(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

for 「本日のお題」

 

I,take you to the SKY!

Episode:来栖川 芹香

 

Original Works "To Heart"  Copyright (C) 1997 Leaf/Aqua co. all rights reserved

written by CRUISER


 カタカタ……
 静かな室内に、センパイがキーを叩く音だけが響く。
 土曜日、放課後のオカルト同好会部室。
 例によってこの場にいるのは、オレと芹香先輩の二人だけ。
 …いや、見えないだけで、幽霊部員の皆さんもきっといるのだろう。
 その部室の一画に、今日、据え付けられたばかりの、真新しいパソコンがある。
 どういう用途があるのかオレにはわからないのだが、先輩が学校からの予算を貯めて
導入したという事だ。
 オレとしては、パソコンの事なんてさっぱりわからないので、さっきから先輩の操作
するパソコンのモニタ画面を、ただじっとみているしかなかった。
 センパイの話によると、魔法の呪文作成を補助するのが、こいつの目的らしい。
 さっき、もっと色々と細かなことを聞かせてくれたのだが、この手のモノには全然縁
の無いオレなので、そこまでしか理解できなかったのだ。
 それより何より、オレが一番驚いたのは、芹香センパイが、実はパソコンを使えると
いう事だった。
 イメージ的に、そういうのとは一番縁遠い人だと思っていたのだが、いやいや、人は
見かけによらぬとは、正にこのことだ。
 だが、キーを叩くスピードは、いつもの様にゆっくりめ。
 そのスピードに合わせ、画面に映る文字と記号の羅列が、ゆっくりと書き連ねられて
いく。
「しかし驚いたよなー、センパイがパソコン使えるなんてさ。もしかして、家にパソコ
ンとかってあるの?」
 センパイは、いつもの様にゆっくりとした動作で、オレの方を向く。
  その一コマ一コマが、まるで映画のソフトフォーカスの様にオレの目に焼きついてい
く…
  艶やかな長い黒髪と、磨き上げられた真珠の様に白い顔立ち。
  藍色の長い睫毛と、清廉な泉の底を連想させる漆黒の瞳…。
 …キレイだよな…やっぱり。
  
  センパイは、じっと顔を見つめるオレを、しばらく不思議そうに眺めていたが、やが
て、コク、と首を縦に振った。
  どうやら家にパソコンを持っているらしい。
  ……すげー意外。
 ぽそぽそ…
  センパイがいつもの様に小さな声で話す。
「魔術の呪文と似てるって? そうなの? はは、オレにはよくわかんないよ。」
 センパイが言うには、パソコンでプログラムをするのは、魔術の呪文を組み立てて
詠唱するのと、かなりの共通点があるとの事だ。
 だから先輩とは相性がいいらしい。
  う〜ん、やっぱ、オレにはわかんないや。
  
「でさ、センパイ。教えてほしいんだけど、このパソコンで何をやろうってんだ? あ、
呪文作成の補助ってのは聞いたけど、その呪文ってのは何の呪文なのかな〜って思ってさ。」
 そう聞いた時、芹香先輩の瞳が少し翳った。
  それは、センパイの表情研究家であるオレをしても、見逃してしまいそうな程、微妙
な変化だった。
 これは…寂しさ? いや、哀しいのか?
  初めてのパターンだ。
  魔術の実験をするのが、哀しい?
「…………」
「え? 空を飛ぶ魔法?」
 コクリ
「そ、そりゃすげぇ。けど、そんなのできんの? そういう大技って、昔の魔法研究家
の人だって、成功した事ないんだろ? いくらなんでも危険なんじゃ…」
「………」
「え、ちょっと難しい? そ、そうか、”ちょっと”か…」
 オレとしては、かなりの難実験だと思うんだが…。
 先輩の言うには、実際に空を飛ぶのでは無く、術者の意識をその肉体から切り離し、
自由に行動させる事を可能にする技らしい。
 いわゆる幽体離脱ってヤツだ。
  でもそれだって、日本の実践宗教の間じゃ、奥義だって言われてるぐらい、難易度高
いはずだと思ったんだけどな…。
  ぽそぽそ。
  先輩が一言付け加えた。
「どうしても成功させたい?」
 コク。
「…なんで?」
 ………
 見つめあったまま、黙ってしまう二人。
 先輩が、さっきの寂しそうな、哀しそうな表情をする。
 しばらくそうしていたが、先輩が口を開いた。
 
