(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

3つの想い 〜来栖川綾香〜


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written by 瑞希




ずばぁぁぁぁぁーーーーーーん!!!!

 最後の1発が入った瞬間、私は葵の負けを確信した。
 …しかし、現実はそうではなかった。崩れ落ちたのは好恵の方だった。

「…おい、審判」
「あ…文句なし! KOよ!」
 私も、隣の彼−藤田くんも何が起きたのかしばらく分からなかった。
 ただ1つ分かるのは…葵が勝ったと言うことだった。


「うわぁぁぁぁぁんっ、せんぱぁいっ!!」
 葵は真っ先に藤田くんの胸に飛び込んでいって泣き始めた。
 よっぽど嬉しかったのね…強くなったわね、葵。やっぱり藤田くんのおかげなのかしらね。
『葵ちゃんはぁ強い!』かぁ…ちょっとうらやましいかな。

「ううっ…」
 …隣で倒れていた好恵が起きあがった。どうやら少しの間気を失っていたらしい。
 好恵にここまでのダメージ…葵もまたすごい必殺技を隠してたものね…。
「…大丈夫?かなり派手にもらったみたいだけど」
「大丈夫じゃないわよ…いたたた…まさかあんなのが来るとはね…」
 そういって立ち上がった好恵の足下はかなりふらついていた。
 …もし食らったのが私だったら…やっぱり無事ではすまないでしょうね…。
「葵も強くなったわね…課題だった精神面でのもろさも克服したみたいだし」
「全くだわ。まさかここまでとはね…」
 そういってる好恵の横顔はどこかしら嬉しそうだった。
「どうかしら? これでエクストリームがお遊びなんかじゃないって分かってもらえた
かしら?」
 それを聞いた途端、穏やかだった好恵の表情が一変した。
「…まだ私は認めたわけじゃないわよ!」
「なにを言ってるの?あなたは空手とエクストリームの対決として葵と戦った。そして
勝ったのは葵だわ。それでもまだ認められないっていうの?」
「確かに葵には負けたわ。だけどそれは葵が強かったからであって、決してエクストリー
ムが強いってことにはならないでしょ? だいたいエクストリームなんていったって、
所詮は他の格闘技の寄せ集めじゃないの。そんなので強いなんて言えないわよ」
「そんなのいいわけだわ!好恵、どうしてそこまで意地を張るのよ!?」
「そんなんじゃないわよ!とにかく私は認めたわけじゃないわよ!」
 好恵はそういうと、制服に付いた泥を払ってから歩き出した。
「葵にはよろしくいっておいて…じゃあ、練習があるから」
 そんな好恵の背中を見送りながら、私は呟いた。
「…どうして分かってくれないの!? どうして…」


 あれから数ヶ月。
 葵の所にはたびたび顔を出したり、たまに一緒に練習したりしている。
 葵はあれからさらに腕を上げている。私もうかうかしているとやばいかも。
 …好恵とはあれから会っていない。なんだか避けられてるじゃないかとも感じてしまう。

