帰ってきた神奈さん?の巻 | |
- 知佳 - |
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Written by 宗 |
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あれから1年半が経った。薫は風牙丘を卒業後鹿児島に帰り実家を継ぐべく修行を開始し、ゆうひは本格的に歌を始めるためフランスへ渡った。愛さんは大学院へ進み獣医の勉強を相変わらずマイペースでやっている。真雪さんは連載の数も増え睡眠時間と反比例するかのように人気は上がっていった。美緒やみなみ、リスティも無事進学し、ここさざなみ寮は平和そのものだ。そうそうもちろん彼女も・・・。 「ただいま、お兄ーちゃん。」 今日も知佳は元気だ。高校2年になって背も伸び、ぐっと女らしくなったというのに平気で後ろから首に手を回して抱きついてくる。 「こーらー、知佳。降りなさい。」 と、言ってはみるものの背中に当たる感触が気持ちいいのも事実で兄として、そしてもちろん彼氏として嬉し恥ずかしだ。 「いーやーだー。降りないもん。」 そう言って知佳は手に力を込める。ますます背中の感触が・・。 「いい加減にしないと制服がしわになちゃうぞ。」 「そっか。・・よいしょっと。」 やっと降りた知佳は制服を少し気にしていたが異常がないことを確認すると 「じゃあ着替えてくるね。理恵ちゃんが後で遊びに来るんだ。」 「その時においしい茶菓子と紅茶を出してあげよう。」 「うん。ありがと。お兄ちゃん。」 階段を上りながら返事をすると知佳は自分の部屋に入っていった。 「相変わらず仲がいいね、耕介。」 いつの間にかリスティが俺の後ろに立っていた。 「お、お帰り、リスティ。いつから見てた?」 「最初から。」 前より少し髪を伸ばしたリスティは後ろにくくった髪を撫でながら言った。 「もうちょっと静かにね。昨日の夜だってさ・・・。」 まさか・・、聞こえてたのか?イヤな予感がよぎる。リスティの部屋まで聞こえたと言うことはもちろん真雪さんの部屋まで聞こえたと言うことになる。それはいくら何でもまずい。真剣に考えてると 「あはは、うそだよ耕介。そんなに真剣にならなくても。」 と笑われる。顔に出てたのか?それとも心を読まれたのか?こういう冗談の時にしかリスティも心を読まなくなった。しかしどうしようもないところだけゆうひに似たな、リスティは。 「そういうやつは、おやつ抜き。」 悔しかったので(実際は恥ずかしかったのだが)おやつ抜きの刑を与えてやった。美緒やみなみちゃんに比べると年齢以上に大人びている彼女もまだまだ子供なのだ。 「今日のおやつ何?知佳の手作りなら抜きでもいいよ。」 「ふっふっふっふっふ。翠屋のクッキーだ。あとで知佳と理恵ちゃんにも出すけど、どうするリスティ?」 翠屋と言う単語にリスティはぴくっと反応した。シュークリームが目玉商品なのだが休日になると列が出来るくらいこの辺では人気のお店だ。もちろんここの住人もみなみちゃんを始めみんな目がない。少し似せて(シュークリームを)作ってみるのだがさすがに本家本元には敵わなかった。その翠屋のクッキーが今日のおやつと知るとリスティは、 「ごめんなさい。」 と素直に謝った。 「手洗っておいで。紅茶と一緒に出してあげるよ。」 「YEーーーS。」 「返事はの・・。」 「YES。」 俺が言い切る前に返事をし直すと洗面所に向かった。美緒はもう帰ってきて裏山でネコたちと遊んでいる。いつもの方法で呼び出すことに。 「美緒。おやつだぞ。5分以内に集合。遅いとリスティに取られるぞ。」 この辺を縄張り(?)にして遊んでる美緒ならすぐ飛んでくるはずだ。 しばらくすると『ピーンポン』と寮のチャイムが鳴った。 「はーい。」 俺が玄関の方へ行こうとすると知佳も上から降りてきた。 「理恵ちゃんかな?」 「うーん、多分そうだと思うよ。」 知佳が玄関を開けると知佳の1年の時からの親友の理恵ちゃんが立っていた。後ろには専属運転手さんもいた。 「こんにちは、知佳ちゃん。おじゃまします。」 