「ただいま〜」
アパートの玄関の扉を開き、帰宅を告げる。
ぱたぱたぱた……、と、スリッパの音をさせながら初音が出迎えてくれる。
「おかえりなさい。あな……」
――た。と普段なら続く筈だった。
しかし、初音はそこで言葉を止め、――くすっ、と悪戯っぽく笑って、別の言葉を
続けた。
「――耕一お兄ちゃん」
「はぃ?」
間抜けた返事だ、と我ながら思う。顔の表情が、一瞬きょとんとなったのを自分で
も気づく。
それがよっぽど可笑しかったのか、初音はくすくすと楽しそうに笑った。
「どうしたんだよ? いきなり、そんな古い呼び方なんてして」
なんとなくバツの悪い心持ちで、初音に尋ねる。
初音は、その問いには答えずに、ぱたぱたと部屋の奥に歩いていった。
「?」
ちょいちょい、と手招きしている。
なんなんだ? と思いながら、初音についていく。
「ほら、あれ」
初音がベランダを指差しながら言った。
ベランダには、一本の笹――今日は七夕なのだ――が飾ってある。
近づいて見てみると、短冊が何枚か吊るされている。
初音が、そのうちの一枚を指でつまんで、そこに書かれている文字がオレに見える
ようにひっくり返す。
『おにちゃんがほしいです』
そこには、子供の拙い文字でそう書かれていた。
――おにちゃん? 鬼ちゃん?…………ああ、お兄ちゃん、か。
「はは、そういえば初音も七夕のときにこういうお願い事をしたんだったっけ。で、
オレのことを、七夕さまが叶えてくれたお兄ちゃんだと思ったんだよな」
*
「おにいちゃん、だぁれ?」
叔父夫婦の暮らす屋敷の大きさに、ぼーっとしながら廊下を歩いていると、小さな
女の子が話し掛けてきた。
くりっとした大きな瞳が可愛らしい。
「僕は耕一。君は初音ちゃん、かな?」
叔父さんから聞いた従姉妹の特徴から、僕はそう判断した。
「うん、そうだけど。……なんで私のこと知ってるの?」
「叔父さ……え〜と、初音ちゃんのお父さんから聞いたんだ」
「お父さんに? おにいちゃんは、おとおさんのおともだちなの?」
「うん。初音ちゃんのお父さんと友達っていうか、……僕と初音ちゃんはいとこ
なんだよ」
「いとこ? ……って、なに?」
初音ちゃんは、きょとんとした表情で少し首を傾げた。
「僕の父さんと、初音ちゃんのお父さんは兄弟なんだ。その子供同士のことをいとこ
っていうんだよ」
「………よく、わかんない」
初音ちゃんは、少しの間、僕の言葉を理解しようと考えていたが、結局あまりよく
わからなかったみたいで、そう呟いた。
「う、う〜ん。……そうだな。僕と初音ちゃんは兄妹みたいなもの、ってことかな?」
僕は、我ながらいい加減だと思いながら、初音ちゃんにわかりやすいように、そう
説明した。
すると、初音ちゃんはぱぁっと表情を輝かせ、
「きょーだい? じゃあ、こういちおにいちゃんは、はつねのおにーちゃんなの!?」
「え? あ、ああ。似たようなもの、……だよな?」
初音ちゃんの勢いに少しびっくりしながらも、僕はそう答えた。――最後のほうが、
なんとなく不安になって疑問形だったりしてるのが間抜けだけど。
「おにーちゃん。おにーちゃん」
初音ちゃんが嬉しそうにそう繰り返しながら、僕に抱き着いてきた。
「えへへ。たなばたさま、はつねのおねがいきいてくれたんだ」
七夕様? 言っていることはよくわからなかったが、まあ、可愛い女の子になつか
れるのは悪い気はしなかった。
その後、数日、叔父さんの屋敷ですごした間、ずっと初音ちゃんは僕にべったりと
くっついて離れなかった。
*
「あの頃は、可愛かったよなあ」
オレが懐かしんでそう言うと、
「あら? それじゃ、いまは可愛くないのかしら?」
初音が、ぷぅっ、と頬を膨らませて抗議してきた。
本気で言ってるわけじゃないとわかっているから、オレは落ち着いて答える。
「もちろん、いまだって十分に可愛いよ。……でも」
「でも?」
そう言いながら、オレと初音の顔が近づいていく。
初音は目を半分閉じている。
「いまは、可愛いってよりは、綺麗、かな」
お互いの唇が触れる寸前。
「……まぁま? ……ぱぱ?」
寝ぼけたような、そんな声。
そちらを見ると、紗和――オレと初音の可愛い一人娘――が立っていた。左手で、
くまのぬいぐるみを持って――というより引き摺って、右手で眠そうに目をこすって
いる。
「あら? どうしたの?」
「おトイレ」
「はいはい」
ぱたぱたぱた……。
初音は、紗和を連れてトイレに向かう。
「…………」
なんとなくすかされたような気分。
ベランダの手すりに軽く背をもたれ、後ろ頭を掻きながら、ふぅ、と小さく溜息を
つきながら考える。
(そういえば、梓のとこの息子。名前はなんていったかな? たしか、紗和より3つ
年上だったよな)
くいっ、と背中をそらす。――と、必然的に視線は上を向く。
雲一つ無い星空。天の川も綺麗に見える。
(柏木のお屋敷にもしばらく行ってないな。紗和が生まれる直前に行ったのが、一番
新しいから、……6、いや7年か)
「……七夕さま、か」
ぽそっと呟く。
(そうだな。久しぶりに行ってみるか)
オレは、ベランダから部屋に戻り、テーブルの上に置いてある電話の受話器を取り、
ダイヤルを回した。
ぴぽぱぽぴぽ……、プッシュ回線のダイヤル音がして、とぅるるるとぅるる……、
呼び出しがはじまる。
がちゃっ。
「あ、もしもし。……あ、千鶴さん。どーも、耕一です。あ、はい。おかげさまで、
オレも初音も元気です。ええ、はい。もちろん、紗和も元気ですよ。それで、今度で
すね……」
(終)
あとがき:
ふぅ、……また子供だよ。
だから、僕は子供書くの苦手だと言うとろ〜が(爆)
結局、ここんとこが書けなくて最後まで苦労してるし(;_;)
さて、〆切まであと20分を切ったですね。……っていうか、ホントなら昨日です
ね(^^;;;
次は、次こそは子供の出ないアダルティーな(爆)お話にしてやる〜(笑)