「まったく、お祖父(じい)様にも困ったものだわ」
そう言いながら、綾香は部屋に入ってきた。
ここ芹香の部屋では、芹香と綾香、それにマルチとセリオが集っていた。
紅茶と菓子を傍らに、他愛もない話で盛り上がる。少し贅沢な団欒の時間である。
ところが、今日の話題は…
「葉皇号の話は聞いたでしょ?」
「…」
「はい、伺っております」
「お馬さん、死んじゃったんですよね。可哀相ですぅ…」
葉皇号というのは、来栖川グループ会長の愛馬の名前だ。大変な可愛がりようで、忙しい仕事の合間を縫っては厩舎を訪れ、手ずから餌を与えていた。
ところが、葉皇号は先日、病気の為に死んでしまった。
「…お祖父様が悲しいのはよく解るけど、『国民的俳優並みに盛大な葬式を出そう』ってのは、ちょっとやりすぎよね」
「…」
「確かに、来栖川グループの動静は世界の景気をも左右しますから、大旦那様には軽率な振る舞いは控えてもらいませんと」
「よっぽどお馬さんのこと、大事にしてたんですねぇ」
側近たちはこぞって反対した。しかし、本人は聞く耳を持たない。綾香も先ほどまで説得を試みていたのだが、『可愛い孫の頼みでも、こればかりは譲れん』と取り付く島もなかった。
「姉さんからも言ってやってよ」
「…」
芹香は『私では役不足です』とばかりに首を振った。
「あなたたちも、お願い」
「そ、そんな…大旦那様に御意見するなんて、わたしにはとても、できないですぅ。すみません、お役に立てなくて…」
マルチはそう言ったが、セリオは、
「お役に立てるか解りませんが、できるだけのことはしてみましょう」
と答えた。
「大旦那様、お茶をお持ち致しました」
「おおセリオか。そこに置いといてくれ」
「はい…ところで大旦那様、葉皇号の事でお話が…」
「芹香か綾香に頼まれでもしたか?誰がなんと言おうと、葬式の件は譲れんぞ」
「いえ…、ただ、あれほど愛された葉皇号の葬儀が『国民的俳優並み』ではあまりにも貧弱でございます。来栖川グループの力を持ってすれば、『国家元首並み』の葬儀が相応しいかと存じますが」
どうやらセリオの言葉に興味を持ったようだ。
「ふうむ、具体的にはどうするのだ?」
「それでしたら、この様なものはいかがでしょうか。まずは宝石をちりばめた黄金で棺を作らせ、人間国宝の工匠による数々の品を供え物とします。手染めの絹布の衣を着せ、国立公園の土地を譲り受け墳墓を築き、そこへ葬ります。葬儀には各国の大使や国内の著名人を参列させ、さらに国会に働きかけ葉皇号の命日を国民の休日にいたします。
そのようになさいませば、大旦那様が人よりも一匹の馬を愛される方だと、全世界に知れ渡りましょう」
セリオの話を聞いている内に、だんだんと顔が青くなってきた。
さすがに、自分の行いが来栖川グループにどんな影響を与えるのか、気がついたらしい。
「むむ…、大変な事をするところだったな。さて、どうしたものか…」
「それでしたら、この様なものはいかがでしょうか。まずは鉄鍋を棺として、人参や玉ねぎ、塩コショウなどを供え物にします。その後炎の衣を着せ、人の胃袋に葬るのです。葬儀では私たちが、心をこめてお送りさせて頂きます」
かくして、葉皇号は厨房へ下げ渡しとなった。
「はぁー、セリオさん、見事な包丁さばきですねえ」
厨房では、包丁を握ったセリオが舞うような動きで馬を解体していた。あらかた作業は終っていて、そこには桜肉のかたまりが積まれていた。
「ところで、セリオさん」
「なんでしょう、マルチさん」
「お屋敷で働いているのは、私たちを含めて皆メイドロボですよ。だったら、こんなに沢山のお肉、誰が食べるんでしょう?」
セリオの動きがしばらく止まった。その後、肩をすくめてセリオは言った。
「お嬢様方に、頑張っていただきませんと…、ね」
「…」
「また馬料理なわけ?」
「はい、綾香様。今夜のメニューは…」
「もういいって。毎回違った料理を出してくれるのはいいけど、いいかげん飽きるわよ」
「しかし綾香様、余すところなくいただくのが、一番の弔いであると存じますが…」
「…まあ、私がセリオにお祖父様の説得を頼んだ訳だから、仕方ないわよね…」
「今後もデータバンクから選りすぐった十四のメニューを用意しております。どうぞご期待下さい」
「…」
「はあ…、まだ二週間も続くのね…」
(終)
「あのぅ、セリオさん」
「なんでしょう、マルチさん」
「よく大旦那様を、説得することができましたね…」
「ああ、あれはですね、データバンクを検索したら見つけたんですよ」
「へえ…そんなデータもあるんですか」
「ええ。なんでも出典は二千年ほど昔の中国の書物からだとか」
「へえ〜」
「さて、夕食の支度を始めましょうか?」
「はいっ、セリオさん。ところで、今夜のおかずは何にするんですか?」
「そうですね、まだ新鮮なうちですから…馬刺にしましょうか、マルチさん」
「はいっ、まさしですねぇ〜」
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