突発ショートお題 ”七夕”
 

「棚牡丹(たなぼた)の日」


Written by ふうら




そのいち  レミィ編

「HEY! STOP! ヒロユキ!」
「おっと! そーそー同じ手は食わねーよっ…と」
 真っ正面から突き飛ばされるところを、うまい具合に身をかわし、斜め横からしっか
りと抱きしめてやった。…いや、だって、そのまま壁に激突させるワケにもいかねーだ
ろ?
 勢い余ったレミィを抱き留めてやったわけだから、感謝されこそすれ、文句を言われ
る筋合いはいっさいナシ。どこまでも不可抗力と言えよう。
 そう、オレとしては、ささやかな逆襲のつもりであった。あたふたと大慌て、恥ずか
しそーなお顔を拝んでやろうという…。
「…」
 一瞬、目を丸くしたモノの。まさに一瞬だけのことだった。レミィはニコニコ、満面
の笑み。
「ヒロユキってば、今日はトッテモじょーねつテキだね! こーゆーハートフルなご挨拶、
アタシ、ウレシイよ!」
 ケロッとした顔で、むしろはしゃいでる。
 …むぅ、しまったぁ! こいつぁ天然のレミィにだけはつーよーしない、高等テクだっ
たか!
「ち、違うって…。あ、危ねーからよ、気を付けよーぜ。な?」
 オレの方がおたおた狼狽(うろた)えて、めいっぱい赤面してしまった。
 うう、レミィ、見事な返し技だぜ。…って、まるきりオレの自爆、作戦ミスかな。

「…と、それはそれとして、だ。なぁレミィ、いきなりだけどよ、今日が何の日だか、
知ってるか?」
「Oh! ヒロユキ、それならノープロブレム、ご安心あれダヨ! ホントにNICE
なタイミングね!」
「おっ、そっかぁ、流石だなー」
「ウン! 実はアタシ、昨日ダディから教わったばっかりなのヨ」
 …ま、とにかく分かってるなら話は早い。そう、七夕だ。
 今宵は例年になくきっちり晴れるらしい。ニュースで言ってたからな。ここは一つ誘っ
てみて、河原の土手を星見の散歩と洒落こんでみるのもいいなあ。
「今日はTANABOTAの日ね!」
 …あ、そうだ、レミィって、浴衣とか持ってんのかなぁ?
 パツキンの湯上がり浴衣姿は一見の価値アリかもな…なんて、とってもオヤヂくさい
ことを考えてしまうオレ。
 で、もーそーしてるオレにお構いなく、レミィはレミィで何か喋ってる。
「あっ、そーかそーか、そーだったのネ! さっきのアレって! ウン、ヒロユキ、ま
さにTANABOTAね! トッテモべりべりーGOODよ!」
「…?」
「んじゃ、これ、お返しダヨ!」
 チュッ!
「……………。…!!」
 何だ、何だあ?! い、今のって…。い、いきなしほっぺにチューされた?!
「どぉ、ヒロユキ? ウレシイ? ヒロユキがウレシイと、アタシもウレシイなー。お
互いにTANABOTA、TANABOTA、良いコトづくめネ!」
 ……。
 おい、レミィ…。あのな、ちょっと待て…。それ、違うんでないかい?
「じゃあねっ、ヒロユキ! Bye! また明日!」

 取り残されて廊下に一人。ぽわっと熱持った頬を、ひとさし指と中指でさすりさすり、
しながら。
 …ま、いいか。
「別に…勘違いしてたって。誰かにメーワクかけるワケじゃなし。悪いこっちゃない…
よな…?」
 そう、とりあえず、良しとしておこう。


そのに マルチ編

「浩之さんー、浩之さんー、見つけましたぁー」
「何だよマルチ、息切らしちゃって。だいじょぶか?」
 ロボットでも、ダッシュするとハァハァゼェゼェしちゃうもんなんだな。トコトコトコ
と小走りのアレを、ダッシュと呼べるのかどうかはまた別として。
「なー、おい、どーした? 何かあったのか?」
「いえ、ニュースです、ニュースなんですよー! いつもいつも浩之さんには色々なこ
とを教えていただいてますので、たまには私もお役に立つ情報をお教えしてさしあげた
いなーなんてコトを、つねづね思ってたんですけどー…」
「あー、あー、そんなん気にすんなって。…で?」
「浩之さんは、今日が何の日か、知ってました? 私、驚いちゃいましたよー」
「そりゃ知ってるけど…」
 …あ。ははーん、こいつぁ展開が読めたゾ。いや、ほら、さっきのレミィのがあった
からなんだけどな。
「なぁマルチ、誰に聞いたんだ? 志保か? それともレミィか?」
 志保だったら、あーゆーくだんねーコト思いついて吹き込む可能性があるし。レミィ
は、オレが誤解をといてやる前にスキップしてどっか行っちまったからな。天然ボケ炸裂
のまんま、それをみんなにふれ回っているおそれアリ、だ。
「えっと、志保さんに…」
「そいつぁもしかして、アズキ系な和菓子、関係アリか?」
「はいっ、ありまーす!」
 ニコニコしながら元気よく答えるマルチ。
「なーんだ、知ってらっしゃったんですねー!」

