突発ショートお題 ”七夕”
 

「一月遅れの七夕祭り」

Written by Holmes金谷






  − 1 −


 8月7日。
 今日は珍しく、朝から曇っている。
 最近ずっと良い天気が続いていたので、暑さのあまりどこにも出歩く気がしなくて、家
の中でごろごろしていたのだが、今日くらい涼しいとたまには散歩の一つでもしようと言
う気になる。
 そう考えると、オレはサンダルを履いていつも通学の時に通る公園を目指した。

 公園は、夏休みのお子様で混んでいるであろう事を予想したのだが、予想に反して誰も
居なかった。
 まあ、せっかくの夏休み、海にでも行ったんだろうなぁと勝手な想像をめぐらした後、
オレは指定席でもあるいつものベンチへと来た。
 ベンチに座り、思いっきり伸びをする。
 ん〜。
 ひさしぶりの外の空気が心地よい。
「ふあ〜ぁ」
 しかし、ここに座ると、どう言う訳か眠くなってしまう。
 これも一つの「パブロフ」ってやつか?
 まあいいや。外で寝るのも健康的だろう。
 オレは勝手にそう結論付けると、ベンチの上に寝転がり、目を閉じた。

 ぺたぺた。
 ・・・ん? 誰かが触ってる。
 ぺたぺた。
 それにしても、ずいぶん小さい触り方だなぁ。
 ぺたぺた。
 それに、少し湿っている。これは、ぺたぺたと言うよりは・・・。
 ぺろぺろ。
「そう、ぺろぺろだ・・・あ?」
「わんっ」
 そう言って起き上がったオレの目の前には、子犬の顔があった。
「い、犬?」
「おはようございます、藤田さん」
 と、犬の顔が横にずれて、後ろから琴音ちゃんの顔が現れた。
 あ、何だ。琴音ちゃんが犬を抱き上げていただけの話か。
「やあ、おはよう」
「くすっ、藤田さんったら、いくら揺すっても起きないから、ちょっといたずらしちゃい
ました☆」
 そう言って琴音ちゃんはぺろっと舌を出した。
 ああ、なるほどねぇ。それでぺろぺろか。
「・・・でも、どうしたんだい、こんな所に?」
 ふと思いついた疑問を口にする。
「いえ、ちょっと。 それより藤田さん、今晩お暇ですか?」
 それには答えずに琴音ちゃんが聞いてきた。
「今晩か? おう、暇だぜ。 何より琴音ちゃんの誘いだから断る訳にはいかないしな」
 そう言うと、琴音ちゃんは頬を赤く染めて、嬉しいような恥ずかしいようなそんな複雑
な表情をした。
 へへっ、照れてる琴音ちゃんってのもかわいくていいよなぁ。
「またぁ、藤田さんったらぁ」
 そう言いつつも、嬉しそうに琴音ちゃんは微笑んだ。
「じゃあ、今晩7時に3丁目の古本屋さんの前で待ち合わせしましょう」
「解った。 ・・・でも、何が有るんだ?」
 そこでわき上がった新たな疑問を口にする。
「ちょっと変わった夏祭りが開かれるんですよ。 ・・・あ、そうだ。藤田さん、浴衣は
持っていますか?」
 と、琴音ちゃんはそんな事を聞いてきた。
「浴衣? え〜と・・・」
 あったっけな、そんなの?
「・・・解らね〜な。 家に帰って親に聞いてみるよ」
「解りました。 じゃあ、もしあったら浴衣着て来てくれません?」
 浴衣か。・・・悪くないな。
「と言う事は、当然琴音ちゃんも浴衣だよな?」
「ええ、もちろん。 そのつもりで浴衣の事聞きましたし」
「よ〜し、じゃあ琴音ちゃんの浴衣姿、期待してるよ」
「はいっ!」
 そこで、琴音ちゃんとわかれた。

