突発ショートお題 ”七夕”
 

「Twinkle twinkle little Star」

Written by CRUISER






 現在時刻、午後8:00。オレ達は、まだ学校にいたりする。
  今日は7月7日、いわゆる七夕。
  なぜまだ学校に残っているかというと、今日は我が校の天文部が主催する、「今夜は
気になるあのコとラブラブ! 七夕記念! 観測あーんど大パーティーィィ!!!
(ぱふぱふどんどん)」という名のイベントが催されているからだ。
 ちなみにこの長ったらしいタイトルが正式名称だと……。
  日頃目立たない事この上ない部活――天文部が、一番注目される、年に一回のイベン
トだけに、その気合いの入り様も凄く、どこから集めてきたのか、金魚すくいやリンゴ
飴の屋台、ヤキソバにたこ焼き売ってるテキ屋のおっちゃん、所狭しと立ち並ぶ笹の葉
には山ほどの短冊と、まるで夏祭りそのものの様相を呈している……。
 中には何を勘違いしてるのか、アメリカの星条旗を笹に吊るしてるヤツがいた…って
あれはレミィじゃねぇか。
 ……まぁいいや、話がややこしくなりそうだから放っておこう。
  
  それはそうと、そんな主催側の思惑とは裏腹に、夜空はずっしりとした闇色。天気予
報によれば、今夜は夜中から雨が降るとの事だ。
 
  よって、なんだか気合いだけが空回りしているこのイベントだが、日頃”何か楽しい
事”に飢えてる連中が集まってて、そこそこの盛り上がりを見せている。
 とりあえずオレは、あかりと志保の二人を連れて(というか、志保に連れられて)校
庭の屋台を物色しまくっていた。
 
「しかしこー、なんだなぁ。せっかくの七夕だっちゅーのに、星一つ見えないってーの
はなんかこー、アレだなぁ。空しいっちゅうか、なんちゅうか…」

「ヒロ、あんた言葉遣いが怪しいわよ、何ジンなのよあんたは。 あ、おじさん、たこ
焼きちょーだい」

「おめーだってさっきから色々食ってばっかじゃねぇか、ムードもへったくれもありゃ
しねぇ」

「うっさいわね、だいたいそーいうのに一番縁遠いのはヒロの方でしょ! この七夕の
夜に、こんなに可愛い織り姫が二人もつきあってあげてるんだから、文句なんか言って
たらバチ当たるわよ。 ねーあかり」

「え、う、うん…」

 急に話振られたからって、そこで肯定するなよ、あかり……。
  
  ……とまぁ、こんな調子で、出てる屋台を隅から隅まで食べつくし、遊び倒した頃、
オレは校舎の陰で、何やらうずくまっている人影を見つけた。

 暗闇ですぐにはわからなかったが、じっと目をこらすと来栖川先輩だった。

「来栖川……先輩? 何してんの、こんなとこで?」

 オレ達が近寄ると、先輩は特に驚く事も無く(まぁこの人の驚いた表情ってのも想像
付かないが)、今しがたまでしゃがみこんでた地面に視線を向ける。

 そこには白いチョークで描かれた…魔法陣があった。
  
「……先輩、もしかしてここで魔法の実験?」

 こく。
  
「マジ? 今日は人が大勢いるんだぜ。こないだみたいな危ない事にならない?」

 こくこく。
  
「大丈夫かな……」

 そして先輩はどこからともなく取り出した缶コーヒーを開けると、中身をだばだばと、
今描いたばかりの魔法陣に振りまきはじめたのだ。

「………」
「………」
「………」

  あまりと言えばあまりに突拍子もない行動だが、魔法の下準備だと思えばなんとなく
合点がいく。

「で、でさ、何の魔法なわけ? 今からやろうとしてるのは?」

 オレはさっきからの疑問をぶつけてみた。

「え? 雲を払って星空を出す魔法?」

 こく。
  
「それって…けっこう高度な魔法なんじゃないの? 天候操作って確かあんま成功事例が
無かったような…」

「なんかヤケに詳しいわね、あんた。 一体どういう風の吹きまわし?」

 ぎくぅ。
  
「いや、まぁそのなんだ。前にちょっと本を貸してもらったことがあってな…」

  最近来栖川先輩に会うのが目あてで、オカルト研に出入りしてる事を、志保達にはまだ
言ってない。
 うっ、あかりのヤツ、オレがウソ言ってる事バッチリ見抜いてやがる。
  
「………」

「え? 今夜が七夕だから可能なんだって? どういう事?」

 先輩が言うには、今夜は星の配置が丁度よく、さらに好きな男女がお互いに会いたいと
思う気持ちが一番大気に満ちる時なんだそうだ。
 そのエネルギーを利用(どうやって利用するのかは理解できなかったが)して、学校の
上に陣取ってる雲を動かし、星空を見せるという事らしい。

