お題 “由宇と詠美” |
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「みなみさんのあやまち」
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∴ 環境設定 ∴ 初めてのこみっくパーティーは、その少女に対して冷たかった。 誰も彼も、少女には目もくれず、その作品に目も留めず、忙しそうに机の前を通り過ぎる。 稀に本を手に取ったとしても、表紙を軽く眺めて……それで、おしまい。曖昧な笑みを浮かべて立ち去るだけ。 開いてもくれない。 悲しくて、心細くて、泣きたかった。 寝る間も惜しんで準備に費やしたこの数ヶ月間は、いったい何だったんだろう。淡い期待に満ち満ちていた昨夜の 胸の高鳴りは、どこへ消えてしまったんだろう。 「あっかんあかん、おねーちゃん、そない辛気くっさい顔しとったら、よーなるもんもぽしゃってまうわ」 だから、隣のサークルの騒がしい娘が声を掛けてきた時、あるいは目の端に涙を浮かべていたかも知れなかった。 「あんた、見れる顔なんやから。ほら、笑いや。スマイルぜろ円や。……な? それだけで男の客の本こーてって くれる割合い、ちごてくるハズや」 なっ、そやなっ、にーちゃん! あー、えーから、ウンってゆっときっ! ……と、たまたま通りかかった青年に イキオイとハリセンで無理矢理に頷かせたのが、漫才のようで可笑しかった。 「そやそや、それやわ、ホンマに品のいい微笑みや。……微か過ぎるキライはあるけどな。いやいや、ウチの売り子 さんにしたいくらいや」 大きな丸い眼鏡のせいでパンダに似て見えなくもないその娘は、快活で、お喋りで、こみっくパーティーの会場の ざわめきに一人で立ち向かえるくらいに騒々しかった。 「……は〜ぁ。凄いわ。初どーじんでこれだけのモン作れるあんたは、エライ素質ある思う。いや、大したモンや」 それがお世辞でも嬉しかった。何よりも、本を開いて読んでくれたという、それだけで、ここに来て良かったと思えた。 「けどな。んー、アレやなー、なんていったらえーんやろか、その……」 「……?」 「華がない」 「……」 「酷なコト、言うようやけど。堪忍してな」 ピンとこなかった。それがどういうことなのか、その時の彼女には解らなかったのだから。 「……あんたまさか、これっきりにしてまうつもり、ないんやろ? そやろ、な、くやしもんな? ……ちゃうん?」 「……」 「いやいや、わかっとるわかっとる、皆までゆーな。その悔しさはよー覚えとるわ。ウチも最初はそやったもん。 誰だっておんなしや。悔しさ乗り越えて成長するんよ」 浪速娘は答える間も与えず、少女の心情をそう決めつけて。 「あんた、だいぶ損しとる。まだまだや。素質云々はヌキにして、同人いくらか長い分だけ、ウチに見えててあんたに 見えとらんトコ、あるんやと思う。こーも不条理なくらい売れんのは、きっとそのせいや、そこの差や。ホンマ、 もったない。出来がヘボなら諦めなしゃーない、けど、充分に及第点なんや、これやったらもっともっと売れておかしない」 「……」 「だから、なあ、次からウチと一緒にやらへんか?」 「えっ……」 思いもかけない言葉だった。俯きがちの顔を上げると、眼鏡の娘が照れ臭そうに笑っていた。 「ウチがあんたに、こみパののうはう、同人活動のさしすせそっちゅうんを、一から叩き込んだる」 「のう、はう……?」 「その……なんや、だんだんとウチまでくやしなってきたし。……けど、只のお節介や。迷惑だったらちゃっちゃと ゆーてな」 お節介だなんて思わなかった。知り合ってまだ一時間も経たないけれど、彼女なりに親身になってくれているのが 良く分かったから。 「な、どないするん?」 「……、ハイ」 一つ、二つの空白を置いて。それから、少女は小さく頷いた。囁くような声と共に。 「よっしゃ、決まりやなっ!」 「……いかん、うっかりしとった、自己紹介がまだやったわ。ウチは『辛味亭』の猪名川由宇や」 「私は……」 結局。 