(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

for 「本日のお題」

 

芹香先輩 --pattern one

Episode:来栖川 芹香

 

Original Works "To Heart"  Copyright (C) 1997 Leaf/Aqua co. all rights reserved

written by 尾張


 ふう、とため息一つ。
 誰もいない教室の中で、自分の耳にその音が妙に大きく響いた。
 …放課後。
 もう、芹香先輩は帰ってしまっただろうか?
 なんか、今日は妙に先輩に会うのが気恥ずかしかった。
 最近、先輩のことを妙に意識してしまっている自分に気づいてしまったからだ。
 登校時に、授業のあいまに、昼休みに、放課後に。つい、先輩の姿を捜してしまう。
 先輩の姿を見つけただけで、胸が高まるのが分かる。
 話をするうちに、切ない想いが沸き出してくる。
 いつからだろう、先輩のことをこんなに意識しはじめたのは。
 先輩のあまり変化のない表情の中に、ふとしたはずみに浮かんだ喜びの表情を見いだ
したときからだろうか。
 学校帰りにリムジンの中から寂しげに見つめる、吸い込まれそうな先輩の黒い瞳を見
たときからだろうか。
 それとも、落ち込んでいたときに心配そうに頭をなでてくれた、先輩の暖かい手の
感触を感じたときからだろうか。
 いまとなっては、もうわからなかった。
 先輩の微笑みが、先輩の揺れる瞳が、先輩の流れ落ちる黒髪が。
 頭の中に浮かんでは、消えていく。
 と、突然、
 がたん、がらがら…。
 教室の扉を、ゆっくりと開く音がした。
 見慣れた人影。
 そこには、芹香先輩が立っていた。
 黒い瞳が、ゆっくりとこっちを見つめている。
 こんなところにいらっしゃったんですね、捜しました。
 と、先輩が微笑んで言った。
「先輩…」
 今日は、セバスチャンが迎えに来られないそうなのです。一緒に帰りませんか?
 少し照れたしぐさをしながら、先輩が言った。
「せ、先輩…そのためにわざわざ…」
 ヘンな気恥ずかしさを感じて、先輩を避けていた自分が情けなかった。
 言わなければ。
 先輩に、いま伝えなければ。
 ……。
 勇気をだすんだ。
 親の仕事の都合で、引っ越すことになったんです。学校も、変わらなくてはなりません。
 わたしは、これまで何度も言おうとして、言えなかった言葉を告げた。
 しばしの沈黙。
 先輩の瞳が、ゆっくりと揺れていた。
 しばらくして、先輩はうつむいたまま、
 かおりさん、お元気で。
 小さな声で、そう言った。
 先輩の優しい気持が伝わってくる、短い言葉。
 そっけないほどに聞こえる言葉。知らない人が聞いたら、誤解するかも知れない。
 でも、わたしにはよく分かった。先輩が、どんな思いを込めてその言葉を告げたのか。
気づかいと、そして…悲しみ。
「先輩…わたし、先輩に会えてよかったです。他の誰よりも、先輩のこと…好きです」
 そう告げると、先輩は赤くなってうつむいてしまった。な、なんかヘンな誤解を受け
たりしなかっただろうか、いま。
「あ、ヘンな意味でいったんじゃないですよ。…わたし、先輩と会えなくなっても、
先輩と過ごした日々のこと、決し
て忘れません」
 わたしの心を直接見せることができないのがもどかしかった。言葉にできるのは、心
の中のほんの一部分だけ。
 伝えたいことは山ほどあったはずなのに、それだけしか頭には浮かんでこなかった。
 頭の中が、真っ白になってしまったようだった。
 わたしが、そんな自分自身に戸惑っていると、先輩は、
 …今日だけは、一緒に帰りましょう。
 そう言って、いつもと同じ、その小さな手で、そっとわたしの頭をなでてくれた。
 涙が一筋、わたしの頬を伝わって、落ちた。









あとがき:
…日吉かおりSSじゃん(笑)。ま、それはともかく。短くてすいません。
おかしいな、書きはじめたときはこんな話になる予定じゃなかったのに(笑)。
イレギュラーな話ばかり書いてますね〜。
好きなものを好きに書く、という大原則に乗っ取って書いてしまうとこう なってしまうので。
最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
もし気に入っていただけたなら、次の作品も読んでいただければ幸いです。

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