(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

わたしだけのもの

Episode : 保科 智子

written by ふうら



 雨降りの金曜日、学校帰りの道草は。
 繁華街の一角、通り見下ろしてるヤクド二階窓際のテーブル席。
 いつものトコ、いつものように。

「…」
 ううん、ちゃう。こんなん、いつも通りやあらへん。こんなん、ちっとも…。
 目の前の藤田くんは、えらい不機嫌で。ちっともこっち、見てくれへん。窓の外に視線
あわせて、ずっと黙りこくってる。
 そない露骨やないけど、いわゆるシカトや。
 だらだらと、ただ、過ぎてくだけの時間。作り置きのハンバーガー、油と塩でぎとぎと
のポテト、水っぽいコーラ。どれもこれも、いつにも増して味気ない。
「…なぁ、藤田くん」
 これで幾度目やろ、私からのノック。
 我ながら、らしないんやけど。心の中じゃ、びくびく、とくんとくん。おっかなびっ
くりや。真夜中の廊下、手探りでスイッチ見つけなあかん時みたく。
 藤田くん、やっぱしアレ、怒ってるんか…。
「………」
 そやな、当然や。おかしない。十中八九、そーやろーね。
 昨日の電話、言葉の咬みつき合い。私があんなコト、ホンマいらんコト、ゆーてもう
たから。
 口喧嘩は両成敗、お互い様や。…そやけど、アレは別。聞き流してはくれへんのやろ?
 半ば私の本心、あの子をボロクソに貶すよな暴言。
 むしろ、その為の不機嫌。アンタはそーゆーヤツやわ。

 なぁ藤田くん。それが他の子でも、一緒なん?
 そーであるよーな気ぃする、藤田くんなら。
 …ん、けど、でも。微妙に態度、重み、ちゃうんやないかとも思う。
 尽きない心配、だって、あの子のコトやから。

 …。
 あんた、わかってるん?
 羨ましいんやよ、私。

「ん…、なんだよ、委員長」
 だいぶ遅れて、生返事。そっけないお言葉、見えてこないコトダマ。
「あ、あのなぁ、えっと…」
 あちゃ、しもた。考えてみたら、なんもないやん。いい加減、振るネタも尽きてたわ。
こっちから話しかけてばっかりやし。
 しゃあないし、とりあえず。
「今度のヤックグルメな。なんや、イマイチやとおもわへん?」
「…。ま、そうかもな…」
 ぷつん。再び、だんまり。
「……」
 また、ダメやったみたい。実にあっさり、会話、途切れてまって。
「………、…はふっ」
 聞こえないように、小さくため息。…けど、どーせ。藤田くん、気持ちはアサッテの
ほう向いてまってるんやもん。
 こんなんはいらん気づかいやね。

 今日は朝からこの繰り返し。おかげでひどい息苦しーわ。
 しかも、この天気やし。止みそうでちっとも止まん、イヤな曇り空やわ。湿っぽい空気
に、気持ち、ドンドン落ち込んでってまう。
 …昨日の今頃は、こんなんやなかったのに。

 二人して、あっという間に食べ終わってる。それからずっと、だんまりの根競べ。
 店の騒がしさが、私の耳に空々しく響く。この時間やもん、私らみたいな高校生が
わんさか押し寄せとる。雨宿りってのも、あるんかもね。
 いつもだったら気にも止らん、けど今は、気に障ってしゃあない。
「………」
 あー、うー。
 なーんか、もー、やっとれんわ。
 なんで私、いつまでも、こないトコに居るん?
 お金は払うた、食べるモンも食べた、したらさっさと帰ってまえばイイやんか。
「…」
 ちっ…、と。舌打ちひとつ。
 アホやなぁ、私。こない苛立ってまって。そーとー、おかしなっとるわ。冷静やない。
 一年前ならいざ知らず。この、今の私に。いっくら不機嫌やからって、藤田くん残して
帰れるわけないやんか。

 …少なくとも。この息苦しさが解けんうちは。帰られへんよ。

 でも、だからって、うまい対処法も思いつかへんし…。
 あかんわ。ちょっとばっかり勉強は出来ても、こーゆー必要な時に限って、使えん
ノーミソや。

 また十分ほども過ぎたやろーか。
 氷が溶けて、炭酸抜けて、すっかりコーラ味の冷や水になっとった。のどの渇きを癒
すのに、ズズッとすすって思う。…うー、ちっともおいしないわ。
 わやくちゃな私のアタマ、考える事を諦めた。
 なんや、むっちゃ、くやしーんやけど。妥協なんてしたないんやけど。なにより、自分
が間違うとるやなんて、これっぽっちも思てへんのやけど。
 でも…。
 これ以上、耐えられへん。つらいんやもん。こんなん、もうイヤやわ。
 キッカケ作ったんは私。そやから、ひっくるめて全部。…ついでに、神岸さんに対する
誹謗中傷までも。
 とにかく、とりあえず、謝ってまおか…と。

