(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story
including (Leaf Visual Novel Series vol.2) "痕"

for 「本日のお題」

今日だけのお兄ちゃん

Episode:柏木 初音

Original Works "To Heart" & "痕"  Copyright (C) 1996/1997 Leaf/Aqua co. all rights reserved

written by CRUISER


 土曜日の放課後。
  オレはいつもの様に、学校裏の神社に向かっていた。
  エクストリーム同好会に出る為だ。
 発足から8ヶ月、未だに部員はオレと葵ちゃんしかいないけど、それがかえって心地
好い。
 それまでは、おぼろげな興味しか無かった格闘技という物が、今となっては生活の一
部といえるぐらいのめりこんでいる。
 なにかに打込む事が、こんなに楽しい事だったなんてな。
  これに気付かせてくれた葵ちゃんには、感謝してもしたりないぜ。
  
  とんとんとん…っと、長めの石段を軽いステップで駆け上がる。
  石段の頂上まで上がりきると、相変わらず誰もいない、寂しい風情の境内に出た。
  葉が落ちてすっかり冬支度を終えた木々が、その寂しさに拍車をかけている。
  だが、オレはここの、そういった所が好きだった。
  ここに来ているときは、自分が日々の喧騒の外にいて、だんだんと落ち着いていくの
がわかるからだ。
 今日はめずらしく、葵ちゃんはまだ来ていなかった。
  風邪でもひいたんだろうか?

  ………。
  …とりあえず、サンドバックを準備するか。
  
  オレはいつもの様に、境内の下に保管してある――隠してあるともいうけど――サン
ドバッグを引っ張り出し、これまたいつもの樹にぶら下げる。
 
  そこで初めて気がついた。
  人がいる。
  広場を挟んで、オレのちょうど反対側。お堂の陰になったところから、こっちを伺う
様に見つめている。
  ブラウンのダッフルコートを着込んだ、背の低い…女のコだ。
  …葵ちゃん? とも思ったが、雰囲気が全然違う。
  中学生ぐらいだろうか? 幼さが目立つ顔立ちと、コートと同じ色のニット帽からは
み出している髪の色が印象的だ。
  こんな寂れた神社にも、お参りに来る人がいるんだなぁ。
  ここでクラブ活動していて、他人とハチ会わせたのは初めてだ。
  葵ちゃんはいないし、部外者とは会うし、今日はなんてめずらしい日なんだ。
  と、まぁあまり気にしていてもなんなので、オレは通常通りの練習を始める事にした
  
 境内の中央に進み出て、準備運動を始める。
  この頃は寒いから、準備運動は念入りにやっとかないとな。
  充分に暖まっていない筋肉に、急激な負担を掛けると、筋を痛めてしまうのだ。
  体操から腕立て、腹筋、軽いストレッチと一通りのメニューをこなすと、だいぶ体が
温まってきた。
 今度は型の練習。
  基本の型を数十回繰り返し、次に蹴りの型を同様に行う。
  歩行法の練習も兼ねてなので、結構気を使うのだ。
  
  …ふぅ。
  
  ちら、とさっきのコを見やると、お堂の前の階段に座って、こっちを見ていた。
  …なんか気になる。
  参拝ならとっくに終わってるはずなのに、お堂を拝む様子もなく、いうなればオレの
練習を見学してるみたいな感じだ。
 …しかし、どっかで見た事あるような……。
  気になるが、別にこちらから話しかける理由もないしなぁ…。
  練習を始めてから約30分。
  葵ちゃんはまだ来ない。
  とりあえず、サンドバッグでも相手に稽古するか。
  
  オレはサンドバッグの前に移動し、構えを取った。
  すぅ、と呼気を整える。
  
  まずは基本のワンツーから。
  
  ビシ、ビシッ
  ビシ、ビシッ
  ビシ、ビシッ
  
  続けてワンツーからのローキック。
  
 バン、バン、バシイッ
 バン、バン、バシイッ
 
  一旦離れ、リズムを取り直す。
  そして最近覚えたコンビネーションを開始。
  
  バン、バン、バン、ビシッ、バシイッ
  
  ワンツー、ボディ、ロー、ハイキックの5段技。
  これを反射的に出せる様になるのが、当面のオレの目標だ。
  
  バン、バン、バン、ビシッ、バシイッ
  バン、バン、バン、ビシッ、バシイッ
  バン、バン、バン、ビシッ、バシイッ
  バン、バン、バン、ビシッ…
  
「おわっ!」
  
  ずるっ、っという感触と共に、軸足が滑った。
  …と思った時、視界が急反転した。

「おつつ…」

 カッコ悪ぅ…。
  
  オレは左半身を、したたかに地面に打ち付けたまま転がっていた。
  いててて…
  しばらくそのまま痛みが引くのを待っていると、たたたっと誰かの足音が近づいて来る。
 薄目を開けると、お堂の階段に座っていたあの女の子が、心配そうな顔をして、
こっちに駆けて来るところだった。

