ梓」 「くっ」 距離を一気に詰める千鶴。右手で作った手刀にはすでに数十センチに及ぶ爪が伸びてい た。 殺られる 楓は本能的にそのことを感じるとパンと両手を上に上げて合わせる。そして、一気に身 体ごと固められている脇を抜ける…はずだった。 「はっ!?」 楓の目論見ではプロレスのタッグ戦よろしくとばかりに同士討ちになるはずだった。だ が、目の前に迫っていたはずの千鶴は一歩手前で冷笑を浮かべていた。 罠!? 「グッバイ! KA・E・DE」 いつのまにか両脇にまわっていたはずの梓の腕は楓の膝裏と脇にあった。そして、 「おっしゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」 梓の岩石落としによって、また一人永遠の世界に旅立って行った… 「いえ〜い」 相棒に答えようと梓が両手を上げた 「いえ〜い」 パチンと二人の両手が合わさった時だった。 「がぁ」 「しゃっ」 そのままお互い手四つ状態になる。 力で勝る梓は千鶴の指を折ろうと力を込める。だが、千鶴はそれをわかっていながらも 冷笑を浮かべ付き合おうとしていた。 「はっ!?」 瞬間、何かを感じた梓は手を放す。わずかに指の上に引っかき傷が残る。千鶴が爪をの ばしたのだ。 「ちっ」 「やるねぇ〜亀姉〜」 「ふん、栄養が胸にしか言ってない女にしてはよくわかったわね」 接近戦を得意とする梓を警戒して千鶴が半歩下がる。 「どうしたのさ? 胸が出ないで角が出る千鶴お姉様」 「がっ!」 本能が動いていた。冷静さを失った獣程捕らえやすいものはない。梓はにんまりと最高 の笑顔を浮かべると。 「千鶴ねぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」 突っ込む千鶴の右手刀を避け、梓のカウンター右ラリアットが炸裂していた。飛ぶほど の勢いで突進してきたのだ。それを止めるとなればそれだけの力が必要だった。初音も楓 でも無理だっただろう。だが、梓にはできた。そればかりか。空中で数間停止していた千 鶴を、力で地面に叩き落したのだ。派手な音とほこりが立ち上り。梓はゆっくりとガッツ ポーズを昇る朝日に捧げた。 「私がこの家で最強の鬼だぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」 わけのわからない叫び声をあげ。梓は楓の鞄の中から型番を取り出すとにやりと歪んだ 笑みを浮かべた。そして、死体2つをそのままにゆっくりと台所を目指す。 「ちょ〜〜と待った」 「!?」 台所から現れた者。首は若干左に傾いてはいたが。それは初音だった。そして、少し座 った目をしていた。 「おう、梓姉。この家で最強を唱えるのはちと早いんじゃないかい?」 「初音?」 梓もそこで気がついた。今の初音は完全に目が座っている。そして、放つ殺気も千鶴の それとなんら変わらない程にまで膨れ上がっていた。 「あんた…」 「おっと、おしゃべりはここまでだ」 ゆっくりと気が張り詰めていく。梓も初音の言葉、放つ気からそれを察し。ゆっくりと 型番を後ろに放った。 「わかった。でもあんたの力で私に勝てると思ってるの?」 「…」 「この際だから言っとくけど。あんたなんか片手で捻れるわよ」 ふふんと笑う梓。 「だったらこいよ。乳しか出てない梓姉」 梓がその言葉に切れた。まさか千鶴にだけではなく。初音からも言われるとは思わなか ったからだ。身体の小さい初音をタックルで倒し。あとは延々馬乗りバリバリバルカンパ ンチでもかませば終わるだろうと思っていた。 「で?」 「ば、馬鹿な!?」 梓のタックルをまともに受けた初音。