(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

for 「本日のお題」

 

ご機嫌いかが?

Episode:来栖川 芹香

 

Original Works "To Heart"  Copyright (C) 1997 Leaf/Aqua co. all rights reserved

written by べるがぁ


                  −1−

 清々しい蒼穹の青空が広がる朝。
 小鳥達がさえずり、花々が朝日と戯れている。
 言葉に表すことさえ忘れてしまいそうな理想的な光景。
 その日の朝は、神から祝福された光景が広がっていた。
 だが、世界有数の大富豪であるの来栖川家の邸宅には、そんな理想的な朝に
似つかわしくない、ある一室が存在していた。
 窓に黒いカーテンが引かれ、室内に全く太陽の光が入らない謎の部屋。
 室内の照明は消され、光源は蝋燭の灯火のみ。
 そして、蝋燭の僅かな灯火に照らし出されるのは怪しげでいて陰うつな装飾。
 その部屋の主は、名を来栖川芹香と言った。
 容姿や雰囲気はまさに麗しき可憐な深窓の美少女。 
 だが、身に纏う服装が彼女の美点を帳消しにしてしまっていた。
 彼女は漆黒のマントを身に纏い、先の折れたつばの広く丸い尖がり帽子を被
っている。
 いうなれば、童話の世界に住んでいるような、世界一般共通の魔女の姿だっ
た。
 彼女は今、以前に浩之でためし……チリチリチリチリ……うぉ!北から電波
が作者の頭に降り注いでくる〜!た、たたたったぁすけてぇ〜!ああ!わかり
ましたわかりました!か、書き直すから止めてください〜!
 ピタ!
 ……はぁはぁはぁ…と、止まった…でっ、では、もう一度……

 彼女は今、以前に浩之の『活躍』によって失敗を確認できた【元気の出る薬】
の改良を施していた。
 今度は大丈夫!
 芹香は確信する。
 薬の製法書を目が真っ赤になるほど繰り返し読みふけり、用意する材料と調
合の配分は脳髄の奥底にまで記憶されている。
 それに、何故か今日は妙に頭が冴えており、付け加えて高揚とした気分にも
なっていた。
 ……決して、御香に加えた妖しいクスリによる力ではないだろう。
 たぶん。
 本当のことをいえば、【元気の出る薬】の材料で、指定されているキノコと
実際に使用したキノコの傘の色が違っていたかな?とは思ってはいたが、かつ
て無い自信に裏付けされて、不安は一切感じない芹香だった。
 不安に思うより、カクジツにいける!という思いが心の奥底から強く現出す
るのだ。
 ……って、すでにケッコー危ないんじゃない?それ。

 「……ΨΓΩ…ΕΘ……ΞΠ……ΣΔΡβ………」
 暗がりの室内に、澄んだ幼さの残る声の呪文の詠唱が響き渡った。
 美しき魔女が、静粛のみがが支配する闇のなかで呪文の詠唱を唱えている。
 まさに映画の一シーンのような神秘的な光景がそこに出現していた。
 そして、呪文の詠唱が終わりを告げたあとにキッカリ3秒経過してから、
 ポン!
 と、マヌケな音と共に調合した材料を煮ていた鍋から白い煙が立ち上がる。
 煙が晴れたあとには、先ほどまで透明な色合いの液体だった物が茶色に着色
されて残っていた。
 完成!
 何とも言えない充実感が身体一杯に広がる。
 芹香は、思わず彼女の強い個性を特徴づけている、その無表情な顔がほころ
びそうになるのを努力して押さえた。
 喜ぶ前にまずは実際に正常な効果が現われるかを確認しないといけない。
 さすがに前回の事もあり、何もしないで他人に渡すような愚だけはしたくは
なかった。
 それが愛しの浩之ならば尚更だ。
 この【元気の出る薬】は精力も増強してくれる。それ故にある状況下で浩之
が必ず使うのは必然といえた。
 そこまで思考を巡らせて、芹香は思わず爆発したように顔を真っ赤に染めて
硬直してしまった。
 おおぅ!チクショウ!可愛いぞ、この〜!
 そうして、5分ほど思う存分に硬直したあと、我に帰った芹香は意を決して
薬を試すことにした。
 茶色い小ビンに満たされた淡い茶色の液体。
 ビンの口が自分の唇に触れた時、微かな不安が芹香の脳裏をよぎる。
 しかし、自分の作った物を自分で信じなければ一体誰が信じると言うのだろ
うか。
 芹香は自分の滑稽さに可笑し味を感じ、微かに苦笑を浮かべる。
 だがそれも、すぐに真剣でいて、どこか瞳の奥が潤んだ表情に変化する。