「あ、あのっ、大丈夫?」
 
  その声を聞いた時、さっきからオレの頭の中に引っ掛かっていた何かが、ふっと消えた。
 彼女が誰だかわかったんだ。
  …しかし、なんで?
  オレは自分の体の痛みも忘れて、飛び跳ねる様に起き上がると、開口一番、その疑問
を彼女にぶつけた。

「柏木…初音ちゃん? あの…映画に出てた?」
「え、う、うん…。」
 
  マジか!?
 
  あんまりに突拍子もない事なので、にわかには信じ難いんだが…
 柏木初音っていやぁ、オレ達と同年代の男にファンの多い、かなり人気のある芸能人だ。
  確か、柏木四姉妹っていって、実の姉妹でよくドラマや映画に出てる。
  春頃に葵ちゃんと見に行った、漢字一文字のタイトルの映画にも出ていたし。
  通称、『柏木”美人”四姉妹』って、4人が4人とも、タイプの違った美人ぞろいっ
てんで、よく”柏木四姉妹の中で、誰のが一番好き?”なんて聞きあってたりする。
  その末っ子が、高一の初音ちゃん、今は15才のはず。
  そのコが今、オレの目の前にいる…。
  
  …………
 
  さてはニセモノか?
 って、これがニセモノだったら、モノマネで一生食っていけるぜ…。
 と、オレが一人でパニクっていると

「あの…へいき?」

 恐る恐るといった感じで、初音ちゃんは声をかけてきた。

「あ、ああ…」

 呆然と生返事をかえすオレ。

「えっと、けがとかはしてないですか?」
「あ、ああ、だいじょうぶだけど…、あ、あのさ」
「うん」
「どうしてここにいるの? しかも一人でさ。初音ちゃんの家ってこの辺だっけ?」

 そんなことはねぇ。
 柏木四姉妹の家は、隆山温泉のある山地のはずだ。
  オレがそう言うと、彼女はくりくりとした目を瞬かせて、
「あ、えっと…、ちょっと前から、この近くで撮影やってるの。映画の…。」
  と言った。
  
  撮影?
  
「え、それって新作?」
「うん、そうだよ。」
「なんていうヤツ?」
「う〜ん、リーフファイト97っていうんだ。アクション物なんだよ。」
 
  数秒考える……。
  オレの記憶には無いタイトルだ。
 なるほど、こりゃきっと極秘の情報だ。
  こいつはラッキー。

「でも意外だぜ、この神社って近所の住人とオレ達の学校の生徒ぐらいしか、知らない
と思ったんだけどさー。」

 ズボンに付いた土を、パン、パン、とはたき落としながら立ち上がった。
  彼女の頭てっぺんが、丁度オレの肩ぐらいの高さにある。
  へへ、なんか小さくて可愛いや。

「えっと、あのね、撮影が今日は早めに終わったから、ちょっと一人でお散歩してみた
くなったの。でね、偶然ここを見つけて、なんとなくいいなぁって思って、しばらく御
堂を見てたんだ。」
「そりゃすごい偶然だな。オレはほとんど毎日、ここで格闘技の練習してんだ、クラブ
活動でね。」

 そう言って、オレはエクストリーム同好会の事、葵ちゃんの事、練習の事、今年の大
会で惜しくも準優勝だった事などを、時折ギャグやノリツッコミを交えながら話しつづ
けた。
 彼女はとっても面白そうに、オレの話を聞いててくれた。
  ニット帽を脱いだ彼女の髪は、トレードマークとも言える独特の跳ね方をしている。
  それが頷く度に、ぴょこぴょこ動くのがなんとも可愛らしい。
  …いかん、ファンになっちまいそうだ。
  