 ――今夜、ここで実験を行います。
 と。
 
              *
 
 夜、オレは先輩に指定された時刻に、部室にやってきた。
  もう何度か、この時間帯に部室に顔を出したけど、何度来ても薄気味悪い。
  例によって誰もいないハズの廊下を足音が駆けていくし…。
  部員の皆さんだとわかっていても、やっぱり慣れるようなモンじゃない。
  ドアのノブに手をかける。
  キィ…とこれまた雰囲気たっぷりな音を立てて、部室のドアが開いた。
  中には既に先輩がいた。
  いつもの儀式用正装――魔女ルックだ――に身を包み、床に魔法陣を描いている。
  その傍らには、火を灯した背の高いロウソクが、これまた背の高い燭台にたてられて、
きっちり八角形を描くように配置されている。
 祭壇の上には、いつのまにか用意されていた、トウモロコシ人形が二つ。
  …?
  これって、春にオレが先輩と一緒に作ったヤツ…。
  他にも、香炉からは香しい煙が立ち上っているし、何かの文様を象った石版や羊皮紙
が所狭しと並べられている。
  そして祭壇の反対側に即席で置かれた折り畳み机の上には、昼間先輩が色々やってい
たパソコンが、起動されて置いてある。
 画面には、ヒトデと目を合わせて歪めたような、奇妙なデザインの魔法陣が映し出さ
れていた。
 しかしこれは……。
  祭具の数や先輩の雰囲気から、今までのオレが立ち会った実験と比べて、かなり気合
いが入っているのがわかる。
  今日の実験はよっぽど成功させたいんだ…。
  昼間は教えて貰えなかったが、この儀式が終わったら改めてその理由を聞いてみよう。
 なんで、そんな寂しそうな顔をするのかも。

 カツ、と音を立ててチョークを持った先輩の手が止まった。
  魔法陣を書きおわったらしい。
「よう、センパイ。どう? いけそう?」
 オレは努めて明るく声を掛けた。
  先輩は一言、”はい”と言った。
  そして、今日の儀式の大まかな内容を話してくれた。
  なんでもオレの役目もこの儀式の成否を、かなり左右するらしく、上手く事を運ぶ為
には、その流れを知っておかねばならないという。
 聞かされた内容は、オレの知識じゃ理解できない物が多かったが、だいたいの内容は
わかった。
 要はあんまし素行のよろしくない神様にお願いをして、肉体と意識体の繋がりを希薄
にし、あとは術者の精神力で意識体をコントロールする、という事だ。
 それらの事象を先輩と先輩が作ったパソコンのプログラムで、呪文として完成させる
のが、今日の最終目的だそうだ。
 先輩はちょっと難しいと言っていたが、オレにしてみりゃ、コレはかなり大変な儀式
だと思うぞ…。
「センパイ…そのさ、その神様っての大丈夫なの? なんか聞いた所じゃ怖そうな神様
みたいなんだけど。」
 手順さえ間違えなければ、大丈夫です。と先輩は言った。
  実際にその神様にコンタクトする部分は、パソコンに入れたプログラムが代行するか
ら、もしなんらかの被害が出ても、パソコン内のプログラムで防壁を張ってるので、
オレや先輩は大丈夫らしい。
  先輩が祭壇に置かれていた、魔導書を手に取り、しおりを挟んでいたページを開く。
  そしてゆっくりと儀式の開始を宣言した。
  ――では、始めます。
  
「……xiv………to………el…………rth……………dago…」

 瞳を閉じ、魔法陣の中央に立った先輩が、右手を高らかに上げて、呪文を詠唱する。

「……xiv………to………el…………rth……………dago…」

 同じ呪文が、背後のパソコンから聞こえてくる。
  ちなみに入力されている声は、当然芹香先輩の物だ。
  だから前と後ろから先輩の呪文がサラウンドで聞こえてくる。
  先輩には悪いけど、あんまり気分のいいモンじゃないぜ。
  場の雰囲気が雰囲気だしな…。

「……ia………iya………hastur…………chuayg……………blgtm…」

 オレの役目は、ただ先輩の実験の成功を願うだけ。
  ただ、春にやった雨を呼ぶ魔法の時と同じく、信じる心が一番重要なんだそうだ。
  だから、心の底から先輩の成功を信じなくちゃいけないんだ。
  オレはカーテンを開け放たれた窓を見やる。
  夜空にぽっかりと浮かぶ満月が、眩しいぐらい明るい。

