(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

for 「本日のお題」

ラヴ・レター

Episode:HMX−13 セリオ

Original Works "To Heart" Copyright 1997 Leaf/Aquaplus co. allrights reserved

written by CRUISER





「大ニュース、大ニュース、大ニュースぅ!!」

 昼メシを喰い終えたオレ達の所へ、志保のヤツが例によってけたたましくやってきた。
「…今度は何なんだ」

 オレがそっけなくこたえると、志保はオレの机をバンと叩き、
  
「なんと、転校生が来るのよ、しかもあんたのクラスに」

 と言った。
  転校生?
  
「へぇ、こんな時期に転校生とは珍しいな、で、何でそんな事知ってんだ?」

「さっき職員室で先生達が話してるのを偶然きいちゃんだけど」

 おいおい、オメエは何しに職員室に行ってるんだ。
  
「でも転校生だ、っていうだけで、そんな大騒ぎしなくてもいいじゃんかよ」

「それがねぇ…」

「何?」

「なんとねぇ…」

「その転校生っていうのがね…」

「ふむふむ」

「ん〜、どうしよっかなぁ、言おうかやめようか」

「いいから早く言えっ!!」

「はいはい、なんとその転校生って、人間じゃないのよ!」

 人間…じゃない?

「なんだそりゃ? エイリアンでも入ってくるっていうのか」

「あんたねぇ、バカな事いってんじゃないわよ。あたしはちゃんと真面目に話してんだ
から」

 …世の中でオメエほど“真面目”って言葉が不似合いな女もいねーと思うがな。

「ほら、春に来てたじゃない、来栖川のメイドロボ。また運用試験とかで、うちの学校
に生徒として来る事になったんだって」

 ガタタッ!
  
「マルチか!? マルチが来るのか!」

 思わず立ち上がって、詰め寄るオレ。
  その剣幕に押された様に、志保は少し後ずさった。

「よ、よく知らないけど…、明日からこのクラスに入るそうよ」

 来栖川のメイドロボ…
 マルチがまたオレ達の学校へやってくるのか。


                   ***


 翌日。
  朝のHR。

「よーし、皆座れ」

 担任の木林が教室の扉を開けると、がやがやと騒いでいた級友達がしんとなった。
  木林の後ろに物腰静かに、一人の女生徒がついてきていたからだ。
 その女生徒には見覚えがあった。
  春、来栖川の研究所からこの学校へ来ていた、プロトタイプのメイドロボ、マルチ。
  そのマルチと一緒に、別の学校へ運用試験に出ていたもう一体のメイドロボ…。

「よし、今日からしばらく、運用試験としてこのクラスへ転入することになった、あーっ
と…」

 木林の言葉を受けて、その女生徒は表情を変えずに喋りだす。
  
「HMX−13型です。本日より2週間。皆様と一緒に勉強させていただく事になりま
した。以後よろしくお願いします」

 ぺこりと御辞儀をした。
  さら、という音がしたかと思わせるほど、長くしなやかで美しい…赤い髪が彼女の頬
に流れる。
 端正な顔立ちの中にある瞳は、朝焼けの様に澄んだ赤色。
 そして頬の下辺りから、両耳を覆う様に伸びている金属製の突起物。
  
「セリオ…、セリオか」

「藤田さん、お久しぶりです」

 そこには無表情のまま、オレ達の学校の制服に身を包んだHMX−13型…セリオが
立っていた。
  
                    *
 休み時間。

 さっそくセリオはクラスメート達の好奇心の的になっていた。
  見掛けはかなりの美少女だし、最新型のだけあってその動作もスムーズ。
  最初は腫れ物にでも触る様に話しかけていた他の生徒達も、セリオが会話をそつなく
こなすのを知ってから、色々と話しかけて来るようになった。

「ねぇ、あなたは何が得意なの? 前うちにきてたメイドロボは掃除が得意だって言っ
てたけど…」

「得意な物という設定はありませんが、サテライトサービスにより、来栖川のデータベース
から最適なデータをダウンロード、実行する事ができます」

「へぇ、なんかよくわかんないけど、すごいんだね」

 …オレはさっきからマルチの事が聞きたかった。
  マルチはどうなったのか?
  セリオみたく、どこかの学校へ運用試験に出されているのか?
  それともまだ来栖川の研究所で長い眠りについているのだろうか。
  だとしたらどうしてセリオだけ…
  だが、セリオの回りをとりまいているヤツらがジャマで、なかなか話しかけるチャン
スが掴めないでいた。
 オレがそんな葛藤を一人でしていると、すっ、とセリオが立ち上がってこっちにやっ
てきた。

 お?