「…どうしたんだ、綾香? ぼーっとして」
 藤田くん…浩之が私の顔をのぞき込んでくる。どうやら長いこと考え事をしていたらしい。

「ん…いや、なんでも。…いいもの持ってんじゃない、私にもちょうだい」
 浩之から缶ジュースをひったくると一気に飲み干す。ふぅ…。
「あ、ちょっと待て、お前…全部飲んでんじゃねぇよ」
「けちけちしないの。…あれ?葵は?」
「葵ちゃんだったら学校に戻ってるぜ。なんか忘れ物でもしてきたんだって」
 私達はそのまま神社の境内に腰掛けて葵を待っていた。
 浩之とはすっかりいい友達って感じだ。一緒にいて楽しいというか、私の家のことを
気にせずに接してくれるのがなんだか嬉しい。姉さんが好きになるっていうのもわかる
ような気がする。
「…そういえば浩之、最近姉さんとはあんまり会ってないらしいじゃない」
 それを聞いた浩之は急に気まずそうな顔になる。
「うーん…最近練習が忙しくってな…もうすぐエクストリームだし、俺だって出るから
にはやっぱり勝ちたいしな」
「初めてほんの数が月のくせによく言うわね」
「なんだよ、いいじゃねぇか。それくらいの目標を持ったってよ」
「冗談よ、冗談。あなたなら結構いいセンいけそうよ。筋がいいしね。でもたまには姉
さんにも会ってあげてよ。あれで結構寂しがりやなんだからさ。家でも寂しそうにして
るわよ。それに私が姉さんに色々言われるんだから。綾香は浩之さんと一緒に練習でき
ていいわねって」
「へぇ…そいつは光栄だな」
 浩之は恥ずかしそうな、嬉しそうな感じの顔をする。…まったく…。
「全く…あなたがはっきりしてないからそうなるのよ。あなた、葵のことが好きなんじゃ
ないの?」
「いきなりなんだよ、綾香…」
「あなたがもっとしっかりしてれば、姉さんだって…」
 …私だってあきらめがつくっていうのに…。
 私はそういおうとして、やっぱりやめた。
 私は浩之に惹かれている。それは自分でもはっきりと分かっている。どうしようもない
くらい好き…なのかもしれない。でも浩之には葵がいる。葵は私にとって可愛い妹のよ
うなものだ。
 そんな葵が悲しむ姿は…やっぱり見たくない。
「…とにかく、姉さんにも会ってあげてね!この話はここでお終い!」
「ちっ、なんだよ、自分から振っておいてさ…まぁいいか、じゃあ…」
 そうしてまた他愛のない話を始める。こういった時間が私は気に入ってる。
 浩之に会うまでは決して得られなかった時間…そう、このままでいいの。

「藤田先輩、綾香さん、お待たせしました!」
 葵が学校から帰ってきた。ずいぶん急いできたらしくってかなり息を切らしている。
「大丈夫か、葵ちゃん? そんなに急いでこなくっても…」
「いえ、先輩方を待たせるわけにはいきませんから! さぁ、始めましょう!」

「そういえば、さっき好恵さんと会いましたよ」
 練習の合間、葵がふと思い出したらしい。
「え!? …それで、どうしたの?」
「それが…私の顔を見た途端、逃げられてしまったというのかな…避けられているんで
しょうか?」
 葵が寂しそうな表情をする。そんな葵の頭を浩之はなでながら、
「そんなことないって、気にしなくっても大丈夫だよ、葵ちゃん」
「そうだといいんですけど…」
 …胸が痛い…何でだろう…このままでいいって思ってるのに…。
 それにしても…好恵…どうして分かってくれないの…?
「好恵さん…。やっぱり私なんかが勝ってしまったのがまずかったのでしょうか…?」
「そんなことはないわ、葵。あなたは全力を尽くして戦ったのよ。好恵もね。そのこと
には好恵だって納得してると思うわ。…まぁそう簡単に考えを改めろっていっても無理
なんでしょうね…私は空手が嫌になったわけじゃないのに…」
「…そういえば綾香、お前何でエクストリームに出場したんだ?葵ちゃんみたいに誰か
目標とする人でもいたとか…」
「まぁ、その辺はいろいろあるのよ。でも教えてあげない」
「ち、何だよ、けち」
「まぁそのうちね」

 日もかなり沈んできたようだ。私達は帰り支度を始めた。
「あ、そういえば私は明日は道場に行く日ですんで」
「そっか…綾香はどうするんだ?」
「私も明日はちょっと…」
「ちぇっ、明日は一人で練習かぁ…あ、葵ちゃん、途中まで一緒に帰ろっか?」
「はいっ! 嬉しいです!!…綾香さんはどうしますか?」
「私はいいわ…邪魔しちゃ悪いしねぇ」
「そっか…じゃあまたな!」
 私は一人で帰途についた。一人になると急にいろいろなことが思い起こされる。
 好恵のこと…どうして分かってくれないんだろう…エクストリームだって十分通用す
ることは分かってくれたと思うんだけど…。どうして…?
 そして浩之のこと…。泥沼よね。葵に姉さんか…。私にとってはどちらも大切な人な
のに。2人を裏切るなんて、私には出来はしないのに…どうしたらいいんだろう…?
 そういうことを考えているうちに気が付いたら家の前まで来ていた。

