(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

月見で一杯、花見で一杯

Episode : 保科 智子

written by Holmes金谷



  − 1 −


 また、桜の花が咲く季節になった。
 今、オレは「春休み」と言う、実にゆったりとした時間を過ごしている。
 久しぶりに両親も帰ってきて、家の中も活気に満ちているし、後は数日後に迫った新学
期を待つだけだ。
 ・・・もっとも、このまま休みが永遠に続いてくれれば楽なんだけど。


 そんなある日、オレは買い物がてら、暇つぶしで学校帰りに寄る駅前商店街を歩いてい
た。
「おっ、あれは・・・」
 必要な物も買い終わり、何となくぶらついていると、本屋の前で見慣れた姿を見つけた。
 後ろでまとめられた三つ編み。丸っぽい形の眼鏡。
 一心不乱に、何かの本を読みふけっているその御方は、紛れもなく我らがクラス委員長、
保科智子だ。
 ・・・と言っても、新学期とともにクラス替えだし、今度もクラス委員長をやると言う
保証はどこにも無いけどな。
「よっ、い・い・ん・ちょ」
 軽く肩をたたく。
「・・・? 藤田君?」
 ずっと本を読んでいた為か、顔を上げた委員長は少しぼうっとしていた。
 多少目が赤い。
「何だ、ボンヤリしてしまう程ここで立ち読みしてたのか?」
 少し意地悪めに言う。
「べ、別ににいいやん」
 少しふくれて、ぷいっと横を向いてしまう。
 へへっ、こう言う所がかわいいんだよなぁ〜、委員長って。
「・・・藤田君、何ニヤニヤしてんの? 気持ち悪いで」
 どうやら委員長のほうを向いて微笑んでいたらしい。
 不覚。
「べ、別に何でもねぇよ」
 取り敢えずうそぶいておく。やべえやべえ。
「? まあ、別にええけどね」
 そう言うと、委員長は本を置いた。

 その後、別にそうしようと話した訳ではないが、二人で商店街をぶらついていた。
「ところで藤田君、明後日、暇?」
「明後日?」
 明後日と言えば・・・。
「春休みの最終日か」
「そう。その日に、花見でもせえへん?」
 珍しく、委員長からのお誘い。
「花見ねぇ。そう言えば今年はまだだったけど、その次の日が新学期というのもなぁ・
・・」
 少し考える振りをする。
 実は、最初から答えは決まっていたのだが。
「あ、それ、普通の花見じゃないんよ」
 と、委員長が少し慌てた風にそう言ってきた。
 取り敢えず、こっちの思惑通りだ。
「普通でない?」
「夜桜見物や」
 微笑みながら委員長が答えた。
「夜桜かぁ・・・」
 そういえば、今まで夜桜見物なんてやったことがないな。
 滅多に出来ない経験であると言う点では、確かに普通ではない。
「面白そうだな」
「でしょ、でしょっ? なあ、やらへんか?」
 すこしうつむきかげん、上目づかい気味に委員長が言ってきた。
 本当はもう答えなんか決まっていたんだけどな。
「おう、いいぜ」
「本当?」
 何かうれしそうに委員長が微笑んだ。
「その代わり、何かうまい物作ってきてくれよ。・・・そう言えば、委員長の手作り料理
って、まだ食べた事なかったなぁ」
「うん、まかしとき」
 やけに自信ありげに頷く委員長。
「ま、楽しくなるのはこの私の折り紙つきや。楽しみに待っといてや」
 そう言って、委員長はにっこりと笑った。
「おう、期待してるぜ」
 こうして、明後日に委員長と花見をする事になった。


  − 2 −


 そして、その日がやってきた。
 約束の時間より少し早めに到着するように、オレは家を出た。

 委員長が選んだ花見の場所は、学校の裏に有るさびれた神社だった。
 ここは、葵ちゃんがエクストリーム同好会の練習場所に使っている所でもある。
 境内に入って行くと、委員長がちょうどビニールシートを敷いている所だった。
「お待たせ」
 手をあげて挨拶をしながら近寄っていく。
「おっ、早いね、藤田君」
「まあな。こう言うイベントって、滅多に味わえないからな。時間がもったいなくて、早
く来たんだ」
 そう言って、委員長の手伝いをする。
「へえ、随分張り切ってるやん」
「そう言う委員長だって随分うれしそうじゃないか」
「うん、まあね」
 そう言い合ってから、二人は同時に吹き出していた。

