第十六回お題 “寒”
 

「寒雀」


Written by sir=K







「・・・う〜〜・・・冷えるな・・・」
 コートの襟を口元まで上げて道を急ぐ。
 久し振りに帰ってきたはいいが、こちら隆山の寒さは予想以上だ。
 マフラーの1本くらいはして来るべきだったな。
 考えてみれば今まで帰るのは夏ばかりだった。
 ここまでこっちが寒いと知ってれば、もう少し何とかしただろうが・・・
 都内も今年はそこそこに寒いが、こちらとは比較にならない。
 最近は3日に1度は雪が降っているというのは伊達ではないらしい。
 ・・・と、思考が具現化でもしたみたいに、白いものが俺の視界をよぎった。
「やっべーっ。降ってきたよ。・・・やっぱ迎えに来てもらった方が良かったか・・・?」
 仕方なく走り出す。
 が、コートに手を突っ込んだままなので、腕を振ることもずり落ちるバッグを持ち直す
こともできない。
「・・・っくっそー。せめて手袋があれば・・・」
 頭に積もる雪を感じながら、全く速度の上がらない駆け足で、俺は残りの道を走った。



「ただいまー」
「・・・お帰りなさい」
 一瞬の間を置いて、家の奥から少しくぐもった返事が返ってきた。
 結局この柏木の屋敷に着く頃には、すっかり雪に降られてしまった。
 髪を撫でてみれば、積もった雪がさらに凍りついて氷のプレートになっている。
 俺は体中に積もった雪を土間で払い落としながら、返事の主を待った。
 わしゃわしゃ、と頭の雪を落とす。
 ぱたぱた、とコートをはためかせる。
 こっこっ、と踵を打ち合わせて靴の裏の雪も落とす。
 ・・・遅い。
 しばらく待ったような気はするが、まだ誰も出てこない。
 さっきの返事は空耳かと、もう一度声をかけようとすると、やっと足音が・・・
 ・・・ぽふ、ぽふ・・・
 ・・・いや、奇妙な音が近寄ってくる。
 何というか、沈み込むようにクッションの良いベット(使ったことはないが)の上をダ
マワラビー(カンガルーの小っこい奴)が歩いてくるかのような、やたらとメルヘンチッ
クな音。
 誓って言うが、この家には絨毯など轢かれてはいない。
 ・・・ぽふ、ぽふ・・・
 威厳のある佇まいの中に、妙に気の抜ける音が響・・・きはしないが、とにかく近寄っ
て来る。
「・・・っ!まさか、『ボン太くんマーク2』か・・・?!」
 唐突に最近読んだ小説に登場していた、着ぐるみが頭に閃いた。
 なんせ鬼のいる町のことだ。
 着ぐるみを着てショットガンを持ったアフガンゲリラがいても何の不思議もない。
 ・・・もしそうなら、かなり手強い相手になるだろう。
 頬に冷たいものが流れるのは、外が寒かったからではない。
 忍び寄る戦いの予感への不安、いや、期待が、俺の心臓を高鳴らせる。
 ・・・ぽふ。
 身を固くする俺の前に、その間の抜けた音と同じく、それはゆっくりと姿を現した。
「・・・お帰りなさい、耕一さん」
「・・・・・・・・・え?」
 あえて一言で言うなら、それは玄関前の雪ダルマに似ていた。
 ずんぐりした丸いシルエット。
 一瞬着ぐるみかと思うほどもこもこした胴体。
 異様に大きな手足。
 毛糸玉がそのまま人型になったらこうなるのだろうか。
 どこぞの22世紀猫型おせっかいロボットにも負けず劣らずの体格のそれは、やはり丸
っこい頭から不思議そうな声を出す。
「・・・耕一さん・・・?どうかしました・・・?」
「・・・・・・あ・・・え、っと・・・」
 毛糸の塊の発する声に、俺は一瞬目眩を覚えた。
 ・・・声に聞き覚えは、ある。
 そりゃあはっきりと覚えがある。
