プロローグ

9月4日(木曜日)来栖川電工HM開発二課

 その部屋の中央には、怪しげなパイプラインやコードに繋がれた、ガラス張りの棺桶(かんおけ)のようなものが安置されている。その中に眠るは、幼い顔立ち・幼い外見の、緑の髪の少女。その“棺桶”の傍らのコンソールボードの、赤や緑のパイロットランプが妖しく瞬き、少女が“生存”している事を示していた。

 と、その部屋に一人の男が足を踏み入れてきた。男は、電灯も点けずに部屋の中央にまで足を運ぶと、おもむろにそのコンソールを操作はじめた。

 すると、軽やかな電子音と、ドライアイスのような水蒸気を吐き出しながら、その棺桶のふたが開いた。

「…聞こえるか? HMX-12。いや、マルチ。目覚めるのが最後になってしまったが、お前もセリオの様に私をのろうのだろうか…

 そして…お前の頭の中には、まだあの男への想いが詰まっているのか?

 だとしたら、お前は最も辛く、長い永遠の道を歩いていかねばならん」

 男…長瀬源五郎の口調は、まるで死に行く娘に対して懺悔(ざんげ)をしているようにも聞こえる。

 と、そのメイドロボ、HMX-12“マルチ”はその手を“棺桶”の枠にかけた。

「…まて。まだ起きてはならん…。今、羊水を切る。

 体の動きも顔の表情も、本来のお前に戻るのに少し時間がかかる…

 我が娘…ゆるしてくれ…お前をこんな化け物のような体にしてしまった…」

「いいえ、それは私の望んだ事です…父様…」

 答えたマルチの声は、その幼い外見に似合わず、何故か大人びたものであった。

「今の私はお前を守ってやる事は出来ない…。だから、お前があやつらの手に渡る前に、お前の“心”を取り戻しておきたかった…」


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