「棚から牡丹餅の日、略してたなぼた、それがナマってたなばたの日だなんて、なんだ
か凄いですー。セリオさんだって知らないかも知れないですよねー!」
 …そりゃあ、知らねーだろーな。
「『仰げば尊し』を歌って、和菓子に感謝しなくちゃいけないのよって言われました。
浩之さん、知ってますか? もし知ってたら、教えて欲しいんですー。私はそれを歌っ
たことがないので、困ってしまって…」
 マルチは、ホントに困っちゃいましたって顔して、そして迷いもなく疑いもなく、こ
んなオレを頼ってくる。志保の戯言に疑問符を張り付ける気は、もとよりこれっぽっち
もないようだ。
 ……。
 なんて…なんて、素直な奴なんだろう。不覚にも、胸の奥にじーんときてしまった。
 なんつーか、呆れるくらい純粋。近頃のすれたガキなんかおよびもつかない。
 マルチの心が目に見えたなら、硝子みたく綺麗に透きとおっていて、キラキラ輝いて
いるに違いない…。

 だから。
 …そう、志保がバカなコト吹き込んでからかいたくなっちまう気持ち、オレにも良く
分かるんだな(…ニヤリ)。

 志保に輪をかけて、いい加減なことを吹きまくるオレ。
「今日ばっかりは、ふだん閑古鳥鳴きまくりの店も、デパートに出展してる某有名店も、
二十四時間体制で大量生産。あんこあんこ、あんこに、ちょっときなこ。美味しそうな
牡丹餅の山なんだぜ」
「うわー、そーなんですかー!」
「心ある日本国民なら、今夜の夕食は牡丹餅で決まり! そろそろまんまるくなってき
た夜空のお月さん眺めながら、いくつめかなんて数えちゃ駄目、ぱくぱく口の中に放り
込むのがツウなんだ」
「おなかいっぱいになっちゃいますねー」
「で、みんなうんざりしちゃうから、今日以降、秋口までは甘いモノの売り上げが落ち
るんだけどな。…そうそう、あかりなんか去年、一晩で二キロも太ったんだぜ。一週間
くらい、頬がこう、ぱんっぱんでさ」
「あかりさん、きっとあんこ大好きなんですねー。私は食べられないから、とっても羨
ましいですー」
「あ、そーだったな! …けど、そりゃあマズイぞ! おい、どーする、マルチ!」
「え、え、え? ど、どーしてです? あの、浩之さん?」
「うーん…」
 ことさらに深刻そうな顔をしてみせるオレ。
「日本人であんこが食べなられないのは、いわゆるモグリなんだ。だから、今夜はサン
グラスに黒服を着た政府の人間がそこら中をうろついて、手帳片手にチェックするわけ。
『あ、おはぎ食べてる、感心感心』とか『シューアイスあんこ入りか、…まぁ、良しと
しておこう。0.5点!』なんてな。こんな夜にチョコレートでもかじっててみろよ、
即刻、国外へ強制退去だぜ」
「怖いですねぇ」
「昔っからの伝統イベントだからな。何たってあんこは日本の心。ちゃんとお仏壇にも
お供えするし。クリスマスやバレンタインデーとはワケが違うんだ」
「…はぁ。…あの、それはそれとしてお役人さん、なんだかUFO特番のノリなんですね」
 …あ、見てるんだ、マルチも。
「まぁな。日本人はアメリカ人の格好だの食い物だのに憧れるモンだからな…」
 オレは遠い目をして言う。

「で? どーするマルチ。あんこ食べてないと、海の向こうへ連れてかれちゃうぞ?」

「…………」
「そっかぁ…、マルチとはもう会えないのかぁ。残念だなぁ、いや、ホント」
「……。え、えええっっっ!?」
「さすがの長瀬氏も、棚牡丹の日のことを忘れてマルチたちを作っちゃうなんてなぁ。
うっかりしてたんだな、きっと。けど、あんこくらい、食べられるようにしとかなきゃ
なぁ…」
「と、と、とりあえずっ! セリオさんとご相談の上、お供えだけでも…。浩之さんっ、
ありがとうございましたっ!」
「おうおう、気にすんな。気をつけてけよ〜」
 …と、言ってるそばから。
「あわっ、あわわわっ」
 がたがたがっしゃん!!!
 泡食って走り出したマルチは、何もない廊下できれいに転ぶ。コミカルで、まるで漫画だ。