「…ひとつ聞いていい?」

 オレの話が終わると、彼女が上目使いで控え目にそう言った。
  んー、いいなぁ。

「ああ、何でも聞いてくれ。」
「あの、怒らないでね。」
「何でオレが初音ちゃんを怒るんだよ。大丈夫大丈夫、約束する。」

  ファンになりかけてるオレは、調子いい返事をかえす。

「格闘技って、全然知らない人を叩いたり蹴ったりするんでしょ? わたし、格闘技の
事ってよくわからないけど、そういう事して平気なのかなって…」
 
  うっ。
  ふ、深い。
  オレはそんな事気にもしてなかったけど、確かにそう言われれば、不思議な世界かも
しれねーな。
 特に女のコで、しかも優しい性格の持ち主だったら、理解できない世界かもしれない。
「そうだな…興味無い人から見れば、憎くも無い相手を殴ったりするってのはアレかも
しんないけど、でもさ、こうは考えられないかな?」
「?」
「初音ちゃんって、トランプ得意?」
「え、うーん。神経衰弱ならちょっと自信ある…。」
「じゃあさ、神経衰弱やる時って、相手が憎いから負かしてやろうって思う?」
「そ、そんな事全然思わないよ!?」
「だろ? 格闘技の試合もそうさ。相手を負かしてやろうっていうんじゃなくって、
相手に勝ちたいから闘うのさ。ちょっとヘンな例えかもしんないけど。」
 
  うーん、かえってわかりづらくしちゃったか…。
  
「……。うん、なんとなくわかった。」
 
  ところが意外にもそう言って、初音ちゃんは、にこっと笑った。
 一点の穢れもない、純度100%のピュアな微笑み。
 こ、これが噂に聞く”天使の微笑み”ってやつか…。
 今の一撃で、オレはしっかり彼女のファンになった。
  噂に違わず、破壊力抜群だぜ。
  
「ほんとはね…」
 彼女は、視線を地面に落とすと、ゆっくりを話しはじめた。
「撮影、私のせいで中断したの。今日」
「へ?」
「今度の映画、アクション映画だから、わたしも格闘みたいな事するカットがあるんだ…」
「わたし、自分なりにやってみたんだけど、監督さんに”そんなんじゃダメだ、真剣に
相手を殴れ”って言われて…わたし、わたし、そんなことできないから、”できません
って
言っちゃったの。そしたら監督さん怒って、撮影中断しちゃったの…。」
 
  初音ちゃんの大きな瞳が、うるうると揺れている。

「……で、なんとなく一人になりたくて、ここみたいに寂しい所に足が向いたと。」
「…うん」
「やさしいな、初音ちゃんは。」

 そう言ってオレは彼女の頭に、ポンと手を置いた。

「あっ」

 なでなで…
  そのまま撫でる。

「……」

 初音ちゃんは、うっすらと目を閉じて、オレが撫でるまま身をまかせている。

「オレさ、芸能界の事なんて全然わかんないから、偉そうな事言えないけど、初音ちゃん
が殴るの蹴るのって、やっぱ似合わないと思うな。」
「…うん」
 
  わずかに頬を染め、俯く姿がなんとも可愛い。
  
「だからさ、初音ちゃんらしい格闘をすればいいんじゃないかな、って思うんだ。」
「?」
 
  オレは彼女の頭から手を離すと、人差し指を立てて問いかける。

「たとえばさ、おたまなんかどう? 痴漢や泥棒を追い返すつもりで、相手を”ポカッ”
てやるんだ。」

 彼女はきょとんとしていたが、やがてクスクスと笑い始めた。

「うふふ、それおもしろいね。」
「だろ? 現役格闘家直伝の技だぜ。」
「うふふふふ」

 まぁマジに取ってはいないとは思うが、彼女が明るくなってくれればそれでいいさ。

「ありがとう、えっと…」

 そこまで聞いて、オレはまだ自分が名乗っていない事に気付いた。

「あ、わりい。オレは”藤田浩之”っていうんだ。近くの高校の二年なんだ。」
「浩之…さん。ありがとう、なんだか元気出てきたよ。」
「はは、なんか照れるな」
「ちょっと、お兄ちゃんに似てるかな…」
「お兄ちゃん?」
「うん、ホントは従兄弟なんだけど、面白くて、優しくて、大好きなの。」

 そういう初音ちゃんの顔は、天使の微笑みでこぼれそうだ。

「へぇ、初音ちゃんの想い人と似てるなんて、光栄だな。」
「顔とか姿はあんまり似てないんだけど、でも雰囲気とか、優しいとことか、なんとなく
似てる…」
「じゃあさ、こうやって知り合えた記念に、もう少し話をしようぜ。オレも今日は練習
終わり!!」
「うん!! …浩之お兄ちゃん。」
「え!?」



 ――数ヶ月後。
  柏木四姉妹の登場する新作映画、『リーフファイト97』にて……
  おたまを振りかぶる初音ちゃんが、世間のファンに大受けし、彼女の人気が大いに
盛り上がる事となった。

  ウソだろ……。

                           fin.





あとがき:
 
  初音ちゃんゴメン。
  もっとちゃんとしてあげたかった…。


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