第十六回お題 “寒”
 

「暖かい冬、融けない雪」


Written by 無名氏










街にひどく雪が積もった今日。
由綺は突然俺の部屋にやってきた。
乗るはずだった飛行機がこの雪で飛ばなくなって、とりあえず明日の朝までOFFになっ
たのだという。
久々の逢瀬に喜ばないわけはなかったが、なにしろ外は飛行機が欠航するほどの雪だ。
二人でどこにも出かけられないのが残念といえば残念だった。
でも、そう言う俺に由綺は笑ってこう答えたのだ。
「今日一日は冬弥君のお部屋でのんびりしよう」
そして、俺たちは何をするでもなく、本当にただのんびりと一日を過ごしたのだった。
雪に閉ざされた世界の中で、由綺と二人、ゆったりした時間の流れに身を任せて。
結局、言い出した由綺以上に俺がそうした時間をを満喫していたのかもしれなかった。
体を重ねなくても、心は十分に満ち足りた気分だった。
そして、今夜も俺たちは狭いシングルベッドに体を寄せ合って、他愛もない話に興じてい
た。
「この雪、明日の朝まで降り続くのかな?」
「うーん、TVの天気予報だと夜半には止むって言ってたけど…、どうなんだろ?」
「そっか……」
ちょっと残念そうにそうつぶやくと、今度は何かに気がついたように由綺は俺のほうを向
いてこう言った。
「ね。自由に雪を降らせることが出来たらいいと思わない?」
「もうできるんじゃないのか? 由綺だけに「雪女」って」
そう言ってからかうと、由綺は半分真顔でこう答えた。
「それはどうかわからないけど…。でも、「雪女」っていうのは当たってるかも」
「…え?」
思わぬ言葉にちょっとびっくりしていると、由綺はその表情のまま言葉を続けた。
「だって、冬弥君じゃないと、私融けてなくなっちゃうもん」
「……それって、俺が冷たいって事?」
「ううん、そういう意味じゃなくって…」
ちょっと考えるように、由綺は宙を見つめる。
「…多分ね、冬弥君と一緒だと、私は私でいられるんだと思う。でも、英二さんとか弥生
さんとかとずっと一緒にいると、…私が私じゃなくなっちゃいそうな気がするの」
言葉を選びながら話す由綺の横顔は、どこか寂しさを感じさせるものにすら見えていた。
胸の奥深くがチリリと痛んだ。
いつからこの娘はこんな表情をするようになってしまったのだろう…そんなことを考えて
いる俺の様子に気がついたのか、寂しさを振り切るかのようにちょっと笑って、由綺は更
に言葉を続けた。
「それに、弥生さんの「弥生」って3月だよね? 3月になったら春になって、雪は融け
てなくなっちゃうんだよ」
それがかなり意識して作った笑顔だというのはすぐにわかった。
でも、それを言葉に出してしまうには、さっきの由綺の表情はあまりに哀しすぎた。
俺は、由綺以上に笑顔を作れそうになかった。
「お、トロい由綺にしてはなかなか鋭い指摘だな」
それでも少し無理に笑顔を作って、わざとらしいくらいの口調でそう言うと、
「もう……」
由綺はちょっと拗ねた素振りで、俺の腕をつねろうとする。
「コラ、やめろよ」
布団の下で由綺の手と俺の手が絡み合う。
触れた指先がハッとするくらい冷たかった。
「冬弥君は「冬」なのにあったかいね」
そう言って、今度はそのまま手をつなぐ。
その指の冷たさに自分の熱を分け与えたくて、つないだ手にちょっと強すぎるくらい力を
こめた。
そうして、由綺は俺の胸に顔をうずめるようにして、ゆっくりと目を閉じた。
「雪…、融けなきゃ…いいな……」
目を閉じたままそう言いかけて、そのまま由綺は寝息を立て始めた。
連日の仕事で疲れていたのだろう。
ふっくらとしてどことなく幼さを残していた頬のラインが、今はひっそりとしすぎるほど
に見えていた。
俺は由綺の肩にそっと布団をかけなおした。
もう片方の手は、少しずつぬくもりを取り戻し始めた由綺の指に絡めたまま。
そして、この寒さがしばらく続けばいい、と思いながら、俺も目を閉じた。







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