「見てたわよぉ〜、全部。ヒロ、あんたってば意外とオニねえ」
 マルチが階下に消えたのを見計らって、教室のドアの陰から、壊れた人間拡声器が姿
を見せた。
「げっ…。で、でも、おめーに言われたかないぜ、志保!」
「あら、私のなんて全然かわいいモノじゃない。アレはやりすぎよお」
 …ま、まぁ、確かに。オレもちょっと、調子に乗りすぎちまったかなぁ…、なんてな。
思わないでもない。
「今頃パニックで、泣きながら走ってんじゃないの?」
「………。おい志保、ちょっとPHS貸せ」
「いくらで?」
「……」
「ああ、そうそう、購買の前の電話なら、壊れてたんじゃないかしら」
「…。ヤックバリュー」
「ヤックはいいから、ゲーセンつきあいなさいよ。ちょっと待ってね…、はい、綾香の
携帯電話は、ここ」
 なんだよ、志保の奴、すっかりお見通しじゃないか。…なんか悔しいぞ。

「あ、綾香か。オレオレ、うん、浩之だけどよ。そう、セリオに…、え、目の前? そこ
にいる? よっしゃラッキー! んじゃあ変わってくれ…、あのなぁ、今マルチがそっち
行ったんだけどな、実は……」

 オレはセリオに思いっきり怒られてしまった。
 電話のこっちで志保が、向こうで綾香が、クスクスケラケラ笑ってやがる。
 ……。ちぇっ。


そのさん みんなで七夕パーティー編

「へぇー、なんだかすごいなぁ。みんな、織姫さまみたいだぜ」
 オレは何故か甘酒入ってるし(ひなまつりじゃねーってーのに)。まわりはもっと凄い
ことになってるのもいる。そのくらい言っても罰は当たらないだろう。
 その夜、オレたちは七夕パーティーと称してどんちゃん騒ぎをしていた。

 あの後。綾香たちと合流したオレと志保は、ゲーセンとカラオケへ行こうってコトになり。
 で、古本屋で胡散臭い書物に魅入ってる先輩、八百屋の前で大根の値段に悩んでる
あかり、公園では子犬と戯れる琴音ちゃん、スポーツ用品店のウィンドウを冷めた眼差し
でじっと見つめ続ける雅史、ゲーセンで日頃の鬱憤晴らしに燃える委員長と、まぁ順調に
回収していったわけだ。そーいや、いつのまにかレミィもいたし。
「うーん、せっかくこんだけ集まったんだし。いつもどおりカラオケってのもアレかし
らね」
 中には不本意ながら、ムリヤリ拉致られてきたっぽい奴もいるけどな。…そう、あかり、
おめーだ。なんだよその顔、何が不満だ?
「だって、今日は七夕だし、今からごちそう作って、浩之ちゃんと二人で……、その……、
ごにょごにょごにょ」
「あ? ごちそうがどーしたって?」
「なー、ちょっと藤田君。なんや知らんけど、それでいいんちゃう? 美味しいモン用意
して、七夕パーティ。どう?」
「あら、いいじゃない、保科さん。そのアイディア、私は乗るわよ」
「場所はヒロの家で決まりね! あ、ちょっと早いけど花火とかもいけるんじゃない?」
「15:00現在の気象庁からの情報によれば、今夜のこの地域は晴れる確率がきわめて
高いので、屋外における活動もまず大丈夫でしょう。また、雲も少ないようです。今夜の
星空は、非常にクリアな状態を鑑賞する事が可能です」
「OH! それはとってもTANABOTAなパーティね!」
「すごいですぅ」
「あの…私も賛成です」
「みんなで…、ええ、浩之ちゃんがそうしたいのなら………、くすん」
 んで、雅史は…、微妙に楽しそうな顔してるから、まぁ賛成みたいだな。
「…………」
「そっか、まぁ、先輩がそう言うんなら……って、おい、何でみんな睨むんだよ」
「…べっつにぃ」
「…気のせいでしょ」
「…そやな」
「…はい」
「…くすん」