  クラスメート達の視線がオレに一斉に向けられる。

「藤田さん、マルチさんから伝言を預かっております」

 その言葉にオレは目を丸くした。

「マルチから?」

「はい、よろしいでしょうか?」

「ああ…」

 オレがそういうと、セリオは相変わらずの無表情のまま、スカートのポケットから何
かを取り出し、オレの方へ差し出した。
 セリオの右手の上には、文庫本サイズの機械が乗っている。

「こりゃなんだ?」

「携帯用端末です。今、接続します」

 そういうとセリオは、自分の右手首のジョイントをガシャ、と開いた。
  その中に見える機械的なパーツに、オレの回りにいたやつらがギョっとする。
  まぁそうだろうな。
 外見まったく人間の女のコの手首が開いて、その中にメカが埋まってるのを見れば、
誰だって最初はギョっとする。
  オレだって初めてマルチの充電タイムに出くわして、同じ物を見た時は少なからず驚
いたもんだ。
  セリオはその中にあるジャックに、携帯端末の接続ケーブルを繋いだ。
  パチ、と携帯端末の表面が明るくなると、そこに…見知った顔が映し出された。
  マルチだ。
  マルチのあのにこやかな笑顔が、こっちを見ている。
  その横のウインドゥにパラパラと文字が映し出されていく。

『浩之さん、お元気ですか? 私は元気ですー。えっとですね、私とセリオさん、
 また学校へ行かせてもらえる事になったんですー。私、とっても嬉しくって…。
  でも…残念ながら私は浩之さんの学校ではなくて、他の学校へ通う事になった
  んです…。でも、セリオさんが浩之さんの学校へ通われる事になったので、こ
  うやって伝言をお願いしました。
  浩之さん、お願いです。セリオさんとお友達になってあげて下さい。
  私はあの1週間で、浩之さんという大切なお友達ができましたけど、セリオさ
  んは前の学校でお友達ができなかったそうなんですー、ううっ、私、セリオさ
  んがかわいそうで…、だからセリオさんとお友達になってあげてください。
  メイドロボが人間の方にお願いするなんて変かもしれませんけど…、でも浩之
  さんならお願いできると思ったんです、ぜひお願いしますー。
  それからですねー、今回の運用試験が終ったら、自分の為のお休みの日をいた
  だける事になったんですよー、いつもらえるかはまだ決まってませんけど、
  もしお休みがいただけたら、私、浩之さんに会いに行きますね、楽しみですー。
  それではまたお会いしましょう。
  
                           HMX−12 マルチ』
  
  携帯端末のメッセージを読み終えると、オレは視線を上げた。
  
  “友達になってあげて下さい”
  
  セリオが、じっとこちらを見つめている。

「…もうよろしいでしょうか?」

「ああ」

 オレがそう言うと、セリオは手首のジョイントからケーブルを外し、元に戻した。

「セリオ」
「はい」
「…マルチはどこの学校へ通ってるんだ?」

 セリオが告げた高校の名前を、オレは知らなかった。
  どこに存在する学校かを聞き直すと、セリオは新幹線で1時間以上かかる県の名を答
えた。
 …そうか。
  会えないのは残念だけど、元気でやってるみたいだし、あいつなら結構大丈夫だろう。
  それに学校へ行きたがってた希望がかなったんだ、マルチは結構幸せなんじゃないかな。