 ……一人だけいる。
 そう、その人は私の一番大切な人。そして、一番愛しい人。
 必ず成功させてみせます。待っててくださいね。浩之さん。

 芹香は意を決して小ビンを傾けた。
 中の液体が唇を通り、喉を通り、身体の中に流れ込んでいく。
 小ビンの中身が無くなるまでに時間的には5秒ほどしか掛からなかったが、
飲み干したと同時に身体が急激に熱くなり、身体の奥底から力が沸いてくるよ
うな感覚に囚われた。
 成功しました浩之さん!
 芹香は身体中を巡る強い感覚を感じながら、成功を強く確信した。
 これでやっと、浩之の役に立てる。そう思うと妙に嬉しかった。 
 だが、神というものが存在するとすれば、なんともイタズラ好きであろうか。
 それとも暗黒魔術に手をだした、この少女に天罰を下したのであろうか。
 芹香は突如、背中が汗ばみ、自分の瞳に映る陰うつな室内の景色が揺れだし
たことを認識した。
 ぐにゃりと世界が歪んだような気がした。
 毎日、同じ時間が同じ映像で繰り返されているような…そんな奇妙な錯覚を
覚えている。
 繰り返される、なんの代わり映えもしないくだらない毎日。
 やがていつの頃からか僕は、この退屈な世界から音と色彩が失われてしまっ
ていることに気づく。
 それでも僕は、そのことにはさしたる感心もないまま、言い知れぬ熱っぽさ
を体の中に抱いて、いつものようにノートの落書きに没頭するのだった。
 ……って、ゲームがちがーうっ!うわぁ…ベタベタや(汗)
 ヒューン…
 えっ、あれは?
 ………ドカ!バキ!ボゴ!ワンワン!ザシュ!バシュゥゥ!
 ぐふぅぅ!
 「あ、あの…滅殺です」

 扉の向こう側に旅立つアホな作者。
 だが、世界は彼のことなんか、これっぽっちも気にする事はなく回るのだ。
 では少し巻き戻して、もう一度どうぞ。

 芹香は突如、背中が汗ばみ、自分の瞳に映る陰うつな室内の景色が揺れだし
たことを認識した。
 意識が段々と遠のいで行くのがわかる。
 視界も徐々に白い霞で覆われてゆく。
 言い知れぬ不安感が芹香の身体を駆け抜け、今さながら脳裏に後悔の念がよ
ぎる。
 このまま眠っていけない!
 眠ったら絶対大変な事になる!
 落ち行く意識の中、何者かに必死に抵抗する芹香。
 だが、魔女の力を有する彼女でさえも【ある物体】の魔力にはかなわなかっ
た。
 おお!なんと、おもしろ……いやいや、恐ろしい魔の物よっ!
 芹香は奈落の底へ落ち行く微かな意識の中、ある一つだけのだ思考みたされ
る。

 だ、駄目!わ、私の今までの深窓の美少女的なイメージが!

 …………
 えー、まあ、最後はちょっぴり偽善チックな想いもあったようだが…
 しかし、ノープログレム!問題ない!
 実際、彼女の心配してた通りになってしまうのだから。
 そうしないと話しが始らないしね。(…おいおい)