深々と頭を下げた理恵ちゃんを知佳は部屋まで案内した。 俺は寮に戻ってきた美緒とリスティにそれぞれホットミルクとミルクティーを出してクッキーをお皿に盛った。 「耕介ー、もうちょっと欲しいのだ。」 「知佳にお客さんが来てるからそれで我慢しな。」 「うー、・・・ってリスティ食べ過ぎなのだ。」 美緒がおねだりをしている間にリスティは次々にクッキーを口の中に放り込んでいった。家ではみなみちゃんに次いでよく食べる。身長の伸びたリスティに対しみなみちゃんの背が伸びないのは皮肉以外の何者でもない。 「早い者勝ちだよ、美緒。」 やや大人げない気がする(って彼女たちは子供だ)が放っておくに限る。俺は知佳達の分のクッキーとミルクティーをお盆に乗せて二階へと上がった。『コンコン』軽くノックすると中から 「はぁーい。今開けるね。」 と知佳の声が聞こえ、ドアを開けてくれた。中では理恵ちゃんが知佳のノート(パソコン)をいじっていた。俺は文系なのでそっち系統は分からない。テーブルの上にクッキーと紅茶をおくと 「どうもありがとうございます。」 「ありがとう、お兄ちゃん。これ翠屋のクッキー?すっごーい。結構買うの大変なんだよ。」 翠屋の持ち帰り商品の人気NO.3に入る商品なので確かに買うのは困難なのだが、俺の友人が翠屋の店長の息子なので特別にそこから買っているのだ。あくまで秘密にと言うことになっている。 「まあね。じゃあ理恵ちゃんごゆっくり。」 そう言ってドアを閉めた。 〈1時間後〉 この家にしては珍しく一人になった俺はテレビを見ながらゆっくりとくつろいでいた。知佳は理恵ちゃんと一緒に買い物へ。美緒は裏山で遊んでいるし、リスティは検査のため病院へ行っている。他の住人も仕事やら部活でまだ帰ってきていない。『プルルルル』静かだった部屋に電話が鳴り響いた。 「もしもし、こちらさざなみ寮。」 と言い終わる前に 「ハロー、耕介ちゃん。元気してた?」 と甲高い神奈さんの声が聞こえる。愛さんと俺の親戚で、この寮の元(?)管理人だ。今は香港で日本料理の屋台をやっている。本当は2週間のはずだったが向こうで‘想い人’と出会い長期滞在する事になったのだった。 「こっちはみんな元気ですよ。神奈さんも元気そうでなによりです。」 「那美ちゃんはもう慣れた?」 那美ちゃんというのは薫の妹だ。去年寮に入ったばかりだが、もう寮のメンバーに溶け込んでいる。近くの神社の巫女さんの手伝いをしているのだ。 「ええ、美緒なんかとよく遊んでますよ。それよりどうかしたんですか?」 「そうそう、そろそろ帰ろうかと思ってるんだけどね、実はね・・」 その言葉は俺の心に深く刺さった。神奈さんが帰ってくると言うことは俺はお払い箱と言うことになる。元々ここの寮の管理人は神奈さんだ。あくまで俺はその留守を預かってる身に過ぎない。だからこうなることは分かっていた。分かってはいたが実際にその事実を目の前にすると気持ちの整理が出来ない。実家に帰って家の手伝いをするのか?それともどこかに就職するのか?いずれにしてもここから離れることになるだろう。このさざなみ寮のみんなともお別れと言うことだ。 「・・・・っていうわけなのよ。分かった耕介ちゃん?」 「あっ、はい。それじゃあ。」 話もろくに聞かず電話を切った後、俺は放心状態で部屋に戻った。ベットにうつ伏せになると色々なことが思い出される。初めてここに来た時、最初は薫や美緒に嫌われてたっけ。美緒の耳や十六夜さんには驚いたけど怖いとかは思わなかったな。2週間と思ってた仕事が無期になった時みんなで騒いだりもした。夏休みに海に行ったこと、クリスマスに美緒とゆうひがサンタの真似をしたこと。ここにはいろんな思い出があった。 知佳。羽を見せてもらったとき本当に綺麗だった。その後兄妹の契りも交わした。夏休みには正体がばれるのも顧みず溺れている子を助けて真雪さんに怒られた。あのとき知佳が見せた強い瞳を今でも覚えている。羽のことや力のことにもめげない、一生懸命な知佳が好きだった。兄から彼氏に変わったあの日からも知佳は呼び方を変えなかったが、俺の中の彼女の存在は大きくなっていった。 