「セリオはこの伝言の内容を知ってるのか?」

 と、オレが問うと、セリオは軽く首を横に振った。

「いえ、プライバシーの侵害に抵触する可能性がありますので、データを通信でダウン
ロードして表示しました。私は仲介をしただけに過ぎませんので、内容は存じません」

「そうか…」

 ロボットにロボットと友達になってくれなんて、頼まれるとは思わなかったな。
  でもいかにもマルチらしいや。
  オレはその時、マルチの期待に答えてやろうと思った。
  ロボットだって友達は欲しいんだろうし。
  そう考えると、なんとなく遠くの存在のメイドロボが、急に身近な存在に思えてきて、
なんだか微笑ましくなった。
 
「なぁセリオ」

「はい?」

「今日、一緒に帰ろうぜ。またあのゲーセンの前でバスを待つんだろ? だったら少し
でも遊ぶ時間あるだろうし、な?」

 オレがそう言うと、セリオは相変わらずのクールボイスで

「…はい」

 と言った。
  
                    *

 放課後。
  周りから好奇の目で見られつつも、オレはセリオと一緒に下校していた。
  校門前の坂道、セリオは真直ぐ前を向いたまま、オレの横をすたすたと歩いている。

「セリオ」

「はい」

 セリオはゆっくりと首をこっちに向けて、オレの顔を見つめた。
  
  …なんというか……。
  
  さらりとした髪が優雅に動き、切れ長の目に中にある緋色の瞳に、オレは少しの間不覚
にも射すくめられた。
 
  …綺麗なんだよな……。
  
  どことなく冷たい印象のあるセリオだけど、それがなんだか綺麗だと感じる原因かも
しれない。
 同年代の女子には、決して感じる事の無い、不思議な感覚…。
  
「どうかなさいましたか?」

 いかん、見とれてたらしい。

「あ、いや。前から聞こうと思ってたんだけど、その…セリオにはマルチみたいな感情っ
てのは無いのか?」

 セリオは小首を傾げる。
  …ちょっとの間。

「感情を司る機構は存在します。全くの無感情では、人間の方々と円滑にコミュニケー
ションが取れなくなってしまいますので。ですがマルチさんの様に大規模な物ではあり
ませんし、それを表情として外部に表現する機能も、私にはありません」

「じゃあ、笑ったり泣いたりはできないって事か?」

「行動としては可能ですが、自己感情構成プログラムとはリンクしていませんので、い
わゆる不自然な笑いになってしまいます。それは会話対象の人間の方々に不快感を与え
る要因になりかねませんので、通常、笑うという動作はご命令が無い限り行いません。
泣く事は機構上できません」

「そうか…じゃあその自己感情なんとかと連動するようになれば、マルチみたいに自然
に笑える様になるのか?」

「…以前はメモリ容量制限があって不可能でしたが、今回の運用テストにおいて、メモリ
増設を行っていただきました。ですがそのためには、感情に関する莫大な学習を行わね
ばなりません」

「それってどれぐらいなんだ?」

「人間の方々との日常生活において、3年程かかるかと」

 3年…ねぇ。

  セリオの話を聞いてると、マルチってほんとはすげえヤツだったんだなぁと、思って
しまう。

「マルチの伝言、なんて書いてあったか教えてやろうか?」

「私がお聞きしてもよろしいのですか?」

「ああ、かまわないさ。セリオに関係ある事だしな」

「そうですか」

「…セリオと友達になってやってくれってさ。マルチのヤツ」

「お友達…ですか?」

「ああ、おれじゃイヤか?」

「いえ、そんな事は申しません。ありがとうございます」

 そう言って、セリオは立ち止まるとぺこりと御辞儀をした。

「…ですが、お友達という関係はどうしたらよいのでしょうか? 私のメモリには該当
する情報がありません」

「おいおい、そんな仰々しいのはナシナシ、もっと気楽に行こうぜ。一緒に喋ったり、
遊んだり、そういう事してればいいのさ。理屈じゃなくて、“一緒にいることが楽しい”
って事が友達だと思うぜ」