「……ia………iya………hastur…………chuayg……………blgtm…」

 パソコンの画面に描かれた魔法陣が、明滅をはじめた。
  呪文の詠唱がどうやら山場を迎えたらしい。

「……ai…ai…hastur……ya…yogg……」
 
  ……?
  なんか、気配が妙だ。
  周りの気温が2度程下がった様な気がする。
  聞こえないけど、何かが唸っているような、そんな感じがする。
  
「……ai…ai…hastur……ya…yogg……」
  
  全身に怖気が走った。
  こりゃ…ちょっと…。
  何気に月へ視線を向けると、いつの間にか真っ赤になっていた。
  こりゃ、ちょっとヤバい前兆なんじゃないか…。
  
「……hmgly…mglhnf…chuthulu………」
「……hmgly…mglhnf…chuthulu………」
  
  うぐぐ、
  こりゃヤバイぜ。
  全身が、無意識の内にがたがたと震えている。
  何か、得体の知れない、恐ろしい物が近くにいる雰囲気。
  オレの頭の中は、特大の非常ベルが鳴り続けていた。
  先輩は…相変わらず懸命に詠唱を続けてるけど、その額にはうっすらと汗が吹き出し
ているのがわかる。
 こりゃマズイ。
  今まで何度かこういった儀式をやったけど、先輩がこんな風なってるのは初めてだ。
 先輩に危険が及ぶ前にやめさせないと!
  その時。
  
  ジャン
  
  後ろで先輩の呪文を復唱していたパソコンが、妙な音を立てた。
  「?」
  オレはその画面を見やる。
  画面には警告の表示が。
  
  ”このプログラムは不正な処理を行いました、処理を中止します。”
 
  おいおい!
  このタイミングで、それはマズイだろ!?
  魔法陣が、画面から消滅した…。
  
  グオォォォォ……
 この世の物とは思えぬ咆哮が聞こえる。
「センパイ! パソコンが!」
 オレが叫ぶと同時に、先輩は、たたたっとオレの方に駆けてくる。
  そのままオレの頭を抱え、その胸に抱きしめた。
  ふわっとした柔らかな感触。
「せ、センパイ! どうしたの…?」
 突然の事にあせるオレ、だが先輩は緊迫した声音で、
  ――目を閉じて!
  そう言った直後。
  
  ガツン!!!
  
  オレの脳が巨大な何かで叩かれたような衝撃を受けた。
  
  ……意識が……遠のいて…いく…
  …せん…ぱ…い……せ…りか…
  
               *
  
  …………
  あたたかい…
  やわらかい感触が、後頭部に感じられる。
  …なんか懐かしいな…この感じ…
  …母さん…
  
  霞がかかったような意識が、ゆっくりと晴れていく。
  額にやわらかな感触を感じながら、オレは薄く目を開けた。
「せ…りか?」
 コクリ
  どうやらオレは、床に寝転がった状態で、先輩に膝枕されているらしかった。
  後頭部に当たっているのは、先輩のふとももだったのか。
  そのまま、オレの額を撫でてくれる先輩。
  頭を撫でられた事は何度かあるけど、その度妙に安心してしまうのは、何故だろうか。
「あのさ…いったいどうなったの? よくわかんなかったんだけど…」
 膝枕されたまま、オレは先輩にさっきの事を聞いた。
「…………」
 先輩が言うには、まず儀式は失敗だったらしい。
  途中まではうまくいってたのだが、例の素行のあまりよくない神様にコンタクトを取
る時、パソコンのプログラムがエラーでストップしてしまい、コンタクトは打ち切りに
なってしまったとの事だ。
 その為に集めた多くのエネルギー(先輩曰く”魔力”だそうだ)が、本来向けられる
べき方向からそれて、それがこの室内を荒れ狂ったとの事だった。
 ゆっくり辺りを見回すと、祭壇は倒れ、机はひっくり返り、置かれていた物が散乱し
ていて、まるで巨大な肉食獣が通り過ぎたかの様だ。
 よく無事だったぜ、オレ達…。
「え? 部員のみんなが助けてくれたって?」
  コクコク
「そうか…」
 オレは辺りを見回した。
  相変わらず、オレには見えないが、そこかしこに部員のみなさんがいるのだろう。
「みんな…ありがとな…」
 ピシッ
  カタカタ
  オレの言葉に反応するように、部屋の中で色々な音が鳴る。
「はは、聞こえてるんだ」
 いつもは、薄気味悪いと思っていたけど、今はなんか親近感を感じるぜ。
 そのやりとりを聞いてか、先輩の表情が、心なしか穏やかに感じられた。
  そういや、実験、失敗しちゃったんだよな…。
「センパイ、今日は残念だったな。また次、がんばろうぜ」
 オレはそう言ってみた。
  すると先輩は、ふるふる、と首を横に振り、
 ――もう、ダメなんです…。
 と、寂しそうに目を伏せた。
「どうしてさ、また挑戦すりゃいいじゃん。」
「…………」
 先輩が言うには、例の神様にコンタクトするチャンスは、一生に一回、人によっては
一回も無い、という事だ。
 なんでも、全天空の星の配置とか、月の欠け具合が大きく影響するらしい。
 先輩が選んだ今夜は、おそらく先輩の人生で唯一のチャンスだった、という。
 そして、次に条件が揃う時は、自分達はもうこの世の人では無いだろうと付け加えた。