「まさしく織り姫と彦星を会わせてやれるってわけだ、もしできたらすげーぜ、先輩」

「ほんとほんと、なんだかロマンチックよねぇ…」

 さっきからの話をわかっているのかいないのか(たぶんわかっていない)、志保が夢見
がちな表情になって、どんよりとした曇り空を見上げた。

「で、なんかオレ達に手伝う事はあるの? できる範囲でヘルプするぜ」

 オレがそう言うと、先輩はちょっとだけ頬を赤らめて(これがカワイイんだ)、では
少し後で協力してください、と言ってくれた。
 
  先輩はさっき振りまいていたコーヒーの上に、今度はきらきらと銀色に輝く細かい何
かを一本の線になるようにひきはじめた。

「…それってアルミホイルの切ったやつ?」

 こく。
  
  なんかえらく日常的な魔法になってきたな。

「え? コーヒーが宇宙の闇を表してて、アルミは無数の星の集まりである天の川を象徴
してるんだって?」

 こくこく。
  
「で、コーヒーの香りが、辺りに散らばっている人々の想いを一極に集める働きをする
と…なるほど、色々意味のある物なんだ」

「なんかえらく説明的なセリフね、ヒロ」

「うっさい」

 そうやって、魔法陣の上にコーヒーの宇宙とアルミの銀河を描き終えると、先輩の動作
をそこでぴたりと止まってしまった。

「どうしたの、先輩?」

 オレが尋ねると、先輩はちょっとだけこっちを見て、

(もう一つの材料がまだなんです)

 と言った。
  
「その材料って何? 普通に手に入るもんだったら、オレがなんとかしてくるけ…」

 ど、と言おうとした時、校門の方からどどどどどど…という地響きと共に、聞いたこと
のある大声が聞こえてきた。

「おじょうさまーーーーーーーーー、遅くなりましてもうしわけありませんーーーー」

 どどどどどどど…
  
「なななな、なによあれは…」

 その地響きはオレ達の目の前でぴたりと止まると、
  
「芹香お嬢様! ご注文の品、このセバスチャンめがただいまお持ちいたしました!」

 まるで周りの事など気にしていない大声で、そう怒鳴った。
  
「………」
「………」
「………」
「………おい、じいさん」

「じいさんではなぁぁぁーーーいい!!」

 かーっ!
  
  うわわっ、ホンマにやかましいっ!

「わ、わかった、わかったけどそりゃぁいったいなんの仮装だ?」

 セバスチャンはいつものタキシードの脇に、かなり使い込んだとおぼしきぼろぼろの
ゴムタイヤを1本かかえていたのだ。
 どうやらそのままの姿でここまで走ってきたらしい。
  さっきの発言からすると、先輩が頼んだ物らしいが、はたからみればただのおかしな
仮装にしか見えん。
  
「むっ、無礼な、これは仮装などではないわっ。 芹香お嬢様に頼まれて町内探しまわり
見つけてきた戦利品よ。 これからお嬢様が行う大切な儀式に必要な物じゃ」

 こくり。
  
「…それはわかったけど、なんでゴムタイヤなの?」

 オレが先輩に聞と、

「………」

 つまり、このタイヤは廃車になった長距離トラックに付いていたもので、その走行距
離は地球から月への距離に匹敵するそうな。そういうタイヤを砕いて触媒にするんだと
教えてくれた。

