喫茶店のテレビから、アナウンサーの梅雨の到来をつげる言葉が聞こえる。
外はしとしとと音も無くただ雨が降り続いてる。
店の脇に植えられているアジサイが色とりどりの花を咲かせてる。
温暖前線から湿った南風が吹いているのか、ちらほらと半袖姿の人がいる。
この時期特有の気候のせいか、外を行く人々は皆一様に不快そう。
もう初夏という言葉が似合いそうな時期ね。

春。
この季節は、外に降る雨の様に穏やかに終わりを告げているみたい。
私の気持ちと共に・・・。




(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

for 「本日のお題」

4丁目の喫茶店にて

Episode:来栖川 綾香

Original Works "To Heart" Copyright 1997 Leaf/Aquaplus co. allrights reserved

written by きたじ




  梅雨の知らせが話題になりそうなある水曜日。今日はたまたま学校が創立記念日で休
みだから、姉さんの通う学校と家の中間辺りにある、この4丁目の喫茶に来てる。
  ここの喫茶店は、喫茶という日本語の文字どおり紅茶がメインのお店。マスターはど
っかの小説に出てきそうなくらい無口で無愛想。でも、味はそこらの店とは比べものに
ならないくらいおいしいから、ファンは多いのよね。
  でも、今は平日で午前中しかも雨降りだし、そこそこ広い店内にお客は私の他には、
いかにも”暇そう”って感じの大学生っぽい人がいるだけ。

  こういう、静かな雰囲気は普段あんまり好きじゃないんだけど、今は、今だけはこの
雰囲気がとっても貴重に思う。
  失恋した彼のことを想って、窓の外を見つめているのは「自分らしく」ないって分か
ってるけど、まだ、窓に映る私の瞳には彼が流れてるから…。

  彼の名前は藤田浩之、今は姉さんの彼氏。私は浩之って呼び捨てにしてるけど。
  失恋っていっても直接浩之に告白した訳じゃない。この前姉さんからHしちゃった、
って話も聞いたし、つい昨日の姉さんの誕生パーティーも浩之に会いにこっそり抜け出
してたっけ。
  ・・・もう、追いかけられないわよね・・・。


  初めて浩之を見かけたのはもう2ヶ月も前になる。最近姉さんの表情が明るくなった
のを感じて姉さんにそれとなく原因を聞いてみたら、気になっている人がいるらしいっ
てこと分かった。それで、

  「姉さんをこんなに明るく出来る人ってどんな人だろう?」

  ってこっそり見に行ったのが最初。放課後、浩之と姉さんが中庭のベンチで一緒にい
るところ。

  浩之の第一印象は「ちょっとかっこいいかな」ってとこだった。それよりも、一緒に
いる姉さんが家では見せないようなとっても穏やかで、そして楽しそうな表情をしてい
るのが印象的だった。
  それで、どうして姉さんにこんな表情させること出きるんだろうって、ふと浩之の方
を見てみると、姉さんを見つめる表情がとっても優しそうで、何て言っていいかとって
も素敵で、そんな浩之見てるとドキドキしてきて。
  もう!そんな顔見せられたら好きになっちゃいそうじゃない!

  それで、次の日には姉さんを迎えに行く振りして浩之に会いに行った。
  最初に私を見た浩之はちょっと驚いてたけど、初対面なのにお調子者だし、ノリもぴ
ったり合うし、時たま見せる優しい表情はやっぱり素敵だし。平然なカッコしてたけど、
ドキドキだったんだからね。
  どうしよう。どんどん好きになってく、浩之のこと。


  その後も、姉さんと浩之が一緒に帰る所に御一緒させてもらってたんだけど、そんな
風にして姉さんと浩之見てたら、姉さんが浩之のこと好きで、浩之も姉さんのこと好き
なんじゃないかってなんとなく分かった。姉さんを見てる時の浩之ってとっても優しそ
うだった、私と話してる時には見せない素敵な横顔だった。
  でも、心の中の私は、気付かない振りして、
  まだ私にもチャンスあるんじゃないかって、
  いつか振り向いてくれるんじゃないかって、
ずっと思ってた。

  そんな風に感じてても、毎日はただ穏やかに過ぎていった。私はちょくちょく姉さん
の学校へ浩之に会いにいってたけど、実際会うと世間話とか、冗談言ったりとか、友達
の一人と遊んでるって感じ。私は鼓動の高鳴りを押さえるのに必死なのに。それとなく
言うつもりの「好き」って言葉も冗談っぽくなってしまう。結局「友達」から先へは進
めないまま。
  それから私も、姉さんのことを考えたり、浩之に断られることを考えると、恐くて、
はっきり「付き合って下さい」とは言えずにいた。

  寄せては返してく波にさらわれるように、私の心は浩之にとらわれていったけど、素
直に告白できずにいた私には、やっぱり終わりは来てしまった。
  この前、私に浩之との関係を姉さんが告白した。私の部屋に着くまでは平然としてた
けど、その後はあんまり覚えてない。朝起きると目が真っ赤だった。やっぱりほんとに
好きだったのよね、浩之のこと。


  それで今、私はこの喫茶店でぼぉーっとしながら傷心を癒しているつもり。あれから、
5日はたってるから、だいぶ落ち着いてきている。もう現実も受け入れられると思う。

  そう言えば今気付いたど、あの暇そうな人の横におかっぱの女の子がちょこんと座っ
てた。彼女かしら?でもちょっとあの女の子無口ねー。こっから見てるとあの男の人が
一方的に喋ってるみたい。でも、女の子の表情はすごく優しそう。なんか、浩之と姉さ
んみたい。あの二人も喫茶店だとあんな感じなのかな?
  ちょっと想像してみた。男の人が浩之で、女の子が姉さん。なんか、とってもお似合
いの二人。浩之が何か言ったのか、姉さん赤くなってうつむいてる。もう二人の間に割
って入っていけないって感じ。

  あれ、おかしい?
  ほおが冷たい。
  私、涙出てる?

  もう大丈夫かなって思ってたけど。まだもうちょっと時間かかるのかな?


  気付いたら、マスターがそっと紅茶を出してくれてた、

  「サービスです」

  だって。相変わらず言葉は少ないし、無愛想。あれで、私を励ましてるつもりかしら?
  でも、その紅茶を飲むと少し気分が落ち着いた。
  なんだか今流れた涙の分だけ強くなれた気がする。ありがと、マスター。


  店を出たら、雨も明けて晴れやかな空広がってる。なんだかこれからの私みたい。
  ちょっと背伸びをして、梅雨のようなじめじめした気持ちも一心ね。

  さぁーて、明日からはいつもの来栖川綾香に戻って、新しい恋見つけなきゃね。
  次に見つける恋は”ぜったい”逃がさないんだから。


[了]



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