第十六回お題 “寒”
 

「寒気団」


Written by takataka






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「今年も本格的な冬将軍の到来です……」

 ニュースのあとの天気予報。ちょっとしたまめ知識って感じでお天気お姉さんが冬の天
気について解説している。

「冬型の気圧配置になるとこのように、大陸から冷たい風が吹き付けてくるようになりま
す。これはシベリア寒気団の影響によるもので……」

 俺はコタツに足つっこんでぼへー、とテレビ鑑賞。
 対面のマルチになにやらびくん、と反応あり。
 別に俺は何もしていないぞ。いつもみたいにコタツの中で足いたずらとかは。

「はわ!? き、きましたですー」
「何がよ」
「歌です!」
「歌?」
「はい!」

 最近マルチは『創作活動』とかに凝っている。
 大体メイドロボというのは人間に比べて融通がきかなかったりすることが多い。で、融
通がきかないというのは結局何が原因かというと、
 
「想像力の欠如だねえ。命令する言葉の裏にある、命令者が本当に何をして欲しいのかと
いうことを想像する能力がないんだ。
 一見当たり前のようだけども、ロボットというのは言われたことしかしないと思われて
いる。ところがほんとに言われたことしかしなかったらたいがいのばあいロボットは動け
ない。
 『洗濯物を干しておけ』といっても、何枚を何時から何時までどこに干すのか、その辺
を全部細かく命令しなくちゃいけないからだ。それじゃ使いにくいだろう?
 それでもルーチンワークについてはパターン学習である程度命令を省略できるようには
なるが、できればそうしたあいまいな命令に対しても、おかれた状況とつき合わせてより
適した行動を取れるようにしたい」
 
 ――なのだそうだ。
 
「そのために、想像力をできるだけ駆使してそのデータを取りたいんだけど……どうか
な」
「はい、わかりましたー!」

 なんていった主任との対話があってからというもの、マルチは『創作活動』とやらに熱
心だ。

「で、こんどはなんだ」
「歌です!」

 歌ー。そうかー。
 全然気のない口調でオレは振ってやる。

「よし、歌ってみ」
「はい!」


	 寒♪ 寒気団 寒♪ 寒気団(コーラス)

	 どこかで誰かが 叫んでる
	 誰かが寒さを 求めてる
	 いそげ 寒気団 寒気スパークだ


「こら」

 ぺし。
 
「あうっ」
「パクリはイカンな」

 それに、そんな寒そうなスパークはイヤだ。

「でもでも、寒気団さんのテーマとしてはなかなか正義っぽい感じで……」
「そんなもんにテーマはいらん」
「うう……それでは、俳句はどうですかー?」
「詠んでみ」


	 寒気団 ああ寒気団


「かんき……あっ」

 ぺし。
 
「だからパクリはいかんゆーとろーが」



		2

		
「は! てい! ええい!」

 びしっ、ばしっ、ずばあああん!
 寒風吹きすさぶ中、神社の境内に今日もハイキックの音が響く。
 松原葵は少々寒いからといって練習を休んだりしない。生真面目なところが唯一のとり
えだから。
 この間の大雪のときも休みはしなかった。もちろん体操着にブルマーで。
 外気温は氷点下。
 かなりヤバい所まで行った。
 浩之が様子を見にきてくれなければどうなっていたことか……。

(まだまだ私、先輩に頼ってばかりです。もっと強くならなくちゃ)

 特に常識的判断力の強化が望まれるところだ。
 そんな葵も、以前に比べればずいぶんましになったのだ。
 自分でも気にしてはいるのだ。今日び『ハンバーガー屋さん』はさすがにヤバげ。
 年頃の女の子らしく、普通の知識もいろいろと勉強しなきゃ。
 何事も努力すれば通じるんです。それが葵の信念。
 一にも努力、二にも努力。
 三、四がなくて、五に才能。

(綾香さん……)

