魔法使いな放課後

さて、と

「琴音ちゃん!」

あらっ、この声は・・・

「葵ちゃん」

帰る準備をしている所に教室の外から声をかけられて目を上げると、そこにいたのはやっぱり葵ちゃんでした。クラスは違うけど、今わたしが一番仲良くしているお友達、かな?
鞄の中に教科書をしまって、わたしは小走りに教室の出口へ急ぎました。こんな風に声を掛けて、そして待っていてくれるお友達は久しぶりです。

「お待たせ。どうしたの、葵ちゃん?」
「うん、琴音ちゃん、これからクラブでしょ?藤田先輩に伝えておいて欲しいことがあったから」
「藤田さんに?」
「そう。明日の部活の事なんだけど、明日急に綾香さんと約束ができちゃって、クラブはお休みになりましたって伝えておいてもらえない?」
「明日ね?いいわよ、伝えとく」
「サンキュ、助かったわ♪今日もちょっと急用が入っちゃったから直接言いに行けなくてどうしようかと思ってたのよ。じゃあ、悪いけどこれで。お願いね!?」
「うん、わかった。じゃあね」

あらら・・・本当に急いでいるみたいです。もうあんな所まで走って行っちゃいました。いつみても元気だわ、葵ちゃん。
いつも元気で明るくて、ちょっと上がり症だけど誰とでも物怖じせずにお話しできる葵ちゃんと、どちらかといえばとろくて内気で人見知りする(じ、自分で言う事じゃありませんよね?)わたしとじゃ、タイプがまるで正反対。そんなわたしたちが仲良くなったのは藤田さんのおかげでした。
あ、そうでした!今日はその藤田さんがこっちのクラブに顔を出して下さる日です。急がないと。

◇ ◇ ◇

オカルト研究会

「失礼します・・・」
「ヤッ、琴音ちゃん」

部室にはいると、早速藤田さんが声を掛けてくれました。相変わらず気さくな挨拶。時々不満に思うこともあるけど、こういう飾らないところが藤田さんなんですよね

「こんにちわ、藤田さん、芹香先輩、神岸先輩」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「こんにちわ、琴音ちゃん」

やっぱり相変わらず消え入るような声の芹香先輩。(わたしでもここまで内気じゃありません。上には上がいるなぁ、と思いました。)対照的にはつらつとした声を掛けてくれる神岸先輩。・・・そう言えば、いつだったか藤田さん、ぼやいてたな。玄関先から大声で呼ぶのはやめて欲しいって。その時は名前を呼ばれるくらいで何がそんなに嫌なのかな?って思ったんだけど、確かに近所いっぱいに聞こえる声で「ちゃん」付けは嫌かも・・・
オカルト研究会に入部したのは6月です。魔法も超能力も心の力だから、魔法の勉強をすればきっと超能力をコントロールできるようになる、そう勧めてくれたのは藤田さんでした。わたしは正直言って魔法なんて半信半疑だったし、仮に魔法があったとしても学校の部活で教えてもらえるような物だとは到底信じられなかったんですけど、実際に芹香先輩とお会いして考えが変わりました。芹香先輩は、何となく魔法を信じさせてくれるような、不思議な人です。それに藤田さんに言われちゃったし。