これからどうしよう。そう思うと胸が痛く自然と頬を伝って涙がこぼれた。あまりにも突然の事態でどうすればいいか、見当もつかなかった。それ以上にここを離れたくなかった。 「耕介、いるの?入るよ。」 ノックの音とともにリスティの声が聞こえた。まだ目は赤いままだ。 「ちょっと待ってて。・・・・・いいよ。」 赤い目をこすりドアを開ける。 「どうかしたのか?」 「いや、呼んでもいなかったから。この時間に台所にいないのってめずらしいからね。」 確かにこの時間は誰かしらおやつを求めてくることが多いので台所にいるのが習慣になっている。 「あっ、ごめんごめん。何か冷蔵庫になかった?」 「それよりどうかしたの?耕介。目赤いよ。」 この子には嘘を付けない。そんなことは分かっていたが 「大丈夫、何でもないよ。」 と言って強がって見せた。案の定リスティは目を細めて俺を見る。 「耕介と知佳の『大丈夫』は当てにならないって真雪からも聞いてるし、実際ボクもそう思う。本当になんでもないならいいけど、耕介が泣いているとこなんて初めてだ。だから・・・読むよ。」 そういうとリスティはピアスをいじった。最近は知佳と同じようにピアスで調節している。いつかは言わなくちゃいけないことだから俺は止めなかった。目の奥がチリチリと痛む。しばらくするとリスティの表情が一変した。 「ほ、本当なの?耕介。」 俺の服をつかんで迫るようにして尋ねる。俺はその手を包みながらゆっくり頷いた。リスティの目には涙が溢れていた。 「いやだ、ここにいて欲しい。耕介がいなきゃいやだ!」 リスティは俺にしがみつくと駄々をこねるように言った。それは俺も同じだ。出来ることならここに残ってみんなと共に過ごしていきたい。でも・・・ 「リスティ、薫やゆうひだってここを出た。いずれみんなこの寮から出るときが来るんだ。それが早いか遅いかだけなんだよ。」 俺は自分に言い聞かせるように言った。リスティはそれでも泣きじゃくりながらしがみついていた。俺はリスティの頭を撫でながらこれからのことをぼんやりと考えていた。さんざん泣いたリスティは目をこすりながら俺から離れ、そのまま何も言わず部屋に行こうとした。 「リスティ、知佳には言わないでくれ。彼女には俺からちゃんと言うから。」 俺の頼みにリスティこちらを見ずに『コクン』と頷くと自分の部屋に帰っていった。 「耕介、みそ汁にソース入れてもおいしくないぞ。」 真雪さんの一言に俺ははっとして手を止めるが、すでにみそ汁は黒く変わってしまった。 「耕介変なのだ。お昼もコロッケに醤油かけてたのだ。」 「どうかしたんですかー?」 美緒やみなみちゃんが心配そうに尋ねる。あの電話から3日経つがあれから神奈さんからの連絡はない。まだ知佳にも話してない。 「大丈夫だよ。」 「あの、お仕事とか大変だったら言ってくださいね。私手伝いますから。」 愛さんの一言が心に刺さる。 「ホントに大丈夫です。仕事も楽しいですし。」 「そうですか。それならいいんですけど。」 愛さんにまで迷惑をかけてしまった。俺は動揺を隠すためにお茶をすすった。リスティは体調が悪いと言ってここしばらく病院にいる。俺と顔を会わせづらいようだ。無理もない。 「ごちそうさま。」 軽めの夕食を終えると洗い物を始めた。みんなは首を傾げていたがこれ以上の詮索せず食事を続けていた。 「おじゃましまーす。」 今日は一階の住人はみんないない。そう言う日は知佳が遊びに来る。神奈さんの話がまだ気掛かりだったが知佳に心配をかけさせるのも気が引けたので普通に振る舞うことにした。知佳は部屋に入ってドアに鍵をかけると 「お兄ーちゃん。」 と甘えてきた。いつもは年の割にしっかりしているのだが、二人の時はこっちが照れるくらいに甘えてくる。俺の腕の中でごろごろしている。ふくらんできた胸が腕に当たる。『ちゅっ』知佳は俺のほっぺたにキスしてきた。俺も仕返す。しばらくそうした後、俺は知佳のパジャマを脱がしていく。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「ハァ、ハァ、。」 知佳は体全体で息をしている。