(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

親友

Episode : 保科 智子

written by tac



 蒼い海。輝く太陽。白い雲。
 照り付ける日差しは砂を焼き、風は潮の香りを運ぶ。
 押し寄せる波は心地よいBGM。
 ここは沖縄、南国の島。

「あー、とっても楽しいわぁ」
「元気だよなー、ともこ……」
 ビーチパラソルの日陰の中で、デッキチェアーに横たわった浩之はまぶしそうに目を
細めた。
「せっかく来たんや、楽しまな損や」
「……そういうとこ、ゲンジツテキだなあ……」
 とはいえ、普段の理知的で冷静な彼女より、今の感情を表にさらけ出している彼女の
ほうが好ましく思えるのは、惚れてしまえばなんとやら、という奴かもしれない。
 何はともあれ、バイトに精を出した甲斐があったというものだ。
 3泊4日の滞在期間だが、そこはそれ学生だから日程の自由が利く。予想よりは安く上
がり、浩之としてはほっとしたのであった。
 ただ、やはり無理がたたったのか、妙に眠い。行きの飛行機の中でうつらうつらはし
たのだが、どうも駄目だ。
 智子もそれに気づいたのか、心配そうな表情を浮かべて覗き込む。
「ほんまに具合悪そうやな。だいじょぶ?」
 空元気を総動員して、浩之は手を振った。
「だいじょぶだいじょぶ。少し眠るけどな。智子は楽しんでこいよ」
「せやかて……」
「いいからいいから、ほれいっといで」
 送り出してしまうと、浩之は目を閉じた。波の音に誘われて、眠りに落ちる。

「……ゆき、ひろゆき、ひろゆきったらぁ!」
 ゆさゆさと肩を揺さ振られて、浩之は目を覚ました。すぐ側に思いつめた表情の智子
の顔がある。
「なんだ、智子か……どしたの?」
「どしたもこしたもない! 死んだかと思うやないか! こののーてんき!」
 きつい口調だが、声が震えている。やにわに顔を胸に押し付けてきた。胸に冷たい感触
がある。
 智子は泣いていた。
 反論しようとした浩之も、泣かれてしまってはどうしようもなかった。しばらく泣く
に任せておいて、他に目をむける。ふと違和感を感じ、やがてその理由に思い至った。
 太陽の位置が、大きく違っている。確か寝入った時には向かって左側に浮かんでいた
はずだ。なのに今は右側に移り、だいぶ下がってきている。もう夕方だった。
「ばかぁ……何時間も何時間も、何度起こしてもぜんぜん起きる素振りみせへんから……
うち恐くなってしもたやないか……」
「……ごめん。どうやらよほど疲れてたらしいや」
「ばかぁ……」
 ようやく落ち着いた智子とホテルへ戻った時には、もう一番星が出ていた。

「お〜い、まだか?」
「ちょっと待ってえな。もうすぐさかい」
 シャワールームで着替えている智子を待つ浩之。結構間抜けな情景である。女性の身
だしなみに時間がかかることを、まだ体感的に知っている年齢ではなかった。
 むろん「多少は」かかる事は覚悟していたのだが、何せ一日中照り付ける日差しの中
ではしゃいでいた彼女である。髪は洗わなければならないし、その他にもいろいろと面
倒があるのであった。基本的に着替えるだけですむ浩之とはえらい違いである。
 ようやくでてきた智子に愚痴の一つもこぼそうかと思っていた浩之だったが、彼女の
姿を見て声を失った。
 ノースリーブのシャツに、活動的なホットパンツ。アクセント代わりにちょこんと
サングラスを鼻に乗せ、髪はポニーテールにまとめている。普段制服姿か、せいぜいお
となしめの私服しか見ていなかっただけに、一瞬見間違えたかと思ったほどだった。
「どお? 変じゃない?」
「あ……あ、いや、変じゃない……」
「そか? よかったぁ」
 朗らかに笑う智子だった。そのまま腕を絡めてくる。
「お、おい……」
「さっ、あんじょうエスコートしてえな。何せ今眼鏡かけておらへんから、な〜んも見えへんの」
 にこおっ、と智子は笑った。小悪魔の笑みだった。
「あのなあ……」
 苦笑しつつも、結局そのまま出て行く二人であった。