 そう、綾香さんみたいに特に才能があるわけでもないし、坂下さんみたいに異様にたの
もしい身体にも恵まれていない私は、努力するしかないんです。
 今朝なんか、出る前にテレビ見てきました。
 先輩に会うまでは、あんな動く絵と音の出る箱は魔法に違いないと思ってたのに……。

(ウソです、ごめんなさい。ちょっと面白くしました)

 誰にともなく謝る葵。

 その今朝のニュースで言っていた。
 なんでも、シベリア寒気団というものが来るらしい。
 どんなだろう。テレビで言ってるくらいだから何かとっても有名なものなんだろうな……。
 
 格闘のこと以外には世間のことに関してやたらと疎い葵。
 シベリア寒気団。そうやぶから棒に言われても何がなんだかさっぱりわからんちんだ。

(とにかく、そんな感じのものが日本に来るらしいんですけど……)

 私にはあんまり関係ないのかも。とにかく練習に打ち込む葵。
 
 びしっ、ばしっ、ずばあああん!
 
 「や! はあっ! たあっ!」
 
(でも……気になる……)

 わからなきゃわからないで心に引っかかって仕方がない。
 なんだろ……。
 団、というからにはなにか団体なんだろうな……何かの、興業団体?
 そして、シベリア。
 シベリアといえばカレリン……あれは只者じゃないです。
 前田さん相手にまるで赤子の手をひねるかのように……。
 というか、あれも人類の一員なのかなーと思うとなんか複雑な気持ち。
 
 は!?
 
 シベリア寒気団……もしかして、ロシアの何かプロレス団体のようなもの!?
 それも、カレリンみたいなのが、カレリン的な何かが山ほど所属してる……。
 そんなのが日本にやってくるとは!

「こ、こうしてはいられません」

 もちろん果たし状を送るとか空港で待ち構えて殴りこむとか、そんなマンガチックに常
識はずれなことは真面目な葵はしない。
 そういう事をするのは坂下さんとか綾香さんくらいです。
 そう、チケット押さえなきゃ! どんなカードが組まれてるのか知らないけど、これは
見逃せません!
 さっそくチケット屋さんにGo!

「すみません、シベリア寒気団の券ありますか?」

 数秒後、真っ赤に赤面しつつすごすごとプレイガイドを去る葵の姿があった。



		3


「今年もこの季節がやってきたわ……」

 勤め先の新聞屋から秘密裏に永久レンタルしてきた日本地図を、雛山理緒はぱしん、と
叩いた。
 指示棒代わりに、割り箸。
 それも拾ったやつ。
 以上の文章から主人公の経済状態を推察して簡潔に述べよ。(20点)


	 『貧乏』(模範解答)
 
 
 そういうわけで模範的に貧乏な雛山家にとって、冬は試練の季節だった。
 
「幸いにも今年は一番ヤバいお母さんが入院してるから、私たちだけ何とか生き延びれば
勝ちよ! いいわね良太! ひよこ!」
「おー! だぞ」
「おー」

 拳を振り上げる幼い兄妹。
 ぺしぺしと手のひらを割り箸で叩きながら、理緒は日本地図の前を行き来する。
 地図の上には凸型のマグネットが向かい合わせに貼り付けられて、ちょっとした戦況図
のおもむきだ。

「いい!? 敵、シベリア寒気団は現在中国大陸から朝鮮半島にかけて進行中! これに
伴い、強力な冷気をふくんだ季節風が北北西から南南東にかけて日本列島を横断するわ!
 この一週間の予想最低気温は、5度!」

 ぱしん、と地図を叩きつけ、声を低めて。
 
「――しかも氷点下」

「ネーちゃん……おれたち、おれたち今度こそ……」
「にいちゃん、こわいよう」

 ひしと抱き合う兄と妹。イメージ映像『蛍の墓』。
 部屋の中で凍死しかけたことありますか? 私はあります。
 そんなオクレ兄さんのネタを思い起こさせる、日本の下層社会の現実がここにあった。