 ・・・しかし、浴衣なんてあったっけな?
 オレは急いで家に帰ることにした。


  − 2 −


 からん、ころん。
 からん、ころん。

 さっきからアスファルトの上を歩く下駄の音がが響いている。
 結論から言えば、家に浴衣は有った。しかも、下駄付きで。
 親が嬉しそうに、『夏祭りに浴衣でデートなんて、ヒロもにくいねぇ』と言っていたの
を聞かないふりをして出てきたのだが。
 隣を見れば、そこにはこれまた浴衣姿の琴音ちゃんが歩いている。
 琴音ちゃんの浴衣は女の子らしくピンクと赤を基調にして、金魚の模様が描かれている
浴衣だった。
 いつもは流している髪の毛を、今日は後ろでポニーテールにしてまとめている。
 その、普段は見えないうなじが何とも色っぽい・・・って、オレは何を見てるんだか。
「どうしたんですか、藤田さん? 赤くなって首ふって?」
「あ、いや、何でもないよ。 うん、本当、琴音ちゃんその浴衣よく似あってるよ」
「そうですか? ありがとうございます。 藤田さんもよく似合っていますよ☆」
 そう言うオレ達は、さっきから手をつないで歩いている。
 何かあまりにも型にはまりすぎているけど、琴音ちゃんが嬉しそうにしてるから、まあ
いいか。
「・・・にしてもさ、何処に行くんだい、一体?」
 そう、さっきから10分くらいは歩いている。もっとも、普段履きなれていない下駄で
歩いているから余計遅いと言うのも有るのだが。
「もう少しで・・・あ、見えました。あの空き地を越えた裏側です」
 琴音ちゃんが指差した所には、古いゴムタイヤが山のように詰まれた空き地があった。
「・・・ここ、通っていいの?」
「私、通学の時いつもここを近道に使っていますから」
「ほほう」
 やっぱり誰でも似たような事はやっているんだ、と、変な所で感心してしまう。

 そして、ゴムタイヤの山をすり抜けるようにして出た裏側には・・・。
「お、夏祭りだ」
 そこは夏祭りの出店が出ている一番端の所だった。
 ・・・しかし、夏祭りの筈なのに何か違和感が有る。
「・・・笹?」
 そう、道のあちらこちらに、短冊をつるした笹の木が立ててあったのだ。
「七夕って、確か一ヶ月前だよな?」
 疑問に思い、隣の琴音ちゃんに聞いてみた。
「藤田さん、仙台の七夕祭りって知っています?」
「・・・そう言えば、仙台の七夕って、8月だったっけ?」
「はい。それと、北海道とかあちこちで8月に七夕って所、多いのですよ。で、ここの町
内会も仙台出身の人が多くて、それで夏祭りと一緒に七夕もやっちゃおうって事になった
らしいのですよ」
「なるほどねぇ」
 言われてみれば、あちらこちらに七夕と夏祭りが仲良く同居していた。それに、場所に
よっては混ざっている所もある。
 たとえば、今目の前にぶら下がっているアメリカの国旗になぜか短冊がぶら下がってい
るし、そこの笹の木にはなぜかひょっとこのお面がかぶせられていたりする。
「藤田さん、短冊書いて行きませんか?」
 と、琴音ちゃんに袖を引っ張られて見た先には、短冊を配っている所があった。
「お、いいねぇ。じゃあ書いて行こうか」
 と言う事で、短冊を書いた。
「藤田さんは、何て書きました?」
「また来年も、こういう面白い七夕祭りを二人で見られますようにって」
「『二人』って、誰です?」
 ちょっとだけすねたように琴音ちゃんが聞いてくる。
「はいはい解った、オレの負け。『琴音ちゃんと二人で見られますように』だ」
「ふふっ。私と同じです」


  − 3 −


 その後、オレ達は祭りの定番メニューをこなして行った。
 射的、金魚すくい、型抜き、りんごあめ、お面、わたあめ、たこ焼き・・・。
 食べ物が多いのはあれだが、まあこの際構わないことにする。