「超能力があるのに魔法が無いなんて言えないだろ?」

って。あの時は恥ずかしかったな・・・
あれからもうすぐ半年。最近、何となく魔法と超能力の共通点を実感できるようになってきました。芹香先輩は不思議な人。でも、藤田さんはもっと不思議な人。普通だったら、超能力のトレーニングに魔法を練習するなんて考えつきませんよね?
今日もわたしは芹香先輩と魔法の練習です。と言っても、呪文を唱えたり怪しげな踊りを踊ったりするわけじゃないんですよ?何と言えばいいのか・・・そう、精神集中とイメージの作り方、かな?心の中にどれだけしっかりしたイメージを作れるかが魔法には大事なことだって芹香先輩はいつもおっしゃっています。呪文も魔法書もシンボルも魔法に適した心の形を作る為のものなんですって。自分の望みを心の中ではっきり形にすることが出来たら、逆に自分が望んでいないことを心に描かないようにすることも出来るんだって、そうなれば心の力が暴走することも無くなるって、教えてくれました。体を使って何かする時は、何となく思っているだけでも手足が自動的にそれを翻訳してくれるけど、魔法は心の中で形にした通りのことしか起こらない。一見何の意味も無いような呪文やシンボルは自分では意識していない心の領域に正しい形を描く為の技術です。・・・あの小さな小さな声で力説していた時の芹香先輩は、普段からはちょっと想像できないほど情熱的でした。「魔法」というものにすごく真剣に取り組んでいるのがわたしにもわかったくらいに。
で、ですね。わたしたちが魔法の基礎トレをしている間、藤田さんと神岸先輩が何をなさっているかと言いますと。
藤田さんは部室の隅に置いてあるパソコンに向かってキーボードを叩いているのがほとんどですね(このパソコンは来栖川エレクトロニクスの最新製品で、芹香先輩がお宅から持って来られたものですけど、今では藤田さん専用みたいになっています)。ディスプレーには三角や丸を組み合わせた複雑な図形の模様が次々と色や形を変えながら浮かび上がっています。四月からパソコンを始めたばかりだなんてちょっと信じられません。ご本人は「性に合ってたんだろ」なんて軽〜く受け流していましたけど、やっぱりすごいです。さすがはわたしの・・・(
ポッ)。・・・・・・いけないいけない、思わず願望が。はしたないとこお見せしちゃって・・・(は、恥ずかしい・・・)。
ええと、それでですね、藤田さんが一体何をやっているのかというと、コンピューターにも霊魂は宿るのか?の実験だそうです。パソコンのディスプレーに魔法陣を映し出すことで、コンピューターの中に魔法の世界(藤田さんは「魔力の場」とおっしゃっていました)を創り出して、そこに妖精を召還する魔術を試しているんですって。四月からずーっと試しているんだそうです。でも、いくら藤田さんでもそんなことは出来ないと思うんですけど、みなさん、どう思われます?芹香先輩は不可能ではありません、とおっしゃっているんですけど。既に、パソコンの中で簡単な魔法陣なら発動させることに成功しているんだとか。ハイテクな魔法使い、
カッコイイです・・・
一方、神岸先輩ですが、先輩はオカルト研究会の部員じゃないんです、実は。神岸先輩は助っ人でして、じゃあ何の?と言いますと、魔法薬の調合をするときに藤田さんからお願いして来てもらっているんですね。
魔法薬というのは極めて感覚的な物です、と芹香先輩はおっしゃいます。水何リットルに対して材料何グラム、という具合にきちんと計って混ぜ合わせてもうまくいかないらしいです。大鍋一杯の熱湯に対して、大さじ三杯、とかカップ半分、とかそういう感覚が大切なんだそうです。芹香先輩がそのお話をされた時に一緒に聞いていた藤田さんが、じゃあ料理と似たようなもんだな、って例のあっさりした口調でおっしゃって、芹香先輩がちょっと困ったような顔で頷いたのを見て、次の実験の時に神岸先輩を連れてきた、という訳なんです。確かに神岸先輩、料理お上手ですものね・・・。それに、神岸先輩が手伝って下さるようになってから、5回に4回は失敗していた魔法のお薬が2回に1回は成功するようになったということですから、藤田さんの考えは正しかったようです。でも、それでも2回に1回は失敗するんですよね・・・。実験台になる藤田さん、かわいそう・・・(でも他に引き受けてもらえる人、いませんから・・・わたしですか?・・・藤田さん、頑張って下さい!)
今日も神岸先輩の前には、たらいくらい大きな鉄のお鍋がぐつぐつと煮立っています(さすがに火は使えませんから電磁加熱器です。よく、焼き肉屋さんなんかに置いてあるやつですね)。真っ赤なマントとフード、大きな木のおたま。神岸先輩、最初はこの格好すごく嫌がっていたんですけど、最近は慣れちゃったみたい(魔法にはそれなりの格好が必要なんだそうです)。でも、何で赤なのかしら・・・