 程無くして、準備はできあがった。
「ほい、藤田君」
「おっ、ありがと」
 割り箸を手渡される。
 そして、委員長が持ってきた弁当を広げた。
「うまくいったかどうかわからへんけど・・・」
「おっ、これはすごい」
 委員長が作ってきた弁当は、シンプルながらしっかりとまとめられており、かなりうま
そうだ。
「じゃあ、早速いただきます」
 ぱくっ。もぐもぐもぐ・・・。
「どう?」
 期待のこもった目で見る委員長。
「・・・うっ」
「うっ?」
「うまいっ!」
「・・・あのなぁ、そう言うフェイントは無しにせえへん?」
 ほうっと息を吐き出して、文句を言う委員長。
「悪い悪い。いや、冗談抜きでうまいよ、これ」
「お誉めに預かり光栄や」
 委員長はそう言って、にっこりと笑った。

 しばらくの間、そうやっておしゃべりをしながら夜桜を楽しんでいた。
 ・・・どちらかと言えば、「花より弁当」になっていたけどな。
「ふぅ、ごちそうさま」
 食べ終わって、改めて桜の花を見上げる。
「・・・丁度8部咲き、ってとこかな?」
「そうやね。天気が良くてよかったわ」
 委員長はそう言うと、かばんから何かを取り出した。
「さ、食後のお楽しみや」
 そう言う委員長の手に握られていた物は・・・。
「お、おい、それって・・・」
「ん? 藤田君、お酒くらい飲めるやろ?」
 そう、委員長の手には日本酒のビンが握られていた。
「そ、そりゃあ飲めるけど・・・」
「じゃあ決まり。のものも」
「おいおい、いいのかよ?」
 ここは学校の裏だぜ?
「まあまあ、最後の春休みなんやし。楽しもうや」
 ・・・何だかなぁ。


  − 3 −


 結局、委員長に押される形で飲む事になってしまった。
「花見で一杯、なんて、風流やね〜」
 上機嫌で杯を空ける委員長。
「お、おいおい、やたらとペース早くないか?」
 委員長は、オレが一杯飲むあいだに3杯くらいは空けていた。
「ん〜? 大丈夫、平気平気♪」
 そう言う間にも、更に2杯飲み干す委員長。
「んふふふふ〜・・・藤田く〜ん、飲みが足らんで〜」
 ・・・しかも、絡んでくる。
「お、おう」
 とくとくとく。
「おっとっと・・・」
「さ、ぐいっといってみ」
「お、おう」
 ぐいっ。
 言われるがまま、一気に飲み干す。
「お・・・お〜、藤田君、飲みっぷりがステキやねぇ」
 そう言うと、委員長はオレの横に座りこみ、寄りかかってきた。
「!? お、おい・・・」
「うふふふふ・・・惚れなおしちゃうなぁ〜」
 委員長はそう言って、すりすりしてくる。
 ・・・おいおい。
「委員長、酔ってるだろ?」
「ん〜? 何失礼な事言うてんねん。全然酔ってないで」
 そう言いながらも、また委員長はすりすりしてきた。
「私がそう簡単に酔う訳無いやろ〜?」
 いかん、完全にただの酔っぱらいと化してる。
 しかも、悲しいかなこうなったら手が付けられないだろう事も重々承知していた。
「おっ、藤田君、お月様が出てるで。しかも、満月や」
 と、寄っ掛かったままの委員長が空を見あげてそんな事を言ってきた。
「月?」
 見上げると、確かにぽっかりと月が浮かんでいた。
「本当だ。・・・へぇ、月見で一杯、花見で一杯か」
 あまりの見事さに、思わずつぶやく。
「風流だねぇ」
「そうやな。・・・じゃあ、月も出てきたと言う事で。今晩だけのおとっときや」
 そう言うと委員長は起き上がり、別なかばんを探り出した。
「?」
「え〜と・・・あ、あったあった」
 そう言いながら委員長がかばんから取り出したのは、見た感じが三味線に似ている楽器
だった。但し、張ってある革が猫じゃなくてヘビ革だと言うことと、バイオリンの弓みた
いな物が有るということ、そして、弦が2本だけと言う点を除けば、だが。
「へ〜、委員長、楽器なんてやってるんだ?」
「なんや、その言い方は? 随分意外そうやね?」
 少しふくれて委員長が言い返す。
「いや、意外って言うか、何となくイメージと違うって言うか・・・」
「・・・あのなぁ」
「でもまあ、似合ってるよ、うん」
「・・・・・・」
 オレのフォローに、委員長は酔いで紅潮した顔を更に赤く染めた。
「・・・ま、取り敢えず聞いてや」
 そう言うと、委員長は弓を構えた。
「・・・中国の、夜の曲や」
 そう言って、まるで誰かに語りかけるかのように静かに演奏を始めた。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 ・・・うまい。うますぎる。
 何より、その曲が夜桜や満月とすごくあっている。
 桜の花びらが静かに舞い散る中、酔って少し頬を紅潮させた委員長が、目を瞑って歌う
かのように楽器を演奏する。
 まるで、絵を見ているようだった。
 妙に現実離れしていて、そのくせ妙に存在感が有る。