 セリオはそのまま、ちょっと考えてる風にしていたが、

「わかりました、以後学習させていただきます」

 と言った。

 公園を横切り、セリオが来栖川行きのバスを待つゲーセンの前とやってきた。
「では藤田さん、私はここでバスを待ちますので」
 そう言うと、セリオはバス停の前でじっと動かなくなった。
「セリオ、バスが来るまでどれぐらいあるんだ?」
「到着予定は12分39秒後です」
「じゃあさ、一緒にネコプリ撮ろうぜ。友達になった記念にさ」
「ですが私はまだ、お友達と言えるような行動を取っていません」
「そんなのこれからだろ? 取り敢えず今日は初日だし、記念だよ記念」
「わかりました、御一緒します」

                   *

『できたシールを取れニャン』

 出来上がったシールをぴりぴりと切り離すと、半分をセリオに渡した。

「私に…ですか?」

 受け取ったシールを見て、小首を傾げる様な動作をしているセリオ。
  どうしていいのか解らないようだ。

「なんか適当に張りゃいいのさ。だいたい皆は、日頃持ち歩く物…筆入れとか下敷きと
かに貼ってるけど…そうだ」

 おれはセリオの持ってるネコプリを一枚はがすと、セリオの鞄の裏側に貼ってやった。

「…ってなぐあいにな」

 彼女はじっと鞄のその部分を見つめていたが、オレの方を向き直って、ありがとうご
ざいます、と言った。
 バスが来た。

「では藤田さん、本日は色々とありがとうございました」
 
「なんだかセリオはオレにお礼ばかり言っているな」

「適切かと思いましたが、お気に召しませんでしょうか?」

「いや、でもよ、今度からは3回に1回ぐらいでいいよ。窮屈に感じちまうからな」

「…わかりました、3回に1度ですね」

「ああ、まあだいたいだけどな、それが友達付き合いってもんだ」

「有益な情報、ありがとうございま…いえ、失礼しました」
 
  オレはぷっと吹きだしてしまった。
  結構人間らしい所もあるじゃないか。

「オッケー、その感じだぜセリオ」

「では藤田さん、さようなら」

 そう言い残すと、セリオはバスに乗り込み、最後部の窓からオレの方を見て会釈をした。
 オレはそのまま、窓の向こうのセリオに向かって手を振りつづけた。


                    ***


 それから数日後。
  セリオはうまくクラスの中に溶け込めた様で、他の連中とも休み時間等によく喋って
いた。
 談笑…というわけにはいかないが、得意のサテライトサービスを使って、女子達には
恋占いを、男子にはマンガの発売スケジュールを、そして先生達には朝刊のニュース
(どうやら読んで来る時間が無いらしい)を披露してかなりウケていた。
 中には“冷たい人形”といって避けるヤツもいたが、大半の連中はセリオの存在を快く
受け入れている。

 その日、オレは運悪く掃除当番だった。
  せっかくのアフタースクールなのに、なんで掃除なんか…とぶつぶつ言っていると、
隣にセリオがやってきた。
 ちなみにセリオはずっと自主的に教室の掃除を行っている。
  これもメイドロボとしての、学習の一環なんだそうだ。

「藤田さん、どうもありがとうございました」

 セリオはぺこりとお辞儀――もう何回目かわからないぐらいの――をした。

「おいおい、オレは何にもしてないぞ」

 するとセリオは顔を上げ、

「藤田さんの提案で、学校の皆様に私の機能を気に入っていただく事ができました。占
い、発売スケジュール、ニュース配信。 全て藤田さんのご提案です。 3回に一度と
の事でしたので、お礼を言わなければならないと判断しました」