「・・・・・・・・・」

あっ、いけない!?芹香先輩に怒られちゃいました。ちゃんと意識を集中しないと。この前、少しぼうっとしていたら(何を考えていたんだなんて訊かないで下さいね?もちろん・・・きゃっ♪)ポルターガイストを起こしちゃったんですよね。気をつけないと。

「先輩、ちょっといいかい?」
「・・・・・・・・・」

藤田さんの声に、ええ、いいですよ、と芹香先輩が優しい声で応えます。芹香先輩は基本的に誰にでも優しい方なんですけど、藤田さんには特にそんな感じがします。・・・いやだな、芹香先輩じゃとても敵わない・・・こんなことをすぐ考えちゃう自分にちょっぴり自己嫌悪。
トコトコ。何となく芹香先輩の後について藤田さんの所まで。

「先輩、この魔法陣、これで間違ってないかな?」
ディスプレイにはひときわ複雑な模様が浮かび上がっていました。
「・・・・・・・・・」

しばらくじっとその模様を見詰めていた芹香先輩がやがてこくんと頷きました。よくできています、と嬉しそうな声(最近わたしにも芹香先輩の表情とか声の調子とかがわかってきたんですよ)。

「浩之ちゃん、これ、何に使うものなの?」

ビックリ!急に後ろから声を掛けられたものですから・・・何時の間にか神岸先輩もディスプレイを覗き込んでいたんですね。でも、わたしも興味あります。今までの作品に比べて、随分複雑な魔法陣みたいです。

「これか?これは送還術に使うモンだ」
「送還術?」
「そっ。間違ってヤバイ魔物なんかを呼び出しちまったりしたような場合に、強制的にお帰り願う為のものさ。備えあれば憂い無しってね」
「へぇ〜、すごいんですね」

我ながら、思わず間抜けな声が出ちゃいました。

「いやっはは、それ程でも」

・・・藤田さん、だから綾香さんあたりに「お調子者」って言われるんですよ?

「これだけだったら単に魔法書のコピーだけどな。そっから先が一工夫なんだ」
「?」

ごそごそ。足元から大きな懐中電灯みたいなもの。

「このプログラムを記憶させたポケコンにこの液晶プロジェクターを繋ぐだろ。そして魔物に向けてこの魔法陣を投射すると、送還術が発動して魔物を送り返すことができるって寸法なんだ」
「それって何か、ガン・・・」
「ストップ!それ以上は言いっこ無しだぜ、あかり。自分でもそう思ってるんだからな」

ガン・・・何でしょう?わたしはゴーストバスターズみたいって思ったんですけど。とにかく、すごいです。やっぱりただのお調子者じゃありません(あっ、藤田さん、ごめんなさい!)。

「ところであかり、そっちの方は終わったのか?」

わたしと同じようにうんうん頷いている神岸先輩に、思い出したように訊く藤田さん。

「うん、言われたところまで終わったよ。後は芹香先輩の仕上げだけです。」

後半は芹香先輩へ向けられた返事。

こくん

芹香先輩は無言で頷いて(機嫌が悪い訳じゃないんですね。無口なだけです)、黒マント、黒のとんがり帽子姿でお鍋に向かいました。手には古ぼけた小さな皮の袋と魔法書。

「・・・・・・・・・・・・」

片手に魔法書を開いて未だによく意味のわからない呪文を唱えながら、もう片方の手に持った皮袋の中身をお鍋の中に落としていきます。

サラサラサラ
「・・・・・・・・・・・・」
サラサラサラ
「・・・・・・・・・・・・」
サラサラ・・・
「・・・・・・・・・・!」

皮袋の中身が無くなったところで芹香先輩がひときわ気合いを込めて(と言っても声が大きくなる訳じゃないんですけど)呪文を唱えました。すると。

ボンッ!

すごい音(でも、いつもに比べて特に大きな音という訳じゃありません。中くらい、ですね)、そしてモウモウと立ちこめる煙。煙の中、お鍋の上には・・・人の影?