少女の初めての同人本は、神戸から来た眼鏡の娘と、それから初参加の少女に優しくアドバイスしてくれた準備会側の 女性の二人だけにしか、手に取って貰えなかった。 販売総数、二冊。 のちにこみパに於いて「沈黙の女教皇」の二つ名を以て畏れられ称えられることとなる売れっ子同人作家、超大手 サークル「Jamming Book Store」主催者、長谷部彩の記念すべき一冊目は、幻の本。 その年の、その月の、そのこみっくパーティーでのみ販売されたという、それは。 彼女の作品をこぞって買い求める同好の士の間では、存在さえも疑わしい、極めて眉唾な噂とされている。 ∴ 分析 ∴ ほほう、長谷部彩か。良いところに目を付けたな。まいふれんど。 今のおまえの実力では少々難易度が高いとも思えるが……、いや、そうであるな、志を高く持つのは悪いことでは あるまい。強大なライバルの存在こそ勇者の糧、明日の同人界の覇者を育てる鍵とも言えようか。 うむ、よかろう、長谷部彩について聞かせてやる。 長谷部彩。数年前、同人界の上位集団に突如彗星の如く現れた、天才漫画少女。 あの若さにして、次の流行り廃りを的確に見極める眼力、そしてそれに彼女自身の色を織り交ぜつつ料理してのける バランス感覚、既におまえも知っての通りだろう。誰もが一目置かざるをえまい。まさに一流だ。 しかし、彼女の真の恐ろしさは、実はあの穏やかな瞳にあるのではない。その技術だ。 すでに完成された感すら漂わせている卓越した技術力。深く、広く、多岐に及ぶ文学少女的知識に裏打ちされた 安定感ある職人芸的筆致。それこそが彼女のもっとも恐いところだ。 パロディ系同人誌の怖さはそこにある。アニメやゲームの流行に左右されがちではありながらも、玉石混淆、有象 無象の群がるそのジャンルの中で、客は確実にその絵柄を、描き手の技術の深さを推し量ろうとするのだ。不況の昨今、 特にその傾向に拍車が掛かっていると言えよう。 下手をすると、オリジナルの制作関係者の手によるまさにそのままの絵柄よりも、絶妙なぷらすあるふぁを上乗せ した分、資質的に抜きん出た一流同人作家の本が売れてしまうという事態が起こりうるのだ。 無論、まずは同じ舞台に立たねば始まらぬ。彼女の流れを読む力はここで生きてくるわけだな。 さらに、パロディ本ばかりではない。彼女の懐の深さ、その感性の深淵を味わうには、むしろ創作系であろう。その 時のアニメやゲームの同人本に垣間見える彼女の力の一端に触れた読者たちは、自ずとそちらに引き込まれてゆく。 パロディと創作、諸刃なす者の強みと言えようか。 何を浮かぬ顔をしておる。 ああ、そうだ、我が輩の言葉がキチンと通じなかったと見えるな。今の彼女に死角も隙もないぞ、まいえたーなる ふれんど。 まさにファンタジーRPGにおける大魔王、ラストダンジョンの奥深くより世界の掌握を画策する真の敵と見なすに 相応しき存在。 我らの行く手に必ずや立ち塞がるであろう、真の敵だが……、しかし……、いささか情けない話ではあるが、調伏 よりもむしろ籠絡を狙うべきであろう。 おお、そうであった、一部でこんな話もある。関西の、とある同人作家との仲がよろしくないらしい。 まあ、有名人にありがちな、やっかみ半分、無責任な噂であろうがな。 実際、本のクオリティと価格、サービスにおいて、一般大衆の受けは常にピカイチ、まさに「女教皇」の名に恥じぬ 評判だ。 ……ん? もうひとり、教えて欲しいと? うむ、強敵(とも)はひとりでも多い方が良かろう、まいぶらざー。おまえのアンテナを刺激した作家は誰だ? あの長谷部彩に比肩しうる存在か? なに? 大庭詠美……? 聞いたことはあるな。しばし待たれよ、まいであふれんど。その名は確かに、記憶のどこかで……。 ……ふっ、そうか、思い出したぞ。あの女子高生同人作家だな。無論、押さえてはある。が、しかし……。 安心しろ、おまえが気にするほどの存在ではない。 技術は二流のアマチュア、唯一注目すべき点といえば、鼻が利くことくらいだ。常に流行りモノの渦中にその身を 投じはするが……、だがしかし、悲しいかな、凡百のライバルたちに埋もれてしまうのもまた常。 