「あんなぁ、藤田くん…」
「なぁ、委員長…」

 ほとんど同時。言葉と言葉、絡みおうてた。

「え…」
「あ、わりぃ。いーぜ委員長、先に言ってくれ」
「ん、藤田くんが先でええよ。くだんないコト言おうとしただけやし…」
「そっか…」
 逡巡、躊躇い、そういったモンが。藤田くんの顔を通り過ぎてった。それから、こくっ
と息、飲んで。
 沈黙も一緒に飲み込んで。
「ゴメンな、委員長」
「な、なんやの? なに謝っとるん、薮から棒に」
「なにって…、決まってんだろ」
 そー言って、また、黙ってまった。

 だー、もぉ、それっぽっちで黙らんといてやっ!
 アズマエビスな関東男、おっきい図体してからに、中身はごっつ餓鬼やわ、しょーも
ない。テレパシーなんてあるわけやナシ、もっとビシバシ言葉並べ立てなあかん。
 そんなんやから、普段、届かせとかなあかんモンも伝わってこんのや。も少し言いよ
うってもん、あるやろに。
 私、頭ん中では、ぷりぷりと怒っとる。
 …同時に、ほんのちょっぴりだけ、ほっとしてんねんけどな。
 なんや風向きが…、状況が変わったくれたコトに。

 …ん。もしかしたら私。
 今、ふっと気が緩んで、泣きそうなん、知れへん。
 ガラスに反射する自分の顔、見て、思て。

「えっとだな…」
「…」
「つまり、昨日の電話のコトだけどよ。あれから、ずっと考えてたんだ」
「……」
「結論いっちまうと。委員長が正しいぜ。俺がその…、今までズルかったなって、思っ
てさ。なにより、委員長の気持ちも考えねーでよ…。だからその、ごめん」
「先に謝られても、困るわ…」
 私、聞こえんようにぼそっと呟いた。

 いつもと変わらん無駄話、長話、楽しいひととき。キッカケは些細なコトやった。
「藤田くん、アンタもいいかげん。委員長やなくて、智子って、名前で呼んでくれへん
の?」
 笑いながら、なにげなく。ふっと思いついた事、口にしてみただけやのに。
 あんときの私、ガッコでのコトなんか、ぜんっぜん考えてなかったんよ。
「あん? 急に変わったらヘンじゃねーか」
「ヘンって、なんやの?」
「だから。みんなにバレバレだって。なに言ってんだよ、委員長」
 いかにも当然って、藤田くんの口ぶり。
 あるんは微妙なニュアンスの問題。そんなん、多分、たまたまやわ。藤田くんだって、
深く考えてたワケやない。
 それはお互い様やのに…。
「………。いーやないの、バレたって」
「あ…。そりゃあ、そーだけどよ…」
 ちょっとした歯切れの悪さ。いけないと思うてんねんけど、なのに、そこへ突っかかっ
てってまう私。
 あとは、ぐちゃぐちゃぐちゃ。売り言葉に買い言葉。坂道転がり落ちる石みたいに。
 お互い受話器に怒鳴り散らして、当たり散らして、それがおやすみなさいの挨拶がわ
りになっとった。

「…だって。私こそ、あやまらな」
 そう。昨日の私、アタマに血が昇ってたからって、酷いコト言ってん。
「その、神岸さんのコトやねんけど…」
「あ、ああ…」
 藤田くん、困ったような顔して、苦笑い。
「ま、実際、間違っちゃいねーよな。…ちっとばっかり言い過ぎって気は、しないでも
ないけどよ」

「金魚のフンよろしく、いっつもいっつも、くっついて歩っとって…」
「お節介焼きの、便利なまかない娘やんか!」
「まるで犬ころやわ、アンタによーなついとるもんな!」
「あの子にバラされたないんやろっ! 私、知らんっ、もーええわ! 勝手に仲良くオ
ママゴトやっとき!」
 そないなコト、口走ってた気ぃする。カッとなっとったし、よー覚えとらんのやけど。
 なんでやろ、藤田くんやなくて。神岸さんに対して、侮辱するよな言葉を。