はぁーはっはっ、ついに甦ったぞ!
「先輩・・・何作ってたの?」
「・・・・・・・・・」
「ダグダーの釜?ケルトの魔法力の源?でも失敗だったようです?
・・・あかりぃ、お前また「味に深みが足りない」とか言って塩とか胡椒とか余分に入れたんじゃねえだろーな?」
「そ、そんなことしないよぉ。ひどぉい、浩之ちゃん!あたしを疑うの?」

ぷるぷると首を振る神岸先輩。しばらく胡散臭そーにそれを見ていた藤田さんでしたが、ふうっ、と一つ溜息をつくと、芹香先輩の方にもう一度向き直りました。

愚かな人間どもぉ!恐怖に打ち震えるがいいぃ!!
「それで先輩、何が出来たの?
えっ?地獄の釜?でも急いで閉じましたから大丈夫です?
そんならいいんだ」
再び天下は我が前に・・・って、人の話を聞けぇぇ!!」

藤田さん、さっきから煙の中で誰か話しているようですよ?

「・・・先輩、このチビ、何だか知ってる?」
「ち、ち、チビとは何だぁぁ!!」

叫びながら煙の中から飛び出してきたのは・・・

「さっきから鬱陶しいチビだな。大体人の話を聞けとか言ってたけどテメェは『人』じゃねぇだろ。何なんだよ、テメェは?」

冷たい目でジロリと見る藤田さん。ワイルドなところも素敵・・・じゃなくてですね。煙の中からでてきたのは、小学生くらいの男の子?でした。体中赤黒くて口元からは大きな八重歯、じゃなかった牙、額からは二本の小さな角。・・・確かに、藤田さんのおっしゃるとおり一目で人間じゃないことはわかるんですけど・・・なんかかわいい♪(と言うか、ユーモラスなんですよね)

「誰がチビだぁ・・・って、あれ?」

そのおチビちゃんは(ちょっと可哀相かな、『おチビちゃん』なんて・・・)藤田さんを見上げて、急に自分の目線の低さに気付いたようです。キョロキョロと自分の体を見回しています。

「・・・・・・・・・」
「実体化する時のエネルギーが不足して体が縮小しているようです?ふーん、もしかして、先輩が通り道を塞ぐのが早かったから?なるほど」

芹香先輩、丁寧な解説ありがとうございます(時には説明セリフも必要ですよね?)。

「な、何故だ・・・この俺様の体がこんな・・・」

虚ろな目をしてブツブツ呟く子鬼くん(仮称)。

「ホンットに鬱陶しいガキンチョだな」
「誰が餓鬼だぁぁ!あんな下っ端と一緒にするな!いいか、聞いて驚け!俺様は・・・聞いてんのか、コラ!!」

藤田さん、聞いてあげましょうよ・・・それから芹香先輩とばかりお話ししないで下さい・・・

「ハイハイ、聞いてやるからサッサと言いな」
「聞いて驚け!俺様はその昔京の都を恐怖のどん底に叩き込んだその名も高き大江山の鬼王、酒呑童子様だ!!ガァッハッハッハッ、小僧、恐怖に震えるがいい!!」
「スッテン童子?」

コテッ

思いっきりふんぞり返って笑っていたスッテン童子さん?はあんまり体を反らし過ぎたのかコテンという感じで後ろに倒れてしまいました。・・・大丈夫かしら。

「誰がスッテン童子だぁ!酒呑童子だ、シュ・テ・ン・童子!!」

憤然と起き上がる何とか童子さん。大丈夫だったみたいね・・・あっ!?

「あ、あの」
「ああん?」

そんな怖い顔で見ないで下さい、スッテン童子?さん・・・

「あの、気をつけて下さい、・・・転びますよ」
「・・・?・・・こ、こんな何もない所でどうやって転ぶと言うんだぁ!馬鹿にしてるのかぁぁ!!」
「キャ!」

一瞬怪訝そうな顔をして、それから大声を上げるスッテン童子?さん。思わず藤田さんの背中に隠れたわたしの方へズンズン詰め寄ってきます。

バタッ

ああ、やっちゃった・・・もう、大体超能力は制御できるようになったんですけど、人?を無意識に転ばせちゃう癖だけはなかなか直らないんですよね・・・琴音、反省!