慣れたとはいうもののまだ小さい身体には大変そうだ。大きく深呼吸をして息を整えている。知佳の髪を撫でてやると彼女はとても幸せそうな表情をする。胸が痛い。せめてこの子が高校を卒業するくらいまでは側にいて支えてあげたかった。そんな俺の表情を心配してか、彼女は俺のしたように髪を撫でた。俺の大きめのティーシャツを着た知佳はしばらく言いにくそうにしていたが、意を決したのか、口を開いた。 「お兄ちゃん、リスティとなんかあったの?」 『ドキ』心臓が高鳴るのが自分でも分かる。それでも俺は何でもない振りをした。 「どうして?」 「お兄ちゃんの様子が変だなって思ったのも、リスティがあんまり寮にいなくなったのも3日前。何かあったのかなって思って。」 核心を突いた質問ではないにしろ、彼女の質問は答えづらいものだった。俺が悩んでいるのを見ると 「まさか浮気してるとか?」 と、本気とも冗談ともとれない表情で聞いてきた。俺はすぐに 「まさか、そんなことないよ。」 と答えた。 「じゃあ偶然なの?」 知佳にしては珍しく引き下がらない。リスティ同様その気になれば彼女も心を読むことが出来る。もちろん無断でそんな事するわけがないのだが。俺はしばらく考えたが覚悟を決めた。 「実は・・・。」 俺は神奈さんからの電話、その後のリスティの言動などを知佳に話した。その間知佳はおとなしく話を聞いていた。時折表情が変わったが最後まで聞き終えるとさっきと同じように大きく息をついた。 「そっか、神奈さん帰ってくるんだ。」 案外素っ気ない返事だった。知佳は下を向いたままだった。なかなか顔を上げない知佳に俺は頭を撫でようとした。すると知佳は俺の手が頭に届くより早く胸に飛び込んできた。 「ち、知佳?」 狼狽える俺に対し当の本人は抱きついたまま離れようともしなければ何をするでもなくただしがみついていた。胸に水滴が落ちる。いっそう俺をつかむ手に力がこもった。『ヒック、・・ック』声を殺して泣いているようだった。俺は知佳の頭を軽く叩くともっと安心できるように『ぎゅっ』と抱きしめた。知佳はしばらく俺の胸の中で泣き続けていた。俺はこの子を守ってあげれるだろうか?、一瞬そんな考えがよぎった。 “必ず朝には自分のベットに戻っていること”知佳と決めたルールの一つだ。寮内にいる以上それくらいのルールは守らなくては、と言って決めたものだった。自分の部屋に帰る時間になって知佳は顔を上げた。たくさん涙を流してすっきりしたのか、表情はそれほど暗くなかった。そこには一種の決意みたいなものが浮かんでいるようだった。 「お兄ちゃん、こっちで就職するの?お店の手伝いするの?」 「いや、まだ決めてないよ。」 知佳の目は海で溺れていた少年を助けた後見せた、あの強い目をしていた。口元を一度『キュッ』と結ぶと俺の目を見て 「私、お兄ちゃんと一緒に暮らす。」 と言った。一瞬驚いたが内心そう言われることも覚悟していた、いや少し期待していたのかもしれない。だが、 「神奈さんが帰ってくるのがいつになるのか分かんないから無理だよ。まだ知佳には学校もあるし。」 「お兄ちゃんがこっちで就職するならそこから自転車で通う。長崎に行くなら学校やめる。」 知佳の目は本気だ。言い出した以上引っ込める気はないだろう。 「真雪さんが許さないし高校はちゃんと出た方がいい。それからまた考えればいいさ。」 自分で言っていてもあまり説得力がないのが分かる。(こんな事を言ってもこの子は止められない)そう思った。 「お兄ちゃんが迷惑ならやめるけど・・・。」 そういう知佳の声は弱々しい。今まで彼女のしてきたことに俺はあまり反対したことがなかった。事実間違ったことをしたこともなかったし、無理をしようとしてなければ俺は彼女の意見を尊重し続けてきた。 「迷惑なんて、そんなことないよ。でも・・・。」 「お姉ちゃんは私が説得する。・・・・もうひとりぼっちはイヤだから。」 最後の方は声が小さくてうまく聞き取れなかったが何を言っているかは分かった。最近真雪さんは忙しくカラーの原稿の時ぐらいしか知佳はかまってもらえない。夜型の人だから知佳が帰ってきたときは寝てる場合が多く知佳は寂しい思いをしていたのだろう。