大切なひと

- 綺堂さくら -

「ふふ……」
 乱れた髪を、指先でまとめながら――。
 さくらが、幸せそうに笑った。
 身体をすり寄せてくるのに、頭をなでて応えてあげる。
「変わらないですね、そういうところ」
「ん……まぁ、変わりようがないような気もするけど」
「そうでもないですよ。人は、変わってほしくないところまで、変わってしまうことが多いですから」
 何かを思いだしたのか、悲しそうに呟いた。
「変わらないでいるよ。……望むのなら、ずっと」
 そう言って肩を抱くと、さくらは身体をあずけてきてくれた。
 きゃしゃな腰に手を回して、触れた肌のぬくもりをゆっくりと感じる。
 さっきまで燃えるように熱かった身体は、もう、少し冷えはじめていた。
「ずっとそばに、いるから」
 さくらは、俺の言葉に含まれた少しだけの嘘を、責め立てることもない。それより多くの真実を、時間をかけて積み重ねてきたのを、知っているから。
「こんな幸せが、ずっとずっと続けばいいのに……」
 さくらが、少し悲しそうに、呟く。
「ああ、そうだな……ずっと、だな」
 俺にとっては、誓いのような言葉。
 少し、切なくなる。
「そういえば、親戚の女の子の話って、どうなったの?」
 以前に、少し聞いていた、姪――だっただろうか。
 頭をなでながら、何気なく聞いてみた。
 びくっと、さくらが身を固くする気配がする。
 ほんの一瞬のことだったけれども、それくらいは分かる。
「……特に深刻な話でもないようなんで、大丈夫です。今度時間を作って会ってきますけど」
「なんか、手伝えることあるかな?」
 その様子に違和感を感じながら、申し出てみる。
「いえ、私が会うだけで解決すると思いますから。大丈夫ですよ」
 さくらが、言葉を繰り返す。
「でも…」
「大丈夫です」
 言葉と、その柔らかな笑みとは裏腹に、状況はかなり悪いように思えた。さくらの瞳の奥に、かすかに憤りの光が見える。
「……さくら」
 その瞳を、正面から覗き込む。
「頼りにならないかもしれないけど、何か困ったことが起きたら相談してくれないか。少しでも、何かしたいから」
「……頼りにはしてます。でも、今回は……」
 胸の中が、ちくりと痛んだ。
 俺のことを信頼してないわけじゃない。それは、さくらを見るだけで分かった。
「……そんなに、危険な状況なのか」
 俺の言葉に、こくりとさくらが頷く。
「私たちの種族の中にも、たちの悪い人たちがいるんです。自分たちの欲のためなら、人の死なんか、何とも思わないような」
 泣きそうな顔で、さくらが胸に顔をうずめてきた。
 そのこと自体ではなく、おそらくは、自分たちの中にそういった者がいることが悲しいのだろうと思う。
「あの人たちは、特に他種族の――人間に対しては、容赦しません。命を落とす危険だってあるんです。いま、こうして私と一緒にいるっていうだけで、脅しのために危険な目に遭う可能性だってあるんです」
 涙をためた瞳が、俺を見た。
「自分勝手かもしれないけれど、大好きな人を……失いたくない。あの子のこと、大事だけど、でも…それよりも……」
「……ごめん、勝手なこと言って」
 自分の馬鹿さ加減を、ちょっとののしりながら。
 俺は、さくらに頭を下げた。
「手は出さない。おとなしくしてるよ。身の回りにも、気をつけておくから。ただ、状況だけは、できたら教えてほしい。なにか、さくらの気付かないことで助言が出来るかもしれないし」
「……はい」
 さくらは、素直に頷いてくれて。
 これから先に待ち受けていることに対する不安を、表情に出した。
「さくらも、気をつけてくれよ。俺は、大丈夫だから」
「はい……」
 まるで、それが最後の交わりででもあるかのように。
 どちらからともなく、身体を絡めていった。
 さくらの裸体を、腕の中に包み込んで、指先と、足を、絡ませる。
 きゅっと抱きしめると、さくらはゆっくりと息をついた。
「…はぁ……」
 熱い吐息が、艶めかしく響く。
「身体、あったかくて気持ちいいよ」
 正直な気持ちを、口に出す。
 触れている箇所すべてから、さくらのぬくもりが感じられた。
 ぎゅうと、さくらが抱きついてくる。
「ずっと、一緒ですよ……」
 頭を、抱え込まれる。
 唇をあわせた。
 いつもより、ずっと熱い。
 舌が、唇を割って入り込んできた。
 丁寧に、刺激をくれる。
「んっ…」
 くぐもった声が、唇の端からもれてきていた。
 舌を絡ませながら、指を頬に当てて、首筋にそって下ろしていく。
 さくらは、くすぐったそうに身をすくめていた。
 そのまま、指を動かしていく。
 指先が、鎖骨に触れ、――そして、胸の柔らかなふくらみに触れた。
「……ふあっ」
 ちょっと期待のこもった、甘い声とともに。
 息を止めていたさくらが、ふるっと身を震わせた。
「さくらの胸……触ると、気持ちいいよ」
 全体を包み込むようにして、触れる。
 とくん、とくんと、少し速くなった鼓動が、手のひらごしに伝わってきていた。
「触ってもらうだけで、私も……」
 言葉の途中で、少し固くなってきた突起に触れた。
 ぴくんと、さくらが反応する。
 そのまま、柔らかな感触を楽しませてもらうことにする。
「ん…」
 強く、弱く、手のひら全体でなでるようにして、もみしだいていく。
 それを続けたまま、身体をずらした。
 キスをしながら、触れる箇所を徐々に下ろしていく。
 胸から、おなか……そして、その下の敏感なところへと。
 ぴくんと、さくらの細い身体が跳ねた。
「あっ……」
 可愛らしい声が、甘美に響く。
「あ…、そこは……」
 弱く否定する声を無視して、指を動かした。
 少し赤く染まったそこに触れて、指の腹で刺激を加えていく。
「んっ…ああっ……」
 指で広げて、唇をつける。
 舌先で、十分に濡れているそこを、丁寧になめていった。
 それに導き出されるように、奥からさくらの愛液があふれてくる。
「…そこ……気持ちいい…」
 さくらの声に、ぞくりと身体が震えた。
 甘い吐息を聞きながら、少しずつ刺激を強くしていく。
 白い液体が、さくらの中から流れ出してきた。
「さっきのが、中から出てきてる……」
「えっ……」
 さくらが、慌てて足を閉じようとする。それを制して、とろりと流れ出してくる液体に、口を付けた。
「さくらとの子供、欲しいな……」
 意識もせずに、そんな言葉が口をついて出た。
 さくらは、少し驚いたようで、でも嬉しそうに、微笑んだ。
「私も、あなたの子供、産みたい……」
 やわらかい、さくらの身体に触れる。
 まだ少し幼さが残っているようにも見えるけれども、以前よりはかなり大人びた体つき。
「さずかりものだから、どうなるかは分からないけど」
 さくらのおなかに、手のひらを当てた。
「出来ると……いいな」
「いまはたぶん、だめだけど……」
 ぎゅっ、と。
 さくらがしがみついてくる。
 ちょっと子供っぽい、愛情表現。
「今度、発情期が来たときに……いっぱいしてもらうから」
 そう言って、さくらは笑った。
「きっと……大丈夫ですよ」
〈終〉