「・・・やっぱりスッテン童子じゃねえか」

顔面から床に突っ込んだその姿を見てポソリと呟く藤田さん。・・・藤田さん、それは可哀相ですよ・・・

ムクッ
ドタドタドタ
カカカカカッ

スッテン童子さんは部室の黒板に向かって猛然とダッシュし、黒板いっぱいに

酒呑童子

と大書しました。意外と達筆ですね、スッテン童子さん、じゃなかった酒呑童子さん。

「さけのみ童子?」

ガクッ

「シュ・テ・ン・童子だぁぁぁ!ああぁ、何故この俺様がこんな小僧に・・・」
「とりあえず小僧はテメエだろ。まあ、気にするな。わざとだ」
「ああぁぁぁぁぁぁ」

しゃがみ込んで頭を掻きむしる酒呑童子さん。なんか、背中から悲哀が漂っていますね。

「ねえねえ、浩之ちゃん。この坊や、お酒が好きなの?」

子供なのに・・・という非難を顔いっぱいに広げて藤田さんの袖を引く神岸先輩。・・・大物だわ、神岸先輩って。
・・・あっ、童子さん、とうとう突っ伏しちゃった。

「・・・・・・・・・」

お酒ならここに・・・って、芹香先輩も意外とお茶目かも・・・

ガバッ

「お、おう、貢ぎ物か!?ヘッヘッヘ、娘、なかなか殊勝な心掛けだ。それに免じて、お前を殺すのは一番後回しにしてやる」

・・・やっぱりこの子、酒呑み童子だわ・・・
芹香先輩の手から栓の開いたワインボトルをひったくってラッパ飲み。いやですね、お酒呑みって、ガツガツしちゃって。

「ふーっ、・・・?、グ、グギャアァァァァ!!

でも、ワイン一本まるまる一気飲みして一息ついた直後、童子さんは鶏が絞め殺されるような悲鳴を上げて(実際に鶏が絞め殺される所に立ち会ったことはないんですけど)、苦しそうに床を転げ回り始めました。七転八倒って言うんでしょうか?大丈夫かしら・・・

「藤田さん、ずいぶん苦しそうですけど大丈夫でしょうか?急性アルコール中毒かな・・・?」
「琴音ちゃん・・・」

下を向いてポンポンッってわたしの肩を軽く2回叩く藤田さん。ち、違いました?

「・・・芹香先輩、何飲ませたの?これ?
・・・・・・」

今度は芹香先輩の肩を叩く藤田さん。

「・・・・・・先輩、魔物に聖別されたワイン飲ませてどうすんだよ・・・?」

ポッ

俯いて恥ずかしそうに頬を染める芹香先輩。・・・年上なのに何でこんなに可愛いのかしら?藤田さん、芹香先輩とお付き合いしてるなんてことは無いですよね?芹香先輩が相手じゃ、私、かなわない・・・

「まあ、退治するんなら間違っちゃいないけど・・・」

そんな私の心に全く気付かない鈍感な(!)藤田さんは困惑した顔でのたうち回っている童子さんを眺めています。

「いい加減鬱陶しくなってきたな・・・このまま消えてもらおうか?」

うわあっ、非情です!でもクールなところもステキ・・・

「こ、小僧・・・謀りおったな・・・」

苦しそうに呻く童子さん。

「オイオイ、そりゃ誤解だぜ。単にテメエが間抜けなだけだ」

それって、トドメの一撃なのでは?

グワアァァァァァァ!

・・・藤田さん、何か、童子さんの体が膨らんでるみたいに見えるんですけど?
いえ、気のせいじゃありません!体が巨きくなっていきます!!

「浩之ちゃん!」

藤田さんの腕にしがみつく神岸先輩。・・・いいな、幼馴染みって。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

怒りのせいで一時的に妖力が増幅されているようです、と緊張した口調で(でもゆっくりと小さな声で)芹香先輩。どうしましょう、藤田さん!?