 夕食はバイキングレストランである。適当におかずを取り分けて、テーブルに付く。
 テーブルは窓際で(もっとも窓に面していないテーブルなどない)、青く真ん丸の月
が輝いていた。
「さーて、食うぞぉー」
 山盛りという形容ですら力不足なボリュームの敵に、猛然と浩之は襲いかかる。智子
が呆れ果てた声を出した。
「あんなあ……何もそんなにがっつかんでも、逃げやせんて」
 ムードもへったくれもあったもんやないな。さすがにそこまでは口に出さなかった。
 やれやれ、とため息を一つつくと、智子も自分の食事に取り掛かった。普段に比べれ
ば大目だが、その大半は南国のフルーツで占めている。
「あら……結構いけるわ、これ。意外やなあ」
 食事には余り期待しなかったので、これもまた嬉しい誤算だった。そうなると現金な
もので、自然手と口の動きが速くなる。
 智子がフルーツに取り掛かる頃には、浩之はほとんどの料理を腹の中へ収めていた。
  不意に口の動きが止まり、目を白黒させる。
「うっ……ごほっ、ごほっ」
 慌てて手近にあったコップの水を飲み干す。
「あー! うちのコップやで、それ!」
「う……わ、わりい」
「……まあ、今更それくらいでどうこういわへんけどな。がっつくのだけはやめといた
ほうがええで」
 そういうと智子は立ち上がった。ジュースでも取りに行ってこようとして、振り返っ
て訊ねる。
「ひろゆき、何飲む?」
「レモンジュースか何かがいいや」
「柑橘系のさっぱり目のやつやね」
 流石は南国、なかなかお目にかかれないようなフルーツが並ぶカウンターバーで、浩之
向けにレモンジュースを、自分はアイスティーを取って、席へと戻る。
 その様を浩之はぼーっと見ていた。
 途中でカップルにぶつかりそうになった。
「あ、すいません」
 カップルの女性の方が、道を開けてくれた。ありがとう、とお礼を言いかけて、彼女を見た智子の目が、大きく見開かれた。
「え……」
 カップルのほうも、智子を凝視して固まっている。
 ただならぬ雰囲気を察知した浩之が、気になって近づく。三人はまだ固まったままだっ
た。よく見ると、カップルのほうも年格好は自分達と似たようなものだ。
「とも……ちゃん?」
 ようやく、少女が声を絞り出した。智子も応える。
「はは……うそやろ、こんなとこで会うなんて……」
 智子は、彼女をよく知っていた。物心ついたときからの幼なじみだ、見間違えようも
ない。

 ところ変わって、ここはティーラウンジ。とりあえず食事場所で話をするのも何なの
で、こちらへ移ってきたのだった。
 ひとしきり自己紹介が始まる。
「うちの幼なじみ、玲花と大地や」
「はじめまして、草薙玲花です」
「はじめまして。陣大地です」
「で、こっちは……うちの友達の」
「藤田、浩之です」
 浩之は真面目に挨拶すると、急ににこりと笑った。
「さ、堅苦しい挨拶は終わりにしよう。せっかくこんな偶然で会えたんだ、楽しまなき
ゃな」
「そやね」
 それから近況報告などをわいわい言い合って、頃合いを見はからって浩之は席を立った。
「積もる話もあるだろ。俺は先に帰ってるから、ゆっくり話しているといい」
「浩之……」
「なに、まだ寝足りないだけだよ。それじゃ、お先に失礼」
 二人に会釈して、浩之は去っていった。