 誰の声かわかりきってはいるのだが、それでも俺の脳がその事実について行けない。
「・・・・・・・・・か、楓、ちゃん・・・だよね・・・?」
「はい」
「・・・・・・・・・」
 何枚ものニット帽で丸くなった頭から、あっさりと答えが返ってくる。
 麻痺しかかった脳味噌が、またもわかりきった問いを発する。
「・・・・・・なんでそんな格好してるんだ・・・?」
「寒いんです」
「・・・・・・・・・・・・」
 何を当たり前のことを言うんですか、という口調で楓ちゃんの可愛い唇が・・・
 動いているのだろう・・・マフラーでぐるぐる巻きになったその向こうで・・・たぶん・
・・
 ・・・一体どれだけ着込んだら、あのほっそりした楓ちゃんがこんなに丸くなるんだろ
う・・・
 確かに体温は筋肉の量に関係してて、細身の女の子は寒がりが多いらしいけど・・・
 完全に死んだ俺の脳が、機械的に無駄なことを訊く。
「・・・何枚着てるんだ・・・?」
「・・・15枚くらいです」
「・・・そ、そう・・・」
「・・・・・・上着は」
「上着だけっ!?」
「・・・コートがなかったんです」
「まだ着るのかっ!?」
「・・・今日は『3』くらいです」
「何の数値だよ!?ってか何点満点!?」
「・・・どうぞ、耕一さん。いつまでもそんな所にいると風邪をひきます・・・」
 100%俺の言葉を無視した一言で、俺自身も相当に冷えていることを今更思い出した。
 玄関に上がろうとする俺を見て、楓ちゃんも奥へと・・・方向転換するために、服のせ
いで曲がらない足を上げる。
 ・・・ぽふ、ぽふ、ぽふ、ぽふ。
 ・・・・・・回れ右するのに4歩もかかるのか・・・
 メルヘンチックな音の正体は、重ね履きした靴下と冬用スリッパのアンサンブルだった
わけね。
 ぽふ、ぽふ。
 ヤジロベーかコンパスみたいに歩き出したかと思うと、不意に立ち止まる楓ちゃん。
「・・・」
 重なった襟とマフラーで回らない首を無理に回して、俺を振り返る。
 見えるのは目だけなので何とも言えないが、どことなく気恥ずかしそうな視線を俺に向
けたような・・・
「・・・」
 ぴょこぽふ、ぴょこぽふ、ぴょこ・・・
 向き直ると、今度はちょこちょことジャンプしながら奥へと向かう。
 どうやら、がに股のようなあの歩き方が恥ずかしかったらしい。
 う〜〜〜ん、可愛い奴よのう・・・
 などとオヤヂモード入れてるうちに、楓ちゃんは先を行く。
 ぴょこぽふ、ぴょこぽふ、・・・
 普段は仔猫のように軽やかな印象がある楓ちゃんなだけに、妙にコミカルで微笑ましい。
 ぴょこぴょこと行くその後ろ姿は、まるで・・・
「・・・寒雀・・・ってとこかな」
「・・・はい?」
 ぴょこぽふ、ぴょこぽふ、ぴょこぽふ。
 ちょんちょんっと跳んで振り返り、くりっと首を傾げる楓ちゃん。
 防寒具で丸まった顔の中、瞳が煌く。
 思わず頬が緩む。
「はは、いや。なんでもないよ」
「そう・・・ですか・・・?・・・」
 そう言う顔・・・いや、目がどこか思いつめたように曇る。
「どうかした?楓ちゃん?」
「・・・・・・・・・耕一さん」
「何?」
「やっぱり・・・みっともないですか・・・?」
「へ?」
「・・・・・・・・・そう、ですよね・・・」
 マフラーの間から、きらりと雫が落ちる。
「ちょ、ちょっと、楓ちゃん?!どうしたのいきなりそんな、泣いたりして?」
「・・・こんな女で、ごめんなさい・・・」
「は?!こ、こんな、って、ええ?!」
「・・・」
 なんだかよくわからないが泣き出してしまったので、俺も取り乱しそうになる。
 とにかく何とか落ち着かせないと・・・