 なんちゅう律義なやっちゃ。
  オレは苦笑していた。

「それはセリオの機能が役立っただけの事だろ? オレに礼を言うのは筋違いだと思うぞ」

「…そうでしょうか」

「そうそう、それより掃除をさっさと終らせようぜ」

「私の方は終りました。 なにかお手伝いする事はございませんか?」

 もう教室のほうき掃きを終らせたらしい。
  彼女の仕事は早い上にそつがない。
  さすがにこのあたりはメイドロボの本領発揮といった所か。

「ん〜と、そうだな。黒板ケシを叩いといてくんないか?」

「黒板消しの掃除ですね」

「ああ、そうそう、叩く時はベランダからな。廊下側でやるとセンセーに怒られるから」

「わかりました」

 そう言い残すと、セリオは早速黒板ケシを持ってベランダへ向かう。
  マルチは楽しそうに掃除をしてたもんだが、こうしてみると、セリオも結構掃除を楽
しんでいるんじゃないかと思う。
 
  『人間の方々のお役に立てるのが嬉しいですから』
  
 あの時マルチが言ってた事は、メイドロボ全員の思いなのかもしれないな。
  
  その時、
  
  ガシャーーーーーン!!
  
  派手にガラスの割れる音がしたかと思うと、教室内にいた女子の黄色い悲鳴が聞こえた。
 なんだ!?
  何が起こったんだ!!
  
  オレは机を拭いていた雑巾を放り出し、音のした方向――ベランダだ!――へ駆け出していた。
 まさかとは思うが、セリオに何か……。
  
                    *
 
  ベランダには、砕けたガラスの破片が飛び散っていた。
 その中にうつぶせに倒れている女生徒…
  ドクン…
  赤い髪の…
  ドクン…
  銀色の耳飾り…
  ドクン!
  
「セリオ!! おいっ! セリオっ!! 大丈夫かっ!?」

 オレは猛然とダッシュしていた。

「セリオっ! おい!」

 倒れているセリオを慌てて抱き起こすと、閉じられている瞳に向かって声を荒げた。
  …セリオは気絶していた。
  その頭部、左側の耳飾りが変形して外れており、そこには人間そっくりの耳があった。
  いったい何があったんだ!

「おい! いったいどうしたんだよ!! 何があったんだよ!?」

 さっき悲鳴を上げた女子にオレはキツい調子で問いかけた。
  脅える様な表情で、セリオの倒れていた場所から1メートルほど先に転がっている、
拳大の大きさの石を指差す。

 石…

  これがセリオにぶつかったっていうのか!?
  こんなでかい石が?
  人間だったらマジで命にかかわるぞ!!
  
  ここは二階。なにかの自然現象でこんな大きな石が飛んでくるとは思えない。
  …誰かが投げやがったんだ。
  ちっくしょう!!!
  
  その時、ヴーンという低い共鳴音がしたかと思うと、オレの腕の中にいるセリオが目
を開けた。
 …そうか、ブレーカーが落ちてたんだ。
  
「セリオっ! 大丈夫か!?」

 オレが声をかけるとセリオはゆっくりと口を開く。
  
  キュイ
  
  …キュイ?
  
  キュイキュキュキュイ、キュイ

 セリオが口を開いたり閉じたりするたびに、モーターの動作音の様な金属音が聞こえる。

「まさかセリオ…お前…」

 キュイ、キュキュイ

 …言葉が…喋れない…のか。

 何度口をパクパクさせても、出てくるのは機械部品の立てる金属音だけだった。

 なんて事だ…
  オレが黒板ケシの掃除なんか頼まなければ…
  
  いつもと同じ表情で、何度も喋ろうとしているセリオ。
  その度にキュイキュイと耳障りな音が鳴る。
  なんて痛々しいんだ…。
  オレは目頭が熱くなった。
  悔しさ…後悔…同情…情けなさ…
  そんな感情がないまぜになってオレに覆い被さってくる。
  
「セリオ…すまん…、オレが変な事頼まなければこんな事には…」

 セリオはゆっくりと首を左右に振る。
  
  そしてスカートのポケットから、転校初日に見せた携帯端末を取り出した。

「?」

 あの日と同じように、右手のジョイントにケーブルを接続する。
  そしてそれをオレの方へ向けた。
  そこには…
  
『浩之さんのせいじゃありません。だからそんなに悲しまないで下さい』
  
  セリオの言葉が文字となって映し出されていた。
  
「セリオ!」

『身体機能をチェックしたところ、発声機構に部品交換を必要とする事態が認められま
した。けど、それ以外には特に損傷はありません。センサーは変形しているだけで、機
能は正常です』