「…けど砕くってどうするんだ? 岩とかならハンマーで砕けるんだろうけど、ゴムで
できたこいつは、そう簡単には…」

 するとセバスチャンが得意げににやりと笑った。

「ふっ、小僧、きさまもまだまだ修練が足らんな」

「なにっ!」

「そこで見ているがいい、戦後の闇市を恐怖に叩き込んだ伝説の技を」

 言うなり、セバスは腰を沈め、右の手刀を大きく振りかぶった。
  
「かぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!!」

 どやかましい気合いと共に、手刀を一気に振りおろす!
  次の瞬間、目の前にあったゴムタイヤは、まるでガラス細工を打ち砕いたかのごとく、
粉々にくだけ散った。

「………」
「………」
「………」

「ふわっはっはっ、見たか小僧」

 ば、化け物め……。
  
  先輩は……と見ると、もう次の作業に移っていた。
  
  セバスチャンが砕いたゴムタイヤの破片を、さっきのアルミの天の川を挟む様に2つの
位置に集め、最後にその下に一つ、計3つのゴムの固まりを配置した。

「夏の大三角? ああ、星座の配置にあわせたわけね」

 こくん。
  
  これで準備完了です、と先輩が言った。
  
「で、オレ達は何を手伝えばいいの?」
 
 オレがそう聞くと、
  
(今、一番会いたいと思う異性を強く念じて下さい)

 オレ達三人にそう指示を出し、
  
「…Xelt…kai……htgtia……Valgo…」

 先輩は呪文の詠唱に入った。
  
  しかたなく目を閉じて念じる
  しかし、今一番会いたい異性か……。
  これはなかなか難しい注文だ。
  
  ふと隣を見ると、あかりも志保も目を瞑って念じているみたいだ、が、どういうわけ
だか二人とも顔がちょっと赤い。
 と、志保がこっちに気付いた。

「な、なにこっちみてんのよ、さっさと集中しなさいよ」

「お、おう」

 志保に突っ込まれて再び目を閉じる。
  
  オレの今一番会いたい人…今一番会いたい人……。
  
「…Xelt…Altir……htgtia……Vega…」

 …………
 …………
 …………
 …………
 …………
  
  何も起こらない…。
  
 …………
 …………
 …………
 …………
 …………
  
「………」

 ”すみません、失敗です”と先輩が言った時、
  
  ボン! という大きな音がしたかと思うと、オレの頬を強烈な突風が叩いていった。

「キャー、なにこれ!」
「ひ、浩之ちゃん!」

 あかりと志保もちょっとパニックになっている。
  目を開けると、さっきの魔法陣とその材料一式が、ぐるぐるとつむじ風に巻き込まれ
たかのように、目の前で回りながら上空に向かって急上昇していった。

「ど、どうなったんだ? センパイ?」

 ふるふる…。
 
 どうやらセンパイにも事態が掴めないらしい。

 ………
 
 その後しばらく経っても、雲は晴れず何も起らなかった。

 先輩は申し分けなさそうにさっきからうつむいている。
 
「先輩、まぁこの次があるさ。 今度また…いや来年チャレンジすりゃーいいじゃん。
な? 気を落とすなって」

 こくん。
 
「そうね、それにもうそろそろ遅いから帰りましょ」

「志保のいうとおりだよ。もう10:00近いし、そろそろかえろ?」

「左様ですな、ささお嬢様もあまり遅くなると旦那様にいらぬご心配をおかけしてしま
いますので、本日はここまでという事で…」

 こくり。

 その時、グランドの方から何やらざわめきが聞こえてきた。
 
「浩之ちゃん、あれ…」

 あかりが指差す方、グランドの中央上空には…。

「うわぁ、きれい……」

 そこには無数のきらきらとした光が、屋台や出し物に集う生徒たちの頭上に舞い降りて
きていた。
 まるで天の川の星々が、地上に降り注いだみたいに……。
 そしてその中央、大きく輝く青い光と、その隣に寄り添う様に、赤い光がひときわ強い
輝きを放っている。

 ………
 ………
 あまりの幻想的な美しさに、しばし言葉を失うオレ達。

「あれって織り姫星だよね…あの赤いの…」

 そういうあかりと同じ事をオレも考えていた。
 
「で、あの青いのが彦星と…」

「なんかとっても素敵…」

 そのまま、その星たちが輝きを失う十数分間、オレ達は何もしゃべらないまま、ずっと
輝きに見とれていた……



                                                   fin.





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