 俺はとりあえず楓ちゃんの頭に手を置いていた。
 腕を回したいところだが、そういうわけにもいかない。(回りきらないのだ)
 しばらくそうしていると、やがて楓ちゃんは落ち着きを取り戻してきた。
「楓ちゃん、何かあったの?とにかく話してみてよ」
 できる限り優しく言うと、楓ちゃんがぽつり、と言う。
「・・・昨日・・・言われたんです・・・」
「言われた?」
「はい・・・ちなみに昨日は風が強くて、『4』だったんですが・・・」
 ・・・だから何の数値なんだそれは・・・
「梓姉さんが・・・ミカンをくれたんです・・・」
「へえ・・・」
 あいつもどんどんオバサンっぽくなってないか・・・?
「・・・ポーンって投げ渡されたそれを、受け取れなかったんです・・・」
「ふうん・・・」
 だからなんだと言うのだろう。
「・・・3枚重ねの手袋では・・・」
 ・・・・・・ヲイ。
「そんな私に、梓姉さんは言ったんです・・・『亀が増えたねぇ』って・・・」
 ・・・梓の奴・・・冗談は相手を選べよな・・・
「・・・ちなみにその梓姉さんは今、千鶴姉さんに狩られて病院です」
「なにぃっ!?」
「・・・一人では心配なので、日吉かおりさんに泊り込んで看護してもらうように連絡し
ました・・・」
「かおりちゃんっ!?」
「・・・それはまあいいとして」
「いいのかっ!?」
「梓姉さんを狩ったあとで、千鶴姉さんは私を振り返りました・・・」
「うあ。モノローグ突入してるよ」
「そして言ったんです・・・『でもね楓。もう少しきちんとしなさい』って」
 ま、一理あるかな。
「・・・ショックを受けた私は思わず、今朝千鶴姉さんのバッグから書類を抜き取ってし
まいました・・・」
 『思わず』って何だ。
「・・・チャームポイントは『重要』の赤字・・・」
 ちゃんと選んでるし。
「今日は3時間は残業でしょう・・・」
 計画的犯行って言わないか?
「・・・そのうえ」
 まだあるんかい。
「初音まで・・・『もうちょっと女の子らしくした方がいいと思うよ』だなんて・・・」
 正直って罪だね、初音ちゃん・・・
「そんな初音が可愛くて・・・昨夜はずいぶん遅くまで話しこんでしまいました・・・」
 ・・・なんか読めてきたかも。
「『恐怖の怪奇心霊現象・厳選実録100話』・・・初音は涙を流して喜んでいました・・
・」
 それは喜んでいないと思うぞ、絶対。
「最後の方になると、感動のあまり泣きながら頭を振り乱すというハイテンション・・・」
 『恐怖のあまりパニクってイヤイヤをした』んじゃないのかそれは・・・?
「そんなことがあって、ちょっとハートブレイクな私・・・」
 どっちもどっち・・・ってかそれだけ仕返しすればむしろ気分爽快なんじゃないか・・・?
 なんかさっきから裏モード入ってきてるような気がするんだけど・・・
 どっかで選択間違ったか?
「・・・耕一さん・・・」
「・・・へっ?」
 不意に楓ちゃんが、伏せていた瞳を上げる。
 顔が隠れているだけに、その目の潤んだ輝きが強く俺の目を捉える。
「耕一さんも・・・やっぱりそう思いますよね・・・こんなみっともない格好して・・・」
「楓ちゃん、そんな、俺・・・」
「いえっ!私は・・・私なんて、指先の10分の1も頭の回らない梓姉さんにドン亀呼ば
わりされて、バッグを取りに帰って財布を忘れていくような千鶴姉さんにきちんとしろな
んて言われて、あまつさえ胸も背中も関節も区別つかないような初音に女らしさを教えら
れるような駄目な女なんですっ!」
「・・・」
 怒るべきか慰めるべきか。
 俺は一瞬悩み、とっさに言いよどんだ。
「・・・耕一さんっ!」
 はしっ
 その隙をついて俺の胸に飛び込んできた楓ちゃんを、俺はとっさに抱き留めていた。
 しまったぁっ!これでもう怒れないぃっ!
「・・・耕一さん・・・嫌いになりましたか?・・・こんな私を・・・」
 潤んだ目で見上げる楓ちゃんが可愛い。
「そんなことないよ」
 そう言ってしまう自分が悲しい。
 男って奴ぁ・・・
「そんなことないよ、楓ちゃん。・・・第一俺は、みっともないなんて思ってないよ」
「えっ・・・?」
 期待と不安に彩られた瞳が俺を見つめる。
 この目を裏切ることは今更できない。
「うん・・・冬毛の雀みたいで可愛いよ」
「・・・あ・・・寒雀、って、さっき・・・?」
「あ、うん。変にはぐらかしたせいで気に病ませちゃったね。ごめん」
「・・・よか、った・・・」
 安心して、俺の胸に頭を預ける楓ちゃんに愛しさがこみ上げてくる。
「それに、嬉しいんだよね」
「嬉しい・・・?」
 一度瞳が瞬き、首がくりっと傾ぐ。
「うん。こうやって、飾ってない部分を見せてくれるのがさ。家族だって気がして、すご
く嬉しいよ。だからさ、そんなに気にしなくていいよ」
「・・・」
「・・・ねっ?」
「・・・・・・・・・はいっ」
 最後には、瞳で笑ってくれた。
 ぴょこぽふ、ぴょこぽふ。
 そして、ちょんちょんっと先へ行く。
「・・・耕一さん、廊下は寒いです・・・居間へどうぞ」
「ああ、ありがとう」
「・・・諸般の事情により私しかいませんけど、すぐ温かいお茶を入れます・・・」
 ぴょこぽふ、ぴょこぽふ、・・・
 寒雀に誘われて冷たい廊下を奥へと歩く。
 その後ろ姿にもう一度笑みがこぼれた。














