突発ショートお題 ”七夕”
 

「With you」

SIZUKU true ending after 4years story
Written by きたじ




 今日も初夏の強い日差しがこの街を照らしている。気温も朝からうなぎ上り。
 この暑さに土曜の午後の繁華街の人影もいつもより少なく見える。
 僕もこの暑さに耐えられなかったから、この喫茶店に逃げ込んでアイスコーヒーを喉に
流し込んでいる。
 ふと、店内を見ると、暑さを逃れて来たカップルが多いみたいだ。僕もこれから沙織
ちゃんとのデートだから、あまり他人のことは言えないけれど。

 デートまでの待ち時間ぼぉーっとコーヒーを飲んでいた時、隣の席のカップルの話が
聞こえてきた。

 「ねぇ。今日七夕なんだよ。織姫と彦星は一年に一度この日に愛を確かめる。はぁ〜、
ロマンチックよね。」
 「俺達も遠距離で一ヶ月に一度だし、似たようなもんだろ。」
 「分かってないわねー。私達電話で毎日話してんじゃない。」

 そうか、今日は七夕なんだ。すっかり忘れていた。
 そう、織姫と彦星は一年に一度しか出会えない。話もできない。もちろん写真なんて
ものあるわけないだろうから、恋人の顔も思い出すことしかできない。
 僕はそういう状況になったらきっと耐えられないだろうな、と思った。沙織ちゃんと
付き合いだしたのもそういうきっかけだったのかもしれない。もう朧げになってきてい
る4年前の出来事を今ふと思い出した。

 そう、あの頃は瑠璃子さんが全てだった。一番好きだった人。けれど、僕のつまらない
嫉妬心からなのか、瑠璃子さんのこと理解してあげられなかった子供だった僕のせいだ
からなのかは分からないけれど、僕は瑠璃子さんを失った。永遠に。
 それから僕は一縷の望みを託して毎日毎日病院に通っては、電波で瑠璃子さんに話し
かけてた。
 でも、瑠璃子さんの声を聞くことは一度も無かった。
 僕の心はだんだん沈んでいった。美しい木々の緑も、限りなく澄んだクリアブルーの
空の青も、鮮やかにまぶしい夕日の赤も、見えなくなっていった。昼休みも、放課後も
ほとんどは屋上でぼーっと佇んでいた。

 二ヶ月たってから、だんだんと現実を受け入れられるようになってきた。もう瑠璃子
さんは戻って来る事がないんだ、ということを受け入れられるようになった。
 その時僕は、また一人ぼっちになってしまったことで涙がこぼれていることを感じた。

 辛かった。隣に好きな人がいること。以前の僕では考えられなかったこと。この事が
どんなに幸せなことか、この時知った。
 それから一週間位たったあとのことだった。沙織ちゃんが僕に「好き」って告白して
くれたのは。
 僕の心には瑠璃子さんが残ったままだったけど、一人ぼっちは寂しかったから、僕は
沙織ちゃんと付き合い始めた。

 僕がこんなんだから、少したってから二人の仲はぎくしゃくしてきた。いや、最初か
らぎくしゃくだったのだろう。
 そもそも沙織ちゃんはどうして僕なんだろう。その頃の僕はまた暗くなっていたし、
友達付き合いもさっぱりだったし、女の子の評価は総じてかんばしくなかったのに。
 だから、ある時僕は沙織ちゃんにどうして僕なのか聞いてみた。

 「告白した日覚えてるよね。で、そのちょっと前にね、思い出したの、記憶。あの日
のこと。佑君優しくしてくれたよね。そして、私が辛くないように記憶消してくれたよ
ね。
 思い出してから佑君のこと見てたけど一人ぼっちで辛そうで。重い荷物持ってあげた
くて。
 その時気付いたの佑君のこと好きだって。」
「・・・・・・」

 その言葉を聞いた時、僕は言葉がでなかった。沙織ちゃんがあの日のことを思い出し
ていたなんて考えもしてなかった。

「佑君が月島さんのこと好きなのは知ってる。」
「え、・・・なんで、そのこと・・・」
「あの日の佑君見てたら解るよ。
 ・・・でも、それじゃいつまでも佑君一人ぼっちだよ!
 ワタシの想い、同情なのかなって思ったこともあったけど、やっぱり私佑君のこと好き
だよ。
 だから、・・・だから、佑君の荷物私にも持たせてよ。
 月島さんのこと佑君の中に残っててもワタシ平気だから。
 やっぱり・・・、ワタシ・・・佑君のこと・・・好きだから。・・・」

 沙織ちゃんはそう言い泣き出してしまった。
 その時僕は沙織ちゃんを好きになった自分に気付いた。
 そして、沙織ちゃんを抱きしめてキスをした。少し涙の味がした。


 ふと、時計からボーンと音がなった。
 しまった。今ちょうど待ち合わせの時間になった。僕は少しぬるくなったアイスコー
ヒーを一気に飲み干して、この喫茶店をでて、待ち合わせ場所の駅前の噴水の前に向かった。

 そこには、少しむっとした顔の沙織ちゃんが待っていた。

「佑くーん。遅刻だよ、チ・コ・ク。もう10分も過ぎてるんだからねー。これはもー、
今日はぜ〜んぶ佑君のおごりだからねー。」

 少しむくれながらそんなことを言う沙織ちゃんに、こんな沙織ちゃんの表情を見る事が
できるのは僕だけなのかな、と考えて少し苦笑した。

「あぁー、なーにそこで笑ってるの〜。もお、ぜぇ〜たい今日は佑君のおごりだからねー。」

「ごめん、ちょっと、昔のこと思い出してね。少しぼけっとしてたら時間たっちゃてて。
ほんとにごめん。」
「え、・・・そうなんだ・・・。」

 沙織ちゃんはちょっと不安そうにしてるみたい。

「あ、大丈夫。沙織ちゃんのこと一番好きだから。」
「え!・・・あっ、ありがと・・・。」
「それからさ、今日七夕だし。夕食の後で神社に行って短冊に願い事書かない。」
「ふふふっ。佑君にしては上出来だね。で、佑君は何をお願いするの?」
「それは、その時まで内緒。」
「ふーん、けちぃ〜。じゃ、私も内緒だからね。」


 そう、今の僕の願い事は一つだけ。
 「一番大切な人をずっと守ることができますように」って。


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