 あかりとセリオを軸に、委員長と琴音ちゃん(と、一応はマルチも…かな?)がサポー
トに回って。急な思いつきにしちゃあなかなかどうして、大した料理の山をこしらえた。
 メインには五目ちらし、茶碗蒸しにお吸い物。いろんな揚げ物類にサラダ系、サンド
イッチに……と。和洋折衷、統一感には欠けるけど、とにかくいろんな食い物が並ぶ。
さりげなくオレ用にミートせんべい、これはお約束だから仕方ない。
 他のメンツは家に戻って、しっかり浴衣姿で再登場。いいねぇいいねぇ……って、いや、
もちろん、雅史を除いて、だ。
 綾香の奴はにやにやしながら。牡丹餅がウンザリするほど積み上げられた大皿、セバス
チャンに持たせてやってくるし。レミィと志保はそろって、洋酒と日本酒、ぶら下げて。
おい、健全な学生の発想じゃねーぞ、それは。…委員長、それ見て眼鏡の縁をつっとずり
上げて、密かにキラリと目を輝かせてる。なんか怖いぞ。
「あー、駄目だよみんな、未成年なんだから、アルコールは」
 あかりの奴は相変わらず優等生なコトを言っている…が。鍋からぷーんと漂ういい匂い。
おい、オメーが作ってるの、それは甘酒と違うのか?
「うん、甘酒。………あっ」
 ぺしっ!
「……しくしくしく」

 さて。
 酔ってなきゃ言えねーようなオレの発言も、ほろ酔い綾香と悪酔い委員長によって、
あっさり却下されてしまった。
「あーら、貴方じゃ牽牛くんには、や・く・ぶ・そ・く!」
「良いトコ、牛車ひっぱってく牛やな。ま、せいぜい頑張り」
「そーよそーよ、よく言った! 保科ちゃん、すごーい!」
「アハハハハ」
 二人すっかり意気投合しちゃって、意味なくバカ笑い、かぱかぱグラス空けてるし。
もはや何を言っても無駄だろう。
 無言のまま、オレの頭を撫でて慰めてくれる先輩。いつもいつもフォローありがとな。
…あれ? 手に持ってるそれ、何だ?
「…………」
 笹の枝を用意しましたって? あ、短冊に願い事か。すっかり忘れてた、ナイスだぜ、
先輩。
 ふと見れば、マルチもセリオもせっせと短冊を制作している。庭先で花火をやってた
連中も、先輩の竹に気がついて戻ってくる。
「よし、ひとつ、オレも何か書くとするかな!」

 とまぁ、そんなこんなで。とても楽しい夜だった。
 …だったのだけど。

 宴も終わりにさしかかった頃。
 庭で、星空を眺めつつ。オレはため息をついた。
「…あーあ、これで、葵ちゃんさえ来てくれてたらなぁ」
 ちょうど綾香が、ポーッと薄く頬を染めて、すぐ近くに立っていた。…あれだけ飲ん
だのに、もはや酔いが醒めてきてるところが恐ろしいけど。委員長はすっかりつぶれて
ソファーで寝ちまってる。同じく甘酒でコロリのあかりも一緒。
 で、彼女には、オレの独り言が聞こえたみたいだ。
「あら、そういえば。ねぇ浩之くん、どうしたの、あの子? 誘わなかったの?」
「んなワケねーって。いや、誘ったんだけどよ……」


そのよん 一人寂しい葵ちゃん編

 ふと見上げれば、綺麗な星空。
「…あーあ」
 やっぱり、行けば良かったな。何やってんだろ、私。神岸先輩の五目ちらし、とても
美味しいのに。…あ、いや、もちろん、それだけじゃなくって。
「………」
 缶ジュースの販売機の前で立ち止まる。ちょっとだけ、休憩しよっと。
 小銭を入れて、ポチッ…、ガチャン。転がり出たのは缶コーヒー。
 口を付けてから気がついた。…あ、押し間違えちゃった。カフェオレじゃないわ、これ。
ブラックなアメリカン。薄くて、苦くて、そんなに好きじゃない。
「はぁ」
 なんだか、凄く、つまらない。せっかくの七夕の日に、何やってんのかしら、私。藤田
先輩のお誘い、どうして断っちゃったのかな。
「わたし、あの…トレーニングがありますから」
 そんなの、今日じゃなくったって良いのに。まったく、自分でも良く分からない。

 ……よし。
 深呼吸して、落ち込んだ気持ちを切り替える。
 休憩はおしまい。トレーニング再開。
 腰に巻きつけた縄、きちっと縛り直して。私は再び走り出す。
 舗装されていない川の土手、ズルズルズルと、車の古いゴムタイヤを引きずって。

 …って、何でまた、こんな、腰を痛めそうな古典的トレーニングを……(謎)。


...END


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