真雪さんも分かってはいるものの稼ぎ時であるのは事実だし、学費とかも考えると働ける時に働こうとする気持ちはよく分かった。 知佳は 「ごめんね、我が儘言って。でも私はお兄ちゃんと一緒にいたいの。」 と言って部屋に戻ろうとした。(知佳も腹をくくったんだ。俺がいつまでも悩んでいてどうする。)そう思った俺は知佳を呼び止めた。 「高校は卒業しなきゃ駄目だ。だから、俺がこっちで就職する。真雪さんが許すとは思えないけど知佳ががんばれる範囲で説得してごらん。説得しきれたら一緒に住もう。だめでも遊びに来るから寂しくないだろ。」 これが最善の策だった。知佳は 「うん。」 と嬉しそうに頷くとお休みのキスをほっぺたにして部屋に帰っていった。 別に心当たりがあるわけでもなかった。真雪さんがそう簡単に首を縦に振るとも思えなかった。何一つ事態が変わってもないのだが、知佳が理解してくれたこと、それが俺の心を支えていた。 俺はまず仕事先を探すことに決めた。住む場所ならここにはけっこうあったが、自分にあった仕事先は限られていた。もしもの時は知佳の分も稼がなければならない。さんざん悩んだあげく俺はある場所にたどり着いた。 「耕介さん?お久しぶりですね。」 国見さんは快く迎えてくれた。彼はさざなみ寮の近くで喫茶店兼飲み屋をやっている。飲み屋と言っても非常に雰囲気のいい店で彼の人柄がよく見て取れる。愛さんや真雪さんは常連さんだ。俺も2,3回来たことがあった。 「今日はどうしたんですか?」 無理を言って開店30分前に店内に入れてもらったのだ。 「すいません、実は・・・・」 俺は細かな事情を話した。国見さんは時折相づちを打ちながら俺の話を聞いてくれた。 「そうですか。ちょうど一人バイトの子がやめちゃって困っていたんですよ。料理の方はやられるんですよね?じゃあ一応腕前の方を見せて貰えますか?冷蔵庫の方には一通り食材がそろってますんで何か得意なものを作ってください。店に出せそうなやつを。」 俺は袖をまくってエプロンをした。お酒のつまみになりそうなものを二品作った。店の雰囲気に合わせてフランス料理っぽいものだ。国見さんは早速箸を取った。一口一口丁寧に食べていく。酒のつまみように作ったものなので出来ればお酒と一緒に食べてもらいたかったがさすがに昼間から、しかも開店前に飲むわけにはいかない。二品ともすべて平らげると 「さすがですね。あっ、もちろん採用ですよ。えっと、じゃあこちらの書類にサインと後連絡先を・・、ってまだ決まってないんですよね。ちょっと失礼。」 と言って奥に行ってしまった。どうやら合格のようだ。国見さんはどこかに連絡してるようだ。しばらくして国見さんは笑顔で戻ってきた。 「俺の隣の部屋で良かったらあいてますけど、どうしますか?そんなに家賃も高くないし。ちょっとオンボロですけど。」 願ってもない好条件だった。さざなみ寮からも近いし給料も家賃も予想よりかなりいい。 「じゃ あ神奈さんが帰ってきてからまた連絡します。本当にありがとうございました。」 「困ったときはお互い様ですよ。あそこの人たちにはよくしてもらってますし。」 国見さんはそう言うと名刺をくれた。『何かあったら連絡してください。』ということだ。これで路頭に迷うことはなくなった。あとは知佳が真雪さんを説得できるかどうかだ。 〈一方知佳は・・・〉 「お姉ちゃん、話があるんだけどいいかな?」 私は機嫌の良さそうな時を狙って話を切りだした。お兄ちゃんと付き合ってることを話したときは機嫌を良くしてからだったけど、それだとちょっと不自然だしね。 「何だ?」 素っ気ない返事だけどお仕事も片づいたから機嫌はいいの、多分。深呼吸すると 「実はね・・・・。」 って一気に話したの。途中まではお姉ちゃんの表情は変わらなかったけどやっぱり最後には怒ってた。 「何考えてんだ!まだ17だぞ。大学に入ってここを出るならともかく、そんな理由で寮を出るなんてお姉ちゃんは許さないからね。」 「分かってる、分かってるけど・・・。」 ここを出るのは大学生になってから、自分でもそう考えてた。