 ・・・そして、長かったのか短かったのか、曲の演奏は終わった。
「・・・おしまい」
 委員長はそう言って、にっこりと笑った。
「・・・・・・」
「何や、藤田君、拍手も無しか?」
「あ、いや・・・その、何つーか・・・」
「?」
「委員長、無茶苦茶うまいじゃん。オレ、驚いちまったよ」
 そう言って、思い出したように拍手をした。
「んふふ、おおきに」
 そう言って、おじぎをする委員長。
「いつの間に覚えたんだ? とても昨日今日の物じゃねーだろ?」
「え? ・・・ああ、胡弓のことか?」
「こきゅう?」
 聞き慣れない名前に、オレは首をかしげた。
「あ、胡弓いうのは、この楽器の名前や。中国の楽器らしいで」
 そう言って、委員長はまたオレの隣に座りなおす。
「・・・これな、うちの父親が教えてくれたねん」
「委員長の父親が?」
「そうや。・・・うちの両親がまだ離婚する前にな、神戸で教えてくれたねん」
 そう言って、委員長は目を細めると愛おしげに楽器をなでる。
 その姿にオレはちょっとだけドキッとした。
「・・・そうか。そんな大切なもんを聞かせてくれたんだ。ありがとな」
 そう言って、オレは委員長の肩を抱いた。
「・・・なんや、今日の藤田君、妙に優しいで?」
 委員長が潤んだ目をオレのほうに向ける。
「春だからな」
 自分でも良く解らん答えを返すと、委員長はくすっと笑った。
 そして、そのまま目をつむる。

 そのまま、二人は口づけを交わした。


  − 3 −


 翌日。
 見事にオレは二日酔いに悩まされていた。
 う〜っ、頭いて〜・・・。
 昨日、あの後またしても委員長のペースで飲まされたのが原因だった。
 おかげで午前中の事はほとんど記憶に無い。
 ・・・まあ、今日が始業式だけだった事が不幸中の幸いだったが。

 始業式が終わった後、少し頭痛がおさまったオレは、何の気なしに屋上へと上がってい
た。
 二日酔いざまし・・・と言う訳ではないが、何となく風にあたりたかったのもある。
 手すりにもたれ掛かって、桜の花びらが舞う町並みを眺めていると、ふと昨日の委員長
の楽器の音色が思い出された。
 月明かりの中で、桜の花びらが舞う中、歌うように流れていた音色。
 ・・・また聞いてみたいな。

「何や、こんな所におったんか」
 と、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「かばんはあるのに姿が見えへんかったから、捜したで。・・・何してるん?」
 そう言いながら、委員長がオレの隣に並んで手すりによりかかった。
「二日酔いざましに風にあたっていた」
 オレがそう言うと、委員長はくすっと笑った。
「すまんな。ついつい調子に乗ってしもうたわ」
 オレが二日酔いになったというのに、委員長は平気な顔をしている。
 こりゃあ、間違いなく普段から飲んでるな・・・。

 そのまま、しばらく黙って町並みを眺めていた。
「・・・あのさ、委員長?」
「何?」
「・・・」
「・・・?」
「・・・また」
「また?」
「また、あの楽器、聞かせてくれよな」
「・・・」
「・・・」
「・・・うん、お安い御用や」

 春の風が、桜の花びらをのせながら二人の間をすり抜けていった。


  − 終わり −




あとがきへ    インデックスへ戻る    感想送信フォームへ