 …………
 重い沈黙が、場を支配する。
「……どうして空が飛びたいのか教えてくれないか?」
  今回の一番の疑問を聞いてみる。
 先輩は、コクリとうなずくと、ゆっくりと話し始めた。
  
 ――自分がもうすぐ卒業してしまう事…。
 ――既に有名国立大学へ推薦入学が決まっている事…。
 ――その大学が、ここから気軽に通える程、近く無い事…。
 ――そして大学へ在学中の4年間、おそらくはオレに会う事が、難しい事…。
 
  そうか…
  そうだよ、なんで忘れていたんだ。
  先輩は3年だ、だから3月までしか、この学校にはいないんだ。
  どうしてこんな事、忘れていたんだ、オレは…。
  オレが全く気にしてない風だったから、先輩は寂しそうな顔をしていたんだ…。
「…じゃあ、センパイは、オレにいつでも会える様に…」
 コクリ
 ゆっくりと、大きくうなずいた。
  漆黒の瞳が、月夜の泉の様に揺らめいている。
 「…………」
 胸が熱くなった。
 たぶん今日の儀式は、かなり無茶をしていたに違いない。
  それもこれも、みんなオレなんかの為に…。
  
「芹香…」
 オレは彼女の頬に手を伸ばした。
  ゆっくりとその輪郭をなぞる。
  そして…
  
「…ありがとう」
 
  それしか言えなかった。
  胸が一杯で、言葉が出てこない。
  こんなオレの為に、どうしてこの人は、そんなにしてくれるのだろう…
  どうしてこの人といると、オレはいつも暖かくなるんだろう…
(運命的…?)
 初めて出会った時の光景が、鮮やかに脳裏に浮かんだ。
  オレは運命なんて、これっぽっちも信じちゃいない。
  だが、この人との出会いが、粋な神様の定めた運命だと言うのなら、入信だって何
だってしてやるさ。
「芹香…」
 コク、とうなずく。
「オレ、これからがんばるからさ。勉強とか、他の事も死に物狂いでやるよ。だから
4年間、いや、2年待っててくれないか? それまでに芹香にふさわしい男になって見
せるよ。」
「…………」
「そしたら、毎日顔を合わせられる様な、そういう生活をしようぜ。朝起きても、
昼メシの時も、夜テレビを見ている時だって、一日中ずっとずっと一緒の生活だ。」
 …コク……
「そうすれば、空なんか飛べなくてもいいだろ? あんな危ないヤツの力を借りなくたっ
ていいだろ?」
 …コクコク
「だからもう、こんな危ない事は止めてくれよ。命にかかわるようなモンはさ。」
 
  ぎゅっ
  
  オレの頭は、芹香の胸に強く抱きしめられていた。
  あったかくて、柔らかくて、いい匂いがする…
 …………
 …………
 …………
  ささやく様に、芹香が口を開いた。
  
「え、魔法は成功した?」
  
  …コク
 
  そして芹香はこう言った。
  ――浩之さんの言葉で、私の心は空高く舞いました……。

                                                              fin.








あとがき: 

ああっ、いっぱい言い訳がしたいぃぃっ、したいけどやめておきます…。
一つだけ。 今回の元ネタは、来栖川サイド(Artemis☆さん主催)の掲示板にて、 かなり前ですが、
”ク・トゥルーラブストーリー”という一発ギャグが記載 されていまして、それを見て大笑いしながら思いついた物です。
ムードもへったくれもないですな…
それではまたお会いしましょう。

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