「じゃあ、喋れないだけで他は大丈夫ってことか」

『はい、どうもお騒がせいたしました。 現在衛星回線で来栖川のメンテナンスと交信
を行っています。 あの…』

 パラ、と文字が消え、また新しい文が表示された。

『もう起き上がってもいいですか?』

「?」

 そこまで見て気がついた。
  オレずっとセリオを抱きかかえていたんだ。

「あ、わ、悪りい」

 ぱっと手を離すと、セリオはそのままゆっくりと起き上がった。
  そしてすぐ脇に落ちていた、いびつに変形した耳飾りを拾うと、元の場所――左耳の
上――にはめ込む。
 そして端末を乗せた掌を差し出した。
 そこに映し出された文。
  
『みっともないでしょうか?』

 本人は小首を傾げる様な動作をしていた。
  
「う〜ん、確かにそうかもしれねぇけど、人間でいうなら、セリオは大ケガをしてるん
だぜ。この際見掛けの事なんてかまっちゃいられないだろ」

『…そうですね、浩之さんにそう言っていただければ、何も問題ありません』

 …なんだろう。
  さっきから何となく違和感を感じている。
  いったい何が原因なのか、いまいちはっきりしないが…。
  
「とにかく今日は帰って、早く直してもらえよ。 メンテナンスはどうだって?」

『迎えの車をよこして下さるそうです、あと10分ぐらいで到着します』

「そうか、じゃ校門まで送るよ、一緒に行こうぜ」


                   ***


 翌日。
  セリオは学校に来なかった。
  その次の日も。
  そのまま日曜日を迎え、セリオが学校に姿を現したのは、あの日から4日後だった。
  
「セリオ!」

 その日教室に入ったオレは、セリオを姿を認めるや否や、その脇へと駆け寄っていた。
 歪んでいた左の耳飾りは真直ぐに直っていた。

「調子はどうだ? 声は出る様になったか?」

  オレが問いかけると、セリオはふるふると首を横に振り、右手を差し出す。
  そこには例の携帯端末。

『残念ながら、交換用の部品が無かったので、発声機構は修復できていません。部品は
あと2、3日程納入にかかるそうです』

 そうか…
  
「わかった、それまではこの端末で文字のやりとりだな。オレに出来る事があったらな
んでも言ってくれ。力を貸すぜ。」

『ありがとうございます。けど、人間の方々のお手伝いをさせていただくのが私の役目
ですので…逆にお力添えをいただく事はできません。御心配お掛けしてごめんなさい』

「何言ってんだよ、セリオは女のコだろ。女のコが大変な目にあってるのに力を貸すの
は男として当たり前なんだよ」

『女の子…』

「だから役目がどうとか、そんな事気にするなよ、な」

『ありがとうございます、とても嬉しいです、浩之さん…』

 …なんだろう。
  やっぱりちょっと違和感…というか、心地好さを感じる。
  喋って会話してる時より、文字で会話してる時の方がセリオの言葉に表情を感じるんだ。
 今だって“嬉しい”って言ってるし…

「なぁセリオ」

『はい?』

「その端末で言葉を表示するのって、普段喋るのと同じなのか?」

『厳密には違います。喋る時は私の発声パターンに基づいた言葉を幾重もの選定フィル
ターを通していますので、敬語、謙譲語等は最適な状態で発声されます。ですけど、文
字を表示する場合は、そのフィルターを通過しませんので、直接自己感情構成プログラ
ムの設定した言葉がその都度表示されてしまいます』

『もし言葉使いがよくないという事でしたら、すみませんが部品交換までお待ちいただ
くしかないのですが…』

  
  そうか。
  って事は、今端末に映し出してる言葉が、一番セリオの本心に近い言葉なんだ。
  これは大発見かもしれねぇぞ。
  なんだか金の鉱脈を発見したような気分だ。
  