ガアアァァァァ!!

「きゃあぁぁ!!」

バリバリバリバリ

「琴音ちゃん、ナイス!!」

恐ろしい形相に巨大化して襲いかかってくる童子さん。思わず悲鳴を上げてわたしは目をつぶってしまいました。体の芯から「力」が放出される感覚。
えっ?ナイス??
恐る恐る目を開けると、童子さんが体中から煙を上げて痙攣しています。大きさもあっと言う間に元の小学生サイズに。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

見事な雷の魔法ですね、と芹香先輩。わたしが・・・ですか?

「エネルギーの総量は変わらんのに巨大化なんてすればすぐに力を使い果たしちまうことくらい、考えなくてもわかるだろうに・・・まあいいや、ちょうどいい実験台だ」

そう言うと、藤田さんは例の巨大懐中電灯を(あっ、液晶ディスプレーでした!)童子さんの方に向けました。

スイッチオン

童子さんが横たわる暗い部室の床にいびつな円や三角を組み合わせた模様が映し出されます。

ギャアァァァァァァ

蛙が踏み潰されたような声(蛙って、そういうときに声を出すんでしょうか?)を上げたかと思うと、童子さんの姿が見る見る薄れていきます。十秒も経たない内に童子さんはどこかへ消えてしまいました。・・・ちょっぴり、可哀相かな?

「・・・・・・・・・・・・・・・」

あんな歪んだ形でどうして魔法陣が正常に作動したのでしょう?と不思議そうな声で芹香先輩が藤田さんに訊ねています。

「先輩、そりゃ勘違いだよ。床に投影されたのはあくまでもオマケ。魔法陣の本体はディスプレーの画面上に形成されていたのさ」

納得した顔で頷く芹香先輩。すごぉい、藤田さん。芹香先輩に魔法のことで、わからないことを教えて上げられるなんて。

「ところで琴音ちゃん、体の具合はどう?」
「?」

目を丸くしているわたしに、突然そんなことを訊く藤田さん。何のことかしら?

「眠くなっては・・・いないようだね。あれだけ強い力を使ったのに」
「あっ」

そう言えばそうですね。何故でしょう?以前は転ばせちゃうだけで眠くてたまらなかったのに。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「力」の使い方に慣れてきたんだと思います・・・そう、芹香先輩がおっしゃいました。それって、魔法の練習が役に立ったってことですか?

「そうか、魔法トレの成果って訳だな。よかったじゃないか、琴音ちゃん」
「?」
「眠くならないってことは、体にかかる負担が小さくなったってことだろ?もう、超能力を使っても体を害するようなことは無いんじゃないかな?」
「藤田さん・・・」

もしかして、そんなことまで考えてわたしにクラブを勧めて下さっていたんですか、藤田さん?

「あとは・・・転ばせちゃう癖だけ何とかしなきゃな?」

そう言って藤田さんは片目を瞑ってみせました。気付いてらしたんですね?(真っ赤
何事もなかったように後片付けを始める藤田さん。神岸先輩にさんざん軽口を言いながら、一緒にお鍋の後始末。本当に気さくで、飾らない人。でも、特別な人。こんな人はきっと、世界中探しても藤田さんだけです。

好きです

今日も、心の中でしか言えない言葉。
藤田さんのことをよく知るほど、優しさに触れるほど、言えなくなる言葉。
あの日、目が覚めてから言えなくなってしまった言葉。
あの時以来、言えずに心の中にしまい込んだ言葉。
でもいつかきっと・・・

あっ!

言わなきゃいけないことがあったんだ!危うく忘れるとこでした。

「あの、藤田さん」
「うん?」
「さっき、葵ちゃんから伝言があって、明日は綾香さんと急なお約束ができちゃったんでクラブはお休みになるそうです」
「そうか、サンキュ。じゃあ明日もこっちに顔を出すことにするよ」

嬉しそうに頷く芹香先輩。やっぱり先輩も藤田さんのことを・・・?
ううん、今は考えないでおきましょう。明日も藤田さんと放課後は一緒。明日も楽しい放課後になりそうです

by 百道真樹


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