でもお兄ちゃんがいなくなるなんて私には耐えられなかった。私には両方大事なの。お姉ちゃんもお兄ちゃんも。愛お姉ちゃんの方はきっと話せば分かってくれる。真雪お姉ちゃんにも私の気持ち分かって欲しいの。だから思い切って言った。 「お姉ちゃん、最近相手にしてくれない。お仕事だから邪魔しちゃ行けないって分かってる。でもあの頃みたいに私はまたひとりぼっちなの。耕介お兄ちゃんがいてくれなきゃまた私はあの頃に戻っちゃう。そんなのイヤだよ。だから私は自分の意志でここを出るの。あの頃みたいにお姉ちゃんの後をついてくだけじゃなくて、自分で考えて行動したいの。」 お姉ちゃんは黙って聞いてた。目から涙がこぼれた。私も、そしてお姉ちゃんも。眼鏡の位置を変える振りをして涙を拭った後、小さい声で 「・・・わかった。好きにしな。でも後で後悔してもしらないよ。」 と言ってくれた。許可じゃないことは分かってた。でもお姉ちゃんには分かって欲しかったの。 「お兄ちゃんが独りでここを出ていくのを黙って見ているなんてできないよ。同じ後悔するなら、何もしないまま後悔するより、私は何かしてから後悔したいの。お姉ちゃんだって家を出るとき後悔するときのこと考えてなかったでしょ?これからのこと考えてない訳じゃないの。大変なのは分かってる。でも、それでもお兄ちゃんと一緒にいきたいの。」 「口だけは一丁前になったね。泣いて帰ってきても知らないからね。・・・そうそう耕介に『知佳泣かせたらマジで殺す』って言っておきな。しばらくは顔見たくないからな。言っとくけど許したじゃないからね。」 そういうとお姉ちゃんは部屋に戻ってしまった。私は『ありがと、お姉ちゃん。』と心から思った。 「本当に?」 まさかあの真雪さんが許すなんて・・、いや許した分けじゃないだろう。改めて知佳の意志の強さを知った気がした。 「うん。住むところとか働き場所決まったの?」 「国見さんの所でお世話になる。知ってるよな、駅前の・・」 「お姉ちゃんズがよく行くところでしょ?一回だけ一緒に行ったよね。」 そう言えば昔行ったような・・。 「もう、しっかりしてよ。病院によってリスティには話してきたよ。今日は帰って来るって。みんなにはいつどうやって言おう?」 こう言うときの知佳は俺よりも大人らしくしっかりしている。彼女を見てると今まで悩んでいた俺が情けなく思える。まだこのことを知ってるのは俺と知佳、リスティに真雪さんの4人だけだ。後の住人にはまだ言ってない。本当なら電話が来たその日に言うべきなのだが内容が内容だけに簡単には言えなかった。 「今日の晩ご飯の時に言おうかと思ってるんだ。」 真雪さんも知ってるのだ。すでにここの住人の半分近い人が知ってるのだ、今でも秘密にしておけるわけがない。 「じゃあ今日のご飯は豪華にしとかなきゃね。」 「そうだな。」 知佳の頭を『ポンポン』と軽く叩くと俺はその“豪華な夕食”の準備のために台所に向かった。 「今日のご飯は豪勢なのだ。何かあったのか、耕介?」 美緒はおなかをさすりながら不思議そうに尋ねた。 「耕介さんが2週間の仕事を終えた時と同じメニューですよね?」 愛さんはこう言うとき意外と鋭い。みなみちゃんが知佳の隣で少し不安そうにこの状況を眺めている。4日ぶりに夕食を家で取ったリスティは知佳から話を聞いた後納得したらしい。真雪さんは知佳の言ってたとおり下に降りてきてはいない。上で同じものを食べた。愛さんの鋭い指摘に俺はエプロンを外すとみんなの顔を見ていった。 「実はみんなに話さなきゃ行けないことがあるんだ。」 知佳を除くみんなは心配そうな顔で俺を見ていた。知佳は俺と目が合うと『コクン』と頷いた。 「実は4日くらい前に神奈さんから電話があったんだ。隠しててごめん。」 「そんなことなんですか?」 つっこみを入れたみなみちゃんは胸をなで下ろした。この中で那美ちゃんだけは神奈さんと直接の面識はない。薫を通してここを紹介してもらったのだ。だからあんまり状況が理解できてないようだ。 「それで、神奈さんがもうすぐ帰ってくるって言ってた。」 その一言を美緒は嬉しそうな顔をして聞いていたが、愛さんやみなみちゃんは険しい顔つきになっていた。