                  −2−

 綾香は姉の部屋の扉の前に立っていた。
 姉の芹香は、いつもの魔術の実験でもするのか、今日は太陽が神々しい姿を
人々に見せ付ける以前から朝早く起きだして、自分の部屋でなにやらゴソゴソ
とやっていた。
 しかし、それから既に太陽が頭上に位置するようになった今になっても何の
音沙汰もない為、心配になり様子を見にきたのだ。
 「姉さんいるー?」
 ちょっと気の抜けた声。
 こうやって様子を確認するために、姉の部屋まで足を運ぶことは、今回に限
ったことではなかった。
 姉がいつも部屋に篭り、何かをやりだしたときは必ず綾香が安否を確認しに
来るのが常だった。
 やはり、いい加減に似たようなことを何度となく繰り返せば、真剣味も薄れ
てくる。
 ならば、なぜ毎度毎度、姉の様子を見に来るかといえば……やっぱり心配だ
からだ。
 ああ!美しきかな姉妹愛。
 そして、どうやら今は、その関係に基づく誓約を完全に履行しなくてはなら
ない状況のようだった。
 幾ら呼びかけても返事が全く無いのだ。
 いつもなら遅くても5分もすれば、おっとりとした表情とともに顔を見せる
はずだった。
 だが、今回に限っては既に10分も姉を呼び続けているのに、一向に顔ださ
なければ返事もない。それに、室内から鍵が掛かっていて、このままでは中に
も入れない。
 さすがに真剣に心配になった綾香は覚悟を決める。
 「姉さん!大丈夫!?悪いけど勝手に入るわよ!」
 言い終るより早く、そのカモシカのような足が唸りを上げて扉のノブを襲っ
た。
 バキ!
 古びた扉のノブは何ら抵抗もみせずに断末魔の悲鳴をあげた。
 綾香は流れるような身のこなしかたで、今度は扉に向かって肩から思いっき
り突進する。
 ドカ!
 扉自身もこれまた呆気なくKO。
 扉と共に勢い良く室内に入った綾香は、室内が真っ暗な事に気づき、慌てて
照明のスイッチを入れた。
 そして、彼女の瞳に映ったものは、茶色い小ビンを片手に握りしめたまま眠
るように倒れている姉であった。
 「ちょ、ちょっと姉さん大丈夫!?まさか自殺じゃないでしょうね!」
 脳裏に最悪の状況がよぎる。
 人間国宝級に奥手・純情な姉ならば『奇跡的』に付き合うようなった彼氏に
袖にされただけで悲観にくれて、自殺しようとしても何ら不思議はない。
 だが、綾香は室内を見渡し、どうやらその可能性が少ないことを確認した。
 見回した部屋の中央には大きな釜があり、その近くにある古びた木机には、
燃え尽きた蝋燭のクズと共に訳の解らない品々が所狭しと置かれていた。
 さらに決定的だったのが姉の服装。
 どうやら、また怪しい薬を作ったのは良いが、自分で試したところ失敗して
いて、気絶してしまったというのが相場なのだろう。
 まあ、不思議と姉の作る薬は成功しても失敗しても命に関わるようなことは
ないのが、唯一の救いどころではあったが。
 倒れた姉を抱き起こしつつ、肩を落として綾香はため息をついた。

 はぁー、どうにかならないものかしらね。

 姉の技能に驚き、感心することもあるが、正直言って出来ればもう止めて欲
しかった。
 容姿も瓜二つの姉妹とはいえ、どうも姉の趣味は好きにはなれない。
 ふと視線を、机の上の得体の知れない物体群に移す。
 干乾びた猿の頭のミイラや蝙蝠の薫製。それと似たり寄ったりなアクセサリ
ーとも魔除けとも判断のつかない品々。
 はぁー。
 ここでまた一つ、ため息。
 更に視線を机の右端へ移した綾香の視界に、あからさまに妖しい発色のキノ
コが飛び込んだ。
 思わず、あまりの毒々しさに、その妖しいキノコに視線が釘付けになり、そ
して何かが脳裏に閃く。
 あれ?そういえば、あの見るからに怪しげなキノコって、前に一度だけみた
ことがあるわね。
 どこでだったかな?
 綾香は倒れた姉の身体を支える手とは反対の手の人指し指で、自分の額を何
度も突きながら必死に想いだそうとする。何故だか、そうしなければならない
ような使命感にとらわれるのだ。
 確か…あれは2年前の夏に、避暑地として隆山温泉へ遊びに行った時に天皇
陛下も宿を取ったと言う由緒正しい旅館の鶴来屋というところで……