アマチュアならではの荒削りな破天荒さ、妙味は持ち合わせているものの、いかんせん、骨を支えるべき肉が弱い。 作品世界が薄っぺらなのだ。若さ故の知識的な底の浅さを露呈していると言えよう。 さらに、性格的になにやら難があるらしく、ロクな噂は聞こえてこない。所詮は高校生、尻に殻をつけたヒヨッコの 小娘に過ぎんのだろう。 折角の萌える、あるいは燃えるキャラたちを生かし切れず、上滑りな感がつきまとう。その程度の小物に関わって いる場合ではないぞ。 なに?! ちょっと待て、そのようなハナシは聞いてないぞ! 大庭詠美と一緒に活動する羽目になった、だと?! その協力関係は、我らが野望成就への階梯に於いて、何らかのメリットを生むものなのか? だいたい、その『羽目』というのはなんなのだ! お前自身、すでにハンデであることを覚ったような物言いでは ないか。 答えろ、同志和樹! あっ、こら、おい、待て、待ちたまえっ! 逃げるな、卑怯者! 敵前逃亡は勇者にあるまじき……。 ∴ 出会いの顛末 ∴ 隣のそいつは。 なんだか知らないが、ちらちらちらちら、こっちを見ていた。 作品を売る側としての記念すべき初参加、ゴールデンウィークのこみっくパーティー。お昼も近くなって一段落ついた 頃だった。 開場前、やはり始めが肝心ってコトで、恥ずかしながら、ご近所さんには俺の拙い作品を配ってみた。お返しに相手の 本を頂いたりもして、サークル間の交流活動に務めてみたわけだが、その時、その女の子は席を外してたので、まだ 挨拶も交わしてなかった。 年若いながらも、どーやら常連サンっぽいし、挨拶しとくべきなんだろうなぁ。けどなぁ……。 ちょうど読み終わったらしい向かいのサークルの売り子さん(こすぷれ)が声を掛けてくれる。 「ブラザー2さんって、絵、とってもお上手だよねー。初めてとは思えないなー」 「あ、いや、そんな……(汗)。どーもどーも(^^;;」 「そだっ、スケブお願いしちゃっても、いーかなっ?」 「えっ……あ、ああ、スケッチブックですね、いいっすよ」 「やったぁ、じゃ、カッコいいガッシュ様、おねがい〜」 俺の美術的センスの勝利……と言うよりは、大志の流行りモノを読む力のおかげだろう。ヤツの選んだジャンルで 描いた俺の本は午前中であっさり完売、もちろん威張れる程の数を刷ったわけでもないが、ソレは拍子抜けするくらいの 手応えだった。 ……というわけで、あの子に渡す分がもうナイ。しまった、一冊くらい取っておけば良かった。 「……うう〜っ」 ああ、なんか、あの子、こっち見てイライラしてるっポイぞ。これはヤバそうだ、目を合わせないようにしよう。 「……あー、もー、なによー、なんなのよー」 だんっ! おもむろに机を叩いて立ち上がる。……うわっ、こっち来たよ、おい。 「ちょっとあんた、ぺーのクセしてなんなのよ。あいさつくらい出来ないわけ? 態度、ちょおエルだわ、しんじらん ない!」 げ、インネンつけてきたぞ。なんなんだ、この子は。 「あ、いや、だって、あんたギリギリまでいなかったから……その……」 「ほらっ、これがあたしの本よ。今回だけ、とくっべつにタダであげる。ほらほら、いーからとっときなさいよ。これで ベンキョーすれば、あんたもちょっとくらい見れる本作れるよーになるんだから」 「は、はぁ……」 「じゃあ、ほら。……ん」 と、手を差し出されても、どーしろというのだ。……お手しろっての? 「……」 「……あー、もーっ、いらいらいらあっ!」 「う……、けどあんた、タダにしとくって言わなかったか」 「きぃーっ! ちっがぁーうっ!」 じだんだ、じだんだ、どたばたどたばた。 「このちょおベテランびしょーじょどーじんさっかの詠美ちゃんさまが、しろーとのあんたのへっぽこぷーでぴーな作品を 見てあげようって言ってるのよっ!」 こらこら、ぴーってなんだ、ぴーってのは。誤解されるよーなこと言うな。ちゃんと南さんチェックも通ってるんだぞ。 