 ――翌日――
 柏木家では4人の男女が食卓を囲んでいた。
 神妙な空気がダイニングを満たしている。
 普段の和気あいあいとした気配はなく、ただ成果が上がらないことへの苛立ちと焦り、
そして諦めにも似た気だるさが鬼の血を引く4人をも疲弊させていた。
 ・・・実際の疲れもあっただろうが・・・
 俺の対面、さながら議長席に座った千鶴さんが重々しく口を開く。
「・・・もはや手段は問いません」
「異議なし」
「・・・しかたないよね・・・」
 梓と初音ちゃんが頷く。
 俺は身を固めるしかない。
 咎人は俯き、頭を垂れるのが分相応というものだ。
 なにせ、状況を決定的に悪くしたのは俺なのだ・・・
「楓のものぐさにはもはや理屈は通じません。耕一さんの『寒雀』発言以後、楓はより確
信を持って着ダルマ生活をしています。このままでは、楓は駄目人間まっしぐらです」
 凄みを持った声で千鶴さんが断じる。
 その気迫の半分は残業の恨みからきているだろうことは言わない方がいいだろう。
 しかし俺の撒いた種でこんな事態になるとは・・・
 俺としては何とか全面対決を回避したいのだが・・・
「ち、千鶴さん、んな大げさな・・・」
「耕一」
 梓が割りこむ。
 疲労が濃い声ではあるが、苦痛を伴った強い意志がこもっている。
「耕一、あんたはわかってないかもしれないけど、あの子の面倒くさがりは病気並だよ」
「お、おいおい。 楓ちゃんは別に『面倒くさがり』ってわけじゃないだろ。きちんとし
てるじゃないか。部屋も綺麗だし。規則正しい生活してるし。そういうのは俺みたいな・・・」
「違うね」
 たった一言で否定する。
「あんたのは『だらしない』って言うんだよ。あの子がきちんと規則正しく生活してるの
は、そうすれば何も考えなくても生活できるからさ・・・楓は、基本的に気になったこと
以外には全くエネルギーを割こうとしないのさ」
「・・・楓お姉ちゃんの部屋が綺麗なのは、『使っても片付けてる』んじゃなくて、『片
付けなくてもいいように使ってる』からなんだよ・・・」
「は、初音ちゃん・・・」
 初音ちゃんまでもが、泣き腫らした顔で言う。
 確かに、そういうとこがあるかもしれない・・・
 そう思ってしまった俺に、もはや言える言葉はない。
「もはや一刻の猶予もありません・・・現時刻を以って非常事態を宣言します」
 冷ややかに告げた千鶴さんが、その細い指を曲げる。
「・・・あらゆる手段を行使してでも」
 大気に怒りが満ちる。
「・・・楓の身ぐるみを剥ぎなさい!」
 パンッ!
 火蓋の代わりに、弾いた指先は目の前の湯呑みを縦に割り砕いた・・・