「ふぅ…ただいま…」
 居間まで行くと、そこには姉さんがいた。
「……………」
「ただいま、姉さん…え? 具合が悪そうですよって?…そうね…確かによくないわね」
 そういうと姉さんはひどく心配そうな顔をした。
「……………」
「大丈夫ですかって? うん…まぁね。じゃあ私、先にお風呂入っちゃうから」
 そういいのこして私は居間を出た。


 はぁ……。どうしたらいいのかなぁ…。
 湯船につかりながら、ずっとそのことばっかりを考えていた。
 好恵…葵…浩之…。難しいなぁ…。
 こんこん。
「え…誰ぇ?」
「……………」
「姉さん?どうしたの?…え?一緒に入ってもいいですかって?別に構わないけど?」
 からからから…
 姉さんが入ってきた…相変わらず着やせするタイプよねぇ…ちょっと負けてるかな…。
「……………」
「え?背中を流してあげましょうかって?…そうね、じゃあお願いしようかな」

「久しぶりよねぇ…姉さんとこうやって2人でお風呂にはいるのも」
「……………(こくん)」
 背中を流しあったあと、2人で湯船につかって話している。
「え?何を悩んでるんですかって?…よかったら話してみてくださいって?」
「……………(こくん)」
 姉さんが心配そうにこっちを見ている。ううっ、そんな目で見られたら話さないわけ
にはいかないじゃない…。
「実は…人間関係っていうやつかな……」
 私は好恵のことを姉さんに話した…。すると、姉さんはなんだか穏やか顔をして、
「……………」
「え? 綾香はその子のことが大切なんですねって?…そうね…大切な…ライバルよね。
小さな頃からずっと一緒に空手をやってきたし。私はいつも好恵に負けたくないって
思って空手を続けてきたわ。それは今だって変わらないわ。今だって私は好恵には負け
たくないって思うもの。進む道は違っても、目指すところは一緒だと思うし。
空手だ、エクストリームだって関係ないじゃない…お願い、分かって…好恵…」
 苦しかった。今まで自分の中でくすぶっていた想いが一気にふきでてきたような感じ
だった……。
 なでなで…。
「…姉さん?」
「……………」
「え? 浩之さんはこうしてあげると元気がでますって?」
「……………(こくん)」
 顔を赤らめつつ姉さんがうなずく。
「…確かにそうかもね…ありがとう…姉さん」
「……………」
「え? そのお友達もきっと分かってくれますって? …そうだよね…きっと…」
 姉さんはしばらくの間頭をなで続けてくれた…。

「姉さん…そんなに浩之のことが好きなの? さっきだって浩之のこととなると妙に
恥ずかしいというか嬉しそうというか…」
 お風呂から上がるときに思い切って聞いてみた。
「……………(ぽっ)」
「…浩之に他に好きな子がいたとしても?」
 …聞いては行けないのかも知れなかったけど、聞かずにはいられなかった。
 姉さんが傷つくのは見たくないし…。
「……………」
「え? 知ってますって? …浩之と葵のこと?」
「……………(こくん)」
「はいって…知っててそんなに浩之のことが好きなの? 浩之は姉さんのことを愛して
くれないかも知れないのに…それでもいいの?」
「……………」
「…綾香は相手があなたのことを好きだからその人を好きになるの…? …そうだね…
そんなわけないよね…そんな簡単なものじゃないよね、この気持ちは…」
 …落ち込んでるように見えたのか、姉さんはまた頭をなでてくれた。
「…チャンスがないわけじゃないって? …姉さんって意外と積極的なのね…」
 着替えを済ませた後、浴室を出ていこうとしていた姉さんがこっちを振り向いたかと
思うと…。
「……………」
「え? だから綾香にだって負けませんよって!? …姉さん、気付いてたの!?」
 慌てて聞き返したけど、返事を聞く前に姉さんは出ていってしまった。
 …姉さんってよくわかんない…。

 …とにかく、ある程度はふっきれたのかなぁ…ありがとう、姉さん。


 時は流れて…。
 とあるスタジアム。ここはエクストリームの会場。
 そして、前年度のチャンピオンである私は順当に決勝まで勝ち登った。
 ただし、今年は一筋縄ではいかなさそう。なんといっても相手は…。
「来栖川選手、時間です」
「はい…さぁ、行くわよ!」
 控え室を出て、私は試合会場へと向かう。そう、あの子が待ってる会場へと…。


  <続>



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