「待ちなさい二人とも、恐れることはないわ。
 いい? あばら家ながらも家は家。私たちの心構えさえきちんとしていれば、北風なん
ておそるるに足らず! 北風も太陽も、私たちのコートを脱がせることは出来ないのよ!」

 ――持ってないけどね、コートなんて。
 
「でもネーちゃん、どうしたらいいんだ? さっきから風がふきこんでさむいぞ」
「にいちゃん、さむいよう」

 さっきからびゅうびゅうと屋外のごとく風が吹き抜けている。
 風のたどり着く場所、それが雛山家。

「いいところに気づいたわね良太。そう、風があると体感温度は気温よりももっと低くな
るわ……私たちの敵は、風! すきま風さえ何とかしてしまえば、越冬は可能よ」
「でも、どうやって?」
「目張りよ!」

 びしい! と指を突きつける理緒。
 新聞販売店でバイトしているだけあって、雛山家は新聞紙にだけは不自由しなかった。
 
「すきま風が入ってくる場所にかたっぱしから貼りつけるのよ! そうすれば風は防げる、
ザッツ生活の知恵! さあ、やるわよ二人とも!」
「おー、だぞ」
「おー」

 そんなこんなで三人は張りまくった。すき間というすき間、穴という穴に。
 実際壁のある部分より穴があいてる部分のほうが広いんじゃないかって感じだったが、
とにかく貼った。
 
「まってねえちゃん、ここは! ここだけは!」

 そこは、ひびの入ったガラス窓を良太とひよこが二人で直した思い出の個所。
 ガラスのひびを張り合わせるための和紙を桜の花びらの形に切って、ひび割れにそって
点々と貼ってある。
 雛山家精一杯のインテリアとも呼ぶべきものだった。
 
「気持ちはわかるわ……でもここは! ここはこらえなさい、明日を生きるために!」
「ね、ねえちゃん……」
「りおネーちゃん……」

 血涙。



 やがて室内のほぼ前面が新聞紙で覆われるにいたって、心なしか寒気が和らいだように
感じた。
 理緒が指をなめて、それを中空にかざす。

「――成功よ、風、吹いてないわ」
「やったぞー!」
「やったー」

 万歳三唱。これで兄弟三人、春まで生き延びることができる。

「じゃあオレちょっと遊びに行ってくるぞー」
「にいちゃん、わたしもー」

 幼い兄妹は、はた、とたちどまる。

「ネーちゃん、どこから出るんだ?」

 隙間はすべてふさいだ。
 もちろん、出入り口も。
 
「しまったあああああーーーー!」
「ネーちゃん、おれたち外に出られないのか?」
「にいちゃん、おそとにでたいよう」
「だ、大丈夫よ! こんなこともあろうかとスコップを部屋の中に持ち込んでおいたわ。
これで土間を掘って外につなげるのよ!」

 掘削が始まった。
 
 工事は難航を極めた。突然の落盤。水道管の破損による大出水。ムカデが這いカマドウ
マがぴんぴん飛び跳ねるなか、工事は進められた。いつかごっつくなってやる。いつかビ
ッグになってやる。いつかうまい棒を10本まとめて食える身分になってやる――。
 兄弟の情熱がそれを支えていた。

 そして――
 
「開通よ!」
「ばんざーい、ばんざーい」
「にいちゃん、つかれたー」

 泥まみれの青春、でも、後悔はしていない。これでようやく外に出られるようになった
のだ。
 地中を風が吹き抜ける。兄弟の栄光のあかしが――。

「って、寒いーーーーーーーー!」
「寒いぞ」
「さむいよう」

 ものすごい勢いのすきま風だった。人ひとり通れる穴があいてるんだから当たり前だが。
 
「ネーちゃん……」
「ねえちゃん……」
「心配要らないわ、良太! ひよこ! こんなときは……」

 ばしーんと新聞紙の山を叩く。
 
「目張りよ!」

 エンドレス。









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