MISSION1:梓の場合
「『脱がぬなら 脱ぐまで待とう 寒雀』〜っと♪」
 次々と料理が出来上がっていく。
 梓の鼻歌と調理の音が、ほのぼのした空気を作っていく。
 体を動かしてるうちに疲労もどこかへ行ったのか、上機嫌で味見なんぞしている。
「・・・・・・・・・で?」
「ん〜?あ、耕一かい。もうちょっと待ってな、すぐできるから。」
「・・・いや、そうじゃなくて」
「ん〜〜〜?あ、その話ね。ま、いいんじゃないの別に。どのみち春になれば脱ぐだろう
し。人間誰だって苦手なものくらいあるしね」
「・・・」
「まあ、とりあえず今日は身体の中から温まるようなメニューにしてみたからさ、1枚く
らいは脱ぐんじゃない?」
「・・・梓、お前って結構大物だな・・・」
「なっ、そっ、そんな大したもんじゃないよ」
 ・・・・・・全く解決にはならないけどな・・・
 溜息は、ばれない程度にしておいた。



MISSION2:初音の場合
「『脱がぬなら 脱がせてやろう 寒雀』だね?」
「そういうこと。さ・・・行け初音ちゃんっ!」
「おーーーっ」
 ぱたぱたと楓ちゃんへと向かう。
 目の前まで行くと、初音ちゃんはおもむろに小さな握りこぶしをかざして見せる。
「ね、楓お姉ちゃん。野球拳しよ?」
「野球拳?」
「うん」
 訝しげに初音ちゃんの拳を見つめる楓ちゃん。
 ・・・しばらくして。
「・・・くすっ」
 今、こっちを見て笑った・・・?
「いいよ、初音。」
 目だけで頷く楓ちゃん。
 よしっ!かかった!
 実は初音ちゃんのジャンケンの強さは半端じゃない。
 元からの勘の良さに加え、1回目からずっと相手の手を覚えていて、そこから予測をす
る記憶力が切り札になる。
 回数を重ねれば重ねるほど強くなる初音ちゃんに、野球拳で勝つ方法は無いっ!
「や〜きゅう〜するなぁら〜〜♪こ〜いうぐあいにしやしゃんせ〜〜♪」
 うむ、ナイスダンスだぞ初音ちゃん。
「アウト!」
 ん、気温が下がったような・・・?
「・・・セーフ」
 楓ちゃん、瞳が紅くないか!? 
「「よよいの、よい!」」
 グーとパー。
 初音ちゃんの負け。

 10分後。
「どうする?初音?」
「・・・ううっ・・・降参・・・」
 楓ちゃんは1枚たりとも脱いでいない。
 対して初音ちゃんは下着1枚だけ。
 完全に、負けた・・・あの初音ちゃんが・・・
 勝てるわけがない。
 どれだけ勘が良くても次の手を読んでも、鬼の力で加速した楓ちゃんが相手では・・・
 ・・・まさか相手の手を見てから出しても間に合うほど手が速いなんて・・・
 前世では全エルクゥ中最速を誇ったというのは伊達ではなかった・・・
「お、お兄ちゃ〜ん・・・負けちゃったよ・・・」
「いや、しょうがないよ。それより、いい勝負だった。いいものを見せてもらったよ」
 ・・・パンツ1枚でジャンケンする初音ちゃんとか・・・
 がしっ
「な・に・を・やらせてんだあんたはぁっ!!」
「あ、梓ぁっ!?」
 頭蓋骨に指が食い込んできて、暗転。