だが、倒すどころか初音は一歩も動かない。反射 的にクラッチを組む梓。両手をポケットに入れていた初音はなすすべもなく掴まる。 「…う、動かない!?」 体重差でも、身長差でも、筋力でも、脚力でも、胸囲でも勝っているはずの自分が、初 音一人動かすことができない。 「だろ?」 「はっ!?」 バチンとクラッチが切られた。そして更に驚くべきは梓のクラッチを切ったのは初音の 片手にだった。ポケットから出したその右手を高く天に掲げているその動作中に。梓のク ラッチは簡単に切られたのだ。 「う、嘘」 「残酷だが現実(リアル)。それが死合だ」 初音は高く上げた右腕を梓の左肩に向かって振り下ろす。メシリと骨にまで及んだ音が 響き。梓がうずくまる。 「古流柔術が一つ。内腕刀」 「う…」 「で、これが」 「ひっ」 初音はうずくまっている梓の傷めているほうの小指をとるとそのまま逆間接に曲げなが ら同時に髪を掴み、頭の上に膝を当てたまま真下に落とした。落とした瞬間にドンという 衝突音とポキリという小指が折れた音が重なった。 「古流柔術が投げ。小月」 ゆっくりと立ち上がると投げ捨てられていた型番を手にとる初音。 「ったく、マイハニーにやる為に…俺もマメだねぇ〜」 そう言い残して初音は台所に姿を消した。 数時間後。柏木家門前にて 「はぁ〜やっとついた〜」 耕一はゆっくりと白い息を吐いた。 「ってか、せっかくだからバレンタインを待ってから来れば良かったかもなぁ〜あ〜失敗 したぁ〜」 そんなことを声を大にして言うこの男に通行人はかなり冷たい視線を送った。 「お、来た来た」 「?」 バタバタと駆け寄る初音。そして、耕一に飛びつく。 「おわっ!?」 「お〜〜〜す。愛しのベイビ〜元気にしてたかよ」 「え? え? 誰? だれ? ダレ?」 初音は耕一の頭を抱えるようにして未だ抱きついていた。 「なんだよ。忘れたのか? っとに薄情な奴だな〜」 「あ? い? う? え?」 もがく耕一を逃すまいと両足をしっかりと脇に絡ませて初音は尚も続ける。 「どうだ? 思い出したか? この胸の感触」 「お? は、初音ちゃんか!?」 そこでようやっと耕一から離れる初音。 「そうそう、やっぱわかった?」 「ああ、あの胸の感触は忘れるわけがない…ってあわあわ…」 「はっはっは、気にすんな。別に怒ってないよ」 ほいとばかりに耕一にチョコを渡す初音。 「え?」 「ふふん。まあ、なんだ。3人とも薄情に耕一にはやらないとか言い出すからさ。俺がみ んなのかわりに作ってやったってわけよ」 照れを隠すためにパンパンと耕一の肩を叩く初音。耕一はその手のひら大のチョコにガ ブリとかじりつく。 「わぁ〜たったった」 「?」 慌てて初音が残った一欠けらを耕一から奪い取る。 「うん。うまい」 「そうか? なら良かった」 そう言って初音も残ったチョコを口に放り込む。 「あ!?」 「まあ、気にすんな。実はあのチョコ。おもしろいもん入ってんだ」 「…」 「本当は数滴でいいらしいんだがよ。面倒で結構いれたんだ」 「あ! う!」 「しかも即効性が高いからよ〜」 「ま、まさか。初音ちゃん」 「あははは。あんだけ食ったらさすがにくるだろ?」 「いや、だって、その、どっからあんなもの・・・」 「まあ、女も男も動物だ。やりたい気持ちに嘘ついても仕方ないだろ?」 「あ、やっぱ、その・・・・」 「まあ、なんだ。話は俺の部屋で聞いてやると。気にすんな。みんな出かけていないから よ」 「…」 前屈みで歩く耕一を面白そうに眺めながら。柏木初音はにやそと悪魔の微笑浮かべるの だった… 続けない
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