(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

for 「本日のお題」

天使は舞い降りた

Episode:セリオ

Original Works "To Heart" Copyright 1997 Leaf/Aquaplus co. allrights reserved

written by きたじ





 空も夕闇に被われはじめたこの時間、買い物帰りの僕は駅前を通り過ぎた。
 今日は、この地方には珍しく朝から雪が降り積もっている。駅構内からは

 「ダイヤが大変乱れております」

 という、アナウンスが繰り返され、いつもこの時間は混み合うはずの駅前通りも人影
はまばらで、どこか違う街を歩いているような、そんな錯覚を感じていた。

 今、僕は商店街を抜けて少し歩いた所にある公園で、円形の屋根の下にあるベンチの
上に座って降り積もる雪をただ眺め、雨宿りならぬ雪宿りをして、ぼおっと時を過ごし
ている。


 いつもは通り過ぎるはずのこの公園に立ち寄ったのは、この公園を見た時に、ふと2年
前の情景が頭の中をよぎったから。1年半前に僕の前から永久に会うことのできなくなっ
た芹奈の姿を思い出してしまったから・・・。

 そう、2年前の今頃にもこんな天気の日があった。
 その時もやっぱり買い物帰りにこの公園に寄ってた。僕が荷物持ちで、芹奈が傘をさ
して、二人雪景色に見とれていた。
 そして、僕は
  珍しい白銀の世界に心踊り出したような無邪気な瞳に、
  そのやさしく微笑えんでる表情に、
  二人つないだ指先から気持ち流れ込んでくるような暖かさに、
 二人の永遠を願っていた。

  ふと、冬の冷たい風が吹きつけた。僕は現実に戻る。
  もう1年以上もたつのに、その時のことを思い出して感傷に浸っているなんて、とちょ
っと苦笑する。


  その時だった、前方に芹奈が見えた。

  「せ・・・せ・りな?」

  思わず声がでてしまった。
  まだちょっと霞んでいる目をこすってよく見てみると、耳の所にカバーがついていた。
今では珍しくない来栖川重工のメイドロボ「セリオ」だった。ちょっと顔が熱くなるが、
向こうは気づいていないみたいだ。とりあえず、ほっ、と一息ついた。

  彼女がいなくなった後のこと、僕はこの「セリオ」を見るのがすごく嫌だった。なぜ
なら、姿はうりふたつな程似ていたけど、芹奈のように無邪気に笑うことも、ちょっと
したことで拗ねてしまうことも、映画を見て涙ぐんでしまうこともないから、感情を、
その表情を見せてくれないから。その姿を見て、芹奈はもういないんだって、あらため
て思ってしまうから。
  今では一年半という時間がそうしてくれたのか、単に見慣れただけなのか、もう「セ
リオ」を見てもなんとも思わなくなっていた。

  そんなことを思い出した時、突然

  「どうかなさいましたか?」

  なんて声をかけられた。
  声の主は、いつのまにか僕の目のの前でかがみ込んで、僕を見つめているセリオだった。
  僕は、

  「えっ、えっ・・」

  なんか、完全にうろたえてしまっている。何が起きているのか僕は全然把握できてい
ない。

  「この天気の中、泣いておられるようでしたので、どこか調子でも悪いのですか?」

  あぁ、僕、涙、流してたんだ。その時初めて頬を伝う冷たい感触に気づいた。この地
方には珍しいこの雪と、目の前のセリオ。最近では久しぶりに芹奈のこと、思い出した
気がする。しょうがないのかな、なんて感じて、

  「いえいえ、ちょっと昔のことを思い出て、感傷にふけっていたもので。」

  苦笑交じりの表情でこう答えた。

  「そうだったのですか。」

  と答え、ちょっとためらった(ように僕は見えた)後で、

  「こういう時、ご主人様は
      ”冷たい冬の後には、必ず暖かい春がくるから”
     と、他の方を励ましてらっしゃいます。メイドロボの私の立場から言う言葉
           でないかもしれませんが、頑張って下さいね。」

  と、あいかわらず表情のあまりないような顔でそう言った。
  僕はちょっと驚いたけど、「ありがとっ」って声を掛けようとした時、

  「セリオー」

  って声が公園に響いた。多分彼女の持ち主なんだろう。優しそうな声がした。
  「それでは」って僕に声を掛けた後、

  「はい、今そちらに参ります。」

  と、言って駈けていった。ふと、思い立って僕は彼女に「ありがとっ」って言葉のか
わりに

  「いい人に巡り会えたね!」

  って、大声で言った。

  そして、こっちに振り向いて「はいっ」って答えた時の彼女には、満面の笑みが広がっ
ていたような気がした。
  その時芹奈が戻ってきたような・・・、そう・・・、彼女の体に「せりな」っていう
天使が舞い降りたんじゃないかって、そう思った。


  気がつけば彼女は見えなくなっていた、この雪の、白銀の世界にさらわれていったみ
たい。


  今、僕だけしかいないこの公園には穏やかな時間が流れている。
  こんな穏やかな時が流れている時には、まだ芹奈の面影をさがしてしまうかもしれない。
  だけど、僕は春が訪れるのを待つことにしたから。
  いつか君のこと笑って思い出せる日が来るのを待つから。
  だから、まだ君のこと想ってナミダ流しても、いいよね・・・。


[了]




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