「さっさと出しなさいってば! ちゃっちゃと読んじゃってヒヒョーしたげるんだからあっ」 「い、いやぁ、それが……さぁ」 「なによお」 「……その、ヤケに売れちゃって」 「……」 「もう、一冊も無かったりするんだけど、あの……」 じわっ。じわわわあっ。 「………………ふみゅうううんっ」 うっ、おいおいおいっ! イキナシ涙ぐむなよーっ! なんか、俺が泣かしたみたいじゃんか! 「つ、次ん時は、キミ用にしっかりとっとくからさあっ」 泡を食って、女の子をなだめる俺。 「な、なんでえっ?! なんであたしばっかし、ナカマハズレにするのおっ!」 「いいっ! ち、違うっ! 決して、そんなツモリじゃあ……」 そ、そりゃあ、周りのみんなが俺の本を持ってるワケだけども。意図的にやったわけじゃないだろーがっ。 「それよりもなによりも、どーしてあんたのが売れて、あたしのが売れ残っちゃうのよーっ! 同じ元ネタなのにーっ! 絶対なんか間違ってるうっ!」 彼女のテーブルには、まだ、かなりの本が積まれていた。 そっか、彼女も同じアニメ作品のパロディやってたのか。同じジャンルのサークルがこの一角に集められてるんだもん な、重なるのは仕方ない。……けど。 渡された本をパラッとめくってみれば……うーん、俺の本とかぶってる。どーやら、同じキャラをメインに持ってきて るみたいだ。 そりゃあショックかもしれねーな、隣が先に売り切っちまったら。それも、相手の俺は初心者なのに。……いや、別に、 勝負してたワケじゃないけどさ。 ……けど。だけど、なぁ。 ちょっとばかし大人げないぞぉ……って、子供か、こいつって。見たところ、高校生っぽいな。まだまだお子様だ。 ここはひとつ、年上の俺が大人になって……。 「泣かすっ! あんたなんか、絶対に泣かすうっ!」 って、泣いてるのはお前の方じゃないか! ……ううっ、マジ、泣きたくなってきた。 「ううっ……」 ぐしゅ、ぐしゅっ。……ずずっ。 「ほらほら、いーこいーこ」 詠美のヤツ、まーだ涙ぐんでるよ。 なだめてすかして、ゴキゲンとって。うう、俺もいい加減、疲れ果てた。 とりあえず店は近所の人たちにお願いして。俺は泣いてる女の子、詠美と共に外の通路へ。まぁ、そろそろ大志と交代っ て時間だったし、大丈夫だったと思う。 そして……。 「で、でもっ、でもおっ、やっぱり和樹が悪いんだからあ〜っ」 俺たちは、何とか互いの名前の認識くらいは済んでいた。……っていうか、やっとそのレベル。あとはひたすら、痴話 喧嘩(に見えてるんだろーなー、これは)のリピート。泣く、喚く、ぐずるの小娘と、対処に戸惑うにーちゃんの図。 ……ふぅ、まーた蒸し返すか、こら。もう勘弁してくれ。 「そりゃあ、元はこの俺が、詠美の分を残しておかなかったのが悪かったんだよ。初心者にありがちな不手際だ。んだから こーやって何遍も謝ってる、スマン、許せ、このとーり。……な?」 「ヤダ、ヤダ、ゆるしたげないっ! ぜったいダメッ! あ〜ん、あたしのぶん〜っ!」 「こらっ、わめくなっ! 何度も言わすなっ!」 心底、困り果てた、その時に。 すっと、この俺に、救いの手が差し延べられる。 雑踏。周囲を満たす雑音領域、その中に響く、ひとすじの無音。一瞬の静寂。 俺の耳に届いた、天使の囁き。 「……これを。……私はもう、全て、拝読させていただきましたから」 「えっ……」 俺の目と、その子の目が、宙に出逢う。 戸惑い。 俺は、何か言わなければならなかったのだろう、けれど……。何故、彼女がここにいるのだろう? 驚きが勝って、何も 言えなかった。 逡巡。 その子は、何か言いたげな素振りを見せて……。なのに、それは、言葉にならなかった。薄く開かれた唇は、小さな 吐息を包んで、また閉じられる。 「いえ……、ごめんなさい、なんでもないんです。あの……失礼します」 礼儀正しくお辞儀をして、彼女は去っていった。 「そりゃあ、そーよねーっ! 刷った数が違うんだもの、あたしんトコのが少しっくらい売れ残っちゃったって、しょーが ないコトなのよ」 さっき泣いたカラスがもう笑ってる。 「あははー、和樹、このてーどの作品で満足してるようじゃあ、あんた、まだまだぽっぽこぴーのぺーぺーね」 「……そのてーどの作品のために、ぴーぴー泣いてたのは誰だよ……おい」 「なんか言った?」 