                  ∇

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ……誰かが私の耳元で喚いている。
 ごめん。もうちょっと寝かせて。あと5分でいいから。
 たぶん、このSSを呼んでくれている人の半分以上は毎朝繰り返しているで
あろう願いを、ご多分に漏れず願ってしまう『彼女』。
 もちろん作者も同類だ。
 しかし、そんな彼女の願いも、どうやら喚いている人物には通じていないよ
うである。
 当たり前だ、声にだしてないんだから。
 少なくともその人物は何かしらの超能力を持っていないことは確かだ。もち
ろん魔法力も。
 しかし、寝起き直前の人間には、そんな思考は巡らないのが世の常。
 うーん、ウルサイったらありゃしない!
 『彼女』は、やはり寝起き直前の人間にありがちな不機嫌さも手伝い、マジ
でぶちキレ5秒前だ。
 だが、自分の横で喚く人物は一向に収まる気配はない。
 ピシっ!
 あっ、『彼女』の何かが飛んだ。
 「ううっっっっっ!るっさーいっっっ!!」
 大声で怒鳴り散らしながら、ガバっ!と上半身だけ勢い良く跳ね起きる。
 まあ、やっぱりキレた人間特有で自分が一番ウルサイってことには気づいて
ない。
 首を右に直角に曲げて、自分の安眠を邪魔する人物を『彼女』は睨んだ。
 その睨む先には、お転婆な娘の妹の綾香がいた。
 「もう!うるさいわね!人が気持ち良く眠ってるのに、起こさないでよ!」
 「…………」
 綾香が何か信じられないような物を見たような、頭の中で明確な状況分析が
始っていない事が明確にわかるキョトンとした表情で、自分を見つめている。
 「なに?何か私の顔についてるわけ?」
 「…………」
 凍ったように同じ表情のまま微動だにしない綾香。
 いや、瞳孔ぐらい開いちゃってるかも。
 「もー、なんなのよっっ!」
 「……ね、姉さん?」
 喉の奥底から、どうにか絞り出したような声で、綾香はつぶやいた。
 そして、芹香er達には更に衝撃的な一言も、つぶやく。
 「せ、芹香姉さんよ…ね?」
 この事実には作者もビックリだ。
 単に行き当りばったりなだけだと言うのかも知れないが……

 思考が麻痺しかける綾香。

  こ、こんなことは…絶対に有り得ない!
  あの可憐な姉さんが、こんなに阿婆擦れてしまうなんて!

  ……おいおい。

 「だから、なんなのよ!…もう!自分の姉の顔も忘れちゃったの?
  この美少女の顔忘れるなんて、ハッキリ言って罪よ?罪!」
 「……夢?」
 綾香の形の取れた潤う美しい唇の端が引き攣り、細い眉毛が痙攣する。
 もしかしなくても、ちびまる子ちゃんよろしく、額に何本もの黒いスジも見
事に引かれている。
 「……もしかして、あんた、私をおちょくってる?」
 眉間に皺を寄せ、右目の瞼を吊り上げて険しい表情になる芹香。
 ヤバイ!ちょっと殺意まで漂ってるぞ。
 「……あ、あはははっ……い、いいえ!やっぱり姉さん!もう一度寝てた
  方がいいわ。うん、そうよ!そうすべきよ!お、おやすみなさい!」
 「…………」
 微かに姉の目が細くなったような気がした。
 「……い、いやねぇー姉さん。なにマジになってんのよー」
 アハハハと乾いた笑いでお茶を濁そうとする綾香。
 その笑いに釣られたのか、芹香の表情が180度豹変し、優しげな微笑み
をたたえると、その柔らかそうな手のひらを綾香の頭の上に置いた。
 ちりちりちりちり……
 何かが聞こえる。
 綾香は幻聴にしてはリアルな音を聴いた瞬間、視界がスパークする!
 視界が歪み、白い光の渦に晒される。
 そして、再び視界に色が戻った時には……
 「いっ!?いい、いいいっ、いいいいいいっっっっやぁぁぁぁぁっっっ!!」
 来栖川邸に絶叫が響き渡った。
 今、綾香の瞳には筋肉ムキムキで油ギッシュなマッチョが怪しい笑顔を振り
まいて群をなして自分を取り囲む姿が映っているのだ!
 更になぜか、盆踊りも踊っちゃってるぞ。
 もちろん、実際に室内には本当にいたら一発で警察に捕まりそうな、そんな
不気味な連中はいない。
 「だだだ、駄目ぇっっ!!よよ、よらないでぇぇ!!
  わ、わたしマッチョが一番嫌いなのよ〜!ひーん!」
 そう!綾香はとてつもなくマッチョが嫌いなのだ。
 彼女は意味も無くあれほど筋肉をつけることが理解出来ず、また、一番毛嫌
いするのが、あの油ギッシュな身体と不気味な笑顔なのだ。
 そして、それが自分を取り囲み、群をなしている。
 想像しただけでも悪寒がするのに、それを実際に味わってしまうとは彼女の
今の心理状況が安易に予想できよう。
 しかし、この幻想を生み出した当の本人はいたってマイペースだった。