MISSION3:千鶴の場合
 ・・・ぴょこぽふ、ぴょこぽふ、ぴょこぽふ。
 ちょこちょこっと跳んで(気に入ったらしい)廊下を行く楓ちゃんが、突然立ち止まる。
 スッ・・・
「・・・」
 その行く手に、人影が染み出てくる。
「・・・楓・・・もう、ここまでよ・・・」
「千鶴姉さん・・・」
 光を映す艶もなく、ただ黒く闇に融け込む髪。
 血の気が失せた、白い肌。
 そして紅く染まる瞳・・・の下には隈。
 マニキュアが剥げかけた爪が、鈍く光る。
「楓・・・昔の人は言ったわ・・・」
 ただ寝不足なだけにも見えるその美しい獣が吼える!
「・・・『脱がぬなら 殺してしま・・・」
「「スト―――――ップッッ!!!」」
 がしがしっ
 慌てて千鶴さんの身体を、梓と2人がかりで止める。
「お、お、お、落ち着いて千鶴さん!目的変わってるよっ?!」
「は、放して下さい!耕一さん!梓っ!放しなさい!!」
「馬鹿か千鶴姉!寝不足くらいで人殺すなぁっ!!」
「残業はいやああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・」
 千鶴さん、退場。
 楓ちゃん、ちょっとドキドキ。



MISSION4:耕一の場合
 柔らかな冬の朝日が、障子を穏やかに透かす。
 静謐な空気が目覚めを促してくる。
 引き戻されそうな意識に抗い、布団を引き寄せ、手元の温もりを抱き寄せる。
 心地よいまどろみに誘われ、愛しさを抱き留める。
「・・・ん・・・」
 胸の中の声に、意識が引き寄せられる。
 強く抱き締め過ぎてしまったのだろうか。
 布団から体が出てしまったのだろうか。
 俺の動作に目が覚めてしまったのだろうか。
「んん・・・」
 どうやらただの寝言だったらしい。
 布団をその細い肩までかけてやり、しなやかな髪を撫でる。
 心持ち頬が穏やかに緩んだように思えるのは、俺の贔屓目というやつだろうか。
 自分が驚くほど優しい気持ちになっていることに多少気恥ずかしいものを覚え、苦笑が
もれる。
 隣に眠る細く小さな身体を、割れ物でも扱うような心持ちでもう一度抱き寄せる。
「最後は、まあ、『北風と太陽』ってとこかな・・・」
 素肌が触れ合う心地よさに誘われ、俺ももう一度眠りに・・・
「・・・な・に・が、『北風と太陽』ですか・・・」
 ・・・就けなかった。
 髪を撫でていた手が思わず強張る。
「ち、千鶴さんっ?!」
 全く音も気配もなく、千鶴さんが部屋の中に佇む。
「・・・何をしてるんですか、耕一さん・・・?」
 すでに臨戦体勢。
 恐怖に全身の毛が泡立つ。
「いやそのあのこれはつまり・・・」
「・・・んん・・・耕一さん・・・」
 身動ぎする俺に不平を言うように、楓ちゃんがピトッと擦り寄ってくる。
 昨日までの厚着ではない。
 その細い身体には何も・・・下着さえも身に着けてはいない。
 高尚に言えば『生まれたままの姿』、わかりやすく言えば『スッ裸』というやつだ。
 実は俺も同じ。
「・・・ほ、ほら千鶴さん言ってたじゃない。『手段は問わない』ってさ・・・だからそ
の・・・」
「・・・・・・楓と添い寝するくらいならっ!寝不足の私と添い寝してくれたっていいじ
ゃないですかぁっ!!」
「ちょ、ちょっと千鶴さん!微妙に論点ずれてないかっ!?」
「問答無用ですっ!あなたを、いやもうっみんな!・・・殺しますっ!!」
 怒りと嫉妬と苛立ちと妬みと僻みと復讐に燃え、そして何より残業と寝不足の恨みに狂
った千鶴さんは誰にも止められない。
「・・・んん、耕一さん・・・暖かいです・・・」
 無論、そんな寝言でも。





 了






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