「いんや、なーんも。……あ、どーぞ、ばんばん読んでやって下さーい。酷評大歓迎! 買わなくてもぜんぜんOKっすから」 「……ね、ね、コクヒョウって、なに?」 「くず、かす、だめだめ、鼻かんでポイ……って感想」 「こら大学生、あんた、なんてしつれーな呼び込みすんのよっ!」 ……何故にして俺は、ヨソの売り子をやらされているのであろう。でもって後ろには、ふんぞり返って本を読む詠美 ちゃんさま。……おかしい、どーしてこうなっっちまったんだ? 「……ま、アレね。和樹も死ぬ気でドリョクすれば、私の手下そのいち程度にはなれるんじゃないの」 「はいはい」 好き勝手言うよなあ、まったく。 「んと……、ついでだから、こっちのも。……ぱらぱらぱらっと」 「あ、おい、俺が貰ったんだぞ。先に読ませろよなー!」 「あんたは店番でしょ。ほらほら、お客さん」 「くそー」 詠美の眺めている同人誌。なんとあの、こみパに君臨する超大手サークル「Jamming Book Store」の 新刊だったりする。 あの時。俺に助け船を出してくれたのは、その主催者、「沈黙の女教皇」こと長谷部彩その人だったりするから、驚きだ。 人前で喋ったことがない、他者とのコミュニケーションは「コクッ」「ふるふる」でのみ、指を鳴らす数で違う飲み物を 要求する……など、色々な噂が絶えない。先月のこみパでサインを貰った時だって、了承の頷きだけで、あとはじっと黙っ ていた。 そんな彼女も、意外やフツーの、おとなしそーな女の子の声(って、当たり前か)。 「へー、これがあの『さいれんと・はいぷりーすてす』の新刊なのねー」 詠美のヤツは、ふふんとハナで笑って。 「ま、そこそこ良いんじゃないの」 「こらこら。そう言いながら自分のカバンの中にしまい込もうとするんじゃない。そりゃ、俺にくれたんだ」 「えーっ、和樹の本と一緒に、あたしに渡してくれたんだもん」 ぶーたれてる詠美からさっさと本を取り上げて、ゆっくりと鑑賞する。うーん、流石はJamming、今月も良い出来 だ。絵も内容も、見習うべきところ満載だな、こりゃ。 ……しっかし、わからないな。そもそもあの長谷部彩が、何故に俺なんかの同人誌を持っていたか、だけど……。 「和樹、あんた、噂に聞いたんやけど。女の子泣かしたんやて?」 「あ、ぱんだ」 ハリセン一閃。すぱんっ! 「ぴぃーっ、ぴぃーっ、ぴぃーっ」 「あーあ、由宇、女の子を泣かすなんて最低だぞー」 「こいつ、躾がなってへんわ! 目上に対しての第一声が『パンダ』ってなんやねん!」 「うっ……」 詠美、ナイスかも。 「……和樹、アンタもスパッとハリセン一発、ウチにドつかれてみたい?」 「あはは、遠慮しとくぜ」 ふっと、俺の頭をよぎるものがあった。 「あ、由宇じゃないのか、もしかして。俺の同人誌を長谷部彩に……」 「それやそれ。ホンマ、ウチの見込んだとーりやったわ。貰ったアレなぁ、出来良かったんで、誰かに見せたりたく なって……」 だからって、あの長谷部彩に見せるか、フツー。 「そーゆーわけで、もう一冊ウチの分、貰いに来たんや。あ、もちろん、お代は払うで」 「わりぃ、もうナイ。売り切れ」 「う……、そうなん?」 その時、詠美の持ってる俺の本が、ちらっと由宇の目に入ったのだろう。……で、止せばいいのに、ソレを由宇に 対して見せびらかす詠美。あーあー、詠美のヤツ、満足げな顔しちゃって。だいたいお前、俺の本、バカにしてたん じゃねーのかよ。 途端にブチッと切れる由宇。 「なんやっ! 自分トコの売り子にはくれてやって、客に売る分はナイゆーんか! ナニワの商人の風上にもおけん やっちゃな!」 「きーっ! あたし、和樹なんかの売り子じゃないー!」 けんけん、がくがく。戦争勃発。騒がしいことおびただしい。 「ちょっとちょっと、あなたたち、どーしたんですか!?」 あーあ、ついに南さんまでもが登場かよ。 「そこの三人とも! 喧嘩は止めて下さい!」 ……三人って、ナニ? 俺もかい?! 