「だって、だって…、私、いっつも不安やったん。あんたら…、やっぱり幼なじみやもん」
「お、おい、待てよ委員長、泣くなってば」
 藤田くん、アンタ、無茶言いよるわ。これ涙やよ、止めよかて止るかいな。
 ぽろり、ぽろりと、大粒の涙が。私のほおっぺた、零れ落ちていきよった。
「わかっとるん、言っちゃいけんよーな酷いコトゆーたんは。電話切った後、しばらくは
腹立てとった。けど…お布団かぶってからは、ずっと後悔しとったんよ。こんな女、嫌わ
れて当たり前や」
「嫌われてって…ちょっと」
「頑固やし、意地っ張りやし、見栄坊で、どーしょーもない女やねんで。それが、あの
神岸さんつかまえて、無茶苦茶言って…。アホやね。ホンマ、イヤな子やわ」
「なぁ委員長、そのへんにしとけって。…でないと、ホントに」
「………」
 眼鏡外して。ハンカチで涙、拭き取って。ボヤけて滲んだ藤田くんの顔、ちゃんと見
えるようになった。
「いや、好きだの嫌いだのが思いどおりにコントロールできてりゃあ、苦労ねーんだよ
なあ」
 藤田くんはしみじみと、ワケのわからんコトを言った。哲学っぽさでも、気どってるん?
「なんやの、それは」
 泣き笑いの私。
 自分でも似合わないコトゆーたと思ったんやろな、藤田くん、ぽりぽり頭かいて。
「ま、嫌いになったんなら、ノコノコこんなトコに来てねーよ」
「そやかて、ずっと怒ってたやんか。不機嫌な顔して、そっぽ向いて」
「…ああ。いろいろと、俺自身に。んだから委員長にじゃあ、ねーよ」
 じぶん、じしん? それ、どーゆーコトなん?
「…同じだよ、俺も。受話器叩きつけた時は相当怒ってたんだぜ。…んだけど、風呂入っ
て、ベッドの上に転がって、電気を消して。したら…」
「…」
「実は昨日、あんまり寝てね−んだよな、ずっと考え事してて。…なんとなく、学校じゃ
普通の友達、してる。まわりのヤツらに宣言するのもめんどくせーし、やっぱり照れ臭
いってのもあったし」
 言葉を切って。
「別に、あかりがどうとか、そーゆーのはこれっぽっちもねーんだ」
「…そ、なん」
「ああ。…けど、そーだよな、いくら俺がそう思ってたって。行動で示さなけりゃ委員長
には解らないし、伝わんないからな」
「…ん。ま、そやね」
「委員長、俺にはなんも言わねえけど、不安だったのかなぁって。そんなこと、考えも
しなかった俺自身に。今までただ浮かれてただけで、あまりにバカかもなって思えて、
それで不機嫌だったんだ」
 浮かれてた? その、滅多にゆうてくれへんけど…、えっと、そやからつまり、心底
安心してええって事なん?
「…おっと、不安だったってのは、さっき言ってくれたっけ」
「あ、う…、うん、そーや」
 なにどもってんやろ、私。声も小さなってる。藤田くんてば、なんや、にやっと笑っ
とるし。
「で、今日だって、謝っちまうタイミングがなかなか見つけ出せなくてよ。…隣の席だっ
てのに」
「お、おかげでこっちは、息苦しい一日、タンノーさせてもろたで」
「はははっ。委員長、ほんと、ごめんな」

 藤田くん。不意に黙って。

「智子」
「…な、なんやの。いややわ、ちょっと藤田くん…」
「それそれ、藤田くんってのもナシだぜ。ここは公平に、ヒロくんとか。じゃなきゃ、
ヒロユキか、ヒロか…。あと、アレもナシな、どっかのヤツが言われても止めない、ちゃ
んづけも」
「いや、そーやなくて…」
 私の疑問符、きっちり無視して。藤田くんは言葉を続ける。
「なぁ智子。週末、一緒に市立図書館で勉強する約束だったよな。悪いけどアレ、キャ
ンセルにしてくれないか」
「え、ええっ? な、なんでやの…」
「俺、きっちりけじめ付けてくるわ。だからさ」
 あ…。それって、神岸さんに…!?
「…そしたら月曜日からは、学校だろうと二人きりん時だろうと。照れようが、嫌がろう
が、泣こうが暴れようが何しようが。俺は委員長のコト、絶対に智子って呼ぶかんな。
一日考えて、そう決めたんだ」

 正直いって。
 その時、悲しそうな神岸さんの顔、浮かんだんやわ。

 春先に、あんなコトあって。
 私と藤田くん、すっかり仲良うなって。帰りだってこうして一緒に、図書館に寄った
り、ゲーセン行ったり、このマクドやら、と。
 自然、藤田くんと神岸さんの時間、減ってまっとるはずや。
 一緒に帰るんを断られ、寂しそうな顔してトボトボ歩いてく神岸さんに、すれ違いざ
ま挨拶しといて。一瞬だけは暗い気分。でも、約束しおうてた図書館のドア、開く時に
は綺麗さっぱり忘れて、遠足前の小学生みたいに浮かれとる。
 こそこそと何時のまにやら、他人の居場所、奪ってまって、盗ってまって、それでい
て知らんぷり。あの子の前では、私と藤田くんは只の友達やよって顔して。
 汚いわ…、けど。「好き」を自覚したその時から。せーせーどーどーなんて寝ぼけた
コト、考えてる余裕、あらへんかったもん。

