「さむいよぉ・・・」
初音はとぼとぼと廊下を歩いていた。
夕べは千鶴が買ってきたお饅頭が美味しくて、ついついお茶を飲み過ぎてしまった。
それが今になって仇となり、トイレに行きたくなってしまった。
初冬の夜はとても寒い。
一応、半纏を羽織ってはいるが、そのかいもなく肩が震えてしまう。
そして何よりも足下が冷たい。
(早く用を済まして寝よう・・・)
うずくような尿意に耐えながらトイレへと急いだ。
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用を済ました帰り、妙な静けさが気になった初音は縁側に出てみた。
「あっ!」
窓の外は雪が降っていた。
今年の初雪。
初めは舞うように、そして徐々に数が増えてくる。
その幻想的な風景に見入ってしまう初音。
「どうしたの初音?」
突然に後ろから声がかけられ振り向くと、後ろに楓が立っていた。
楓も夕べお茶を飲み過ぎて、眠れなくなってしまい起きていたのだった。
「あっ、楓お姉ちゃん。ほら、雪」
「・・・・」
楓も初音の隣に来て降りゆく雪を眺める。
初音はそっと引き戸を開ける。
冷たい空気が二人を撫でる。思わず武者震いをする二人。
しんしんと降り積もる雪。
庭が少しづつ白く染まってゆく。
空は淡く輝き、辺りは物音一つ聞こえてこない。
かすかに匂う雪の香りに、魅せられる二人。
楓がそっと外に手を出す。
手のひらに一片の雪が乗る。
そして瞬く間に溶けてしまう。
雪は一瞬の儚い夢。
初音の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
ふと顔を上げると庭はすっかり雪で化粧されていた。
松に白い帽子がかぶせられ、椿に白い衣が着せられる。
そして玉砂利は純白の絨毯に変わっていた。
「きれい・・・・」
「うん・・・・」
白い妖精達の静かな舞台も終演に近づく。
「止んじゃいそう・・・」
初音が残念そうに呟く。
一片一片舞うように落ちてくる雪。
そしてすぐに止んでしまった。
くしゅんっ
初音がくしゃみをする。
「もう戻りましょ?風邪をひくといけないから。」
楓が妹の顔を見る。
「うん、そうだね。」
初音はニコリと笑うと、引き戸を閉めた。
そして冷たい廊下を歩いて自分の部屋へと帰ってゆく。
「楓お姉ちゃん、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
姉と部屋の前で別れると自分の布団に潜り込む。
「ちょっと冷たい・・・」
主をなくして冷たくなっていた布団の中で、今宵の風景を胸に眠った。