お土産のことを考えると美緒にはいい話のようだ。 「「それじゃあ耕介さんは?」」 愛さんとみなみちゃんの二人の声が重なった。その声を聞いて美緒と那美ちゃんが顔色を変える。美緒の耳がうなだれた。 「それで考えたんだけど・・・・。」 一番重要なところで『ピーンポン』と寮のチャイムが鳴った。 「ちょっとすいません。」 そう言うと愛さんは玄関に向かった。話の腰を折られた俺は頭を掻くと愛さんが戻ってくるのを待つことにした。しかしその考えは玄関から聞こえた声にもろくも崩れ去った。 「愛ちゃん!元気してた?」 このハイテンションな声、まさか・・。この声に反応したのは俺だけじゃなかった。知佳や美緒は席を立った。どうやら真雪さんも気が付いたようだ、階段の鳴る音が聞こえる。 「んー、みんな元気そうでなによりだわ。」 愛さん、知佳、美緒そして真雪さんと一緒に台所に来た神奈さんは一人浮いてた。どう見ても感動の再会ではない。まさか今日来るとは・・。 「耕ちゃん、みんなには言ってあるの?『おめでとう』の一言もないけど。」 「今から言おうとしてた所です。それより何がおめでたいんですか?」 言ってることが分からない。俺が出てくことがそんなにおめでたいのか?そんな怒りまでもが俺の心に湧いてきた。それと同時に何故か目から涙が溢れてきた。 「なに言ってるのよ、ちゃんと言ったでしょ。こっちで式挙げるって。聞いてなかったの?」 一同が呆然となる。 「誰か死んだのか?」 美緒の思考は単純だった。式と言えば葬式と結婚式しか頭にないのだろう。・・・ってまさか? 「「「「「「「えーーーーーーーー!!!」」」」」」」 「じゃあ、一緒にここの管理人なさるんですか?」 いち早く混乱から脱した(と言っても一番早く混乱してたのはこの人なのだが)愛さんは神奈さんに尋ねる。神奈さんは首を傾げて 「耕ちゃん、何にも言ってくれてないじゃない。こっちで香港料理の屋台をやるから管理人はまだ続けてねって言ったじゃない。」 俺(と恐らく知佳)は目を丸くした。 「そんなこと言いました?」 「もうすぐ帰るって言った後にちゃんと言ったわよ。」 つまりはこう言うことだ。神奈さんの話を聞いててっきり管理人業をやめなくてはいけないと思っていた俺は最後まで話をしっかり聞いてなかったらしい。神奈さんは向こうで知り合った“想い人”と2年近くの交際を経て無事ゴールイン、こちらで結婚式を挙げることに決まったらしい。その後二人で話し合ってこっちで香港料理の屋台を二人でやっていくことになり、挨拶しに来たという。知佳と真雪さん、リスティの目が痛い。 「・・・じ、じゃあ『神奈さん結婚おめでとうパーティ』しなくちゃいけませんね。俺がぱぱっと買い物に行って来ますんで・・。」 非難の目から逃げるべく俺はそっと玄関に向かう。しかし 「「こーうーすーけ。」」 この声はリスティと真雪さんだ。振り返るのは怖いな。振り返らずに一気に玄関までダッシュ。 「おー兄ーちゃん!」 『ギュッ』と知佳が俺の首に手を回す。やっぱり捕まった。ふくれている知佳は 「だぁーい好き。」 と言って俺の頬にキスをした。 良く晴れた昼下がりに起こったちょっとお茶目な出来事だった。 「「「「「「「お茶目じゃない!」」」」」」」 ちゃん、ちゃん♪♪ |
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end | |
あとがき いかがだったでしょうか?初めての作品でいろいろと戸惑うこともありましたが何とか完成しました。 知佳のひとりぼっちって言うところをもう少しうまく書きたかったです。あれじゃあただの我が儘っこになっちゃいますから。設定に無理があるのには目をつぶってください。こんな話もあるんだよ、っとことで。 ちなみに次回作は知佳です。(次回作も・・ですよね)こちらは一人称を知佳でやってるので難しかったです。書き終わってはいるんですが、訂正しなくちゃいけないところが何カ所もあるので。 さくらや瞳も書いてみたいと思っている今日この頃です。 まだまだ精進します。見捨てず見守ってください。 by宗 |