 「うーん、これからどうしようかっなー」

 ゴロゴロとのた打ち回る妹を無視する事に決めた芹香は−これで今の彼女の
性格がわかるというもんだろう−、以前の彼女ならば全く似つかわしくなかっ
たであろう、左手一指し指で自分の顎を押さえながら、呑気な声で部屋の時計
を見やる。
 今の彼女にとっては、そういう声とポーズをすることこそ自然だと思えるの
が恐い。
 時刻を確認する。まだ、午後のティータイムには早すぎる時間だった。
 時計を見た瞬間に芹香は、中の人格がどうであれ唯一変る事の無い、その美
しい顔に険しい表情を張り付かせた。
 別に時間的に問題があったわけではない。問題は、時を刻む時計自身だった。
 「な、な、なによ!あの趣味の悪いコウモリのデザインは〜!」
 思わず叫んでしまう芹香。
 そうりゃそうだ。
 モノホンの蝙蝠を薫製にして、その腹を割いて中に無理矢理時計を入れたん
じゃないかと思うほどリアルな蝙蝠時計なのだ。
 ……実際にそうなのかも知れない。って言うか、『来栖川先輩』なら充分に
考えられるから恐い。
 少なくとも、普通の女子高生の趣味では無い事は確かだ。
 その辺り、綾香の『元』姉に対する気持ちも充分に理解できるかもしれない。
 「デフォルメチックなデザインならわかるけど、あのリアル…っていうか、
  そのまんまのデザインはなんなの〜!」
 そこまで思わずまくしたてた芹香はハァ〜と一つ、ため息をついた。

  あー、さすがに自分であんなのを選んだんだと思うと気が重くなるわ。
  なんで、あんなの選んじゃったのかしら…

 そう思う以上は、どうやら前の自分も知っているらしい。でも、今の芹香は、
そんな事に怖じ気づくような人間ではないことは確かだ。
 「よし!しょーがないわね。
  今から時計を買いにいこうっと!……もちろん浩之さんと一緒に」
 最後は握り締めた手を口元に添えて、キャッ!何て可愛く叫んじゃったりな
んかしたりして。
 それが、それで似合ってしまうところが今の芹香の救いようがないところな
のかもしれない。
 早速、外出の支度に取り掛かる。
 鏡の前で、両手に何着かの服を持ち、着ていく服を選ぶ。
 「あ〜ん、何を着て行こうかしら。
  やっぱ、デートなんだから、浩之さんの喜びそうなものがいいわよねー。
  しかし、なんか地味な物しかないわね〜
  でも、けっこー浩之さんってこういう地味なのが好きなのよねー
  そうとすれば…こっちも捨て難いのよ〜」
 勝手に幸せ一杯に一人でのたまう彼女の後ろには、更に十何着もの服が出番
を待っている。そして、更にその後ろには……怪しげな眼付きをした綾香がい
た。
 さすがは初代エクストリームチャンピオン!あの幻想を自力で打ち破ったよ
うだ。しかし、かなりの犠牲も払っていた。
 「ねぇさん…?」
 うぉ、声のトーンが限りなく低い。発音もちょっと変だ。
 眼には怪しい輝きがある。ちょっとマジでヤバイ。

 キケン!キケン!キケン!キケン!キケン!キケン!キケン!キケン!
 今の綾香の脳裏には、疲労した神経を逆撫でるような金属的なアラームが鳴
り響いていた。
 額に冷や汗が流れる。
 背中には何か粘っこいものを感じている。

  い、いけない!
  このまま姉さんを外にだしたらとてつもなく恐ろしい事になるような気が
 する!
  北からの神の電波が私にそう語りかけている!
  それに、私の右手が悪を打ち破れと真っ赤に燃えている!
  今ならできる!ゴッ○フィン○ーっ!