 結局、智子が部屋に戻ってきたのは、時計の針が12時を回ってからだった。既に浩之は
ベッドに入っている。
 智子は着替えると、そのまま浩之のベッドへともぐりこんだ。目を覚ました浩之が慌
てる。
「おい、智子?」
「……お願い、今日は一緒に寝ていたいの」
 震えるか細い声でそう言われては、男に抗う術などあるはずもない。
「……何かあったのか?」
「そうやない、そうやないんや……今日は無性に、浩之のことを感じていたいんや」
「ふーん……ま、いいけどな」
 左腕を延ばして、智子の頭の下をくぐらせる。ぴっとりと寄り添う彼女の体が心地好い。
 智子がぽつりぽつりと、自分の心境を語る。

「うちな、怖かったんや」
「物心ついたときからの友達が、ああなってもうて……もしおうたら、うちどんな顔して
会えばええのか、悩んで悩んで……」
「でもな、まさかこんな偶然で会うなんて思ってなかったから、かえってよかったみた
いや……あれこれ思い悩んでたのが、全部どっか行ってもうた」
「……で、うち気付いたんや。ああ、うちは多分、この二人がこうなるって、心のどこか
で知ってたんや、て」
「だからな、うち……もう悩まん。笑って、あいつらと会える。それに……今のうちに
は……」
 その先の言葉は、言葉にならなかった。
 声として発せられる前に、浩之の口に塞がれたからだった。


 翌日。抜けるような青空は昨日と変わらず、4人はビーチに仲良く繰り出していた。
「ひろー! 一緒におよごー!」
「ともこ! 準備運動くらいしろって!」
 きゃはははは、と笑い声が波の音に被さる。
 やがて泳ぎ疲れた浩之は、波打ち際に戻ってきた。玲花もやってくる。二人はならん
で、ビーチパラソルの作り出す日陰に腰を下ろした。
 しばし無言のときが流れ、やがて玲花が呟いた。
「……藤田君、ありがとうね」
「……別にお礼を言われるようなことはしてないけど」
「嘘ついたって駄目や。昨日大地から話は聞いたさかいな」
 ぐっ、と声に詰まる。ぽりぽりと頭を掻く。
「礼を言うのはこっちの方かもな。あいつと……まあ、こういう仲になったのも、君達の
おかげといえばおかげだし」
「なんやのそれ」
「いやまあその……まあとにかく、言い合う仲ではあったんだけど、いつの間にやらこ
んな仲になってさ……ほっとけなかったんだよな、結局」
「……で、わざわざ手え回して、うちらと「偶然」ここで会うように仕向けたわけか」
「……怒ってる?」
「大地には怒った。なんで早うそれを言わん、とな。そしたらあいつ、『お前に話した
ら、バレてしまうがな』やて。まったくもう」
 くっくっく、と浩之は忍び笑いをこらえた。
「何がおかしい?」
「いやなに……その情景が浮かんで……」
 ふん、と玲花はそっぽを向いた。だが投げかけられた声は優しい。
「でもまあ、感謝するわ。うちらも気にはなってたんよ、ともちゃんのこと……でもど
ういう顔で会えばいいか、分からんくてな」
「智子も同じことを言ってたよ。どんな顔して会おうか、悩んだってな」
 それきり、二人とも黙った。

 楽しかった沖縄旅行も終わり、帰りの飛行機の中。
「……なあ浩之」
「何だよ」
「……あの二人がな、浩之のことほめとったで」
「へえ?」
「気配りの帝王や、いってたわ。でもな、気配りし過ぎても大変やから、ほどほどにな」
「気配りの帝王ねえ」
「でもな、いくらなんでもお金送ってくるのはやりすぎだって、怒ってたで。そんな金が
あるんなら、うちにプレゼントでも買ってやれって、突っ返されたわ」
 ぶうっ、と浩之は危うくジュースを吹き出すところだった。
「な、な……」
 嘘だ! と叫びかけた。浩之は金など送っていない。彼が手を回したのは、行く先を
示しあわせることだけだったのだから。
 お礼のつもりか。そう真実を説明しようかと思ったが、智子の顔を見て止めた。
 喜んでいる智子を、わざわざ不機嫌にすることもあるまい。
 二人を載せて、飛行機は一路東へと飛んでいく。

                                                                  fin







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