「いや、今のままでOKだぜ。セリオの心が見えるからな」

 小首を傾げるセリオ。
  
『私のこころ…?』

「そうさ、セリオにもちゃんと心がある。それを外部に表現できないだけ。そう言って
ただろ? でも今みたいに文字でのやりとりなら、セリオの心から出てきた言葉がちゃ
んと表現されてるし、伝わる。な? 故障しちまったのは不幸だけど、その代わりにす
ごく大事な物を見つける事ができたじゃないか!」

『浩之さん…』

                   *

 それからの数日、オレにとっては新しい発見と驚きの連続だった。
  セリオがホントは嬉しがりだった事、TVのヒーロー物を面白いと思って見ている事、
恥ずかしがりだった事、やっぱり掃除は楽しいと思っていた事、等々。
 
  セリオの発声機構の修理が完了し、以前と同様に声で話し合う様になっても、オレは
その裏にあるセリオの本心がなんとなく読める様になっていた。
 クールな言葉と、その裏のギャップを感じる度、オレはセリオの事を可愛いヤツと思っ
ていた。

                   *

 …そして運用試験最後の日。
  
  こんな日ほど、一日が経つのが速く感じられるのはなぜだろうか。
  あっというまに放課後になってしまい、セリオは職員室へ行って挨拶を済ませてきた
所だ。
 オレのクラスメート達には、先程のHRで別れの挨拶を告げている。
  
  今、教室にはオレとセリオの二人だけが残っていた。
  窓から差し込む夕日が、セリオの横顔を朱色に染める。
  朱色はセリオの色だ。
  たぶんこれからオレは、この色を見る度に彼女の事を思い出すだろう。
  
「浩之さん」

 セリオが幾分ゆっくりとした口調で喋りだす。

「今日までのニ週間、本当にありがとうございました。していただいた御恩は一生忘れ
ません」

「…セリオはこれからどうなるんだ?」

「社内でのデータ分析が終ったら、2日程自分の為のお休みをいただけるそうです。
その後はまた別の場所での運用試験になります」

「またどこかの学校へ通うのか?」

「それはわかりません。どこかのオフィスかもしれませんし、販売営業の現場かもしれ
ません。今現在は不明としか申せません」

「そっか、じゃあもう全然会えなくなるってわけじゃないんだな」

「はい」

「また会おうぜ」

「…はい」

 しばらくの間、無言でお互い見つめあった。
  さらさらの長髪、線のはっきりした端正な顔立ち、朝焼けの様に澄んだ瞳の朱色。
 そして細く伸びた銀色の耳飾り…。
  忘れないで覚えておくぜ、セリオ。
  
 帰りのバス時間が近づいて来る。
  もうすぐ教室を出ないと、間に合わない。
  おもむろにセリオが、スカートのポケットから何かを…いや、声が出なかった時、
いつも使っていた端末を取り出した。
 それを右手のジャックに繋いだ。
 端末に映し出される文字。

『浩之さん…もし私が泣くことが出来たら、きっと今、泣いてしまっている事でしょう。
私、知りました。この気持ちが“寂しい”という事だと』

『私はずっと、浩之さんの側にいたい…。いえ、そんな事できる筈が無いことはわかっ
ています。けど、やっぱりお側にいたいです。会えなくなるのは寂しいです…』

『浩之さんと過ごしたこの二週間の事、私は決して忘れません…どうか私の事も忘れな
いでいて欲しい……』

『すみません、こんな事を表示してしまって。でも、なぜかどうしても伝えておきたかっ
たのです。ごめんなさい…』

 すっ、と手を戻すセリオ。
  オレはその手を掴むと、そのままセリオを抱きしめた。

「浩之さん…」

 セリオの身体は暖かかった。
  人間の女のコと変わる事の無いぬくもりを、オレは決して忘れない。

「休み…、会いに来いよ」

 セリオの耳元でそうつぶやくと、セリオはしばらくの後に、

「…はい、必ず」

 そうオレに告げた。

 彼女の右手の端末には、精一杯の想いを綴った言葉が、今も表示されている。
 それはオレが初めてもらった……ラヴ・レター。
  
  
                     fin.



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