 気がつくと、オレ達二人はおめんを頭に乗せて、腕に風船をくくりつけ、琴音ちゃんは
右手に金魚、左手に綿あめの袋。オレは右手になぜかぼた餅、左手に射的であてただっこ
ちゃん人形がくっついていた。
「何かすごい事になっちゃいましたね〜」
 その格好を見て、くすくす笑いながら琴音ちゃんがそう言った。
「だけどよ、何だこの『ぼた餅』ってのは?」
「『たなばた』と『棚ぼた』の駄洒落じゃないですか?」
「・・・」
 ずっこけそうになった。

 やがて、祭りの会場の一番端まで来たらしく、1件の出店で途切れていた。
「この店は・・・花火屋か」
 その出店では、パッケージになった花火を売っていた。
「色男のお兄さん、花火はいらんかい?」
 50代くらいのおっさんがオレを見て声をかけてきた。
「琴音ちゃん、花火、やろうか?」
「いいですね、やりましょうか」
「よし、じゃあ・・・って、どれもやるにはでかいパッケージだなぁ」
 パッケージはどれも少し大きめで、二人でやるにはちょっと量が多すぎた。
「そうかい、じゃあこれはどうかな?」
 おっさんはそう言うと、別なパッケージを取り出した。
「ちょうど二人分くらいと作ったセットだ。これなら大丈夫だろう?」
「商売うまいね、おっさん。じゃあそれを貰うわ」

「じゃあ、早速はじめようか?」
「はい」
 さっきの花火を買ったあと、琴音ちゃんの案内で「花火をやるのにちょうど良い河原」
にやってきて、早速花火をはじめた。
 フラワー、ドラゴン、落下傘。
「藤田さん、ほらほら☆」
 二本同時に火をつけてくるくる回してはしゃいでいる琴音ちゃんを見ると、花火の光で
赤く、青く、黄色く、白く見えた。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

「そして、最後に残るのはやっぱりこいつか」
「でも、これやらないとやっぱり花火をやったって気分になりませんよね?」
「まあな」
 そう言うと、オレ達は最後に残った線香花火を手に取った。
 チリチリチリチリ。
 線香花火の音が静かに響く。
 オレ達二人は無言のまま線香花火の光を見ていた。

「私・・・」
「・・・え?」
「私、藤田さんに会わなかったら、この線香花火みたいにはかなく消えて行ったのかも
・・・」
「・・・・・・」
 そういうと同時に、琴音ちゃんの線香花火がぽとりと落ちた。
「だって、藤田さんに助けてもらわなかったら、私、多分あのまま・・・」
 琴音ちゃんは新しい線香花火に火をつける。
「・・・まあ、そんな意味のない想像は止めたほうがいいな」
「・・・え?」
「現にオレは君と出会って、二人の力で琴音ちゃんの不幸を克服した」
 そう言うと、オレは琴音ちゃんの頭を抱き寄せた。
「あっ・・・」
「だから、そんな事考えるのはよそうぜ」
 そういうと同時に、オレの線香花火が落ちた。
「・・・はい」
 そして、琴音ちゃんの線香花火も落ちた。
 こうして、花火は全ておわった。

 その後、琴音ちゃんを家まで送って行った。
 まあこれは、男としてのけじめだな。
「じゃあ、今日はありがとうございました。とても楽しかったです☆」
「おう、オレも楽しかったぜ。ありがとな」
「いいえ。 じゃあ、おやすみなさい」
「おう、お休み」
 そういって、オレは帰ろうとした。
「あ、藤田さん、ちょっと待ってください」
 と、急に呼び止められた。
「? どうした?」
「前髪にゴミが着いています。取ってあげます」
「お、そうか」
 そう言って、オレは少し中腰気味になった。
 と、琴音ちゃんは手を伸ばすふりをして顔を近づけた。
 一瞬、触れるだけのキス。
「!?」
「今日は一ヶ月遅れの七夕ですから、私の彦星さんに☆」
 そう言うと、琴音ちゃんは走って家の中に駆け込んで行った。
「・・・・・・お休み」
 オレは、小さい声で織り姫役の琴音ちゃんにお休みを言うと、家へと帰った。


  − 終わり −





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