 イヤな女、ほんまに。自分、そんなヤツやったやなんて。
 …あの子がいなかったら、きっと、ずっと、気が付かずに済んだんや。

「なぁ、いいん…じゃなくて、智子。そろそろ出ようぜ」
 空見ると、雨、止みそう。でも、まだ、しとしと。
「…ん」
 私、考えるんに気ぃ取られてて、言葉少な。

 でも…、だから、私。イヤな女で良かったわ。
 きゅうっと握りおうた掌と掌、触れあうその暖かみ、じんわりと。
 そうや…、私、間違ってない、思うん。

 かわいそうやわ、神岸さん。あんたホンマええ子やもん、それ振って他の女選ぶんな
ん、相手の男のアタマ、どんなんやのって、思う。
 けど…それはそれ、これはこれ、や。同情するんは、あくまでも一般論としてやわ。
 幼なじみ。どーしょーもないくらい長い時間を、彼と一緒に過ごしてきた存在。羨ま
しうて、妬ましうて、でも努力してなれるよーなもんやない。
 そらアンタ、どー考えたって、ボヤボヤボケボケしとるんが悪いんやわ。
 時間、それこそ幾らでもあったやないの。それを生かせんかった、あんたが…。

 あの子に対しては、私、幾らでもエゴイストになれるんやから。

「月曜日のお昼休み。肩、揉んでやるな」
「いきなりやね。アリガト」
「最近また肩が凝ってしゃーないって、ゆーてたやんか」
「言葉、すっごい、変」
「あー、悪かったよ。…んだからな、智子はマジメだからさ」
「え?」
「気に病んだり、してんじゃねーかなって」
「???」
 藤田くん、ぽんぽんって。私の頭を優しく叩いた。
「少なくとも、あかりは智子のこと、嫌いじゃねーと思うんだ。…んだから、智子はあ
かりのこと、理屈こねくり回してムリに嫌いになんなくっても、いいんだぜ」
「…」
「オレの言うこっちゃないか。けど、悪かったとしても、それはオレなんだから。智子
じゃねーよ」
「…よう、わからんわ」
 ホントに。藤田くん、何が言いたいんか、わからへんよ。
 考えるコトは人それぞれやし、アンタなりの状況の解釈ってモンが、きっとあるんや
ろーね。
 それ、私には見えないんやけど。…でも、ありがと。うれしーわ。
 おかげでなんや、気、楽になったで。

「ありがとうございましたー!」
 ヤクドのネーチャン、意味なくニコニコ笑って頭を下げる。私にはきっと出来へんね、
このバイト。
 声に押されて店を出る。

「いいんちょ…じゃなくって、智子」
 ふふっ、こら、面白いわ。
「慣れるまで、とーぶんはそんな感じなん?」
「ま、我慢してくれよ。…雨、まだ止まないな」
「弱くはなっとるんやけど…。時季外れやのに、めーわくなハナシや」
「雨は年中無休だろ。春にだって降ってたし、やっぱり秋にだって降るのさ」
 二人して、どんよりした曇り空、見上げて。それから顔、見合わせて。

「男物の傘? オレのより大きいよな」
「あ、私の折りたたみ、骨が歪んでまったから…。おとうの借りてきたんよ」
「…その、重くねーか?」
「…。重くなくも、ないよ」
 沈黙。
「オレの傘、穴が空いてたり、するんだよな、ジツは」
「その雫で、背中、濡れてたんやね」
「ん。そーゆーこと」
 また、沈黙。

 …なんなんやろーね、私ら。考えてるコトはたぶん一緒やし。

「はみ出して濡れちまうかもしんねーんだけどな、あの…」
「ダイジョブやろ、ほとんど小雨やし」
「…」
「………。ハイ、コレ。肩凝るんやわ、お願い」

「嫌がってたんじゃなかったっけ? これ見よがしでわざとらしゅうてイヤや…って」
「不可抗力や。…そーゆーアンタこそ、みっともないからヤダぜ…なんて」
「不可抗力…だよな」
「そやね」

 相合い傘、しながら。駅の方へ歩いてく。
 止みかけの雨空、雲と雲の切れ間から。幾筋かの光、射し込むんが見える。
「あれな、天使の梯子、いうんやよ」
「へぇー。キレイだよな」

「…私、絶対に後悔させへんよ」

「智子、なんか言ったか?」
「なーんも」
 私、力強くニッコリ、微笑んでみた。…ん、ダイジョブそうやわ。

 月曜日のあの子が、どないに悲しい顔しとったって。
 私、絶対に負けへんもん。


...END







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