 ちょっと錯乱しかけてる綾香。
 まあ、無理もないかも……

 「あれ、綾香まだいたの?」
 そんな綾香に動ずる事も無く、何やってんの?と言わんばかりの視線で妹を
を射抜く芹香。(…ひでぇ)
 綾香は姉のそんな視線にも気にする様子もなく、音も無く芹香に近づいた。
 「…今、姉さんから悪魔を追い払ってあげる。
  ううん、姉さんの為だもん。私は頑張るわ!」
 既に意味不明な事を繰り返し口ずさむ綾香。
 その瞳の鈍い輝きは、彼女が自身の奥底に存在するパラダイスへの扉を開き
かけていることを物語っていた。
 「姉さん、ゴメン!」
 拳を握りしめ、目にも止まらない速度で綾香が芹香の懐へ踏み込んだ。
 姉は全く無対応だ。
 初代エクストリームチャンピオンの動きに素人が反応出来るわけが無い。
 少なくとも綾香はそう思い、勝利を確信した。
 だが……
 ドス!
 室内に鈍い音が響き渡る。
 「……そ、そんなぁ」
 少し情けない声で倒れたのは綾香の方だった。
 (綾香ファンの人つくづくゴメンなさい。)
 綾香の拳は見えない柔らかい壁に妨げられ、逆に自分の鳩尾に見えない力に
よるパンチを不意に受けのだ。
 さすがにエクストリームチャンピオンでも、急所への不意の一撃には耐えら
れない。
 綾香は霞れゆく意識の中、気力を総動員して自分の姉の顔に視線を向けた。
 そこには、ある男子生徒に『来栖川先輩』と呼ばれる女性には到底似つかわ
しくないニヒルな笑みが張り付いていた。
 「あら、なにか納得が行かないようね?」
 芹香が鼻で笑った。
 「あなたの攻撃をあなたに返したのよ。
  甘くみないでよね。あなたが10年ちょっと喧嘩の鍛練をしてるように、
  私もあなた以上に魔術の鍛練をしてるのよ」
 「……うう、か、く闘技とケンカはちが…う」
 最後の気力を振り絞って、芹香の意見を否定する。見事なプライドだ。
 しかし……
 ガクッ
 綾香の顎が落ちた。失神してしまったようだ。
 芹香は妹の身体が崩れる前に彼女を支える。
 「しょうがない妹ね。ったく、世話を焼かせるんだから」
 いつも、その妹に世話を焼いてもらってる自分のことは、このさい気にしな
い。気にしない。っていうか、気にする気にしない以前に、これっぽっちも、
そんなことは考えてないぞ。
 だが、驚いたことに−今の彼女にしてみれば−芹香は優しげな表情を浮かべ
ると、魔法を使って綾香の身体を自分のベットに運び、自分の手で掛け布団を
妹にかけた。
 既に吐息を立てる綾香の額を二、三度撫でた後、
 「おやすみ。」
 そう、やさしく言葉をかける。
 ……何はともあれ、一時期とはいえ離れ離れだった後に、ようやく出会い、
今まで一緒に暮らして来た実の血を分けた姉妹なのだ。
 普通の姉妹以上に絆は堅い。
 「さーてと、今のうちに綾香の部屋にいって服を借りてこよーうっと」
 ……この時、眠りの世界へ旅立つ綾香の耳に、どこか遠くから壁の崩れる音
が聞こえたかも知れない。
 ああ、合唱。

 そして、その日の夜の来栖川邸では、
 心臓発作と精神失調で病院に担ぎこまれる者6名、
 寝込んだ者4名、
 家政婦で辞表を提出した者5名、
 出家した者2名、
 入れ歯を無くしたもの3名、
 同じくカツラを無くした者2名、
 ズル休みをした者1名、
 夕食をつまみ食いした者3名、
 ヒンドゥー教に入信を決めた者1名、
 ぐにゃりと世界が歪んだ者2名を数えることになるのだった……

 つづく?

BGM : [???????] −Leaf Visual Novel Series 1 「shizuku」 TrackNo.26 BOUNS MUSIC?−


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