二人を引き離し、周囲のサークルにペコペコ謝りつつ。 「……もー、イヤ。誰か助けて」 ∴ こみパな日常 ∴ ……。 「ねーねー、和樹、あんた、夏のこみパはなんにする? ……あーっ、だめだめっ、ばっかじゃないの! 見る目ナイん だからっ!」 千堂和樹、一生の不覚。 「そんなの、もー、とおっくに、ブーム終わっちゃってるって!」 なんだかしらんが、懐かれた。 「……いーじゃないか。俺はまだ好きなの」 「あたしキライ。ほぉらっ、これこれ、こっちで決まり、申込用紙は書きなおしっ。詠美ちゃんのスルドーイかんせーは、 こっちがちょおブレイクでちょーちょーおっけーってささやきまくっちゃってるのっ」 「おい。俺に選択の自由はないのか……」 「ナイ。あんた、あたしの手下なんだからねー」 いつの間に、そーゆーことになったんだよ。 「……」 無言の俺に、少しひるむ詠美。 「だ、だって、描けるでしょ! こないだ、このキャラ、スケブに描いたげてたじゃない」 「そりゃあまぁ……。系統は似たようなモンだが……」 「ぜんぜん違うっ! あたし、そっちのキャラ、キライだから描きたくない!」 「いーよ、それで。お前じゃなくって、俺が描くんだからな」 「……」 「なんだよ」 そんな、泣きそうな顔するなよ。 「……か、和樹は、あたしの手下なんだからねっ! あたしの隣じゃなきゃダメなのっ!」 ん? 「……あ、そっか」 違う作品のパロディだと、場所を分けられちまうってコトかな? 「そ、そーよっ! 一緒にやるの! 別々だと、あんたんトコの売れ行きだって落ちるわよ!」 はぁ……、キミは福の神でしたか。そいつぁ知らなかったぜ。 「南さんだって、まだまだシロートのあんたには、あたしくらいこみパに常連しちゃってる人間がついてた方がいいって 言ってたもんっ」 「……で、同じ作品だったら、絶対に隣同士にしてくれると?」 「そーそー、そーなの! さっすが、見る目あるって感じ?」 「……」 ……南さん、信じてたのに。今回も俺、詠美の子守確定ですか。 ふぅ。 「ため息なんかついちゃって。和樹、ジジ臭いのー」 けろっとして、あははと笑う。あー、もー、困ったヤツだよなー、詠美は。 五月からこっち、良いオモチャを手に入れたとばかり、由宇は必ずやってきて、こいつをからかっちゃ、ぎゃーすかと 騒ぎを起こす。おかげで俺はひどい迷惑を被っている。忙しい中で駆けつけてくれる南さんも大変だ。 一方で。少し、言い方を変えてみると。 かなりの問題児だったらしいコイツ、周囲のサークルと揉めてばかりいた、くそなまいきでおバカな詠美が、最近は 由宇との小競り合い程度で収まってる。 それが、俺のフォローの甲斐あってのものだと、南さんは買ってくれてるワケだ。 「……」 ぜんっぜん、有り難くないが。 まぁ……。なんだかんだと金魚のフンしてくる、こいつも。 身勝手だったり、素直じゃなかったりするけれど、ホントはそれほど悪いヤツじゃあない。ちょっぴり人よりヒネクレて 育っちまっただけで。 高飛車な態度は、実は弱気の裏返しだったりするところが、可愛くなくもないかも知れない(超婉曲的表現)。 そして。 つきまとわれてるこんな日常がそれなりに楽しいと思える自分も、気が付けば存在したりするのだから。まったく妙な ハナシだ。 「なによー。なに、こっち見て微笑んでるのよー。キモチワルーイ」 「はいはい、えーみちゃん、いーこいーこ」 「やっ、あ、ばっ、ばか、ちょ、ちょっと、なにすんのおっ! 和樹のヘンタイーッ!」 ばきっ! ぐはっ!! 「いってーっ! ちょっと頭を撫でてやっただけだろーがっ! カバンのカドでぶったたくかっ!」 「ヘンタイ! ヘンタイッ! ちょおヘンタイッ!」 「こら、騒ぐなーっ! ご近所が何だと思うだろーがっ! ……あっ、おい、泣くなっ!」 「ふみゅううんっ! 和樹のばかぁっ!」 ……しっかし、まぁ、こんなコトばかりやってて、マンガが上達するかどうかは疑問だなぁ。 ...END
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